050. 不思議の国のアズキ:破
「あ、やっぱりワシにアジャイルは無理じゃったか」
「おい? なんで今、そんな反省してんだ?」
猫ミニバンに乗って大気圏に突入する直前に、ニャア先生が不穏な事を口走った。
「ワシ、エスカレーションは大事にする主義じゃけ正直に言う。ワシの作った自動運転AIに致命的なバグがあったんよ」
「おい、命にかかわるんだから、運用しながらデバッグすんなよ。アジャイルを勘違いしてるぞ。お前だって、元はIT派遣ソルジャーだろうに」
「ワシ、IT奴隷じゃし。ついでにゆうと、ネットワークエンジニアじゃし」
「だったら、何で自動運転AIになんて手を出したんだ!?」
などと、この場でニャア先生を詰めても意味はない。
今は、リカバリーが大事だからね。
「各自、転移魔法で脱出って事でいいか?」
「ワシ、魔法使えんのじゃけども」
「ええ!? お前のバックアップデータは無いんだぞ。生きたうさぎのヌイグルミになってもいいか?」
「気にするな。ワシは、このフネと運命を共にする」
「諦めるなよ、おい」
「タマヨン。実は、私も魔法は使えないのよ」
「お前もかよ!?」
アズキまで、なんでこんなタイミングでカミングアウトするんだ。
「あ、マジでワシは平気じゃけ。無敵のドングリウム合金は伊達じゃない」
「ほんとだな? 防御魔法だけ掛けておくから、達者でな!」
「ほんじゃあのー、またのー」
あ!
魔法使えないの、俺もじゃん!
確かに、ドングリウム合金は無敵だった。
タマヨン達は、生きたまま地上に辿り着いた。
でも、猫ミニバンが地上に激突した瞬間に、魔導核融合現象とやらが発生したらしい。
激突の直前に、ニャア先生がそう言っていたのが、うっすらと聞こえたよ。
その現象は、強大なエネルギーを発生させた。
そのせいなのだろう、ラゾーナ宮殿に墜落したはずが、多摩区の公園に飛ばされていた。
「月がとてもキレイだね」
「だから、それは当然の事でしょ?」
タマヨンとアズキは、公園のベンチに座って月を見上げている。
偶然なのか、ここはアンと初めて会った公園だ。
もっとも、川崎市ではなく、神聖カワサキ帝国なんだけど。
まあいい、これで充分だ。
不思議の国なんかに来てもいないし、アズキが生きた毒うさぎのヌイグルミになったりもしていない。
していないはずなんだがー。
「うわー、遅刻遅刻ー! お茶会に遅れちゃうよー!」
パンを咥えたうさ耳パーカーの少女が、曲がり角の向こうからやって来た。
えーっと、アレは何だ……。
タマヨンは、アリスが短剣で魔獣を殺して回るゲームでしか、あの名作を知らんのだが。
パンを咥えてるし、ラブコメの仕様に従って、ぶつかりに行くべきなのだろうか?
なんか、こっちをちらちらと見ながら、曲がり角手前でタイミングはかってるし。
でも、相手ならちゃんと居るみたいだぞ?
曲がり角のこっち側で、釘バットを構えたセーラー服の女が待ち構えてるよ。
「ニャア先生とは、はぐれちゃったわね」
「そうだなぁ。地下鉄に乗ってラゾーナ宮殿に行ってみようか」
「それはどうかしら? あの衝突だと大災害よ。私の計算だと、半径1キロメートル、深さ400メートルのクレーターが出来ているわね」
「だとすると、地下街のアゼリアも壊滅だな。カワサキ競馬場も危ないくらいかな」
「ええ、そうよ。だから行くのは危険。喫茶ヨミランドに行きましょう。きっと、梅ちゃんも、そこに居るわよ。あのポンコツカーが、そんなのもう無いって言ってたのも気になるし」
バキぃ! うぎゃああああ!
破壊音と悲鳴を背中に聞きながら、タマヨンとアズキは喫茶ヨミランドへ向かう。
今の光景、どっかで見たな?
アレは乙女ゲー世界に転生した夢の中だったっけ?
と、少しだけ気にはなったけども、今はそれどころじゃない。
タマヨン達は、梅ちゃんのお茶会へ行くんだ。
まあ、ちょっとした不思議の国ではあるな。
「お? 無事に来れたんか。ここケータイ使えへんから心配したで」
「うん。もしかしたら一回死んだかも知れなけどね」
タマヨン達が知っている場所に、ちゃんと喫茶店はあったし、梅ちゃんも居た。
「ミヨちゃんは?」
「それがなあ、よう分らへんけど、ここ空き店舗やってん」
「まさか、勝手に居着いてんの?」
「せやで。実効支配目指して、勝手に営業中や。メタル喫茶クロスロードの復活や」
「んん? 一体何年ここに居るつもりなの?」
「さあなあ? 20年くらいでええんちゃう? 知らんけど」
「のんきだねぇ」
喫茶店はあるが、店名がヨミランドではなかった。
ただそれだけの事か。
なんて融通の利かないナビ機能なんだ、あのナンパ猫ミニバン。
もしくは、もう無いんじゃなくて、まだ無いのかも?
ダメガミシティ経由だから、時差の違いから過去に来たんでしょ。
あるいは、未来にね。
そういうのは、もう慣れたよ。
だとすると、禁忌のはずのタイムリープをしちゃった事に!?
これは! 大発見なのでは!
きっとこれは、お金になるよ!
「何かを、閃いた! って顔してるけど、まず状況を確認しましょうよ。アンとニャアが帰って来る場所が無いままになるでしょ?」
アズキの言う通り。
アンとニャアが帰って来れない場所だったら問題だ。
障害対応は、まず足元の確認からだ。
「3階も空いてるんだよね? 見て来るね」
「ええけど。何もないで」
アズキと3階へ上がってみれば、確かに空っぽだ。
ここに持ち込んだはずの、ソファやテレビは何も無い。
物が無いから、随分と広く見える。
不思議の国に迷い込んだ感じが強くなるよ。
「ねえ? ここ、テレビくらい無いの?」
1階に戻って、梅ちゃんに確認する。
店内には、テレビもラジオも、オーディオセットも無い。
メタル喫茶とは? ってのは今どうでもいいとして。
情報源になるものが、何も無い。
「それがやなー。テレビやら、めっちゃ高いねん。パソコンなんて売ってもないんやで」
「あー、そういえばそうだったわ」
この世界には、インターネットなんて無いんだよなあ。
うーん、アナログ全盛の世界って、こんなにも不便だったのか。
でも、老害じじいは、この程度ではへこたれないよ。
タマヨン人生の半分は、だいたいこんな世界だったもの。
図書館にでも行こうかな。
新聞も置いてあるでしょ。
「図書館にでも行ってみようか?」
「そうね。お散歩のついでに行きましょうか」
もちろん、グーグルマップも使えない世界だ。
絶対迷子感の保持者であるタマヨンが、道に迷わないワケが無かった。
つづく
予告
「ここは、タマヨンの魂が還る場所なのね?」
次回 不思議の国のアズキQ




