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電車に乗っている時とか最近なんだかやたらこちらをチラチラ見ている女の子たちがいるなあ、と、気づいてはいたが、何だろう? とは思っても、とりあえずあまり気にしていなかった。本を読むのに夢中だったのもある。それがどうやら海と陸のファンらしいということに気づいたのは、私の無頓着さに業を煮やしてか、彼女たちがすれ違いざま何かわざと音をたてたりして注意を引いてから睨みつけてきたり、何かひそひそしているのを見せつけるようなパフォーマンスを展開しだしたからだった。
へんなの。
私はそれでもそんなに気にしなかった。
こっちに気づいてもらって嫌がらせが成立する、という手法が、なんだかあほらしいというか、相手にしてもらって初めて成立するのに嫌な思いをしてもらいたい、ってどういう神経なのだろう、と何となく思ったりしていた。
そんなの相手が相手にしたくなきゃ終わりでしょうに。
どこの世界に自分に嫌がらせをしたい人のために、あえて関心をもってあげる親切な人がいるというのか、と私なら思うけれど、実際はそういう嫌がらせは日常茶飯事にあるから、その分みんな気にしてあげるんだろう。だからこういうのが有効であると刷り込まれているんだろうな。
そう思いながら無視していたら、またさらに業を煮やしてか、聞こえよがしに何か言っていたりするようになった。何か聞こえよがしに言って、聴かせたいみたいだったけれど、実際には何を言っているのか殆ど聞えなかった。関心がないからだった。
何か言っているみたいだな、くらいはわかるけれど、そこまで来ると、私も意地になっていたのかもしれない。相手になんかしてやるもんかって。それで直接何かされているわけではないので放っておいたが、学校の付近でも他校の女子生徒がうろついてはそれをやるようになったので、キイナと聡子が怒って調べだし、あることないことをごちゃ混ぜに面白おかしくでっちあげて噂にしてばらまかれているということと、どうやらその噂の出どころは亜実ちゃんをはじめとした陸と海の学園内ファンクラブの一部のメンバーらしいということがわかった。
彼女が私に直接接近する事が出来ないので人を使って遠隔操作ばりに干渉しようとしていると知って、さすがにそのしつこさに驚いた。
何かあったら知らせるようにきつく言われていたので、両親や弁護士さんに一応こんなことが起こっていると伝えて、こうなると仕方ないので海と陸にも伝えた。何でもっと早く知らせないのか、とみんなから怒られる羽目になったが、それまでは彼女が絡んでいるなんて知らなかったのだから、知らせようがないではないか。
それで弁護士さんを通じて私に関して誹謗中傷をしたりしないように約束させることになったが、信用できないので今度は念書ではなく慰謝料や罰則も盛り込んだ公正証書にしてもらおうということになった。そうしたら今度は相手の両親がものすごくごねてきた上に、当の本人もヒステリックになって、どうして自分だけが責められなければならないのか、と色々喚き散らしたようで、実は前回の嫌がらせの際、家宅侵入をしたときに、私が出先にいるのをそのファンクラブの一部の子たちの何人かが監視して電話やメールで彼女に知らせて協力し、家に侵入する際にも共犯者の一人が家に電話をかけて私の友人を装って母を電話の対応に足止めさせていたことや、飲食物へ睡眠薬や下剤等を投入していたこと、複数の見張り役や尾行役のストーキンググループがいたことまで判明し、しかもそれが一度きりではなく、何度も繰り返してあったことだと判ったのだ。海と陸が仕掛けていたカメラの映像が残っていたので確認してみるとそれらが少し映っていた。それでなんだかまた大騒ぎになった。
驚いたのは、それをしていた当人たちは、バレたらまずいことだと犯罪だと『きちんと認識している』のにもかかわらず、『たいして悪いことをしていない』と思っていたことだ。いじめや嫌がらせ遊び、スパイごっこの延長くらいに思っていたのだ。むしろ背徳感を愉しんでいたらしい。狂っているとしか思えないし、心底気持ち悪い。これではもう異常者の集団ではないか。もちろんそんな甘い思惑は通じるわけがなく、今回は学校にも連絡を入れることになったし、親の会社にも連絡がいったりした。計画性があってずいぶんと悪質なので弁護士さんから警察にまた届けることになった。こうなると未成年者だろうが何だろうが、もう立派な組織的犯罪者集団だし、関係者を芋づる式にあぶり出して訊いていったら色んな余罪が出てきそうな感じだったので後は警察に任せることにした。
亜実ちゃんがいわば自ら自爆したのは、その前に、海と陸からみんなの前で
「嫌がらせや誹謗中傷をする人には関わってほしくない。今後声もかけてほしくない。俺らにも俺らの友達にも関わらないでほしい」
ときっぱり言われていたからだと思う。
海と陸はべつに彼女だけに言ったのではなく、学園内のファンクラブのメンバー全員に対して言ったのだけれど。
それまで弁護士さんから、あまり刺激しない方がいいから、と止められていたので、彼らから彼女に対して何か直接言ったりしたりすることはなかった。が、今回はさすがに二人ともかなり怒っていて、自分たちから先に怒りに任せて衝動的に動いてしまったのだ。結果、それで色んなことが明るみになった。
「最初からこうしていればよかった」
「穏便に済まそうだなんて、ばかだった」
海と陸はそう言って、明らかになってきた事のあまりの悪質さに憤慨していた。そして私に何度も謝ったが、二人が悪いことをしたわけではないので
「謝らなくていいよ。それより色々助けてもらったし。弁護士さんに頼んでくれたり、証拠を揃えてくれたり。感謝しているよ」
そう言ったら、なんだか泣きそうな顔をしていたので気の毒になり、二人の手をぎゅっと握って
「ありがとう。もう気にすることないよ。十分助かった。かたじけない」
と付け足した。
二人は泣き笑いみたいな顔で笑っていた。
二人があんまりにいいやつすぎるから、みんな彼らのことが大好きなんだろうなあ。どうしてもほしくなるのだ。きっと。優しいし、まっすぐなところがあるし、気持ちがきれいだし。
なんとなくそんなことを考えていた。
それでもまだ何かがありそうなすっきりしない感じがしていたら、その予感は当たった。当たってほしくなかったけれど。
亜実ちゃんが睡眠薬を大量に服薬して自殺未遂を図り、それを盾に彼女の母親が被害届を取り下げてほしいと連日泣きついてくるようになったのだ。それもうちだけではなくて、海や陸の家にも。彼らのところには、
「どうかお見舞いに来てやってほしい」
と泣きついていたみたいだけれど。
その度に警察にパトカーでお迎えに来てもらった。
家の前で大騒ぎするため近所迷惑だからだ。
それでうちだけではなく海と陸の家の件もまとめて弁護士さんにお願いすることにしたようだ。弁護士さんを始め海や陸の家の両親もうちの両親も口をそろえて絶対に関わるな、相手にしてはいけない、とのことだったけれど、さすがに海も陸も動揺していた。私は驚いたけれど、何となく予想はしていたのでそれほど動揺はしなかった。彼女の執拗さなら何かまた強引なことをしでかしそうだなと思っていたのだ。
自殺未遂も狂言だろうと思っていた。
言わなかったけど。
実際、すぐに発見されたため病院で手当てを受けるのも早く、命に別状はないが家族からの要請により簡単な検査のために入院しているだけだと後に弁護士さんから聞かされた。彼女単独なのか家族ぐるみのパフォーマンスなのかわからないが、たぶん、これも《取引》のためのものであろう、というのが弁護士さんや双方の両親たちの見解だった。自分たちの要求をこちらにのませるための《取引》のひとつの手段としてよくあることなのだそうだ。なので、相手にしてはいけない、と厳命された。
「ずるい人はひとの同情を買おうとするんですよ」
弁護士さんが、私や動揺する海と陸にそう言い聞かせるように言っていたのが印象的だった。
私は特にこの件に関して何も言わないで、物事がどの様に流れていくのか、何を見せられるのか、ただ静かに見ているだけだった。私の周りで色々な人たちがメリーゴーランドの廻る景色のように色々な表情を見せるのを、中心から静かに見つめているだけだった。
衆目を集める事件だけに色々な憶測が飛び交い、すきなようにあることないこと織り交ぜて面白おかしく色んなことを言う人がいるのはいつものことだったけれど、まあ、何というか賑やかだった。好奇心を隠しもせずにぶしつけにプライヴァシーに関わることを聞いて来たり、よく知りもせずに好きなように解釈した挙句、自分の持論をいきなり説教かましてくる強者もいたし、聞こえよがしにそれをこちらに言ってくる姑息な人もいた。本当に色々な人間模様を見た気がする。それらをただ珍しい景色が廻っていくように眺めていたのだ。
海と陸はちょっと痩せた。部活も辞めた。実際は休部扱いだったけれど。先生も仲間もいつでも戻って来い、って言って待っていてくれているらしい、とキイナや聡子経由で知った。
毎日二人が迎えに来て、彼らの勉強部屋で一緒に勉強してご飯を作って食べる。そして彼らに送られて一緒に帰る。それをただ繰り返した。
みんなで一緒にご飯を作ったりしているときなんかは楽しそうにしていたけれど、何となくこれではいかん、と思い、私は学校帰りに二人を誘ってあっちこちの美味しいものを買い食いしたり、休憩時間のおやつに買って帰ったりした。それでおこづかいが飛んだけれど、それまで二人によくごちそうになっていたので、気前よくぱっと使った。それはそれで楽しかったのだ。でも二人も結局自分で出したりおごり返したりしてくれるので、結局それは自然にバランスよく割り勘に落ち着いた。
それで勉強部屋に行く前に、あちこち美味しそうなものを探して歩くのも習慣になった。
「お前、俺たちをデブらせる気かよ~」
「同じくらい食べてるのに、何で神奈は変わらないんだ?」
「知らないよ。あんたたちは今まで運動するのが習慣だったから、それをしない分太りやすくなってるのかもよ?」
そうは言っても、元が前よりも痩せていたのだから、前より少しふっくらしたかな程度だったが、二人はしきりに
「体が重い」
「なんか動きが鈍ってきた」
と言うので、
「じゃあそろそろ部活に戻んなよ。みんな待っていてくれているんでしょう?」
と言ったら、二人はちょっと黙った。
「戻りたいんでしょ。変に遠慮しないで自分がしたいことすればいいじゃん。それに、やっぱり部活やってた時の二人の方がかっこよかったよ」
と言ったら、なんでかちょっと照れていたので
「このまま私とでぶ道を極めるか、引き締まったかっこいい男になるか、どっちか選べ」
「なんだよそれ」
「その二択しかないのかよ」
「そうだよ」
私が言ったら、二人は笑っていた。
それからすぐに二人は元どおりに部活に戻った。そして無事? 体型も戻った。
初めからそれをしようと思ってしたわけではないが、結果いい方に勝手に収まったので、結果よければすべてよし、だった。それでまた、週三日の共同勉強に戻った。
弁護士さんや警察に任せてあるので両親や海と陸からのまた聞きでしかないけれど、亜実ちゃんや一部の子たちは警察から厳重注意を受け(ここまで色々なことをしでかしていても未成年者ということで結局処分は甘かった)、退学したり、転校したり、突然の病気で長期入院のため(という名目で)休学することになったりしたみたいだった。家族ごと新天地へと引っ越して行った子もいるらしい。




