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海辺の町に到着したら、瑠偉ちゃんが車で迎えに来てくれていた。再会を喜び合い互いの近況報告をして、一旦旅館に荷物を置いてから智也さんも一緒に瑠偉ちゃんのお家のお店で一緒に遅めの昼食をとった。智也さんが活動している医療ボランティアやレネ君の話題も出たので少し重いムードになったりもしたけれど、海鮮丼は美味しかった(さすがに沙羅が勧めるだけある)。
智也さんは今も問題解決していないレネ君の母方の故郷にある紛争地帯へと医療スタッフとして出発する予定で、その為に一時帰国して来たそうだ。沙羅が最後になるかも、と言っていた意味もわかる。現地では医療スタッフも国連職員も報道関係者も関係なく拘束されたり殺されたりしているからだ。植民地支配の為に戦争を続けている植民地支配国側は停戦合意を何度も破り残虐な虐殺を続けているし、周辺国にまで戦争を仕掛けてその戦争は拡大している。
「この国も他人事ではないと思うよ」
智也さんがそう言うと、瑠偉ちゃんも沙羅も黙り込んだ。私は聖一さんも同じ事を言っていたなと思い出していた。智也さんは以前にお会いした時よりも日に焼けて精悍な感じで相変わらず素敵な好青年だったけれど、以前の様な明るい感じは少し控えめになっていた。ちょっとした雰囲気の違いだけれど、それは沙羅にも微妙に影響しているみたいな感じで、彼女も普段の陽気さが少し控えめだ。
「いつ帰って来るの?」
沙羅が尋ねると、彼は「わからないな」と答えた。それでまた沙羅も瑠偉ちゃんも黙り込んだ。なんだかお通夜みたいなムードになりそうなところで、瑠偉ちゃんのお母さんが「サービスだよ!」とアイスクリームを私達に出してくれた。
「ありがとう、おばちゃん」
沙羅がお礼を言って私達もお礼を言うと、「そんなみんなで心配そうな顔していたら、智ちゃんだって不安になるじゃないの。気持ちよく送り出してあげなさいよ」と瑠偉ちゃんのお母さんが言った。
「そうしてくれると俺も助かるかな」
笑って智也さんが言うと、沙羅はちょっとため息をついた。
「しょうがないな。絶対無事に帰って来て、沢山私たちにお土産話をしてくれるって約束してくれるならいいよ」
「もちろんそのつもりだよ。俺は運がいいしね」
「そうだよね、智ちゃんって色々トラブルも引くけど結局後になって見たらそれでよかったみたいな事がよくあるもんね!」
瑠偉ちゃんがそう言うと、智也さんが笑って言った。
「今回も自分でも何となく大丈夫な感じはするんだよね。流石に母親には散々泣かれたけど」
「伯父様は?」
「ちゃんと勤めを果たして来いの一言で終わり」
「そっか、伯父様がそう言うなら大丈夫なのかも」
沙羅がほっとした様にそう言うので、私は「何で?」と訊いた。
「智ちゃんのお父さん、伯父様は兼業で神職もしていて、その関係か、ちょっと不思議なところがあるんだよ。失せ物探しとか行方不明者を見つけるのが得意で、地元の警察にたまに協力もしていたりするくらい定評があるんだ。そんな風に勘がいいから、伯父様が絶対ダメって言う事はあまりいい結果にならないとか、経験から私も知っているんだよね。ちなみに伯父様は智ちゃんに神職を継がせたいみたいで、その為の大学に行って資格を取るように智ちゃんが帰国するといつも言っている。伯父様が言うには、智ちゃんには自分と同じ素質があるんだって」
「神職って神主さん?」
「そう。私も巫女のバイトした事あるよ」
「私も」
沙羅と瑠偉ちゃんが言って、私が「似合いそう」と二人を見ると、瑠偉ちゃんが「写真見る?」と嬉しそうに言った。「見たい!」私がわくわくして言うと、瑠偉ちゃんは「持ってくる!」と二階に行った。何となく雰囲気の風通しがよくなった感じで、沙羅が言った。
「智ちゃんの家は本家で社家でもあるから山や神社の管理を代々しているんだけれど、それと別に事業もやっていて、伯父様は事業の方は弟の和也に継がせてもいいけれど、神職や山や神社の管理は長男の智ちゃんが必ず継げって昔から言っていて──智ちゃんもそのつもりでいるんだよね?」
「一応は。その約束で好きな事をさせてもらっているから」
「智也さんの神主さん姿も似合いそうだね」
「もちろん最高に似合っていたよ! また見たいなあ」
沙羅がうっとりして言うと、智也さんは苦笑した。
「十代の頃は社家の家族だから見習いとして手伝っていた事もあるけれど、大学に入って以降は色々忙しくて、もうずっとしていないんだ。帰国してもそんなに長く滞在しないし」
そんなことを話していたら、瑠偉ちゃんがアルバムを持って戻って来た。そして瑠偉ちゃんと沙羅の赤袴姿の美しい巫女さん写真と智也さんの神主見習としての松葉色袴姿(若い! そして白皙の美少年!! 沙羅がうっとりするのも頷ける!!!)の写真を見せてくれた。
「みんなすごく似合っている。なんかすごく綺麗だね」
「装束で雰囲気がだいぶ出るよね」
「それもあるだろうけれど、でもみんなそれぞれ凛としていて、とても綺麗」
姿勢とか、雰囲気とか、佇まいのようなもの。その人の本質的な綺麗ないい部分がきちんと出ている様な気がする。いい写真だった。本当に素敵、と眺めていたら、三人とも何だか照れていた。
「写真を撮ったのは誰なの?」(私)
「和也」(瑠偉ちゃん)
「あいつ、結構こういうのうまいんだよね。写真とか絵とか、そういう才能あるんだよなあ」(智也さん)
「そう言えば、仲間で映画を撮ってコンクールで受賞していたよね」(沙羅)
「あ、そうそう、それで智ちゃんのおじさんといつだったか喧嘩していた。和也は、映画監督になるから事業は継がない、兄貴も自由にやっているんだから俺もそうする!って言って、おじさんが大激怒して、絶対に許さーん!!って怒鳴って、外にまで出て派手に大喧嘩していたよ」
瑠偉ちゃんが言うと、キッチンの方から瑠偉ちゃんのお母さんが笑って言った。
「そうそう、近所中で有名になったの。和也君は父親の反対を押し切って将来映画監督の道に進むらしいって。さすが智ちゃんの弟なだけある!! 智也和也兄弟なだけある!!! って、しばらく噂の的だった」
「は、恥ずかしい……」
智也さんが両手で顔を覆ってそう言うと、みんなが笑った。
「でも、和也の撮る風景とか生物とか、私は結構好きなんだよね。映画監督が向いているかどうかわからないけれど」
瑠偉ちゃんが言うと、智也さんが言った。
「あいつ、俺にはつい昨日、将来学校創ろうかと思っているんだとか言っていたんだけど……」
「ええ? 映画監督はどうしたの?」
「何か、学校を仲間で創っていく過程や学校運営をドキュメンタリー映画として撮りながら配信もして、山や森の管理をしながら自然の中で学ぶ学校経営もするみたいな事を考えているんだとか言っていた」
「謎に進化している?!」
「そうなのかな?」
瑠偉ちゃんと智也さんのやり取りを聴いていた沙羅が、そういえば、と口を開いた。
「和也から六月頃に連絡がきたことがあった。私が心理学を専攻しているから、それについて質問したい事があるって。教育学や心理学系の事を色々訊かれたんだけれど、そこで和也から北の国にある森の学校(Schetinin School)※の話や共生進化についてとか、石垣の島にあるエコビレッジで一般の人や子供達が自然にあるものを使った家の作り方をボランティアをしながら学んでいたりする事を教えてもらったの。それで私も興味があって夏休みにフィールドワークも兼ねて石垣の島に陸と一緒に行ってきたんだよね」
智也さんと瑠偉ちゃんは興味深そうに沙羅の話を聴いていたけれど、智也さんが思い出したように言った。
「石垣の島にあるエコビレッジとか絵本の村とか、聞いたことあるな。世界で一人と言われている和国人のエコビレッジビルダ―が、和国や世界のお手本になる様なエコビレッジを創るというプロジェクトだよね。完全自給自足型の村と外部との経済機能も保持した村と2パターンの構想じゃなかったっけ? 確か別の地方で真菰ブロックを使った『龍宮城』プロジェクトなんかもやっていたよね」
沙羅は頷いて「そう。エコビレッジビルダーは山納銀之輔さんって人で、彼が中心になってやっている。世界中で色んなプロジェクトに関わっているんだよね。この国では他にも古民家再生とか講演活動とか色々している。石垣の島ではツリーハウスも造ったりして、子供向けの自然農や建築体験なんかができるフリースクール的な野外授業もやっているよ」。
私も旅行から帰った陸に散々聞かされていた。
「陸がすごく感銘を受けて来たみたいで、自然素材建築にもの凄く関心を持っているよね。ストローベイルだっけ? 麦わらや真菰のブロックとかマッドブリック(日干しレンガ)、土壁で家を造るんでしょう? 漆喰を使ったりして。化学物質を使わない『呼吸する家』が造れるんだって言っていた」
「それいいね。現地調達できる自然素材で化学物質を使わないで家を造れるってすごくいい。漆喰も健康面から見てもとても優れた建築資材だし」
智也さんが言って、「そうした知識や技術があるとすごく助かるんだけどなあ」と興味を示している。
「残念ながら、いつでも参加できるわけでもなくて、現場の進捗や安全、地域との関係を考慮して募集しているみたい。公式サイトや本人発信の情報を確認してもらうのがいいと思うけれど……、智ちゃんは忙しいもんねえ……」
「うん、いつか沙羅や陸君に教えてもらおうかな」
智也さんがごく自然にそう言った。
あ、沙羅が、とっても嬉しそう──それを見つめる智也さんや瑠偉ちゃんの瞳もあたたかい。それにしてもこの人達は、なんて綺麗に幸福そうに微笑んだり、その瞳に素朴なやさしい幸福さやあたたかさをにじませるんだろう。何となくそう思いながら、私はみとれてしまう。
「智ちゃんに教えてあげられるくらいに、陸と一緒にしっかり学んでおくよ」
「うん、楽しみにしている。宜しくご教授をお願い致します」
智也さんが頭を下げてそう言うと、沙羅が真っ赤になって焦っていた。
「う、智ちゃんに教えてあげられるのは、陸だけかも……」(沙羅)
「何でいきなりそんなに弱気なの」(私)
「何だか自信がなくなってきた」(沙羅)
「照れてるんだよ」(瑠偉ちゃん)
智也さんは照れて焦っている沙羅を、幼子の微笑ましい姿を見る様に優しく見つめていた。何となく、沙羅は幸せだな、と思った。沙羅は家族でとても苦労して来たけれど、こうした人達のあたたかさにも救われて護られてきているのがよくわかったから。沙羅みたいにきつい初期設定で、家族や両親からきちんと愛情や配慮を受けられずにいて、まだ子供なのに大人の世界に揉まれていかないといけない様な子たちにも、こうした素朴な温かさや優しさがたくさん降り注ぐといいのに。不安定な子供を利用したり、食い物にしようとする人達もいるけれど(そしてそうした人達は本当にたくさんいるけれど)、人間はそれだけではない──それが運のいい、悪い、なのかわからないけれど、でも、少なくとも、私達は、こうした本当に素敵だと思うものや、いいなと思うものを大切にして育んでいく事もできるのだし。小さなことでも、地味なことでも、こつこつとそうした事に自分の時間や力を使って行く事もできるのだし。
何となくぼんやりとしていたら、いつの間にかみんなの話題は和也君に戻っていた。
「和也も本気でやるつもりなのかも……親父が乗り気って言うか、一緒になって林業についてもあれこれ教えていたりしていたから」(智也さん)
「へえ、おじさんが乗り気って事は、和也も本気なのかもね。何気に凄いじゃん」(瑠偉ちゃん)
「それ、本人に直接言ってやれば、あいつも喜ぶんじゃない? 日頃から俺は褒められて伸びるタイプなんだって言っているから」(智也さん)
「まだ高校生なのに、具体的に将来を考えていて凄い。でもすごく楽しそう。何だか羨ましい」(私)
私が感心していると、「そうだよね。凄く楽しそう」と瑠偉ちゃんと沙羅が口を揃えて言う。話題が明るいものになって、私達の雰囲気も大分明るい感じになって来ていた。沙羅と智也さんもほぐれた感じで気軽にやりとりしている。何となくほっとした気持ちで私はそれを眺めていた。智也さんの前で素直に甘えている沙羅は、彼女が本来持っている無邪気さとか健気さとかが自然に出て来ているみたいでとても可愛らしい。陸にもこういう沙羅の姿を見せてあげられたらいいのにな、と少し残念にも思った。
※Schetinin School(シチェーチニン学校):正式名称 連邦国家予算一般教育機関「子どもと青少年の総合的人格形成のための寄宿制リセ」
ロシアの教育者 ミハイル・ペトロヴィチ・シチェーチニン(Михаил Петрович Щетинин、1944年10月7日または17日生–2019年11月10日没)が創設・主導した実験的な寄宿制学校で1994年から2019年まで運営された。一般的な教育とは異なり、学年がなく、年齢の異なる生徒(主に8~22歳、それ以上も)が4人程度の小グループで学び、互いに教え合う。教師と生徒は共に問題解決をする仲間で、建築や農業、芸術、武道などの実践活動を重視。個人の才能/潜在能力/使命を開花させ、精神性と知性を同時に育む。没入法(погружение / Immersion)で一つの科目を短期間(数日~数週間)集中して学ぶ。14~15歳で大学レベルの内容を学び、十代で複数の専門分野を学ぶ。生徒自身が教材を作る。生徒主導で大人は主にファシリテーター役。建物の修繕や建設、食事準備等を生徒自身で行う労働と自給の生活全体が教育内容で、知識学習、歌、民族舞踊、スポーツ、芸術活動、武術・護身術(剣術や格闘も含む)、労働等を交互に行い、リズムのある生活で左右の脳の連携を促す。生活と学習を一体化させ、総合的人格形成と全体的な教育で知的・身体的・芸術的・労働的・精神的側面を統合的に育てることを目指した。1999年にはユネスコ関係者からもその教育実践について評価されたとされている(UNESCOの公式賞・リストに該当するものは確認されていません)。従来の学校教育を問い直す実験として注目されたが、イデオロギー的な問題を始めとした種々の問題も指摘された。
関連ウェブページ
wikipedia.
https://ru.wikipedia.org/wiki/%D0%A8%D0%BA%D0%BE%D0%BB%D0%B0_%D0%A9%D0%B5%D1%82%D0%B8%D0%BD%D0%B8%D0%BD%D0%B0
shetinin-school
https://shetinin-school.ru/




