006. やはり俺の使い魔契約はまちがっている
武蔵小杉で相鉄乗り入れの路線に乗り換え、更に本線に乗り換え。
1時間余りの鉄道旅の果てに、俺達は上星川駅前のスーパー銭湯に辿り着いた。
そこそこの長旅だったが、道中楽しそうなアンだった。
「ちゅどーん! あいつにはヘッドショットが決まったな」
車窓の向こうを眺めながら、妙なごっこ遊びに夢中だった。
それって、社畜時代の俺が通勤電車の中でやってたやつじゃん。
帰りは何をする気なんだろうか。
スーパー銭湯では、アンの分の料金もきっちり払う。
アンの実年齢は不明だが、こういう場合は見た目の年齢で判定していいだろう。
身分証明書が必要な、スイカの購入なんかはともかく。
アンの身長は112センチ、体重は19キロ。
これは、6歳前後の女児に相当する。
10歳くらいかと思ったんだけど、それだと体重は35キロはあるらしい。
おっさんが気軽に担げる重さじゃなかった。
身長は、柱や壁に貼る目盛りみたいなので測ったから、正確ではないが。
もっと正確に測定出来るの買っちゃおうかなー。
いやしかし、記録をそのまま残せる今のやつも捨て難い。
最早、心は子育てをする父親の気分である。
ともかく、アンの分は未就学児の料金。とても安い。
もっとも、券売機で買った券を、アンが受付で提示してもスルーされたけどね。
見えていないのだから当然そうなる。
それでも、きっちり払っておかないと、こいつ万引きもし放題だからな。
これくらいいいだろう、という緩みは、いつか大犯罪に繋がりかねない。
「なんでついて来てんの? 女湯に行ってくれよ」
男湯の脱衣所に、ぽってぽてついて来てしまったアン。
6歳児なら保護者と一緒に入るべきかな、とも思うけど。
条例的にも基準は曖昧、倫理的には許容されない。
女親も居た方がいいのだろうか?
髪の手入れとかも、俺じゃ難しいんだけどな。
まったく、あてが無いので、どうにもならぬ。
メイドさんとか雇用してみたい!
実際には、いろいろと面倒そうだから、要らんけど。
「サツキとメイは、オヤジと一緒に風呂に入ってたけど?」
「アレは、昭和の作品だし、監督がアレなんだよ」
アンは、納得いかぬ、って顔をしながらも女湯に行ってくれた。
1時間あまり、露天風呂やサウナを堪能した。
平日昼下がりの風呂ってのは、いいね。
他の客は数人程度。
背中のイラストに気付かれる事も無かった。
俺自身、見えて無いんだけど。
問題は、風呂上りに起きた。
「せっぽろせもせも」
「お前のお兄ちゃんは、どこなんだ? まさかはぐれてんのか?」
「そろっこぽんすこぽんちんちん」
「おいおい、マジかよ。ピノのハートか、たべっ子どうぶつの猫くらいレアだな、おい」
「すっぽろろん。すぽこっこ」
「うーん、それは俺にも分かねぇんだ」
俺には、お前らが何を会話しているのかすら分からんよ。
休憩所の畳の上で、備え付けのオモチャで遊びながら、アンが他の女児と会話している。
すっぽこ語を話している事からしても、アンと同類なんだろうな?
なんて事だ。2体目と出会うのは、せめて1クール目の終わりだろうよ。
2週間じゃ、早くない?
アンは、黒髪に少し茶色の瞳、肌はピンクよりのベージュ色、両親共に日本人だと言われても、違和感は無い。実際には、魔界から来た悪魔なんじゃないかと思うが。
会話している相手は、銀髪で赤い瞳、肌は透ける様な白。如何にも異世界から来た不思議生物って感じ。大きさだけは、アンと同程度だろうか。衣装も魔法少女風味。
もかしたら、こっちは天使かも知れないな。
ちなみに、たべっ子どうぶつの猫は存在しないのでレアどころじゃない。
存在しないのは、猫は食べたくないって事じゃないかと思う。犬も無いし。
「すっぽろろ?」
白い天使っぽいのが、俺の服を掴んで見上げて来る。
「ああ、そうだな。俺には、しっかり見えてるぞ」
「すっぽこ、すっぽこ」
「そうだな。ご飯にしようか。ここで食べる?」
「おい、ブラザー。なんでそいつと会話出来てる風なんだよ。ちっとも嚙み合ってないぞ」
「あれ、そう? でも、こっちの言葉は通じてないか?」
アンもそうだったけど、こっちの言葉は意味が通っている感じがある。
どうなってんだろうか。
「腐ってやがるぜー」
アンは、定食の納豆を、抵抗無く食べている。
納豆って、だいたい3個パックだから、独り身だと買いづらいんだよね。
毎食納豆って程、好きなワケでもないから、持て余してしまうんだよ。
「ほへへー、ほへー」
白いのも、納豆に抵抗が無い様だ。
こいつも家で保護するんだったら、納豆を買ってもいいかなー。
いやいや、ほいほいと野良の魔法少女を拾っていいものだろうか?
まあ、一体拾ったら、2体目以上も一緒かな?
「魔界には、納豆って無いの?」
「俺達の居た世界を何故魔界と言うんだ? まあ、面倒だからそれでもいいけど。魔界には、豆類全般が無いな。ファッキンな事だぜ、まったくな」
「食事中は、乱雑な言葉使うなって」
「お、おう、分かったぜマイブラザー」
意外と聞き分けのいい悪魔なのである。
「ところで、この白い子は、どうすればいいんだろうか? アンと同じで、他からは見えない様だが」
お陰で、3人分の定食を頼んだ、暴食オヤジに見えている事だろう。
「せもぽぬめ」
「え? この子も、せもぽぬめなの?」
「せもぽぬめは、名前じゃないよ」
「あ、そうなんだ。じゃあ、なんて名なの?」
「こいつも名前は失ってる。俺と同じだなー。他から見えないのも同じみたいだけど、何故そうなのかは分からない」
どうして俺だけには見えるのだろうか?
大魔導士だから?
「もしかして、名前付けたら、また契約成立しちゃう?」
「それは無いんじゃないかなー」
使い魔契約は、ひとり一回限りとか、制限でもあるのだろうか?
「でも、名無しは不便だよな」
「仮の名付けはしてもいいけど、ナットウとか付けんなよ?」
さすがに、ナットウは人名じゃないよな。ヒトでは無いにしても、ヒト型なんだし。
「シロとかー、それじゃ犬だな」
「お前の命名センスは、いい加減だなー」
「そっぽこ! そっぽこ!」
ご本人も、ご不満そうである。
「いったんは、せもぽぬめ、でよくない?」
「まあ、いいんじゃない?」
せもぽぬめの意味は不明だが、仮称としては問題無いらしい。
二代目せもぽぬめの誕生である。
謎しかない生物であるが、放置しておくわけにもいかず。
二代目せもぽぬめも自宅へお持ち帰りした。
わざわざ電車で来たのに、サウナ上がりのビールを飲んでる余裕が無かったな。
「また3番目の穴を使うのかー君はー」
アンと並んでアニメを観る、せもぽぬめセカンド。
アンと同じで、セリフを真似ているが、やはりまちがっている。
3番目の穴って何だろうか。腐ってやがるぜー。
「こうやって、セカンドも日本語を習得すんのかね?」
「ん? そういう理解だった? それは、ちょっと違う」
何がどう違うのは説明してくれないアン。
序を観た勢いで、そのまま破を連続で観ているからだ。
きっと、シンまで観る事だろう。
予告編詐欺だー、とか言ってはいたが、アニメを観ている間は大人しいので助かる。
その間俺は、セカンドの服を洗ったり、寝床を用意したり。
アン用のベッドは発送前だったので、キャンセルした。
ベッドを3つも並べる余裕は、うちには無い。
まさかのサードの発生もあり得るし。
テレビを置いてる部屋を、せもぽぬめ部屋にして、雑魚寝してもらおう。
服は、共用でいいだろう。文句が出たら、考える。
スマホとデビットカードは追加だろうか。
コレクション感覚で作っておいた銀行口座とカードが、役に立つな。
昨今は、気軽に口座を増やせないから。
「ところで、遮音魔法って最近使ってないの?」
セカンドの服を洗濯していて、ふと思い出した。
アンが家に来た初日に、深夜こっそりと洗濯を終えていた事を。
まったくの無音だったから、遮音魔法の類なんだろうと思ったのだが。
最近は、アンが洗濯機を使っても、ごとんごとんと、そこそこうるさい動作音がする。
「え? そんな便利な魔法は無いんだけど」
「あれ? じゃあ、夜中に洗濯した時ってどうやったの?」
「手洗い。乾燥は、ベランダで勢いよくぶん回すだけ」
「そんな力技だったのか。じゃあ、深夜にアニメ観てる時は?」
「ヘッドフォンだよ」
意外にも、人並に暮らしていたアンだった。怪力乾燥はともかく。
そうなると、もっとも不思議なのは、上の騒音が消えた事なんだが。
消えたのは騒音なのか、それとも…?
それは確認しない事にした。
真実は、いつだってひとつじゃないからな。
「おはぎは、ツブアンに限る」
「キナコってのも気になる」
ふたりを連れて、スーパーに買い物に行くと、セカンドが既に日本語を喋っていた。
この学習速度の差は一体何だろうか?
「ブラザー! ツブアンとキナコのセットをオーダーするぜ」
そう言いながら、既に買い物カゴに、おはぎを何個か入れているアン。
「この世界のアンコは偉大だ。魔力の流れが良くなる気がする」
「俺も同意見だぜ」
魔界には豆類が無いんだったな。
当然、小豆を煮たアンコも無いワケだ。
セカンドも、買い置きのアンパンを食べて、即座にアンコに魅了されていた。
もっと食べたいと言うので、スーパーに連れて来た。
「セカンドはキナコかな、いやアズキってのもいいな」
「また、そういう適当な名前を付けようとするな。お前の差側頭葉は動作クロック低速か?」
「我の名をアズキと登録。これよりタマヨンとの血の盟約を執行する」
「あ、おい、何してんだ!?」
アンの時とちょっと違うけど、似た様な事を言い出したセカンド改めアズキ。
「背中のイラストが増えちゃうワケ?」
「心配ない。そんな暴力的な刻印は行わない」
二度目だから、慣れたもんだぜ。
イラストも増えないって言うし。
アズキのエフェクトは、穏やかな風がそよぐ感じで、派手ではないし。
そんな落ち着いた俺とは違い、何だか焦った様子のアン。
「そういう問題じゃないだろ!? 無茶しやがって!」
「問題無い。契約は完了した」
アンの時と違って、指輪は増えてない。
そういえば、無から有は産み出せないとか言ってよな?
あの指輪って魔法で沸いたわけじゃなくて、アンが懐から出して嵌めたって事だろうか。
もしくは、俺の肋骨から創り出したとか? ちょっとコワいなソレ。
「記念の指輪とか無いの?」
アズキの場合は、指輪ではなく、別のものだろうか?
と、思ったら違った。
「私の分も、ちゃんとある。ちなみにタマヨンの肋骨から削り出した」
俺の心を読んだかの様な補足説明ありがとう。
マジで、肋骨かよ。まるで神話の配偶者だな。
アンの指輪と同じく不思議な光沢をした指輪。
並べてみると、アンの指輪は黒に近く、アズキの指輪は白に近い。
俺の指輪は、角度によってはどっちにも見える?
外してみると、内側にアズキの名前と、今日の日付が増えていた。
あれだな、神社の寄進の札みたいな感じ?
このまま増えて行っちゃうのだろうか。
「えー? 何で、ふたり同時に使い魔に出来るんだー?」
「アン。あなたは勘違いをしている」
「まさか!?」
「使い魔なのは、私達の方」
「あー、なんだー。そういう事かー」
どうやら、ふたりの使い魔になる事は問題があるらしいが、使い魔をふたりにするのは問題無いらしい。
「どっちが使い魔なのかは、重要じゃないワケ?」
「それはどうでもいい。だって、契約前から、タマヨンは俺の言いなりだっただろ?」
「言いなりではないと思うが…」
小さい子に逆らえるおっさんが居るか?
それだけの事じゃないかな。
娘どころか、孫の年齢だもんな。
じじいは、孫には更に甘いっていうもんしな。
ところで、おっさんが使い魔になったのかと思いきや、幼女の方が使い魔でしたー、って判明するの早くない?
これは、2クールくらい引っ張ってもいいネタだと思う。
もっとも、これは現実だから、プロットも何も無いわけだが。
「考えてみれば、悪魔の方が、使い魔ってのは道理じゃないだろうか」
「なんで俺達を悪魔だと思った?」
「悪魔と呼ばれる事もあるけど、違う」
「じゃあ何なの?」
「それは、俺も興味あるな」
30歳くらいの神経質そうなツラをした男に、いきなり話しかけられた。
え? なんでコイツ、俺達の会話に参加して来るワケ!?




