048. 惑星メーテルに、チャリで来た
「おーしりーまるだーしのー、かーわいいおとめー、そーれはアンだよー、むーてきのおとめー、ほんほーんほーん。ぽっぽこぽーん」
自作のロックンロールを口ずさみながら、ひたすら自転車を漕ぐ。
俺は、アン。
フードデリバリーに行くと嘘をついて旅に出た。
魔女は旅に出ないとな。
マイブラザーのタマヨンも、男はいつか旅立つものだ、って言ってた。
俺は、男じゃなくて乙女だけどな。
それも生まれたての0歳児のな。
見た目はニンゲンの6歳幼女だから、心配すんな。
これでもただの魔女じゃねえ、本当の姿は漆黒ドラゴンだ。
チュウニの妄想じゃないぞ?
ま、どう思おうが、お前さんの自由だ。
最近のマイブラザーは、ハードボイルドが足りねぇ。
だから、今回は俺が代わりに書いてやるんだ。
この物語は、マイブラザーが日記を小説の形で投稿してる。
俺にかかれば、あいつのアカウントをハックするのなんて朝飯前さ。
文字通り、朝ご飯の前に、寝てるマイブラザーの指紋でスマホをロック解除して、ID/Passwordを抜き取ってやった。このやり方を教えてくれたのは、あいつだ。悪事を働けば、我が身に返って来るって、本人が言ってた。まったくもって、その通りだな? やれやれだぜ。
最近のあいつは、ツラの良さを武器に、スマイル0円なんてチンケな魔法で、この世界と戦おうとしてやがる。
あいつは自分で思う程には、美少女でもないのになあ。あいつは、そこそこだ。
そういうのは、俺やアズキの役だろ?
俺は、魔界の公爵令嬢だからな。アレだよ、もう。うん。スゴイ可愛い。見たら、心臓が3秒は停止するね。
まあ、魔界の公爵令嬢ってのは、今思いついた嘘設定だけどな。実際は、元は何処の世界に居たのか、どんな身分だったのかも、何もかも分からない。
マイブラザーはなあ、せっかくなー、14歳に戻れたんだから、もっとなー、やる事あるだろうになあ。
ロックスターか芥川賞作家になるっていう夢に、もう一度挑戦するとかさあ。
そんな不甲斐ないマイブラザーを突き放すためにも、俺は旅に出た。
あいつの妹と姉である、数子と桜子の元へ行こうとしているところなんだよ。
あのふたりは今、腹を空かせてるから俺の助けが必要だ。
背中に背負ったバッグの中で、アツアツだった手羽先もクリームシチューも、すっかり冷めちまった。
何故かって? 迷子になっちまったからさ。
宇宙で迷子になるってマジヤバイ。何がヤバイって、半日で千光年も進んでから戻ると、出発地点では4千年も経ってる。待ってるのはマイブラザーくらいだぜ。
もちろん、さすがの俺でも光速では移動出来ないから、せいぜい数億キロしか進んでないよ。それでも腹が減った。運んでるのがシウマイだったら、我慢出来ずに食べちゃってたな。
「あ、あったあった。最新のグーグルマップすげえな。宇宙空間までナビしてくれるぜ」
ダメガミシティのグーグルマップはスゴイ。これがあれば、異世界でも迷子にならずに行けるんじゃない? マイブラザーにも教えてやろうか? いや、これくらい自分で気付かないでどうするんだ。甘やかすのはダメだ。
「おいおい、この惑星の民は、イカレてんなあ!?」
目的地の惑星メーテルに到着した。
ここまでチャリで来た。
後で、数子と桜子も一緒にプリクラ撮らないとな。チャリで来た、って。
まず驚いたのが、駅の真ん前に、黄金のタマヨン像が建ってるって事だ。
岐阜駅前の信長像かよ!?
あいつ、この世界で一体何をやらかしたんだ?
崇められてるんだか、小ばかにされてんだか分かんねぇな。
ここには、データセンターっていうシステムエンジニアの刑務所があったはずなんだが。また、梅ちゃんの駄法螺に騙されたかな? 駅前の案内図を見てもデータセンタなんてありゃしない。
「露天風呂、ソバ屋、図書館、女子校……女子校!? 如何にもマイブラザーが作った世界っぽいけど、なんで女子校? あいつ、俺達のせいで世の中には女児しか居ないとか勘違いしてやしないか? なんて視野の狭い奴なんだ……やれやれだぜ」
この中で、数子と桜子が居そうなのは、露天風呂かソバ屋だな。ソバ屋にフードデリバリーに行くのは無理だし、あいつら金ないだろ? だったら露天風呂かな? 天然の源泉かけ流しだから、入湯料は要らなさそうだし。やっぱここ、マイブラザーが開発した村なんじゃないかなあ。異世界は時差があるから、ここが未来であっても不思議じゃない。
あ、そうだ。まずちょっと実験してみよう。ここが未来でマイブラザーが作った村なら、おもしろい事が起こるはずだから。
「あ、もしもしマイブラザー? おい、何泣いてんだ。俺は、元気だよ。しばらく帰らないから、ご飯はアズキに作ってもらえ。いいか? これから俺が言う事をやるんだ」
Free Wi-Fiがあったので、スマホを繋いでチャットの音声通話機能で、マイブラザーに連絡をとっている。こんな僻地まで、どうやって回線敷設してんのかは、後で見学するとしてー。
「惑星メーテルを開拓する時に、エーテルに名前を変えるんだ。メーテルなんて名前使ってたら出版化なんて無理だぞ」
よし、これでどうだ!
やった! 案内図の村の名前が「惑星エーテル」に変わったぞ!
おいおい、これってチートじゃね?
「次にだな、駅前の黄金像に俺様を抱かせとけ」
あれ? これは反映されないな。無理なもんはあるって事かな。
ん? 背中にニンニン衣装のアンを背負ってるな? 妖精になったアズキと、怪人ミツバチ幼女のニャアが周りを飛んでる。これは、元からだったか? 記憶まで改ざんされんのかもな? 面倒だな!
やり過ぎるとタイムパラドックスが発生するかも知れねえし、これくらいにしとこう。必要な改ざんが出来なくなるかもな。だいたいチートは良くない、仕様に反するやつは削除するぞ、ってマイブラザーがいつも言ってるもんな。仕様に反したからって、親会社の課長まで裏から手を回して刺しちゃう奴だからなあ。
クライアントのエラい人に、進捗遅延の原因を相談する体で告発したんだとか。他部署連携が必要なんですけど、課長が中々動いてくれなくってー、とかなんとか。課長がすっ飛んできて「タマヨンちゃーん。俺に出来る事があるなら、言ってよ〜」って言い出してワロタ、とか言ってたな。
真面目過ぎて適応障害になったとか言ってたけど、仕様やルールを遵守し過ぎ! 真面目過ぎるわ。なんてモンスターSEなんだ。空気だけは読めないんだなぁ。仕様に反したからって、ヒトまでプロセスキルするノリでやっつけんなよ。
ついでに言うと、寝る前に子供に聞かせる昔話としちゃ最悪だし。桃太郎は鬼を退治しましたー、のノリで何を語って聞かせてるんだよ。お陰で、すっかりITの現場に詳しくなっちまったアンだぜ。
「あー、アンコにゃーん! よく来てくれたよー。お姉さんはもう、お腹が空いて途方にくれてたんだよーう」
「次の列車は、しばらく運休だっていうし。お金は無いし、兄者は居ないし。詰んでたよ」
露天風呂で発見した数子と桜子に、冷めたチキンを食わせる。こいつらもダメだ、俺が何とかしてやらないと。
「帰りの足が無いってのは問題だなあ。お金は、このチャリを売れば何とか......いや? 待てよ? おい、お前ら、VISAタッチくらいは持ってるよな?」
「お姉さんのアンドロイドフォンは、どんな決済も可能だよ! ただし地球上のに限る」
よし、それなら充分だろう。俺に任せておけ。マイブラザーに連絡だ。
「おい、マイブラザー。惑星エーテルでVISAタッチを使えるようにしとけ。は? そんな営業力無いからやだ? 英語力もないし? ふざけんな、男なら妹のためにやれ!」
ふう。あいつはもうダメかも知れん。「タマヨン男じゃなくて乙女だしー」とか抜かしてやがった。
近くにあったシウマイの売店に行ってみる。
「VISAタッチ使えますか? 他のキャッシュレスでもいいんだけど」
「ん? 何かなソレは? ここは何でも無料のワンダーランドだよ。シウマイ弁当は、今日の12時まで。冷蔵庫に入れとけば、夕方までもつよ。持って行くかい?」
「ええ!? そのコストを負担してる労働力は一体何処に!?」
「あー、おばさんよく知らないけど、地下のデータセンターにIT奴隷? ってのが押し込まれてるんだってさ。前世で、仕様に反した奴とか、炎上プロジェクトの責任を末端の協力会社に押し付けた奴だとか、そんなのが刑務作業してんだってさ。まあ、クズで無能だから使えないらしいけどさ」
よく知らないとかいいながら、このおばちゃん詳しいな。
マイブラザー……お前はなんて世界を作ってしまったんだ?
「メーテルは何処行ったんだ?」
「ああ、神話に出て来る黒帽子の魔女の事かい? 元からそんなの居やしないだろ。あ、ごめん。まだ信じてたのかい?」
「あー、いや、うんまあ……サンタはいるよな?」
「ふふっ。それは秘密だよ」
サンタなあ。去年のクリスマスはマイブラザーが不在だったからな。だから来ないんだってアズキは言ってたけど。今年はどうかな。数子と桜子には、きっちりと役目を果たして貰わないとな。
「よーし、お前ら。俺の運んできたメシを食ったな? これで使い魔契約は完了だ」
こいつらも使い魔契約で、いざって時のバックアップにしておこう。ホットスタンバイ状態で運用してやる。
「へ? 何ソレ? お姉さん達も、実質永遠の寿命が与えられたの? タマにゃんみたいに。ぶっちゃけ要らないんだけど」
「アホか? 俺はそんなに気前良くねえ。そもそも、それはマイブラザーのもんだから、俺には自由にできねえ」
「へー、無限の寿命は兄者のものだったのかー。うわー、いろいろ大変そうだなあ。心配しなくていいのは遺産相続だけじゃん。誰よりも後に死ぬから」
「アタシらも、ニンゲン基準だと似た様なもんだぞ、数子にゃん。それにタマにゃんには、心配するような資産がないよ」
「あー、そうだったー。まあ、あれだ。どんだけ時間がかかろうとも、家に帰れば兄者が居るってのはいいね!」
「ん? そういう考え方があったのか。さすが、妹だな。甘える事に慣れてやがるなー、数子にゃんは」
「ふっふっふ。ところで、これからどうするー? ずっとここに居ても、温泉入ってるだけじゃ、ふやけちゃうよ?」
「ソレは心配ねえ。ここは何でもタダだ。ところで桜子、メーテルを倒したんじゃないのか? 元から居ないって、そこのおばちゃんに聞いたけど」
「ん? メーテルはもう倒されていた。見れば分かるでしょ?」
「ん、おお、そうだな。お前の文章力終わってんな!?」
メーテルを倒した、ってはっきりチャットで書いてたのになあ。
「やー、だってお姉さんは、異世界からの帰国子女だからね!」
「あ、そう」
帰国子女だからって、言い訳になるか。こいつには、ドキュメント作成だけは、任せられねえ。おぼえておかなくっちゃ。
「ん? 桜子姉さん、異世界からの帰国子女って何?」
「おっと数子にゃん。その話は長くなるし、お姉さんもよく覚えてはいないのさ。それよりも、数子にゃんがタマにゃんを兄者って呼んでるのは何でだ? 暇だから聞いておくよ」
「だからさー、これからどうするのかって言ってんじゃん。暇じゃないよ。わたしより怠惰ってどういうことだ、この女は」
「数子にゃんに言われるのは心外ダナ!?」
まあいいや。
マイブラザー、お腹が空くこともあるけれど、アン達は元気です。
「なんやこれ? アンコにゃんが、ウェブ小説勝手に更新しとるで?」
梅ちゃんが、ウェブ小説の更新通知を受け取ってチェックしてみたところ、アンがタマヨンの日記を勝手に更新してた事が判明した。
「更新早いなー。チャット通話してきたくだり、ついさっきだよ。10分も経ってない」
「便利でいいじゃないの。便りが無いのは元気な証拠っていうけど、ウェブ小説を更新をしてる暇があるなら、きっと元気よ。次は、ニャアも更新するんじゃないかしら。あの子もタマヨンのアカウントをハックしてたから」
余計な技術を教えちゃったかな? パスキーに変えようかな? って思ったけど、しばらく置いておこうか。
まさか、こんな形で旅立ったすっぽこ達の便りが読めるなんてね。
異世界ITすごいわ。
などとのんきに言っていたタマヨンだったが、この時の判断を、後で激しく後悔することになるのだったー。
なーんて、ならなきゃいいけど。
「ワイらこそ、これからどないすんねん?」
「なんじゃ、お前らまだおったんか。ワシもう帰るんじゃけど、神聖カワサキ帝国でええなら送ってくぞ?」
「あら、ニャア先生。ちょうどいいじゃないの。乗せて行ってもらいましょうよ」
タマヨン達は、元創造神の方の素幼女ニャア先生の車で、神聖カワサキ帝国に行ける事になった。
まさか、あんな事になっているとは、まあだいたい想像はしてたんだけど。




