046. 本好きのクーデター
「マイブラザー、俺は行くぜ! チキンが冷めちまう前にな!」
そう言って、アンは旅立った。
いや、旅立ったわけではない。
惑星メーテルで腹を空かせている前世妹と桜子のために、アツアツの手羽先とクリームシチューを届けるのだ。
ただ何故か、しばらく帰っては来ない、そんな気がするタマヨンだった。
タマヨンは、自身の2度目の旅立ちの日、住んでいた家も何もかもを処分し、最後にマイカーを中古車のバイヤーに引き渡して、駅まで歩き夜行列車に乗った。
あの時手放したデミヲは元気だろうか? 2年も乗らなかったな。もう20年も経っているのだから、廃車になっているのかな。
そんな事を思い出したのは、不思議なカーシェアの仕組みを聞いたからだろうか。
「かつての愛車が輪廻転生で復活して、カーシェアの車として扉の向こうに待っています」
カーシェア営業所の巫女ちゃん、オーバードライブが、そんな不思議な事を言い出した。オーバードライブではなく、ファズだったかも知れない。
「ただし、相思相愛の車しか復活できません」
ディストーションが補足してくれるが、よく分からない。ディストーションではなく、オーバードライブだったかも知れないけど。
アンが、フードデリバリーに使う自転車を用意してくれたのも、彼女達だった。
「これに乗って行きな! フレームもコンポーネントもドングリウム合金製だぜ!」
「魔導粒子のある空間で時速88マイル以上出すと、過去に行っちゃうから気をつけるんだぜ?」
「さあ! 早くしないと、お前が冷めたチキンになっちまうぞ」
オーバードライブシリーズの彼女達は、車全般が大好きなデスアーリー・ドライバーらしく、自動車だけでなく自転車まで営業所に用意してあった。
「ドングリウム合金が何なのか知らないけど、もうちょっと安全な自転車にしてよ」
過去に行っちゃうような危険な乗り物に、うちのすっぽこを乗せるワケにはいかない。時速88マイルどころか、音速を突破しちゃうに決まってる。
「えー、そうですか? ほんじゃあ、このカーボンフレームにシマノのデュラエースを載せた、ふっつーの子供用自転車で」
ちっとも普通じゃないと思うけど、普通の概念は様々だし、これ以上のやり取りは面倒だったので、それを借りた。デュラエースだけで、アンが練習用に買った自転車20台分を超えてるんだけど。カーボンフレームに至っては一点モノらしく、いくらするのかすら分からない。普通とは奥深いものダナ。
そんな感じで、ここの巫女さん達は、車というもに並々ならぬ愛を持っているワケだけど。
相思相愛の車だって? どういう事よ? 分からんではない。マシンには魂が宿るからね。
「さあ、誰が待っているのかな……」
タマヨンは、ドキドキしながらガレージの扉を開けた。
そこにはー。
「50ccのスクーターが1台居たけど、これじゃ3人乗れないよ」
タマヨンを待っていたのは、メーカーも車種名も忘れてしまったボロボロのスクーターが1台きりだった。
これは、なかなかのショックだな……。かつての愛車達から、総否定されてしまった。
「えー、審査落ちの理由聞いときます?」
ファズが追い打ちになりそうな事を言い出した。ファズではなく、ディストーションだったかも知れない。このネタは、もういいね。
「審査なんだ……。クレジットカードみたいだな。聞くよ」
クレジットカードの審査なら、落ちた理由は教えてくれないけどね。
一体どんな理由があるのか聞いてみたところ、タマヨンの非道な扱いを根に持ってるから、輪廻転生を拒否したんだって。
・1台目 お姉さんに買ってもらったのに、半年で売り飛ばす。
・2台目 納車の3日後に峠で全損。
・3台目 たいした事故じゃないのに金欠で修理できず。
・4台目 金欠で車検切れ。
・5台目 上司に貰ったのに、ちょっと金が出来たら調子こいて買い替え。
・6台目 上京の邪魔になって売却。
どうやって、タマヨンの愛車遍歴を調べたのか知らないけど、すべてその通りで、確かに漏れなく非道な扱いをしている。そりゃ、どの子も輪廻転生を拒否するわー。
「スクーターだけなんでおるんや?」
梅ちゃんもそれが気になるんだね。タマヨンも気になる。
「4台目を廃車にした後で、5台目を買うお金なんて当然なくて、それでも通勤の足が必要だったから、近所のおばさんにもらったスクーターですよね。これも通勤3日目にガードレールに激突して大破。中古を買った方が安いよ、とバイク屋に勧められたのに、何故か借金をしてまで修理。5台目を貰うまでの4年間に渡って、雨の日も雪の日も真夏の炎天下も、ずっと大事に乗って通勤してましたね。これは間違いなく相思相愛のカップルです! ああ、でも魂が寿命を越えてるんで、彼はもうダメです。お見送りしましょう」
「だったら、なんで召喚したんや……」
タマヨンは、名前も忘れてしまったかつての相棒を見送った。
排ガス規制が厳しくなってしまい、2ストロークの彼が生きていける時代はもう終わったのだ。
タマヨンは、リサイクル業者に引き取られて行く彼に、自分の姿を重ね合わせて涙を流した。
カーシェアの車を借りに来て、まさかこんなイベントがあるとは……。
「タマヨンはんの愛車が全滅なら、ワイはどうなんやろ? なんか召喚出来るんやろか?」
「召喚可能かどうかは、輪廻転生を受け入れる車があるかどうかですね」
なるほど。輪廻転生を受け入れて復活した車を召喚してるんだ。
細かい設定に拘ってんな。この物語は、ハードSFだったっけ? タマヨンのハードボイルド純文学日記のはずなんだけど。
それはともかく。
今度は梅ちゃんが、ガレージの扉を開けた。
「なんで九七式戦車があんねん?」
大喜利が始まってしまった。
「キャタピラにゴム履いてるんで公道も走れますよ。燃費は驚異のリッター200メートル。作戦行動をとるなら、乗員が4名必要なので足りてませんね」
「ハイブリッドカーがリッター40キロ近く走る時代に、桁が違うんかい。200メートルて、タマヨンが全力疾走出来る距離くらいやんけ。実用性なさすぎるわ。攻撃力ならタマヨンはんのが上やしな」
「いや、タマヨンは100メートルも走れないし、攻撃力は無いよ。戦闘系は、防御魔法しか使えない」
「ようそれで、戦国異世界の覇者になったなあ!?」
「戦いは、情報と策略だよ」
「私達が、サポートしたからよ。悪魔の湯があったから、死なずにすんだし」
その通り、アズキの戦略、ニャアの技術力、アンの突撃力があればこその戦果だよ、あれは。タマヨンは、担がれた神輿そのものだったからね。
「これこれでおもろいからキープしとこか。他に無いのん? ヤリスとかがええんやけど」
「ヤリスですか。あー、カーシェアで借りてたヤリスが、梅ちゃんだけでなくタマヨンも支持してるんですがー」
「あーアレか? ワイらがただの道具としか思ってへんから、相思相愛にならへんのやな?」
「そういう事ですね」
若い頃は、自動車に情熱を傾けたものだけど。
年をとるとね、安全に移動する事が最優先っていう、当たり前の事に気付くからね。車がカッコいいとか、可愛いとかって感情は無くなったもんなあ。
「どうすんのよ。車借りられないじゃないの。だいたいなんで、こんなに厳しい審査があるのよ?」
「それはですね、バカには車を与えるな、っていう戒律を継承しているからですねー。ダメガミシティでは、マイカーを所有する権利なんてありませんし、カーシェアの審査も厳しいんです」
「誰や、そんな美味しんぼ読んで思い付いたみたいな戒律定めた奴。ワイやな!」
またしても元女神である梅ちゃんの自業自得ブーメランだった。
「悪い事じゃないわね。車は走る凶器だものね。下手な魔物よりもずっとタチが悪いんだもの」
戒律に理解を示すアズキは、ほんとに3歳児なの? 見た目は17歳だし、精神的にもそれくらいだけども。思想や価値観が成熟し過ぎだと思う。
タマヨンは30歳くらいまで、夜をぶっ飛ばすぜー! とか言ってたよ。アクセルを床まで踏めないのはチキンだー、とかなんとか。相当に頭悪かった。死ぬこともなく、誰かを犠牲にすることもなく、今まで生きてこれたのは奇跡だよ。
「考えてみたら、車が必要な広さじゃないわね。ダメガミシティは、川崎区多摩区くらいしかないもの」
多摩区と言われても区民にしか分からないと思うけど、東京ドーム438個分だよ。それでも分からないね? タマヨンも分からないよ。
「いえいえ、ここのカーシェアは異世界カーシェアですから。異世界に行けますし、異世界に乗り捨てできます。各世界のタイムズと提携しているので、会員ならタイムズで借りる事も可能ですよ。便利でしょ?」
そりゃ便利だろうけど、借りられる車が無いんじゃ、どうしようもない。
タマヨンと梅ちゃんは、会員証だけ受け取った。
「ほんじゃー、次は図書館に行こか。きっと、おもろい本がぎょうさんあるで」
梅ちゃんの提案で、図書館に行く事にした。
きっと、異世界の神話や聖書が読めるに違いないし、魔法の倫理規定に関する本なんかも読んでみたい。すっぽこ語辞典とかもあるかなー。
ダメガミシティ、結構楽しいじゃん。
「図書館にも巫女さんが居るのかな? コンプレッサーとかかな? ツインリバーブとかジャズコーラスとかのアンプ系かもなー」
「どういうネーミングセンスなのかしら……。如何にもタマヨンの影響受けてる世界って感じよね」
タマヨンは、この異世界クラスターを産んだ、原初の三女神のひとりだからね。何言ってんだか、自分でもさっぱり分からないけど。
いずれ自分が産み出す世界の中に、なんで製作者が居るんだろうか?
まあ、どうでもいいか。こういう妄想の根源に、ドラえもんがあるのだけは間違いない。あ、ドラえもんも図書館にあるのかなー。
「おすすめの異世界聖書ですか? でしたら、こちらなどいかがでしょうか」
図書館に居たのは巫女さんではなく、メイド服を着た司書さんだった。
メイド司書は副業で、本業は近衛騎士だから、腰には日本刀をさげている。
ここ、王女とか居んの?
きっと、本好きが過ぎる余りに下剋上を起こした転生者が、王女に違いない。
なんでメイド服なのかー、とかいう突っ込みは一切無いよ。タマヨンは、多様性に寛容なんだから。きっと、ダブルワークでメイドカフェのバイトもしているのだろう。え? ほんとにそうなの? 王女もメイド服着てバイトしてるって? マジかー。桜子姉さんのせいで、メイド服にトラウマがあるから行かないけど。メイド服を着るだけならいいよ。
『女神になった俺様は魔王を倒して、この世界の人類を滅ぼそうとしたけど、何故か悪魔認定されてしまって異世界に逃亡することになった』
タイトル長いなー。
このラノベが、異世界の聖書だ。
ウェブの小説投稿サイトでも布教されてるから、別にここに来なくても読めるんじゃん。
タマヨンも、ピッピキピーっと受信して書いた事あるよ、こういうの。
地球の聖書もラノベみたいなもんだよね。
挿絵がステンドグラスになって世界中の教会に飾ってあるもん。
荘厳なネタバレかましてくれちゃってるよなあ、アレ。
ラノベでもたまにあるよね、巻頭のカラーイラストで、ネタバレしてんの。前の巻のひきで「死んじゃった!?」ってなったキャラがご飯食べてたりさあ。やめてくんないかな? タマヨンはネタバレが嫌いなんだよ。
「すっぽこ語辞典とかは無いの?」
「すっぽこ語ですか? ん-、それはこの異世界クラスターには存在しないものです。図書館司書のリファレンス的には、そういう回答になります」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ、魔法の倫理規定の本なんかは?」
「ん-、それは魔法協会のパンフレットですね。残念ながら、ここにはありませんけど」
「魔法協会ってどこにあるの?」
「どこにも存在しませんが、どこにでも在る。それが魔法協会です」
「はあ」
禅問答みたいな事を言われてしまった。
ラノベ聖書を読むか。
タマヨンは、ラノベ聖書を読んでいる最中に、とんでもない事に気付いてしまった。
左手薬指に嵌めていた、契約の指輪がなくなっていたのだ。
どうしようか……。




