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 ある日、こんな夢を見た。


 私はどこかでよく知らない人たちとお弁当を食べようとしていた。何人か人がいる中で、その中の一人が私のお弁当の中身について質問してきた。これは何か、どうしてこれがあるのか、とかそんなような、その人には全く関係のないくだらないことをいちいち尋ねてくるのに、私はそれに愛想よくいちいちこたえていて、まあこれも世間的な社交みたいなものなのかな? 自分がどこの何者であるかという存在証明のひとつ(怪しいものではございません的)なような?? という程度に考えていた。なぜなら訊いてくるその人以外の人たちもそれを興味津々というように何故かこっちを見て聞いていたり聞き耳を立てたりしていたからだ。


 私はその人(や周囲の人たち)に自分はときどきこういうものを食べたくなるのだと言うようなことを親切にもばかみたいにいちいち丁寧に応えていた。「たまにジャンクフードみたいなものを食べたくなるんだ。たまにそうならない?」と。


 でもお弁当箱の中には色々なものがあり、栄養バランスのとれた総菜も入っていたり、ちょっと贅沢な嗜好(しこう)品も入っていたりしたので、それを目ざとく見つけてはその人はいちいち尋ねてくるのだ。


 気分によって色々なものが食べたくなるので中身に一貫性のかけらもないお弁当でも自分が食べたい物なのだから、私のお弁当なのだし、いちいちなんでこの人(や周りで聞き耳を立てている人たち)に、これは何なのか、どこのどんなものなのか、何故これがあるのかといちいち説明し、この人たちに証明しないといけないのか、とその内に私は思いだした。それを煩(わずら)わしく思っている自分に気づいてきたのだ。


 しかも、ひとつ質問にこたえるとそれと矛盾した嗜好のおかずもあるということを見つけてはまたそれをきいてくるので、またそれに応えていく、ということをする内に、なんだかその自分の返答の履歴に律義に忠実であらねばならないような気分にさえなるというか、そうするのが義務のような妙な気分にさせられるのに気づいて、うるさい気分になってきたのだ。


 矛盾した好みであろうと何だろうとその時自分が食べたい物をお弁当につめていて何が悪いんだろう、一つの好みや志向に全て合わせて統制されているほうがきれいなお弁当かもしれないけれど、別にひとにみせるためのものじゃないのに。と。


 そこで目覚めた。


 夢から醒めて私は、誰かが人目や人にどう思われるかを気にせずに本当の自分をちゃんと誠実に生きていると、それをしていない人たちはそれが気になっていちいち干渉したくなるのだ、とどこかで聞いたことがすとんと理解できたような気がした。そういうものなのだ、と。たとえば本当に自分が食べたいお弁当の内容が、この世に生まれて来てこんなことを学ぶんだ、って自分で決めていた魂の課題や科目だとしたら? そんなことを寝ぼけたままで考えていた。そしてまだ眠かったのでもう一回寝た。


 自分の人生の選択に責任をちゃんととらず、人目や人の思惑ばかりを気にしている人は、なんだかんだと人に干渉してもされてもいいと思っている。だから言いたい人はすきなように言うし、そんなのその人の問題なんだから、それに付き合いたいと思わないならわざわざ親切に付き合う必要などないはずなのだ。

 そうでないと単なる親切を勘違いされてつけあがらせるとかしつこく絡(から)まれるとか、自分と他者を尊重する為にある境界線を侵食されて面倒なことになる。


 要はそんなようなことを夢は教えていたように思った。


 私ははじめ親切にもいちいち質問に応えていたが、その自分の応答の履歴に忠実であらねばならないような、妙な義務さえそのうちに感じ始めていた。そうあるべきだという相手側の勝手な期待のようなものに影響され始めていることに気づいたのだ。そんなふうに、いつの間にか、初めは何気ない単なる親切のつもりで始めた、自分で丁寧に作り上げた応答の檻に、いつの間にか追い込まれるように、閉じ込められてしまう。そういうことが実際にあるのではないだろうか。


 そこから脱け出すのには、違和感を感じた時点で今までの自分の応答やその履歴とどんなに矛盾していようが何だろうが、そのときにしたいと思うように、煩わしいと感じることに関わるのを一旦止めるなり、立ち止まって見たらいい。そうしてそれが本当に必要なのか、それは適切なのか、よく考えてみたらいい。それだけのことなのではないか。


 何となくそんなことを、私は思ったりした。




 海と陸が遊園地の一日パスポートを三枚もらったとのことで、ある晴れた日曜にその遊園地に遊びに行くことにした。すかっとしたかった私は思いきり楽しんだ。二人も楽しんでいた。絶叫マシンに乗って、両手を上げて叫ぶのが気分良くて、三回も立て続けに乗ったりした。私は夜遅くまで楽しんでも良かったのだけれど、二人が次の日の朝練に響くからと、花火が上がるのをみんなで見て、それを潮時に帰ることにした。


 退園しようとしたときに、後ろから来て私たちを追い抜くように早足ですれ違った女の子たちのグループの一人が、すれ違いざま、はっきりと聞こえよがしに


「ビッチ」


 と私に言って行ったので、ん? と思っていたら、私の隣りにいた陸や海にもそれはしっかりと聞えていたらしくて、


「なんだあいつ!!」


 とうとつに怒り出した。


 私は何を言われたのか最初わからなかったので、何か言われたみたいな気がするけど、何て言った? という感じだったが、二人の様子から、音声を脳内でリピートアゲイン。そしてその言語を再構成し認識してから何だかとても侮辱(ぶじょく)的な差別用語を言われたらしい、とやっと理解した。どうやら二人のファンの子たちもここに来ていたらしい。


「ほっときなよ」


 私がそう言うと、海と陸はさらに怒り出した。

 それで追い抜いて行った女の子たちグループを追いかけて行って、彼女たちの背後から


「おまえら何なんだよ!」

「卑怯なことばっかりするなよ!!」


 と怒鳴りつけていた。

 二人に置いてかれた私は少し離れたところからそれを見ながら、あら~と思っていた。

 ほっときゃいいのになあ、と思いながら二人のところに早足で歩いて追いつくと、怒鳴られた子たちは振り返らずにそのまま知らないふりして駐車場の方へそそくさと移動して行くところだった。

 私たちは電車で帰るので駅へ向かうべきなのに、海が私の手をがしっと握り、


「行こう」


 と言って、陸と彼女たちの後を追いかけ、駐車場へ引っ張っていかれた。

 追いついたところで、彼らはまた


「おまえら卑怯だろ!!」

「言いたいことがあるなら、こっち向いてはっきり言え!」


 と怒鳴りつけた。


 女の子たちは六人いた。中にはどこかで見たことがあるような子もいた。戸惑ったり怯えたような様子の子もいれば、無言でこっちを睨んでいる子もいた。客観的に見たままを言うと、その子たちは女子の中でもけっこう可愛い方の子たちだったと思う。ファッション誌に載っているモデルみたいにおしゃれだったし。でも相当陸は頭にきていたのか口汚く罵(ののし)った。


「なんか言え!! このブス!!」


 可愛い女の子はたいていプライドが高い。

 自分が可愛いと知っているし、人からちやほやしてもらうのに慣れているから。

 それで、その中の特に女子力高めのリーダー格らしき女の子が静かにキレたみたいだった。


「なんなの、ちょっと人気あるからって、いい気にならないでよ」


 そう言って陸にタイマン勝負を挑みだしたので、私は、うわ~、と思いながら見守ってしまった。やだ、ちょっとなにこれ。面白い。性格の悪い私が他人事のようにわくわくしていたら、


「いい気になってんの、おまえらだろう!」

「何自爆してんだよ、ブスな上に頭も悪いのか、バカなんだな!!」


 海もさらに悪口を言い出したので(双子は普段こんなことは言わないしお行儀も育ちも良い爽やか少年だけれど、実際はものすごく口が悪いのだ)、明らかにショックを受けている表情の子たちもいた。

 ああ、かわいそうに。王子様の虚像が崩れたのだね。

 泣きそうな女の子たちを、私が淡々と眺めていたら、何故か矛先がこっちに来た。


「何なのよ!! 涼しい顔して!!! あんたが全部悪いんじゃないの!!!!」


 なんで私が全部悪いんだろう、とまじめに疑問に思っていたら、

 続けざまに他の子たちも唱和し始めた。


「そうよ! このブス!! ビッチ!!!」

「クソビッチ!!!」


 ひどい言われようだった。

 ○○▼▼◇◇▲▼!!!!! 次第にエスカレートしていく侮辱言葉の合間を縫って漏れ聞こえてきたものを総合して要約すると、


・海と陸の二人は以前はこんな下品で嫌な男ではなかった

・優しく品行方正なみんなのアイドルが下品な奴になったのはすべてあんたのせい

・幼なじみの特権をつかって二人につきまとい堕落させる下品な女

・おまえがいなくなれば全てがうまくいく

・優しかったみんなのアイドルの二人を返せ

・おまえは悪魔だ、天使を堕落させる悪魔だ、この性悪女め

・ブス、ビッチ、能無し、脳天気なバカ、クソ女、その他

 

 ということだった。


 その間、海と陸が何を言っても怒鳴っても、上記の論点にすぐに戻るので、堂々巡りにしかならない怒鳴り合いだか喚き合いだかわかんないような口論が夜の駐車場でヒートアップしていた。


 私はとにかく目の前で展開されているものに驚いていた(面白かった)ので、黙ったまま彼女たちの言い分がどのようなものなのかを呆気に取られて、ただ珍しいものを見聞きするように聞いていただけだった。未知の論理だけに、そうか、そういう風に考えてそうなるのか、全くわからないがすごい。鋼鉄の私情に思いっきり流されていて支離滅裂なのにもかかわらず、しっかりたっぷり嫌味をかましている。しかもかなり陰険で底意地の悪さに磨きがかかっている! 見た目以上の年季を感じる。うなれ虐めっ子魂!って感じ。絶対学校とか地域とかでいじめや嫌がらせや何かをしていそう。なんなら親子でやっていそう。うん、彼女たちにはとにかくすごい勢いがある。そして罵詈雑言(ばりぞうごん)や侮蔑(ぶべつ)語の語彙(ごい)力がとてつもなく幅広い。これは相当な使い手。すごいぞ、悪魔の双子に負けていない! もはや収拾がつかない勢いです!! といちいち他人事のように感心していたのだ。


 そんな私の態度に業を煮やした彼女たちが更にヒートアップしていくので、海と陸がなんだかポジショニングを図るみたいに目で合図して私の前に立ち位置をずらした。陸が私のすぐ前、その前に海。最前線で応戦するのは悪魔のように口がたつ海が担当したようだ。その援護射撃に陸、と言ったところか。


 突如戦場と化した駐車場で罵詈雑言バトルが華々しく火花を散らし、私はそれに、何というか、いいぞもっとやれ(?)くらいな不謹慎さで参戦しているみたいな感じだった。

 喧嘩(けんか)って、お祭りみたいなもんだよね。

 わーっと盛り上がって、火花を散らして、そんで行き着くとこまで行ったら終わり。

 踊りたいだけ踊って、満足して、それで終わったら帰るしかないから帰る。

 何となくそう思いながら落としどころを探っていたら、


「何なの、二人にかばわれていい気になって!!」

「海君と陸君の陰に隠れてずるい!! 卑怯者!!」


 から、とにかくずるい!!! の大合唱になった。


「ずるいのも、卑怯なのも、陰に隠れてこそこそと卑劣な真似してるのも全部おまえらだろう!!! おまえら自分がしていることわかってんのかよ!!? 全部自分たちのことじゃねーかよ!!! 自己紹介で自爆しまくりじゃねーか!!!!」

「そうだよ、何ひとに責任転嫁してんだよ、自分らが卑怯で姑息でずるいからって、勝手にひとも同じだと決めつけんな!!!」


 海と陸が怒鳴ったけど、彼女たちは馬鹿の一つ覚えみたいにみんなで一斉にずるいずるい言い出した。まるでそうやって強情に駄々をこねて言い張っていれば自分たちの意見が通るとでも信じているかのようだった。


 こりゃだめだ。

 収拾つくどころか、何だかより愚連隊(ぐれんたい)化して幼児化して退行してしまった。 

 そう私がヒソカに分析していると、


「亜実が自殺未遂したのだってあんたのせいじゃないの!!」

「人をあんなに傷つけておいて、何のうのうとしているのよ!!」

「こんなところでよく笑って遊んでいられるよね!! 無神経!!」


 とか口々に言いだした。


 それは私に向けて放たれた口撃だったのに、海と陸はまるで自分に言われたかのように傷ついたみたいだった。瞬間、さっと二人の顔色が変わるのが私には手に取るようにわかった。二人の血の気の引く音やその感じまで、波になってこちらに伝わって来るみたいにして。


 そうして怯んだ二人を押し切るようにまたずるいずるいの大合唱が盛大に始まり、私は静かにぶちキレていた。


 人の優しさや純粋さににつけ込むような汚い真似しやがって、なんてことしやがる。

 だいたい、ずるいってなんだよ。小学生かよ。幼稚園児か。

 私は黙っていたがものすごくかちんときていた。

 はらわたが煮えくり返って、静かに猛烈にブチ切れていたのだ。

 私はそんなに好戦的な方ではないと自分では思うけれども、一旦ブチ切れてしまうと、徹底的に闘うモードに入るので即座に考えが切り替わる。つまり一旦、闘う、と決めたらもう毒を食らわば皿までも、もしくは、肉を切らせて骨を断つぐらいの考え方に切り替わってしまうのです。


 私はそばにいた陸の胸倉を掴(つか)んでぐいと引き寄せ、みんなの見ている前でぶっちゅーと音がしそうなほどの濃厚なキスをかましてやった。しっかり舌をからませてから一旦顔を離して、驚いている陸に目で‟合わせろ”と有無を言わせず合図してから、またしっかりキスをした。彼の頭や背中にしっかり腕も絡ませて。陸も面白がってのっていたので、結構長い間してたかも。


 そして陸から身を離すと、今度は呆気にとられている海を掴んで引き寄せて、また陸にしたのとおんなじキスをかましてやった。海は最初からのっていたので、一旦離れる事もなく、そのまましっかり舌も腕もからませて濃厚なキスをしてから、もういいかなというところで身を離した。


 そうして私は彼女たちを睨みつけた。


「私は二人が好きなの、ずるくてけっこう、それの何が悪いの?!! だから何だって言うのよ?! 二人を返してほしければ、下品な悪魔のようなオンナの呪いから、かわいそうな二人の王子様が目覚めるまで大人しくお祈りでもして待っていなさいよ!!!」


 唖然(あぜん)としている女の子たちに言い放って、ふんっと鼻息も荒く私はそこから立ち去った。

 ビッチ上等だ。もう知るか。

 すぐに海と陸が後を追って来て、私に追いついた。私は無言でずんずん足音も荒く駅に向かって歩いていて、まだ頭にきてはいたが、はらわたは煮えくり返っていてもわりと冷静だった。


「どこであんなこと覚えたんだよ」


 海が不機嫌そうに私にきいてきたので


「そんなのあんたたちが小さいときに何も知らない私にしてきたことでしょうよ」


 海はどもりながら言った。


「そ、そうか」

「なんか、すごかったな」


 のんきに照れて嬉しそうにはしゃいでる彼らに、私は、ふん! と鼻息も荒くひっかけて、


「あんなのほっときなさいよ!! あんなのにかまうから、こんなによけいな無駄な時間とエネルギーを使っちゃったじゃないの!! 次の電車の時間まで20分も待たないとならなくなったじゃないの!!!」


 と怒ったら、二人はにこにこしながら言った。


「そうでもなかったよなあ」

「うん、おかげでいいことあったし」

「何が幸運につながるかわかんないってことだな」

「そうだよな。災い転じてじゅうぶん福となったよな」

「なあ神奈、またしようよ」

「続きしようよ」


 とまとわりついてうるさいので、


「うるさい!!」


 と怒鳴っても、二人は終始にこにこしていた。




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