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 智也さんのお家が代々管理して来た神社やその御山の入り口まで連れて行ってもらったり、智也さんのお家で瑠偉ちゃんも一緒にご家族と一緒にお昼ご飯を頂いたり、瑠偉ちゃんのお友達(友達以上恋人未満らしい男友達もいた)とも一緒に遊んだり、お墓詣りにつき合ったり、みんなで夜の浜辺で焚火をしたり、智也さんのお父さんに連れられて山の植生について教えてもらったり、動画通話で陸と智也さんや瑠偉ちゃんが話したり、楽しく過ごした。


 智也さんの弟の和也君とも仲良くなった。今回滞在中、智也さんに和也君がついて来ることが多かったので自然に一緒に行動することになったのだ。彼は以前会った時よりも背がぐんと伸びていて、少し大人びた利発そうな爽やか青少年って感じになっていた。実際に賢い子らしくて、沙羅や瑠偉ちゃんや智也さんに色々と質問したりすると同時に、自分の知っている知識も分かりやすく丁寧に教えていたりもして、歳の差があまり感じられない仲間感があった。




「沙羅が和也から教えてもらったと言っていた共生進化は、生物学的事実(共進化や共生起源・共生進化) の一般的な概念だけではなくて、純粋な生物学用語を超えた、哲学的・社会的なパラダイムの事だったんだね」

 

 智也さんが感心した様に言うと、和也君は少し嬉しそうに、誇らしげに頷いた。尊敬するお兄ちゃんに認められて嬉しい、という感じがよく伝わってくる(ちょっと可愛いと思ってしまった)。


「俺が沙羅に伝えたのは、『森の哲人』と言われている稲本正(いなもとただし)※ さんという人が提唱しているものなんだよ。共進化から一歩進んだ、森や自然と人間が共に進化する考え方。生物学的事実を土台にして展開した現代文明の危機を乗り越える為の思想や生き方、社会デザインで、脳科学・物理学・生物学・社会学・文学・歴史(人類史や生命史)・自然体験教育・コミュニケーション学・森の再生・宇宙論なんかを横断した独自の視点や、生涯の実践と叡智の集大成みたいなものなんだ」 


「森の哲人、なんだかとても素敵」(私)

「なんかいいね、その称号」(瑠偉ちゃん)


 沙羅が頷いて簡単に私達に説明してくれた。


「すごく変わった人みたいだよ。智ちゃんみたいに、いい意味で。元々は物理学者で、飛騨の山の中で『100年かかって育った木は100年使えるものに』『お椀から建物まで』『子ども一人、ドングリ一粒』をスローガンに、工芸や広葉樹の植林活動、森との共生を実践しながら環境・教育・思想を発信していた方で、著作も多く、地域の森林活用法として国内産のアロマ研究開発も推進したりして、森と人間の共生、木の文明、循環型社会を一貫して追求されているの」


 和也君は携帯端末に保存されている本の表紙の写真や著作リストを私達に見せてくれた。興味深い魅力的なタイトルが沢山並んでいて、どれもこれも全部読んでみたい。森の惑星、心に木を育てよう 「緑の環境立国」宣言、緑の生活、木の聲(こえ)、ソローと漱石の森、森の自然学校、森と生きる 共生進化で持続可能な木の文明、森と脳から学ぶ──タイトル名だけでも素敵すぎて、わくわくする。色々質問していた私達に、和也君は説明してくれた。


「進化論についての誤読や虚偽の説明もあって面白いよ。元々は自然選択──適者生存(環境に適したものが生き残る)だったのに、いつの間にかそれが『競争に勝ったものが進化する』、『競争こそ進化』にすり替わってしまった。それによって資源の収奪も戦争も正当化され、そうした価値観も広まってしまったけれど、本当は、この惑星で最も成功しているのは植物で、それは生物量の約90%もの割合を占めている。あとは、昆虫。種の多様性が最大なんだ。彼等はおおむね競争ではなく「共生」で進化して来た。生態系では共生や中立的な関係が圧倒的に多いんだよ」


 へえ、そうなんだ、と私と瑠偉ちゃんは感心しつつ頷いた。


「進化生物学では『競争』と『共生・協力』の両方が進化の重要な駆動力とされているけれど、実際の生態系では『共生や中立的な関係」』が競争よりも多い場合があると指摘されている。『勝ったもの、強いものが生き残るのが自然の摂理』という偏った価値観の刷り込みが、実際に、環境破壊や戦争、資源の争奪、収奪、支配、搾取、社会的格差を正当化して来てしまっている歴史があるから、その思い込みや呪縛を解いて、実際のこの惑星の生態系の実態や、共生を軸にした価値観を改めて見直したり学びなおす必要があるよね」


 智也さんがそう言うと、和也君も頷いた。


「そして現実に、自然界の実態は共生や中立的な関係の方がむしろ多いからね。戦争や収奪を正当化したい、権力構造や支配構造を正当化したい・維持したい側の思惑や情報操作が働いているんだろうけれど、こうした情報操作による虚偽や誤読による刷り込み、思い込みはあらゆるところに入り込んでいて、社会に応用した『社会ダーウィニズム』も生み出してしまったんだ」


「社会ダーウィニズムって?」


 私が尋ねると、智也さんが説明してくれた。


「強い者・優れた者が生き残り、弱い者が淘汰(とうた)されるのは自然、として、人種差別、優生思想、選民思想、自由競争、帝国主義、植民地支配なんかを正当化する思想のこと」


「なるほど。それは犠牲のシステムや支配構造を正当化して継続・維持する駆動力の元だね。強欲やバランスの偏りを力技で正当化できるし。でも、強い者・優れた者が生き残り、弱い者が淘汰されるというのも現代社会において一面は真実でもあるよね。特にビジネス等の経済圏や、エリート教育の場なんかでは、それが当たり前にもなっている。だからといって、人種差別から続く諸々を正当化するのはおかしいと思うけれど。こうした世界や社会状況もその思想が根底にあるからこそなのかな」


 私が尋ねると、智也さんは「競争を否定はしないけれど、それが全てではない。あたかもそれが全てで天の摂理の様に振る舞う人間の在り方に問題がある」そう言って、続けて説明してくれた。


「元々ダーウィンが『種の起源(1859年)』で中心に据えたのは『自然選択(natural selection)』で、『生存競争(struggle for existence)』という言葉も使ったけれど、それは比喩的な広い意味だったんだ。個体同士の直接的な闘争だけでなく、環境への適応、他種との関係、子孫を残す為の努力全般を含んでいた。


 後に哲学者のハーバート・スペンサーが『生物学原理(1864年)』で使った『適者生存(survival of the fittest)』を、ダーウィンが後の版(第5版、1869年頃)でより正確な表現として一部採用したのだけれど、ここでいう『適者(fittest)』は、『その環境に最も適合(fitted)した者』という意味で、強い者や優れた者を指すわけではなく、環境が変われば適者も変わるということも意味していたんだ。


 ダーウィンは後年、『人間の由来』等で、「初期の版では自然選択に重きを置き過ぎた」と反省めいた記述もしていて、協力や相互依存の側面についても言及していたんだけれど、当時の社会は『競争』のイメージを強く受け取った。その背景には、帝国主義や人種差別、植民地支配、収奪や搾取の正当化や、そうした政治的な印象操作もあっただろうと思う。実際に、現代に至ってもそれは根深く続いているからね。優れた者・強い者・勝った者が多くを得るのが自然の摂理であるとして、人種差別、戦争、収奪や搾取も正当化してしまう。それこそ『競争原理こそが自然の摂理教』の思想哲学で経済や政治、教育、ビジネスを使って世界を支配しているようなものなんじゃないかな」


「競争による生き残り戦略も現実の一面であって、栄養状態の少ないところでは相手を殺して自分が生きるという戦略をとる場合もあるのは植物も同じなんだけれど、そうしたことが全てではない。むしろ共生や協力の方が多いのが現実の生態系を表している。それを見直すことで、いつの間にか偏ってしまっているバランスを回復させていこう、という事なんだよね」


 和也君がそう言うと、沙羅が「好みで言うと、共生や協力の方が断然いいな」。瑠偉ちゃんも頷いて「たとえ自分が勝っている状況であっても、だからと言って負けた方から収奪や搾取をしたいとは思わないけれどな」。私も頷く。


「私達の文化圏でこうした感覚や価値観が珍しくないのは、ある意味で恵まれた風土に培われたものなのかな?」


 沙羅がそう言うと、智也さんが頷いた。


「そうとも言えるけれど、でも、資源に乏しいとか厳しい環境に置かれていたとしても必ずしも競争原理が主流になるともいえないんだよね。むしろ共生や協力を促進する要因になったりもするし」


「そう考えると、人の倫理的な美的感覚って面白いよね。沙羅の言った好みって、結局は自分自身や人の在り方としてその方が善い、美しい、気持ちがいい、しっくりくる、と思うからでしょう?」


 私がそう言うと、沙羅も瑠偉ちゃんも頷いた。


「社会的な振る舞いとしても、これが善いという善性なんかの価値感や倫理観も、もちろんあるけれど、でも自分の好みって、好きか嫌いか感じるのと同時に、もっと深い所にある色んな経験とか感覚とか理想や憧れ、希求とか、在り方としての矜持(きょうじ)とか、色々なものが複雑に関わっていそうな気がする」


 沙羅がそう言うと、瑠偉ちゃんも、うんうんと勢いよく頷いて言った。


「社会的な道徳的振る舞いや規範意識から来る善悪による判断だけではなくて、もっと複雑で、自分でもよくわからないけれど、色んなものやプロセスがその好き嫌いの感情や感覚には含まれているみたいに自分では思うのだけれど、言葉にするとすごく単純な条件反射みたいに聞こえてしまうんだよね」


「そうだよね。でも、好みって大切だよね!」


 私がそう言うと、沙羅も瑠偉ちゃんもうんうんと頷いた。智也さんと和也君は何か意外なものでも見つけたかのように、興味深そうに私達の様子を見つめ、黙って話を聴いている。耳を澄ませているみたいに。私達は何だかガールズトークの雰囲気(ノリ)であれこれ思いつくままに口にして、話に夢中になっていた。


「感覚的なものや感情的なものって、実はその種類と言うか、その質や段階に、ものすごくふり幅があるものなんじゃないかって思うんだよね。言語化できない色んな知覚、経験知とか、直接的にしか知る事の出来ないような直接知とか、記憶、知識、智慧、希望や夢や、理想や希求、憧れ、複雑な色々なものも含まれていたりもするよね」


 私がそう言うと、瑠偉ちゃんが心から残念そうに言った。


「絶対そうだよね。言葉にすると、単純になってしまうけれど、そこで自分に起きているプロセスはもっと複雑なんだよね。でもそれって、説明できない、と言うか、説明するのがめんどくさいし、うんと頑張って説明しても理屈っぽくなると途端にその生命がしぼんでいくみたいにも思うし。鮮度が消えてしまうみたいに」


「あるある!! だからそれを相手が分かってくれるかどうかが肝だよね。やっぱり」(沙羅)

「そうそう!! 絶対そう!!」(私)

「伝わった感があるかどうかって、ここだよね。やっぱり」(瑠偉ちゃん)

「うん、時間かけて話し合えば伝わるってものでもないんだよね。これが」(沙羅)


 話に花が咲いた様に三人で和気藹々(わきあいあい)とそう言い合っていたら、和也君が「……なんか、女ってちょっとこわい」と一言。それでむっとした女三人に同時音声で「何でよ?!」と速攻で突っ込まれて、本当にびびっていた。それで智也さんが翻訳を買って出てくれた。


「つまり、自分の理解を超えたような女性の感性の神秘に触れたように思って、圧倒されて、畏敬の念を感じているんだよ。な?」

「……。」

 

 和也君は複雑そうな表情で頷いた。


「智ちゃんってすごいね。その翻訳能力と言語化能力。絶対にいろんな国の女性にもてるよね」


 瑠偉ちゃんが感心した様にそう言うと、沙羅も頷いた。もちろん私も。


「そんなことはないと思うけれど、アジア人で和国人だということで、現地でコミュニケーション役とか折衝(せっしょう)(negotiation)役として前線に出される事はよくあったかも。世界的にも平和的な民族と思われているみたいだね」


「いや、絶対にもてている!!!」


 何故か沙羅がびしっと断言して、瑠偉ちゃんが笑ってつないだ。「それで気づかないで優しくして、期待を持たせて、罪作りな事いっぱいしている!」


「……俺も和也の気持ちが今ものすごく分かる気がしているんだけれど……」


 私が笑って「智也さんがひきつっているよ、二人とも!」と言うと、沙羅と瑠偉ちゃんが「これくらいでびびっていてどうすんのよ?」「そうだよね?」と言い合っているのを、更におののく様に智也さんと和也君は無言で見つめていた




※稲本正(いなもとただし)


1945年富山県生まれ物理学者出身の工芸家・作家・教育者・実業家で、「森の哲人」的な存在です。 立教大学理学部物理科を卒業後、大学で研究に従事していましたが、シュレーディンガーの『生命とは何か』などに触発され、「植物がなければ人間は生きられない」と悟り、1974年に飛騨の山中へ移住。オークヴィレッジを創設し、木工・森との共生を実践しながら、100年かかって育った木は100年使えるものに」「お椀から建物まで」をスローガンに、循環型の木の活用と植林(「子ども一人、ドングリ一粒」)を実践。環境総合プロデュース会社オークハーツ設立、『森の惑星プロジェクト』開始、林野庁林政審委員、トヨタ白川郷自然學校設立校長・初代校長、東京農業大学客員教授、岐阜県教育委員などを歴任。日本産精油(yuicaブランド)の普及にも尽力。オークヴィレッジの木工品(グッドトイ賞受賞など)、G7伊勢志摩サミット公式記念品『森香炉』、明治神宮のCAFÉ杜のテラスプロデュース。2024年旭日双光章、2025年全国日本学士会アカデミア賞(社会部門)を受賞。


公式サイト「共生進化オフィシャルサイト」(kyoseishinka.jp)や「共生進化ネット」を通じて思想を発信しています。「共生進化」は、単なる生物学用語ではなく、生物学的事実を基盤にした哲学・社会思想・実践論として提唱されています。主な著書に『森と生きる 共生進化で持続可能な木の文明』、『脳と森から学ぶ日本の未来〜共生進化を考える〜』(2020年)、その決定版『定本 脳と森から学ぶ日本の未来:“共生進化”を考える』(WAVE出版、2025年)などがあります。



関連ウェブページ


共生進化オフィシャルサイト

https://kyoseishinka.jp/profile-inamoto/


wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E6%9C%AC%E6%AD%A3





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