24
「人間よりも嗅覚が優れている動物たち……ペットなんかもそれできっと苦しんでいるだろうね。言葉にできないから人間は気づかないでいるけれど。人間よりも体も小さいし有害物質への曝露の影響は大きいだろうし」
「洗剤を無香料無添加の石鹸等に変えてその他の化学物質を控えるようにしたことで、目の周りに目やにや涙が絶えなかった室内犬が目やにが出なくなって目の周りがきれいになった、変更前と後の比較写真を見たことがあるよ」
そう言って、レネ君は携帯端末を操作してSNSに投稿されている写真を見せてくれた。聖一さんもそれを眺めながら言った。
「香害や化学物質過敏症の患者さんが実際にいるのだから、動物たちの方が人間よりも有害物質によるダメージが大きい可能性も高いだろうね。体に付着した化学物質やマイクロカプセルをそのまま舐めて直接体内に摂取してしまうし」
室内に閉じ込められて、自分で換気も逃げる事もできない、そんな中で有害物質を強制的に吸引させられて摂取させられているとしたら、本当に可哀そうだ。特に体の小さな生き物にとっては、その毒性の影響も強くなるし。それは人間でも小さな子供や赤ちゃんだって同じだし。
「健康被害があるような化学物質だと解っていても、自分は平気だから大丈夫と思って使っている人もいるだろうね」
私がそう言うと、レネ君も頷いた。
「天然のアロマオイルやハーブが心や体に良い影響を与えてくれる嗜好品としても広まったけれど、それよりも安価で手軽な人工香料も広まったから、いい匂いだったら合成された偽物でもいいものだと思っている人もいるだろうし。これって要は、五感を刺激する事で得られる快不快の感覚もハッキングされている事の一種なんだよね。本物と偽物の区別がつかなくなるだけでなく、偽物の方の強い刺激に感覚を乗っ取られてしまって、本来機能すべき機能が働かなくさせられているんだよ」
「気づかずに大切な感覚や感性が狂わされているって、けっこう怖いよね」
──感覚や感性は自分の進むべき方向性を教えてくれる大切なセンサーだし、道標や羅針盤にもなるのに、それを狂わされて、きちんと認識したり機能出来なくさせられたら、色々な面で思わぬ支障が出そうだ。
「私達の軆がもつ本来の力や潜在能力が、あらゆる方面からあの手この手を使って手枷足枷をかけられているみたいに思う。五感の官能性もそうだし、感情や、言語化できない微細な感覚や感性にしても、貶められたり、本物よりも本物らしい偽物やある種の幻惑を強く埋め込まれて、本物を識別できなくなっていたり、本来の潜在能力が発揮できない様になっていたり──それは人が関わる他の生命やすべての存在との関係性にまで響いているし、そこから生まれている不協和やバランスの歪みや偏りが色々な問題に波及しているみたいに感じる」
私がそう言うと、レネ君と聖一さんは、黙ったままで静かに私を見つめた。そしてレネ君が静かに言った。
「だから自分であらゆる面において、よく考えて、吟味して、学んで、取捨選択していかないといけないんだよ。日常の中のあらゆるところにトラップが仕掛けられている様なものだから。でもそれに気づけるかどうかでも、既に選別が始まっている様なものなんだけれど」
何となく黙って言われたことを反芻していたら、聖一さんが私を静かにずっと見つめている事に気づいた。彼と視線が絡んで、何か言った方がいいのかな、と思って、尋ねてみた。
「私達の身体性や感性って、どうしてこんなにも蔑ろにされているのかな」
「誤った方へと誘導してそのひと本来の能力や才能、潜在能力を発揮できない様にしておく方が、自分達の利益に繋がると考えている人達が現実にいるからだし、そうした操作や支配が人と人の関係性の中で主流になってしまっているからでもあると思うよ。小さな日常の選択の中で、一人一人が自分でもそれを選んでしまっているんだよ」
「……本物と偽物の違いをきちんとみんなが見分けられるようになるにはどうしたらいいのかな」
私が呟く様にそう尋ねると、聖一さんは「それは、その人自身の経験を重ねるしかないよ」と即答した。
「こうすればいい、失敗しない、みたいな正解はなくて、大なり小なりの手痛い失敗も重ねて、自分で見極められるようになる必要があるってことだよね」
「そう。時間も手間もかけて学ぶから、実力になる」
「それこそが醍醐味だし」
レネ君が言って、私も納得した。確かに、正解を予め知っていて、ただ単に効率よく障害や困難を避けていくだけでは面白くない。満身創痍になれとまで言わないけれど、ちゃんと傷ついたり、痛い思いをしたり、失敗したり、真剣に悩んだり、真摯に後悔したりしないと生きている実感としての喜びも、その都度新鮮に感じられないのではないでしょうか。とか、考えてみる。
「感覚や感性がきちんと働くにはどうしたらいいのかな?」
「うーん、そうだなあ。色々な原因があるだろうから一概に言えないと思うな。……シンプルに、よく眠るとか? しっかりよく眠ることで色んなものがリセットされるし」
そう言ってから、聖一さんはきちんと真面目に答えてくれた。
「なるべくいいもの、質の良いもの、本物に触れる、親しむ事だよね。アートも役に立つけれど、人工的な美しさよりも自然の美しさに多く触れる方がもっといいかも。自然のもつ圧倒的な美しさとか、神聖さのようなもの、霊的な息吹や、畏敬の念のようなものを全身全霊で軆ごと心ごと丸ごとで感じる事が一番いいと思うけれど、それが難しいなら、人の手によって整えられたものから入って行くのもいい。橋渡しをしてもらうんだよ。音楽や文学、絵画、舞踊や武芸、スポーツ、園芸、宗教的な美術、建築物やセレモニー……色々な芸術があるから自分に合ったもの、夢中になって楽しめるものから入るのもいいんじゃないかな」
「色々ありそうだね」
面白いな、と思って私が頷くと、聖一さんも頷く。
「本来は人の営みの全てがそうなのだけれど。仕事もそうだし。それは辛いもの、嫌なもの、我慢して行うものだと思い込まされているけれど、本来は労働そのものにも喜びや美しさ、人の営みの芸術があるんだよ。今はそうしたものからも切り離されているからわからなくなっているけれど、本来はそれぞれに自分の魂の喜びに沿った仕事があるし、純粋に他者の喜びを自分の喜びとして感じる奉仕の精神も自他共に喜びを共有したり感応し合う様な感性もそれぞれに持っているものだから」
「……何となくわかる気がする。そうした感性も精神性もハッキングされて、いいように使い物にされているけれど、本来はそういうものだっていうことは、何でだか私にもよくわかる気がする」
「カンナはその喜びを既に知っているし、その通りに生きているから」
レネ君が言って、私は「そうなのかな?」。自分ではよくわからないな。前世というものがあるとして、そのときはそうだったのかもしれないけれど、今の私は何も特別な事などしていないし。ただ毎日を普通に生きているだけだし。
聖一さんは優しい微笑のにじむ瞳で私を見つめる。幼子を見つめるような、見守り、育むような、あたたかい眼差し──私のよく知っている彼の雰囲気そのものだ。
「本来は生きる事のすべてがアートみたいなものだし、本質を納めている宗教が担ってきたのはまさにそれなんだよね。生きる事や存在する事の全てに美しさがあって、それに気づく感性を養うこと。恩寵や神聖さ、神仏や霊魂の息吹、聖性や崇高さ、畏敬の念、永遠性、久遠の残響を感じ取れる感性を磨くこと、育むこと、それを表現すること、伝えること、渡していくこと、そこに本質が宿って、生命力の根源や魂の故郷の欠片が息づき、生命の燈火を遷していくように受け継がれていくから」
「なるほど」
「そのために五感の官能も使われるから、宗教的な芸術もその為に育まれてきたんだよ。音楽や絵画や建築物、儀式、所作、礼儀作法、舞踊や武芸、身体操作、生きる糧を分け合う事や、それらを美味しく頂く為の調理法、効能や特性を生かした選択方法や使い方、薬草や香草の扱い方……香りもそこで使われてきた」
「確かに。宗教的な儀式でお香とか焚くもんね」
私が納得していると、レネ君が私に尋ねた。
「セイが使っているハーブの香水やアロマオイルも独特だと思わない?」
「そういえば、そうだね。数種類の天然ハーブがブレンドされているものだという事やウッドノートだという事はわかるけれど、あまり他では嗅いだことのないものかも」
スパイシーで爽やかで、優しい森の香り。私も好きな香りだ。私がそう言うと、聖一さんは笑って教えてくれた。
「これは樹木の樹液から作られていて、元々は先住民族の神聖な儀式で使われていたものなんだよ」
「鎮静効果とかあるのかな? すごく落ち着く香りなんだよね」
「緊張を和らげたり心を落ち着かせて、不安やストレスを軽減させる効果があるよ。虫よけや抗炎症作用や鎮痛作用もあるから、万能薬や神聖な秘宝として先住民族の伝統として大切にされてきたものなんだ」
微かに香る程度なのであまり強くないけれど、ふっと芳香に触れたときに、何とも言えない快さを感じる。清涼感があるし、森林浴をしているみたいな気分にもなる。落ち着くし、静かな集中力を呼び戻してくれるような気がする。こうした生理的な変化も関係しているのだろうけれど、経験的にこうしたものを神聖なものとして扱ったり、そういう儀式に使ったりするのもよくわかる。
「本来は芳香って、こうした心身に良い作用をもたらす事を経験的に知っていたからこそ、伝統的に生活の中で大切に使われてきたんだろうね。嗅覚は脳へのダイレクトな影響が大きい分、生理的に精神性にも影響が大きいのもよくわかる。植物なんかの自然の恵みに感謝してその力を分けてもらうことも、そこに聖霊や精霊の存在を感じて大切にするのも、環境との相互作用の神聖性や存在の霊性や尊重性を呼び戻すし、ものすごく尊い意味があると思うな」
私がそう言うと、聖一さんもレネ君もにこにこしている。あまりに二人の雰囲気がやわらかな和やかさ、光るような幸福さに満ちているので、不思議に思って「なんでそんなに二人そろっていい笑顔なの?」と尋ねたら、二人は顔を見合わせて笑った。それからレネ君が言った。
「植物の精霊がカンナの周りで光を使って祝福をしているから」
「妖精の光の鱗粉をまとっているみたいに、本当にきらきらしているんだよ」
え、何それ、私も見たい。
「ティンカーベルみたいな?」
「そうそう。そんな感じ。精霊がカンナの周りを光を使って踊っているみたいな感じ」
レネ君が言って、私はますます羨ましくて仕方なくなる。
「いいなあ、私も見たい」
「神奈ちゃんは植物の精霊と相性がいいみたいだね。精霊を見ることが出来なくても、光の感じとか、ふとした時に目に映る花や葉のみずみずしい美しさにはっとするとか、何となくその存在の呼びかけに気づくことはできると思うよ」
「香りとか音も使って、呼びかけたりもするよ。カンナも、ふっと呼ばれたような気がして、そこに樹木や草花があることに気づくとか、そうしたこともよくあるでしょう? 何となく励ましてくれている気がするとか、ここにいるよ、って」
「あるかも」
何となく落ち込んでいて、だからと言って誰かや何かに何とかしてもらおうという気もない様なとき──独りでそれに向き合っているようなとき──ふと、そうした存在に気づいて、何となく慰められたり、元気づけられたり、ただ生きている事や在る事の喜びの様なもの教えてもらう様な気がするときが、小さな頃から何度もあったから。
ただこうして、風を受けたり、雨を受けたり、光を受けていることだけで、うれしい、気持ちいい、しあわせ──そう言っているような気がすることが何度もあったから。それで何となく、はっとさせられる。生きていることや在ることの有難さとか、ただうれしい、よろこんでいる、そういう感謝のような静かなよろこび。本当はいつも、当たり前の様に、そういうものがあるってことに。
私がそれをかいつまんで話すと、二人は更にいい笑顔でにこにこした。何が見えているのか、気になる。とても羨ましい。
「内省的になっているときとか、あまり外界に働きかけてどうこうしようという気がないときによくあったかも」
「いい意味で余計な力が抜けていて、日常の中で内外に静かな集中力があるときに、そうしたことが起きやすかったのかもね」
聖一さんにそう言われて、私は何となく思い出した。
「そういうときって、意味のある偶然の一致のような事も起きやすかった気がする。すべてがうまくかみ合う様な不思議な流れの中に入るように。抱えている問題がどんなものであれ、自分自身は何となく護られているような感じで、静かに落ち着いていられるの。だから生意気にも傲慢にも思われることもあったけれど」
「そうした日常の静かな集中力を高めていくことが、禅の修行の根幹なんだよ。君はそれを、何となく自然にしていたところがあったんじゃないかな。本当に小さな頃から」
「……そうかも。私、人に相談したり助けてもらおうという気が昔からあまりなくて、それはそれで問題でもあるんだけれど、でも、基本的に何でも独りで受け止めて静かに考えたり、日常の自分が目にするもの、聞こえるもののすべてから何かヒントを教わろうとしていることが多かったかも。だから、植物も動物も起きている出来事もすべてが教師みたいなもので、むしろ人に訊くよりもそこから教わることの方が多かった気がする。だから小さい頃は、ちょっとした野生児みたいなところがあったんだよね」
聖一さんは、ちょっとおかしそうに笑った。それから当たり前の様に言った。
「僕らが先住民族だった頃の君が、まさにそんな感じだったよ」
「慣れ親しんだ生き方がそのまま出ていたのかもね」レネ君がそう言って、「でも、そのおかげで自然や植物との繋がりが切れないで、要所要所でその絆を確かめるようにしていたんじゃないかな」。




