045. 山と海の隙間に見えたあの街に
「ほんじゃあ親分。ワシ、行って来るんよ」
ゴールデンすっぽこ、13歳の旅立ち。
ニャアは、猫のドラヤキと共に旅立った。
タマヨンは、なんて言って送り出せばいいのか分からず、ただ黙って見送った。
笑顔のつもりだったけど、果たしてどんな顔をしていたのやら。
タマヨンは、自身の旅立ちを思い出す。
スーツを着て、ネクタイを締め、革靴を履いて、慣れない装いに窮屈な思いをしながら、小さな車に家財道具を一式詰め込み、アクセルを踏み込んだ、22歳のあの日。
バックミラーに映る桜子姉さんは、どんな顔をしていたっけ。
タマヨンは車を停めて手を振る事もなく、山と海の隙間の街から旅立った。
負けるかも知れない、ひとりきりで死んでしまうかも知れない、そんな不安を抱えて、一体何と戦うかも分からないまま。
3年後に、夢破れて帰って来た時、桜子は居なかったし、実家すら無かった。
「あ! あの時借りたスーツの代金を返してない!」
タマヨンは突然思い出した。
22歳のタマヨンは、古本屋巡りが趣味で、古いマンガの全巻セットを漁って買い込んでいたお陰で、お金が無かった。
都へ行って一旗揚げようという男子が、戦闘服であるスーツすら買えないという、実に情けない状態だったのだ。
見かねた桜子姉さんが、スーツ一式を買い与えて、少しだけどお小遣いまで持たせてくれた。
車に詰め込めずに実家に置いて行った大量のマンガを、桜子姉さんに勝手に処分されてしまったからといって、文句を言える立場では無かった……。
「しかもあれ、貴重なストラトキャスターを売ってまで作ったお金だったっぽいんだよね……」
「なあ、家政婦のお姉さんがそこまでする? なんで、姉さんやて気付かへんかったん?」
梅ちゃんの指摘は、ごもっともだ。
ドキュメントレビューの指摘なら、ご指摘の通り修正しました、としか返しようがないだろう。
しかし、過去の認識を覆す事など叶わない。
「だっておばさんだったし。いつもメイド服着てたしさあ。家政婦かと思うじゃん」
「ん-? おばさん言う程トシ離れてへんやろ? せいぜい10個くらいちゃう? あのヒトのトシもよう分からへんけど」
桜子は悪魔に魂を売って転生しているからね。
悪魔に出会ったのが30年前で、その時から不老の30歳なワケだから、きっと還暦は越えているだろうけど、タマヨンとの差は確かに10歳程度か。
「初めて会ったのが、8歳の頃だからね。大人はみんなおばさんに見えたんだよ」
今にして思えば、ヒドイ話だな。
18歳の乙女を、ドラゴンボールばばあ呼ばわりしてたのだ。
……ん? 何か記憶に違和感があるね?
タマヨンが8歳の時に、ドラゴンボールがあったっけ?
思い違いなんてよくある事だけど、時空が捻じれ過ぎじゃない?
辻褄の合う理由をあげるとするなら、タマヨンは幼少期を2度以上繰り返している。だから、1984年に連載開始したドラゴンボールの事を、1979年に知っていた……。
まあ、どうでもいいか。
8歳頃の記憶なんて、かなりあやふやだもんな。
魔法でもタイムリープは出来ないって、誰かが言ってたし。
エンドレスエイトする伏線なんて要らないんだよ?
「ところで、タマヨン様。先程、メイド服の女がストラトキャスターを大事にしていたとか言われてましたが」
「話の腰を折って悪いんだけど、タマヨン様ってのやめてくれない? タマヨンのヨンは敬称だから。デーモン閣下様って言ってるようなもんなんだよね。だいたい敬われる立場なんかじゃないよ」
ヨンが敬称ってのは、今思い付いたデタラメだけどね。
見た目14歳くらいの巫女ちゃんには、もっと気楽に接して欲しい。
タマヨンも14歳なんだし。
中身は老害ジジイだから、若者がため口きいてくれると嬉しいし。
「そうなんですか? それはダメガミシティの広報担当である私達も知らない事実です。では、これからはタマヨン閣下とお呼びしますね」
「話が通じてへんのウケるわ。ワイは、タマヨンはんやめて、タマちゃんかタマっちって呼ぼか?」
「たまごっちのパチモンみたいだからやめて。で、桜子の事だっけ? ストラトキャスターは世界を制すとか言ってたね。フライングVも持ってたけど」
もしかして、当時の桜子は、メイド衣装を着てパフォーマンスするロックバンドのギタリストだったのだろうか?
だとしたら、いつもお金が無いって言ってたのも納得だ。
ロックンロールにゃ金かかるって、エライ……わけでもないヒトが歌ってたし。
「そのお方は伝説のあのお方なのでは?」
またソレ? もういいよ、そういうの。
「ロックンロール・クレイジーナイトですか」
「エイリアス、いや? オリジナルかも知れないね」
そういえば、そのロックンロール・クレイジーナイトは、今どこで何してるんだ?
6番線ホームから、惑星メーテル行きの列車に飛び乗っちゃったけど。
前世妹の数子と共に。
『アタシは、桜子。6番線ホームで気付いたら列車に乗ってメーテルを倒したので家に帰りたいんだけど迷子だからお腹が減っているのだった!』
「何やコレ? 頭悪いケータイ小説みたいなんが、桜子はんから届いてんけど」
「ロックンロール・クレイジーナイトとやらは、作詞は無理みたいね」
梅ちゃんもアズキも容赦ないけど、是非も無し。
なんだこりゃ?
これを、タマヨンの物語にマージしておけって事なのかな?
起結承転の、承と転がゴッソリ無いし、起と結すらあやしい。
血の繋がりは無いみたいだけど、確かにタマヨンの姉だわ。
「お腹空いてんのかー、そいつはヘヴィだぜ。腹が減っては戦しか出来ねぇからなあ」
アンの言う通りだ。
お腹空くとイライラするからね。
「大丈夫やろ。異世界鉄道は、食堂車がついとるし、この通信も車内のワイファイからやで。無限パスなら全てタダやからな」
「おお、なかなかラグジュアリーな列車だね。早く乗りたいなあ」
食堂車なんて、令和日本では絶滅危惧種だもんなあ。
タマヨンが修学旅行で新幹線に乗った時は、まだあったけど。
あの食堂車で飲んだコーヒーがうま過ぎて、しばらくコーヒーに嵌ったっけ。
旅の車窓を眺めながら飲んだからブーストかかってたのか、あの味は2度と味わえていない。
「次の列車はひと月以上先で、それも運行されるかどうかなので、タマヨン閣下は、ダメガミシティに永住されてはどうですか?」
「ばかもーん! この世界にはドコモの基地局はあっても、俺のパケットじゃ動画が観られねぇんだ。タマヨンがケチで、月500MBのコースにしてるからな。冷めたチキンじゃねーんだ。インターネットの無い世界は、まっぴらごめんだぜ? このアンちゃんはよぉ」
巫女ちゃんに、チンピラみたいな絡み方をするアン。
未来少年コナンがユーチューブで無料公開されてるのに、500MBじゃ観るの無理だからね。
「女神会館のゲストルームはワイファイ完備ですよ? 1ギガの光回線繋げてますし。動画なら備え付けのテレビでも観放題ですけど」
「ユーチューブ観れんのか!?」
「はい。地球のインターネットも接続可能ですよ。ダメガミシティには異世界IXとTier0プロバイダがありますし」
ええ!? 巫女ちゃんが不思議な事を言い出したぞ。
「ん? 異世界IXって何? Tier0ってのも聞いた事無いんだけど。ハイパースケーラーの事?」
インターネットのターミナル駅みたいなものがIX、自前の路線で世界中行けちゃうのがハイパースケーラーって感じなんだけど。
「ああ、こいつらにとっては当たり前過ぎて説明できひんやろな。インターネットが民間に解放されて発達進化しとる世界って10個も無いねん。日本並みに、アニメが進化しとる世界もやけどな。ダメガミシティでは、その全てに接続しとんねん。DNSで多面構造にしとるから、グーグルのパブリックDNSを掴んだれば、地球のユーチューブも観れるで」
なるほど!?
さっき、桜子が異世界鉄道の中からチャット送ってきたのも、その仕組みのお陰って事かあ。
なんでもありだな、ダメガミシティ。
「どの世界の人類も戦争が好きやからなあ。インターネットに近いモノが発明されても、軍事用途から解放されんのは稀やねん」
「ああ、そういう。神聖カワサキ帝国でも、固定電話くらいしか無かったね。地下を超電導リニアが走ってんのに」
「せやなあ。あっこでインターネット使えんのは、官公庁と研究機関に大企業と、あとは貴族くらいやな。優遇されてる分、義務がエグイんやけどな。超電導リニアとか必死こいて開発してんのは、貴族の義務いうプレッシャーがあるからやろな」
「へえ。そんな事情があったのか。そういえば、タマヨンも爵位貰った気がするから、あそこなら配信動画も観れちゃうワケか」
「おい! そういう事は早く気付けよ、マイブラザー! ヨミランドに行こうぜ!」
アンとしては、アニメさえ観られれば、どこでもいいらしい。
だったら、川崎に帰る必要もないよね?
でも、アズキが致命的な問題点を提示する。
「でも、異世界鉄道の列車は来月まで無いんでしょ? 昨日までは来週の便があると聞いていたけど」
せっかく無限パスを手に入れた異世界鉄道の便数が異常に少なくて移動できないでいるのだ。
「大金払って異世界行きたい物好きなんて、あまり居ませんからね。ホームに降りた途端に拉致されて、データセンターに72時間も軟禁されちゃう世界なんて地獄よりコワいじゃないですか」
地獄よりコワい世界が、平成日本には常設されてたけどね……。
「言われてみれば、そりゃそうか。旅行気分で行くとこじゃないもんなあ。政治家が視察に行くのも危険過ぎるわ。異世界路線バスとかは無いの?」
「ネコバスが期間限定で運行しますよ。お盆前後の一週間だけ」
「おいおい! そんなに待てねえぞ!」
「えー? だから、ここに居ればアニメ観放題だって言ってるじゃないですかぁ」
「あ、そっか。アン、お腹減った」
赤ちゃんだから、感情の変化が唐突ダナー。
いや、もう赤ちゃんじゃ無いんだっけ?
すっぽこ達の年齢は、はっきりしないんだよね。
異世界ゲートで1万年の時差を超えたり、サンドボックス環境に10年くらい籠ったりしてるから。
本人達の申請では、アズキが17歳、ニャアは13歳、アンは細けぇことはどうだっていいんだよ、だそうだ。ニャアの13歳は、魔女の旅立ちのトシに合わせただけでしょ。アンは、単に数えてないだけだと思う。
「よっつくれ」
「よっつで充分なのか? あぁ、ミツバチが旅立ったのだったか? 俺には、畳に乗った猫しか見えなかったが」
「ミツバチっていうと、母親を探しに行ったみたいになってまうなあ」
ニャアがカマキリおじさんに食べられちゃうん。
こだわりの男、ギョニソの屋台にやって来た。
巫女ちゃん達は、「どこにも行けないのは退屈でしょうから、カーシェアの準備して来ますねー」と言ってどっか行った。
「なあ、この村で働いて暮らすのって大変?」
今日は何が4つ出て来るのか知らないけど、料理を待ちながらギョニソに聞いてみる。
もしここで暮らすなら、労働環境は重要だ。
日本の首都圏より過酷なところは、そうそう無いとは思うんだけど。
ちなみに、ダメガミシティといっても、村程度の規模しか無いんだよ。
川崎市多摩区程度の広さ。
「働くのであれば、だな。前も言ったが、戒律が何かと厳しい上に、罰が厳しい。たいだいが即射殺だからな」
「どういう事? まるで働かなくてもいみたいに聞こえるけど」
「ここは、女神様によるとヴァルハラなんだそうだ。ニートにも、三食昼寝とおやつに温泉、寝る場所とお布団が配給される」
「マジか……!? まさに、ヴァルハラ。トイレでソシャゲやってるだけの、IT企業カーストトップの正社員よりも恵まれてるよ!」
実際にはヴァルハラって無限デスゲームの会場だし、エルドラドも悪魔の軍勢相手の戦場だし、アルケイディアだって自給自足っていうリスクがある。
理想郷なんてものは、存在しないのだ。
しかし、ここにはそれがある!?
「まあ、タマヨンには向いているのかもね。ダメっこ動物なんだし」
「さすがに、ヒトとしてはダメになるんじゃ? アンは不安」
アズキにはじんわりとダメ出しされ、アンにまで不安がられてしまった。
……カーシェアが借りられるなら、どこか行くかな。もう少しくらい、ここに居てもいい気がしているけど。
24時間もかけて作ったクリームシチューを、ラーメンにしてしまったという不思議な料理を食べたタマヨン達は、カーシェアの営業所へ向かった。
ちなみに、ダメっこ動物はお代が不要なんだそうだ。ギョニソが申請すれば、国費で補填されるのだとか。その分誰かが犠牲になっているはずなんだけど、どうなってるんだろうか。ここも地獄なのかも知れないね。
「タマヨン閣下、お車の準備が出来てますよー」
カーシェアの営業所には、リバーブ達と似てはいるけど、また違う巫女姉妹が居た。
ファズ、ディストーション、オーバードライブの三つ子だ。
もちろん、そっくりで区別が付かないんだけど、本人達も付いてないから、気にしなくていいそうだ。
「この扉の向こうに、あなたを認めた車両が待っているはずです」
「さあ! どうぞ!」
「1台も待ってないヒトも結構居るからね。気にしないでね」
え? この世界のカーシェアってどういう仕組みなの?
イラストは、イメージなので作中とは食い違いがあります。
ChatGPTに生成してもらいました。
キャラ設定とか渡していないので、想像で補完されてる。




