009. どんびき不動産
「今日の晩御飯は何ですかねー?」
勝手に上がり込んだ魔女、麻生数子が、のうのうとのたまう。
こいつ、アオイを迎えに来たんじゃなくて、居着く気だな?
邪魔なんですけど。
こっちは、3人と1頭の面倒みなきゃならんのだ。
魔女は、俺の変わり果てた姿を見ても、へー、くらいしか反応が無かった。
大物だなー。精霊が見えるだけの事はある。
「さっさと部屋探しなよ」
「いやー、それがですね。これまでと同じ家賃だと見つからないんですよねー」
あのアパートの家賃は、いくらだったんだろうか?
かなり安かったのだろうとは思うが。
ボロボロだったもんなあ。
「そんなもん、大家の管理責任を問い詰めて、交渉すればいいじゃん」
出火の原因が設備の老朽化にあるとするなら、大家には賠償を請求出来るんじゃないだろうか?
あのボロクシャアパートなら、ガス管の老朽化くらいあったでしょ。
だいたいの大家は、複数の物件を持っているから、空き部屋を今までと同じ家賃で提供させる事くらいは可能だろう。
代わりに交渉してやろうかしら? なんて考えていると。
ニャアが風呂で洗っていたドラヤキが脱走して来た。
びっしゃびしゃに濡れていたのが、目の前でふわーっと乾燥していく。
魔法かな? それも、難易度の高い生活魔法かな?
アンも、髪を乾かすのに、それ使ってたの見たよ。
猫の方が、俺よりも魔法を使いこなしている!
「待つのじゃ、こらー」
とててーっと、ニャアがドラヤキを追って来た。
「あー、猫ですかー。いいですねー」
猫のドラヤキにだけ反応する魔女。
やはり、ニャアは見えないらしい。
さっきから目の前で、アンは変顔をしているし、アズキはシャドーボクシングをしているのに。
そっちにも、まったく反応していない。
精霊のアオイだけが例外で、魔女の手でいろんな髪型にされて遊ばれている。
何その髪型? どうやんの!?
「管理会社に電話して、俺に代わって」
親切心は無くもない、元同僚でもあるし。
とにかく、さっさと追い出したい。
我が家のこの状況に、中途半端にしか不思議生物を認識出来ない魔女が居ると邪魔だ。
「は? むしろ金払え? 何言ってんだお前」
魔女の居たアパートは、大家が直接管理していた。
大家の中には、遵法精神の欠片も無いクズがたまに居るが、まさにそれだった。
俺が川崎区で住んでいたマンションの大家もそうだったよ。
監視カメラで住人を監視するし、勝手に郵便受け開けるし、退去時には敷金返さないし。
「敷金なんて今まで一円も返した事無い」は名言ダナ。
もちろん、国土交通省のガイドラインを根拠に敷金は全額取り返した。
金融機関のヤクザに比べれば、チンピラ大家など敵では無い。
システムエンジニアには、こういうスキルも備わる。
インテリヤクザみたいっすね、などと、かつて言われた俺だ。
「あ、そう。訴訟するから、裁判所で会おうね!」
この手のクズは、話し合いをしても無駄なので、そう言って電話を切った。
「まっとうな会社が管理してるとこ住んだ方がいいよ」
「はへー、そうみたいですねー」
さて、どうしたものか?
実際に裁判に持ち込めば120パーセント勝つが。
そんな悠長に、やってられないよ。
俺は、回りくどい事は嫌いなんだ。
晩御飯には、鍋を用意した。
魔女は3人で鍋を囲んでいる認識だろうけど、実際には6人だ。
6人分の食事並べると、どう見えるのか分かんないし。
鍋ならその点、なんか適当に誤魔化せそうじゃない?
異常なペースで鍋の中身が減っていくように見えただろうけど。
魔女には酒を飲ませて、さっさと寝かせた。
今は、毛布で巻いて仕事部屋に転がしてある。
我々は、リビングで作戦会議だよ。
食後のパピコうまい。
「えー、目標は、魔女と精霊の住処を早急に用意してやる事です」
うちのすっぽこ達はドラゴンだが、魔法幼女でもある。
魔法で、ちょちょいっと何とかならぬものだろうか?
大家の弱みを握るとかさ。
「消すのは簡単だけどな? 風呂のカビよりも、あっさりだぜ」
「暴力じゃあ、何も解決しないわよ。社会的に追い詰めて使わないと」
アンの提案は破壊的、俺としてもアズキに賛同したいところではあるがー。
「いや、暴力もありだな?」
大家は近所に住んでいる。
直接、乗り込んでみようじゃないか。
ただし、サンドボックス環境で。
魔法って便利だね。
大企業の名刺よりも便利。
「まいどー! スケ番女神でーす! 何の因果か、悪魔の手先!」
どうせ現実世界には、何も影響は残らないのだ。
ノリノリで、大家の家に乗り込んだ。
セーラー服を着て、釘バットをぶら下げて。
この世の悪を滅ぼす、スケ番女神参上!
「な、なんだお前!?」
慌てて電話を掴んだ大家のじじいの右手を、釘バットでぶん殴る。
じじいのクセに、無駄にでかい家に住んでやがる。
悪どい事して、溜め込んでやがんだろうなあ。
どうせ、あの世には持って行けないのにさー。
ムカついて、つい過剰な力が入ってしまうね!
「うぎゃあああ!」
「うるさいなー。ちょいとスケさんカクさん、こいつを拘束して」
「のじゃー!」
アンが力づくのスケさん、アズキが技自慢のカクさん、ニャアはうっかりハッチだ。
うっかりハッチは、ドラヤキと共に留守番だ。
猫エイズ感染のリスクなんかあるから、外には出さない。
サンドボックス環境だから、まあいいんだけどさ。
いや? 使い魔契約の加護で平気なんだっけ?
念のため、ドラヤキは動物病院に連れて行かないとな。
アオイは、サンドボックス環境の術式から外した。
現実世界の出来事ではないとしても、この作戦を外部に漏らされは困る。
大家のじじいは、スケさんカクさんの手によって、随分とマニアックな縛り方をされた。
どこで学んだのソレ?
口には粘着テープを、ぐるぐるっと巻かれている。
「お前さー、区画整理のために、放火したでしょ?」
燃えた辺りは、再建築不可物件が立ち並んでいた。
加えて道路に接していない空き地もあった。
元々は、大きなお屋敷が建っていたみたい。
ちまちま切り売りした結果、今の状態になったのだろうね。
まとめて燃えてしまえば、更地にマンションを建てる事が可能になるんじゃないの?
こいつの土地が何割あって、他に誰が計画に加担しているかは分からないけど。
こんな乱暴な推理で押し入るなんて無謀過ぎるよね。
でも、サンドボックス環境だからね!
「ふごー! ふごー!」
うーん、この反応は、当てちゃったかなあ。
すっごい焦ってない?
「コイツの脳から記憶を取り出せたりしない?」
「それは、魔法の倫理規定に反するかなー」
老人を亀甲縛りにするのは倫理規定に反してないのに?
「うーん、何か証拠になるものないかなー」
じじいのスマホに共犯者と連絡した履歴とか無いかな?
「生体認証って便利だね?」
本人の意思に関係なく指紋や顔でロック解除出来ちゃう。
俺も、気を付けないとなー。
「お、あるじゃん! チャットの履歴が!」
こいつを転送したり、写真に撮ったりしても、サンドボックス環境からは持ち出せない。
ポイントになりそうな文言を記憶する。
燃やしてしまうという、強引な地上げの裏には、不動産が絡んでいた。
放火犯は、闇バイトでも雇ったのかと思いきや、このじじいだった。
右手に火傷を負ってるのが、状況証拠かな。
逮捕状の請求には弱いだろうけど、こっちは警察じゃないから。
「これだけ分かれば十分かな」
過去に戻る魔法でもあれば、現場を押さえに向かったのだけど。
「過去を参照する魔法ならあるけどね。過去に干渉するのは無理」
という事だったので、それは諦めた。
「ねえねえ、右手の火傷が疼くんじゃない?」
サンドボックスを解除して、再び大家に電話。
「向かいのマンションの監視カメラに何が映ってるのかなー?」
何が映っているのかは知らない。
他所の監視カメラをハックするような技術なんて持って無いし。
俺は、正義のシステムエンジニアだからね!
サンドボックス環境でも、簡単に覗けるもんじゃない。
何処に操作端末があるかも、何処のサーバに映像を保管しているかも分からないんだから。
でも、大家が勝手に思い込んでくれたら、それでいい。
何らかの手段で、証拠を押さえられた、ってね。
「お嬢ちゃん、君は何を言っているか分かっているのかな」
三下雑魚臭クサクサのセリフを吐いて、じじいは通話を一方的に切った。
交渉は目的じゃないから、これでいい。
相手は犯罪者、信用ならぬ相手に、何を確約させるというの?
「不動産屋から連絡ありましたー! 燃えアパートを仲介した責任をとってくれるそうですー!」
撒き餌の翌朝、敵の反応があったよ。
入れ食いだね!
「前と同じ家賃で、他の部屋を貸してくれるって! 午前半休とって早速見てきます!」
放火地上げの不動産から、魔女に連絡があった。
偶然なのか、運命のいたずらなのか、その部屋はー。
「同じ間取りじゃなー、と思ったら上の部屋じゃった」
「都合いいじゃねーか! 飛んでめり込む鉛玉だな!」
すっぽこ達も、こっそり一緒に内覧中。
俺は、アンのスマホで盗撮している様子をうちで見てる。
魔女に紹介されたのは、うちの真上の部屋だった。
静かになったのは、いつの間にか退去してたんだね。
え? 事故物件だって? ははっ!
だから、仲介物件にもかかわらず、提供してくれるワケだね。
うちの所在がバレてんのかと思った。
その可能性もあるけどね。
「うわー、助かったー! これから、ご近所さんですねー」
魔女は喜んでいるけど、これは連中の純粋な厚意なんかじゃないよ。
住処を提供する事で、こっちの身柄を押さえたいんじゃないかな?
歴戦の派遣ITソルジャーは、こんなので騙されない。
その場で契約した魔女は、速攻で引っ越しを終えた。
なにしろ、明日履くパンツしか無い身軽さだからね。
午後には、アオイを連れて会社に向かった。
他人には見えないんだから、連れて行けばいいじゃん、って説得した。
こっちは、魔女の家で待機だ。
掃除しといてやるとか言って、鍵を借りた。
出窓のある角部屋で、ごろごろして待つ事しばし。
ああ、初夏の日差しが眩しいね。
「ターゲットは、会社に行ってんだろ?」
「おめえが尾行に失敗するから、ここで待つしかねえだろうが!」
どやどやん、と如何にも悪そうな連中が侵入して来た。
愉快な仲間飼ってんなあ。
半グレとかいう部族かな? どう見ても全部グレてますけど。
グレ子とでも呼ぶか? そりゃ、関根勤に悪いか。
「ようこそ、悪魔の館へ。あーあ、また事故物件に、なっちゃうなー」
セーラー服着て釘バット構えた女児が居たのだから、びっくりだろう。
半グレ共は、一瞬怯んだけど、スグに調子に乗り出した。
「お嬢ちゃん、ごっこ遊びは学校でやんな」
「こいつ上玉だぜ! 高く売れるぞー!」
「俺が、先に遊んでやるぜー!」
清々しいくらいに悪だわ。
こっちも、気兼ねなくやれるってもんよ。
「やっちまいなー! スケさん!」
「すっぽこどきんちょ!」
暴力では何も解決しない。
相手も、暴力で報復してくるからだ。
でも、比類無き暴力で、徹底的に叩きのめしたら?
アンが放った魔法は、転移魔法だ。
失敗すると、生きたウサギのぬいぐるみになっちゃう危険な魔法。
今回は、それを逆手に取ってみた。
木彫りの熊、タワシ、えっちな玩具が床に転がって、もそもそ動いている。
あー、ウサギのぬいぐるみとは限らないんだね。
「うわー、こわー。キモーい。ウケるー」
自分も大概だけどね? それは棚の上。
汚物を、火箸で掴んでゴミ袋に詰め込む。
燃やせるゴミかな?
川崎市は、大概の物が燃やせます。
マンションの駐車場に、ジャージ着たのが見張りしてる車が停まっていた。
残クレっぽい、素敵なワゴン車。半グレ共の車だろうな。
不可視のアンが、手刀を叩き込んで昏倒させる。
「あらあら、どうしました? 熱中症ですかね?」
偶然通りかかった善意の女児を装って、ジャージを残クレカーに詰め込む。
俺達も、さも当然の様な態度で乗り込む。
「さてさてー、こいつらの巣は何処かなー?」
カーナビのメニューから自宅に帰る、を選択するとルートが表示された。
ルートに従って、車を走らせる事しばし。
半グレの巣に辿り着いた。
ここからが、難しいかな。
こいつらには、自分では手を汚さない悪どい黒幕が居る。
半グレは、ただの実行犯に過ぎない。
だから、根絶やしにするのが、難しいって事だ。
でも俺は、回りくどい事は嫌いなんだ。
「目には目を、クズにはクズを、かな?」
他のクズをぶつけて、対消滅させてしまおう。
徹底的に殲滅戦をしてくれ。
「こいつ、どこの組のもんじゃー!」
「最近目障りな、半グレじゃねーか?」
「こいつらの巣に殴り込んで根絶やしじゃー!」
ジャージの半グレを乗せた残クレミサイルを、反社の事務所に突っ込んでみた。
どう見ても、殴り込みってやつです。
どっちかが根絶やしになるまで、抗争して下さい。
派手にドンパチやってたから、近所住民が通報したのだろう。
警察官が集団でやって来て、参戦してくれた。
きっと、放火地上げの証拠を見つけてくれるよね。
大家も不動産屋も、捕まってくれるよ。
監獄で震えながら眠るがいいよ!
「タマヨン、わやへるのう」
ニャアに、若干引かれてしまった。
「マイブラザーは、そういうお年頃なんだな? 俺には分かるぜ」
アンは、奇妙な共感を示したが、それまずくない? 分からないで欲しい。
「なるほど。自らは手を汚さない黒幕。こういう事ね?」
アズキは、危険な事を学んでしまった。
っていうか、アレ? 俺こそがタチの悪いチンピラだった!?
いやまあ、やり過ぎちゃったかな? とは思う。
こんな事しなくても、魔女の部屋探しを手伝えば良かっただけなのでは?
しかし、既にやってしまった事は、もう巻き戻せない。
え? 魔法でロールバック出来るって?
ややこしくなるから、事後に言わないで欲しい。
ああ、そう、セーブしてないから、今回は無理なんだ。
ともかくこれで、不動産騒動はおしまい。
半グレと反社が駆除されたこの街は、平穏を取り戻した。
めでたし、めでたし。
「夜中に、どたどたうるせー!」
残った問題は、新しいご近所さんも騒音がヒドイって事くらいかな?
「うひっ! すみません、気をつけます」
大人しくしないと、エッチな人形にされちゃうよ?




