010. 魔女を探して三千里
「うははははー! ワシは、第六天魔王じゃー! イケメン共のクビを獲れー!」
私は、乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生していた。
乙女ゲームってやった事無いけど、イケメンを討伐するゲームじゃないでしょ。
前世が戦国武将の悪役令嬢って何?
「ホームランじゃ! ぼけぇ!」
パン咥えて「遅刻しちゃうー」と喚きながら走って来る男の娘を、曲がり角で待ち構えて、釘バットでフルスイング。
そこは、どしん! とぶつかって、とぅんく! じゃないの? めきょっ! って違うでしょ。
主人公キャラは、学園で爆弾テロに失敗。
自爆して半死半生の末、王子様が乗ったユニコーンに蹴られて死んだ。
主人公は悪役令嬢と百合展開するのが、転生モノの定番じゃないの?
だいたいなんで、王子様がユニコーンに乗れるの? 純潔の乙女しか乗れないんでしょ? え? 男の娘だから?
討伐対象のイケメンが、全員男の娘って、どういう事じゃー!
己の見ていた夢の荒唐無稽さに、目が覚めて呆然とする。
リアルチュウニ脳は、見る夢までチュウニだった。
チュウニホルモンが、どくどく分泌されているのだろう。
この地獄が、永遠に続くのかー。
使い魔契約で、不老不死だからね。
なんか生暖かいなと思ったら、アンがしがみついて寝てる。
ぺいっと剝がして、起き上がる。
カーテンを開けると、憎いくらいに太陽が眩しい。
もう9時近い。
チュウニは、よく眠るなあ。
初老のおっさんは、朝4時とかに起きてたのに。
4時って早朝というより、深夜だよね。
半月前は、血尿に怯えていたのに、この生活の落差は何だろうか。
そういえば、夢の中とはいえ、一人称が「私」になってた。
チュウニ化と共に、メンタルの乙女化も進行しているのだろうか。
せのせいで、乙女ゲーム世界の夢なんて見たのかも。
ハードボイルド純文学に憧れた初老のおっさんは絶賛迷走中。
すっぽこ達をリビングに集めて、全員にスマホを渡す。
お子様フィルターの類は無し。
ドラゴンとしては幼体だし、見た目も幼女だし、自己申告0歳だけど。
こういうの悩む。フィルターって必要な情報も遮断してしまうし、何よりも運用負荷が高い。
家の中でまで仕事みたいな事したくないのが本音。
保護者としては、無責任だろうなあ。
位置情報の共有だけはオンにしてもらう。
「初期設定は自分でやってちょうだい。うちのWi-Fiは、このQRコードを読めば繋がるはず。タッチ決済を使いたければ、カードはアンに持たせてるから。課金は3人で相談してからする事。アプリやサービスの利用規約は厳守。SNSとかマッチングアプリを悪用すんなよ」
くどくどと言って聞かせていると、新人研修の講師になった気分。
いや、相手が幼女だから教育ママゴンかな。
「あー、うんうん。わかったわかった」
生返事デスよ。使い魔は絶対従順とか、そういうのは無いな、コレ。
3人共に同じ機種、消しゴムマジックでお馴染みのアンドロイド端末。
アプリ使わなくても、リアル消しゴムマジックを使えそうだけど。
クレジットカードと銀行口座は、3人の共有にした。
3つも口座を用意出来なかったのもあるけど、金銭の管理で協調性を養って欲しいという意図がある。
ほとんどは俺が支払う事にはなりそうだけどね。
真剣な顔して、画面をなでなで設定を進める子供達は、知能も順応力も高いらしい。
アンは、さらっと終わらせて、ノートPCで遊んでいる。
Pythonで何か作ってない? その技術力で、俺を養って欲しい。
「スマホの設定してる間に、俺はメシ食ってるよ」
「おっと待ちな、ブラザー。そこから先は、俺の戦場だぜ?」
キッチンに向かおうとすると、アンに阻止されてしまった。
どうやら、キッチンは自分の縄張りだと主張しているらしい。
お湯沸かすくらいしか出来ないくせにな。
「そうか。じゃあ、俺の背中はお前に預けるぜ、相棒」
「のじゃー!」
のじゃー、って何だ。
ニャアが、じゃのじゃののじゃのじゃ言うから、我が家で妙な言葉が流行り始めてる。
じゃのじゃのは、おそらく山口県地方の方言だ。
昨日言ってた「わやへる」もそう。「無謀な事を、なさいますわね」って意味だよ。
キッチンでお湯を沸かし、トーストを焼くアンを見守る。魔法で体を浮かせて、器用にやっている。
踏み台が必要だろうか? むしろ危険なのかなー。
子育てって、いろいろ課題が多い。
こいつらはドラゴンだから、いつまで子育てが続くのかも分からない。
いつでも自立出来ちゃう気もするけど。
惑星と同じだけの寿命がある生物だから、幼体の期間が何千年も何万年も続いても不思議ではない。
そんな長期間に渡って生活資金を得るには、どうすればいいのだろうか。
最大の課題は、それだよなー。
資金調達どうすっかなー。昨日、全グレからカツアゲでもしとけば良かったかなあ。
それに。この世界の住民登録制度って、何千年も何万年も生きるニンゲンに対応してないでしょ?
そういうのもなー、どうすればいいんだかなー。
今日、不思議生物の懇親会とやらがあるから、そこで参考になる話が聞ければいいけど。
どんなのが集まるんだろうか?
ギョニソ男が連れてたのは座敷童みたいなのだったけど。
後あれだなー、3人は多過ぎる気もするんだよな。
不思議生物の里親制度とか無いもんかね?
「なした? 数子は、まだ寝てんの?」
うちの子達がスマホの設定を難なく終えた頃、アオイがひとりでやって来た。
今日は、土曜日だ。庶務担当が、休日出勤する様な職場ではない。
「あー、それがー。転移魔法で出社する練習するとか言い出してー」
「やらかしちゃったか?」
「連絡もとれない」
転移魔法は危険である。
昨日はそれを逆手にとって、全グレ共を木彫りの熊なんかにしてやった。
どこに飛んだのか知らないけど、落とし物として拾われてたら、回収は困難だぞ。
「会社まで転移は出来たのかな?」
探しには行くが、転移先まで失敗していたら、難易度高過ぎるぞ。
俺の懸念に対するアオイの回答には、ささやかな希望があった。
「だいたいの場所は、分かるよ」
そう言って、マップの表示されたスマホの画面を見せてくる。
どうやら、こいつらも位置情報の共有をしている様だ。
迷子になってんの保護者の方だけど。
マップ上で数子の位置を示しているのは、銀座近辺だった。
職場からは、2~3キロずれてるね。
新橋ならともかく、銀座の土地勘は丸っきり無い。
この辺には、データセンターも無いしね。
それでも、スマホのマップさえあれば、どうにかなる。
俺達は、アオイの先導で銀座をうろついている。
なお、ここまで電車を乗り継いで来たけど、道中大変だった。
幼女が4人も居ると、引率がね。
14歳女児の腕力では、担いで強制運搬出来ないし。
「この辺? ホテルの中みたい」
偶然にも、そこは今夜の不思議生物懇親会の会場だった。
ここの一室を借りて、お茶会をしてくれる事になっている。
お茶会という事で、アンとアズキは正装のつもりらしく、魔法少女の恰好。
ニャアは、ミツバチ幼女の恰好。それは、どうなんだ? 正装なの?
ドラヤキは、ニャアの背負ったキャリーケースの中で寝ている。
俺は、セーラー服。チュウニ的には、これが正装だろう。
アオイは、精霊的な風情のなんかそんなの。
青い紐を撒いているから、もしかしたらコスプレかも知れない。
位置情報共有のGPSでは、細かい位置や高度までは分からない。
ホテルのロビーの真ん中辺りのソファに陣取って、数子の端末に電話してみる。
ポンポンコツコツ、と間の抜けた着信音が、すぐ近くから聞こえる。
なんという偶然か、俺達の座ったソファの隙間に端末が挟まっている。
さも、「わたくしのですのよ」って顔して回収する。
「スマホが転移で化けてなかったのは幸運だったね」
「デジタル化が容易なものは、形を崩さずに転移させ易いから」
解説のアズキさんによると、そういう都合のいい事情らしい。
スマホにもアナログ的な回路は、そこそこあると思うが。
人体程には、複雑な構造はしてないもんな。
「数子本体は、何処だろう?」
近くに居ると思うんだがー。
もう既に、ホテルのスタッフか客に発見されて拾われてしまったのだろうか。
だとすると相当に厄介だ。何しろ、対象の形状すら分からないのだから。
「もしや、タマヨンか?」
「お、おう? ギョニソか?」
「ギョニソ? コードネームかソレは?」
ふいに声をかけらて振り向くと、そこにはギョニソが居た。
うっかり、ギョニソと呼んでしまったが、勝手に解釈して納得してくれた模様。
やはり、チュウニなのかな?
「よく俺だと分かったね?」
こんなに変わり果てた姿なのに。
もしかして、こいつの界隈では珍しくないとでも?
50過ぎのおっさんが、14歳女児に変態する様な事態が。
「その幼女達が、一緒に居るからな」
ああ、なるほどね。
ギョニソは、洞察力に優れているらしい。
迂闊な発言は出来ないかな。
こいつが敵なのか味方なのか? まだ分からないから要警戒だ。
「あ、そのウサギ」
アオイが、ギョニソが持っている物を見て声を上げる。
もぞもぞ蠢く真っ黒なウサギのぬいぐるみだ。
「この奇妙なぬいぐるみも、お前の仲間か? そんな気がして保護しておいたが」
「ああ、多分そう。それは、魔女だよ」
「魔女!? 異形を引き寄せる力でもあるのか? 或いは、特異点なのか…?」
ギョニソが、チュウニが言いそうな事を、ぶつくさ言ってるけど。
自分でも、そんな気がするね。
ついでに、都合のいい偶然を引き寄せる力もある気がするよ。
そういうパッシブ魔法が、常時発動してんのかもね?
「予定の時間には少し早いが、会場まで案内してやろう。こっちだ」
ギョニソに案内されたのは、バンケットルームというやつだろうか。
システムエンジニアには無縁の世界だから、ここの確保にかかるコストが分からない。
それなりには高額な出費だろうなあ。
こいつ自身の財力なのか、スポンサーでも居るのか。
異世界の不思議生物を囲う組織や個人が存在しても不思議ではない。
そういえば、ギョニソの名前なんだったっけ?
「このアンコは…! 女将だ! 女将を呼べーい!」
「しゃっきりポンじゃ!」
銀座でお茶会というから、英国式のアフタヌーンティーを想像していたら違った。
まず出されたのは、日本茶と和菓子だった。
「この後で、食事も出す。あまり食べ過ぎぬ方がいい」
そう言うと、ギョニソはバックヤードへ引っ込んだ。このお茶会の給仕は、彼と座敷童が担当しているらしい。
特殊な会合だから、スタッフを雇えないのだろう。
部屋には先客が居た。
30歳前後らしき女が、がばがば酒を飲んでいた。
お茶会というより、飲み会だな。
「おねえ…、おばさんも使い魔が居るの?」
アズキが、無駄に煽ってしまった。
3歳児には、おばさんに見えるだろうけども!
「おい、なんで今言い直した? これだから小娘は! ちょっと若いからって図に乗りやがって。お前の賞味期限なんて、せいぜい後数年なんだぞ! と、普段なら言えるところだけど。あんたも、やっぱり老化が止まってんの? いいよなー! ちきしょう、こっちは30って微妙な年齢でストップですよ! けーっ!」
この、いろんな意味で出来あがってる女にも、使い魔が居るって事か。
それらしいのは見当たらないが。
「おい。あんた、ご機嫌だな。こいつは俺のおごりだ」
そう言って、すいーっと菓子のパッケージを女の方に滑らせるアン。
それって、バーボンのグラスとかでやる事じゃない?
というか、こういう場で持ち込みの食品出すなよ。
この場で指摘するべきか、後で個別に注意するべきか。
「キノコか。アタシは、タケノコ派なんだけどな」
何故、ヒトはキノコとタケノコで争うのか?
どっちも、おいしいでしょ!?
ところで、この女さっきから、俺に話しかけてないだろうか?
幼女に対する絡み方じゃないし。
「もしかして、俺以外見えてない?」
「あ? あんたと猫しか居ないじゃん」
見えないけど、声は聞こえてるのか。こんな厄介なパターンもあるとは。
「さっきから喋っているのは、俺の使い魔だよ」
「あ、そうなの? どんなのが居んの?」
「魔法少女、いや魔法幼女か? そんなのが2人居る。もう一匹ミツバチが居るな。あと精霊みたいなの」
ギョニソには、全員見えているらしい。
座敷童と一緒に、料理の乗ったワゴンから、配膳していくれている。
「こいつの使い魔は? 俺には、見えてないのかな?」
ギョニソには見えているのだろうか? そう尋ねてみる。
「アンドロイドフォンがそうらしい。使い魔ではなく悪魔らしいが」
「これだよ。本体じゃなくて依り代らしいけど」
アンドロイドフォンって、スマホの事?
酔っぱらいが、カバンから取り出したソレが喋りだした。
「我が名は、オモッチ。誇り高き悪魔である。よろしくなニンゲン共」
小さなヒト型のロボ、いやアンドロイド?
手の平の乗るくらいのサイズのアンドロイド。通話機能を内蔵してんのかな?
文字通り、アンドロイド型の電話機で、アンドロイドフォンなのか。
シャープのロボホンのパチモンだな。
「ロボホンのパチモンがウケる」
「ワシ、これ欲しいんじゃがー」
「充電端子は何処なんだ? おいおい、しりの穴かよ! ご機嫌だな!」
「あ、やめろこら」
誇り高き悪魔が、すっぽこ幼女にオモチャにされている。
まあ、どう見てもオモチャなんだけどね。
「誇り高き悪魔は、上位の悪魔なのかな?」
「え? あー、そうだね。ニンゲン界でいうと、主任くらい?」
たいした事なくない?
うちのすっぽこが、最上位ドラゴンだってのは黙っておこう。
マウント合戦じゃなくて、懇親会なんだから。
「たいした事なくない?」
「雑魚じゃろ」
「こらこら、思った事をそのまま言うな。懇親会だって言っただろ」
料理の方に興味が移ったのか、アンはオモッチ主任をぺいっと放り投げた。
「この魔法幼女、お嬢様ヅラして、言動とのギャップがえぐいな」
そうなんだよなー。ツラだけは、お嬢様なんだよなー。中身がハードボイルドチンピラだけど。
それは、ツブアンも同じ。いや、公爵令嬢なら、毒も吐くか?
ニャアは、概ね見た目通りの幼女って感じだな。
「なあ、ソレ、元に戻してやんないの?」
話の流れを変えるために、アオイに話を振ってみる。
ぬいぐるみと化した数子を抱いて、むぎゅむぎゅと揉んでいる。
月曜の朝までには、ヒト型に戻さないと、無断欠勤になっちゃうぞ。
「ん? あー、困ったね。どうしようか」
昨日は、最上位ドラゴン相手に気を張っていたのか、テンション高めだったけど。
これが、素なんだろうか。ダルそうな風貌そのままに、ダルそうだ。
「召喚魔法使えばいいんじゃないの?」
生涯で9度までだったっけ? 有限のチケット制らしいけど。
保護者のために使ったらどうなんだろうか。
「ん-、コレは破棄して、再契約の相手探した方がー」
精霊って、血も涙も無いのかな。
「お、お前、血も涙も無いなー」
アンですら、同じ感想じゃないか。
ですらって事は無いか? こいつ結構、面倒見がいいから。
アズキとニャアの事は後輩扱いらしく、何かと世話をしている。
「じゃあ、ワシらで何とかする?」
「もうちょっとマシな体に詰め直す程度なら可能なんじゃない?」
「そうだなー。いっそ、ロールバックする? あー、でもセーブしてないか」
「セーブポイントの作成は、魔力消費が大きいからね」
「タマヨンが縮んじゃうかもなー」
え? 俺って魔力バッテリーみたいな役割でもあんの?
まあ、それくらいのリスクはあるか。
無条件に使い魔を使役し放題なワケがない。
「お? ワイら遅れてもうたんか?」
「雑魚クサいのが集まってますわね!」
インチキ関西弁の女と、縦ロールの幼女がやって来た。
キャラ立ってんなあ。
「いや、他が早かっただけだ。さあ、全員揃ったところで始めようか」
配膳を終えたギョニソと座敷童も席に着いた。
「もう飲んどるんか。相変わらずやのー、桜子はん」
「飲まずにやってらんないわよ。退屈で仕方無いんだから」
どうやら、インチキ関西弁と酔っ払いは知り合いらしい。
退屈で仕方無いとか、俺も言ってみたいもんだね。
今は、目の前の事を片付けるだけで忙しい。
「まずは、自己紹介といこうか。と言っても見えない者同士も居るが」
こうして、不思議なお茶会は始まった。




