008. 悪魔が来りて爪を切る
「この姿じゃ、無免許運転扱いだよなぁ」
洗面台の鏡に映る自分の姿を眺める。
隊長機なの? って感じのツノみたいなアホ毛が、俺の動きに合わせて揺れる。
ツラは無駄に良い。
身長は160センチ、体重は50キロ。
すとんっとした棒みたいな体型。
チュウニにしては背が高い。
成人女性に見えなくもないだろうけど、運転免許証の写真が致命的に違う。
車の運転は無理だろうなあ。
「うちから一番近いしまむらは何処だっけな?」
スマホをぐりぐり、今日の買い物計画を建てる。
いきなりチュウニ女児にされてしまったから、替えのパンツとか買わないと。
おっさんのパンツだと、ゆるゆるなんだよね。
今は、身に付けているセーラー服とパンツしか無い。
これは、セットで召喚されたらしい。
なお、胸部装甲は無い。どうやら不要らしい。ぺったんこだ。
「2キロちょいかよ。歩けなくはないが」
自転車で行く?
それだと、アン達は留守番になるけど、留守を任せるのは不安かなあ。
僅かな希望を持って、やらかしてくれた犯人に聞いてみようか。
「おい、替えのパンツくらいオマケで召喚してくれよ」
「精霊の召喚魔法は、生涯を通して9回しか使えないから、ごめんね」
そんな貴重な魔法を、おはぎの返礼でくれちゃったの?
さすがに、強要するのは難しいね。
「じゃあ、元に戻すのは?」
「代償に、五色龍の生き胆が必要かなー? あ、生きたまま丸ごとね」
こいつ、うちの子達を殺しにかかってない?
あの魔女、とんでもない刺客をうちに置いて行きやがったわー。
「落ち着けよ、ブラザー。おはぎさえ食べれば何となる」
おはぎで何となるのは、ドラゴンだけじゃない?
あと、俺はもうブラザーじゃないと思う。
じゃあ何だ? お姉ちゃんか?
中身は、おっさんなのに?
「こいつの飼い主を呼び出せば? 免許持ってるかも知れない」
アンと違って、アズキからは、真っ当な提案があった。
呼び出しても、来るのは夕方過ぎになるとは思うけども。
免許持ってるかくらいは、確認しようか?
ただ、残念な事に、連絡先が分からない。
あれ? これって致命的じゃない?
魔女が、アオイの育児放棄して逃げたらどうすんの?
中身おっさんのチュウニ女児だと、警察も頼れないのでは?
「転生すんなら、異世界行くのもセットじゃねぇのかよ」
「異世界に行きたいなら、転移魔法で送れなくもない」
俺の愚痴に、アズキが反応して、おもしろそうな事を言い出した。
でもそれって。
「生きたウサギのぬいぐるみになっちゃうんだろ?」
「その可能性は否定出来ない」
だよね。
転移魔法のリスクについては、アンが言ってた通りらしい。
「次元の隙間に挟まるんじゃないか?」
「その可能性も否定出来ない」
アンが、もっと恐ろしい事を言う。
そりゃそうか。異世界転移が可能なら、こいつらだって帰ってるよなー。
「タマヨンの口調が乱暴になってる。前は、顔だけだったのに」
「乱暴な顔って何? チュウニ女児の中に、おっさんのメンタルが入ってるんだ。混乱してるんだよ」
アズキは、たまに毒を吐くなあ。
よし、落ち着こう。
そして現実を受け入れよう。
理性でも理屈でも理解も納得も出来ないが、これが現実だ。
俺は、チュウニ女児だ。
いや、私はチュウニ女児。
「よし。やるべき事を整理しようか」
「まずは、パンツを買うべきだぜ。話は、それからだ。海苔の無いオニギリになっちまうぜ?」
それはそれで、おいしいけどね?
「どうやって外を移動しようか」
移動手段も問題だけども。
セーラー服着た女児が、ふらふら出歩いてたら、補導されちゃうんじゃない?
遅い時間になると、身の危険を感じちゃうしなー。
この辺、街頭が少ないから、日が暮れると暗いし。
悪人ヅラのおっさんの方が、機動力は高かったでしょ。
なんて、思い悩んだストレスからなのか。
「痛っ、いてて。腹が、痛い」
整腸剤を飲んでから、トイレに籠る。
なんだ、この痛み? ずとんと腹に居座る様な、未知の痛みなんだけど。
「え? ナニコレ? また血尿?」
出血しているのに、血の気が引く。
ドラゴンと使い魔契約した俺は、もう病の心配は無かったんじゃ?
血尿ってか、血そのものじゃない?
下血か!?
永遠の寿命、何処行った!? 金返せ!
「あ!」
おしりの病を手術した時に買ったのがあったよなー?
どこだっけ? 捨てちゃったっけ?
洗面台の下で見つけたソレを手に、しばし悩む。
「どうやって使うんだっけコレ?」
「どうしたの?」
幼女達が、心配してわらわらと集まって来た。
こいつらに聞いても知らないだろうなあ、生理用ナプキンの使い方なんて。
だって、幼女だし。
「あー、そうか。ニンゲンのメスは、そういう仕組みだったね」
「湯切りに失敗したカップ焼きそば並にぐったりだな?」
どうやら、ドラゴンには月経という仕組みが無いらしく、アズキがそんな事を言う。
「ドラゴン魔法で何とかならんの?」
「子宮を破壊するか? すっきりするぜ、ブラザー。早朝のナパーム弾の様にな」
「潰すなら卵巣じゃないかな?」
こいつらダメだ。解決手段が破壊しか無い。
じゃあ、精霊の方はどうだ?
「ん-。精霊の加護で、どうにかなるけどー」
けどって、何だ? 条件付きなら、その条件を早く提示してくれ!
「五色龍の、逆鱗が必要だからなー。欠片でいいんだけど」
またソレかよ!
ああ、こんな関西ノリの暴力的なツッコミは、コンプライアンスがーっ!
それどころじゃないけどね?
それは、さっき採取したばかり。
生爪剥がすワケにはいかんし。
「いや? もしかしたら何とかなるか!? ゴールデンドラゴンでもいいんだよな?」
それなら、あてが無いわけじゃない。
「ああ、アレか?」
アンも、同じ可能性に思い至ったようだ。
スーパーに居た怪人ミツバチ幼女、アレがゴールデンドラゴンかも知れない。
「おいおい! こいつは上物に違いないぜぇ!」
「ツブアンとコシアン、どっちも買おう」
チューブ入りのアンコを発見して、上機嫌のアンとアズキ。
買い物に来たワケじゃないんだがー。
アンコを載せるための食パンやコッペパン、ついでにアンパンに、おまんじゅう。次々と、買い物カゴに放り込んで行く。
来年の春のパン祭りは、お皿が何枚も貰えそうだなー。
残念な事に、スーパーにはミツバチ幼女は居なかった。
しかし、スーパーから自宅まで、徒歩で帰る途中の事。
アンを拾った公園にやって来ると。
公園のベンチに、猫を抱えたミツバチ幼女が、しょんぼり座っていた。
「確保ー!」
「うおー! 待てコラー!」
「うひぃっ!?」
ミツバチ幼女は逃げ出そうとしたが、アン達に取り押さえられた。
「すっぽこー!」
やっぱり! すっぽこ族だ!
俺は、ゴールデンすっぽこを、お持ち帰りした。
もう、拉致誘拐監禁の危機感なんて微塵も無い。
こうして、人は罪を罪とは思わなくなってしまうのだろう。
「何をするんじゃ! お前ら、悪魔か!」
ゴールデンすっぽこにアンパンを与えると、日本語を喋り出した。
「まあまあ、これも食べなよ」
そう言って、どら焼きも与える。
「え! いいの!?」
お怒りのゴールデンすっぽこだったが、どら焼きのお供えであっさり懐柔できた。
これも最上位ドラゴンじゃないの? チョロ過ぎじゃない?
猫には、茹でたササミと、水を与えた。
「俺は、タマヨン」
「ワシは、ニャアじゃ。こいつは、ドラヤキ」
ゴールデンすっぽこには、既に名前が付いていた。
ということは、ドラヤキという名の猫が使い魔なのだろうか。
背中に入れ墨は無い? 猫だから毛の下にあるのも知れない。
入れ墨は無いが、実に特徴的な柄をしている。
こういうバンドが居ますなあ、って感じの悪魔ヅラ。
ダミアンとかデーモンって名前の方が合ってそう。
「どら焼き、うまいのう。想像通りじゃのう」
余程、腹が空いていたのか、ばくばくと食べるニャア。
猫にドラヤキと名付けるくらいに、食い詰めてたんだろうなあ。
どら焼きを食べた事は無かったようだけど。
「ニャアって名付けたのは、ドラヤキなのかな?」
「こいつ、ニャアとしか言わんけえの」
そりゃそうだ。
だって猫だもん。
「ドラヤキを、使い魔にしたの?」
「いや、ワシの方が使い魔になってしもうた」
そりゃそうだ。
だって猫だもん。
どっちが使役する側なのかと言えば、そりゃあ圧倒的に猫の方でしょうよ。
「猫を使い魔にする程、生き急いでんの?」
「じゃって、こんな格好しても誰も気付いてくれんし! ドラヤキだけが、気付いてくれたんじゃ」
どうやら、ドラゴン達には、使い魔が必須らしい?
奇抜な恰好をして流離う程に、使い魔探しに必死だったワケだ。
俺の疑問に応えるかの様に、アズキとニャアが語ってくれる。
「この世界の私達は、使い魔が居ないと、ほとんど力が使えないからね」
「特にワシら、幼体じゃけ。飼育係がおった方がええ」
なるほど、そういう事か?
「見た目通りの幼体だったのかよ」
「俺達を何だと思ってたんだ? 俺は、見た目通り1歳児だぜ?」
「見た目通り?」
見た目は、6歳児じゃん。
「あぁ、すまねぇ。数えで1歳な」
「満年齢なら0歳じゃん。赤ちゃんかよ」
寿命百億年というスケールから見れば誤差?
でも、0は無限の差でしょ。
「ワシも、0歳じゃ」
「私は、3歳。お姉さんだね」
ニャアも0歳、アズキは3歳だった。
アズキは、お姉さんだとか言ってるけど、3年程度は誤差ですらない。ニンゲンの寿命に置き換えたら、秒単位の差かな。
「僕は、4000年以上生きてるから、ずっとお姉さんだねっ!」
アオイだけ、桁が違った。
いや、それでも誤差の範囲かな?
NTPならとっくに桁溢れてるけど。
皆して、「お姉さん?」って顔したものの、何も言わなかった。
ババアなどと言ってはならぬ。
ソレが乙女の戒律。
「ニャアとは、スーパーで会ってるんだが?」
「え? まさか、黒と白を連れた悪魔なんじゃろか? なんて変わり果てた姿に!?」
「だから、ニャアの逆鱗が必要なワケよ」
「あ、そう? ワケ分からんが、おはぎのお礼じゃ、好きなだけ切るがええ」
ニャアも、おはぎが一番気に入ったらしい。
足の爪をくれ、と言ったらあっさりと足を差し出した。
ぷちんぷちんと切りながら、気になっていた事を聞いてみたところ、悪魔呼ばわりされた。
俺って悪魔に見えてたの? 最上位ドラゴンが、ビビっちゃう程の? なんで?
「なんか、くせぇな」
「乙女に何て事を言うのじゃ! ホームレスなんじゃけ、是非も無しじゃろ!?」
乙女なんだ。
幼女だけど、乙女回路は、既に実装してるんだね。
今となっては、俺も乙女なので分かるよ。
こうして、ゴールデンドラゴンの逆鱗は、あっさり入手出来た。
これがドラゴン某なゲームだったら、カスシナリオにも程がある。
早速、アオイに逆鱗を捧げ、精霊の加護とやらを受ける。
何となく精霊のマッチポンプに嵌められた気もするが。
精霊の加護は、劇的な効果だった。
乙女の痛みが、嘘の様に消え去った。
「乙女じゃなくなったって事は無い?」
精霊って性別無さそうだし。
そういう効果でも不思議ではない。
それならそれで、別にいい様な、よりややこしい様な。
「あー、うん。まあ、そんな感じ? 繁殖に必要な器官とか、いろいろ消え失せてるはずだよ。だって、精霊だからねっ」
さらっと恐ろしい事を言われたんだが?
精霊だからねっ、のひと事で説明した気になってるのが、また恐ろしい。
もっとも、種を保存する本能的なものは、既に消えかけてた。
元から枯れてた、ってのもあるけど、無限の寿命には無縁だからじゃないだろうか。
子を成して次世代に託す必要が無いもんなあ。
アンと契約して以来、そういうのが無い。
ただし、食欲や破壊衝動みたいなものは、残っている。
何コレ? もはや神なのでは? 俺ってば女神になっちゃった?
もう、どうでもいいや。
理解不能なものを、あれこれと推測しても仕方ない。
「精霊の加護には、美肌効果もあるよっ。あと、タマヨンには無意味だけど、寿命がちょっと伸びる。頑張れば千年いける。特訓すれば、魔法も使えるんじゃないかなー?」
ちょっとの感覚が、ニンゲンと違う。
「もしかして、その加護、お前の飼い主にも与えちゃった?」
「数子の事? この世界で僕を養って貰わないといけないから、当然だねっ! 加護は、逆鱗を代償にしない限りは千年に一度きりだから、千年生きて貰わないとっ!」
加護というよりも、呪いじゃないだろうか?
麻生数子は、本当に魔女になってしまった。
あいつ、自覚あんのかな?
「こういう時は、風呂だな…。何も考えずに湯に浸かろう…」
「こら! 走り回るなー!」
平日の昼間で、他には数人の老婆くらいしか居ないとはいえ。
浴場を走り回るなよ! 幼女は元気だな!
何も考えずにスーパー銭湯に来てしまったが、女湯に入ればならぬのである。
中身はおっさんでも、ガワは完全に女児。
身分証明書を見せても、無駄だろう。
それはもうどうでもいい。
幼女を4人も連れてると大変だ。
「あ、こいつら見えないんだったわ」
周囲から見れば、ひとりで騒いでいるチュウニ女児じゃん。
「ヘイ、ブラザー! 背中を洗ってやるぜ! 不審火の出たスラム街くらいキレイにしてやるよ」
どんな例えなのかサッパリだけど、アンに背中を預けた。
「そういえば、背中の刻印消えてない?」
「ばっちりあるぜ! タマヨンという存在そのものに契約を刻んだからな!」
消えて無かったかー。
どういう状態なのかサッパリ理解不能だけど、契約の特典も全てあるそうだよ。
交替で、アンの背中も、わしわしと洗ってやる。
隣では、アズキとニャアが洗いっこをし、アオイだけは離れた位置でひっそりしている。
「けつの上辺りの、角質ってコレか?」
「とれる?」
「んー? いや、これ角質かー? 尻尾じゃない?」
逆鱗か角質にも見えなくはないけど。
生えかけの尻尾だと言われたら、そうかもって感じ。
「まだそういうのが生える年頃じゃないんだがー」
そういうお年頃があるのかー。
続いて、髪もわしわしと洗ってやる。
リアルチュウニ化した俺だけど、それでもアンとの身長差は48センチ。
これくらい小さいと、ニンゲン以外のケモノって感じ。
実際そうだし。
猫を洗ってるのと心情的に変わらない。
「これだけ髪が長いと、乾かすのが大変そうだな」
「そうだなー。切るかー」
床屋も美容院も無理だから、うちで切るしかないだろうな。
だって、見えないんだから。
いろいろ世話しないと、いけないな。
使い魔なの、やっぱり俺の方なんじゃない?
風呂上りの牛乳も堪能した。
さて、帰るか。
幼女4人連れて、公共の交通機関はハードルが高い。
だから、カーシェアの車で来た。
検問でもやってない限り、法令を遵守していれば、警察に止められる事は無い。
まあ、何とかなるだろう。
「万が一の時は、実力で排除だぜ!」
アンが、そう言うので、いつかのリアルGTAみたいな事するのかと思ったら。
認識を誤魔化す魔法が、あるらしいし。
「堂々と、これが当然ですよ? って態度をしていれば大丈夫」
アズキの説明によると、たったそれだけで発動する魔法らしい。
いっそ魔法が無くても、それで乗り切れるものかも知れない。
企業や工場の入館で実例を挙げると。
おどおどしていれば、何もしていなくても守衛に止められる。
逆に、これ入館証デス、って顔して関係ないカードを見せれば、守衛を突破出来る。
だいたいの企業のセキュリティって、その程度。
機械的なゲートが無い限りは、どうとでもなる。
あっても、割とどうとでもなる。
派遣でいろんな企業に出入りしていると、そういう忍者みたいなスキルが身に付くよ!
銭湯の帰りに、しまむらに寄って、新しい自分のための服とパンツを買った。
「センスが無い」
「仕方ないだろ、今までおっさんだったんだから」
アンを拾ってから、生活が激変だ。
クリアしなきゃならない課題が次々と出てくる。
俺の課題管理表は、重要課題で真っ赤だよ。
金を稼ぐ算段も着手しないとなー。
しまむらは安価で服を買えるが、それでも4人分の出費は少なくない。
ペットショップにも寄って、キャットフードや猫トイレなども買っておいた。
管理会社にも連絡を入れておかないとなあ。
ドラヤキは、ドラゴン達と違って、他人からも見える。
猫と暮らす場合は、申請をして敷金を積み増しする事になる。
ああ、また出費が増える。
内務省特別調査室とやらが、職業を斡旋してくれないかなー。
ギョニソ男からは、週末に時間をとって欲しい、と連絡があった。
子供が3人になって、猫が一頭増えた、と返信しておいた。
魔女と精霊の事も伝えるべきだろうか?
自宅に帰ると、玄関前に魔女が居た。
猫画像は、Geminiで生成しました。




