044. この荒唐無稽な世界に祝福を
露天風呂から見える惑星テラワロスは、まるでオーシャンビュー。
ここは、上空100キロに浮かぶ天空の村、ダメガミシティ。
青く輝く惑星が、湯煙の向こうに見える。
「やっぱ、ここの風呂はええなあ」
「こんな視点、私の塩基配列にも記録されてないわね」
「あれが海か!? うっひょーでけぇ。ひとくちじゃ無理だな」
みんなも、その神々しさに圧倒されている。
お風呂には、タマヨン達以外にも巫女さんが3人居る。
「海なのかといえば、7割くらいは海ですけどね。食べちゃわないでね」
「すっぽこ龍といえども、さすがに惑星は食べないでしょ」
「すっぽこって固有名詞、公式採用されたんだっけ?」
ガイド役の巫女さんが、3人に増えたのだ。
仕事にかこつけて、風呂に入りに来たらしい。
リバーブに加えて、ディレイとコーラスという三つ子の3姉妹で、そっくりだ。
誰が何を言っているのか分からない。
本人達にも分からないという。
「ダメガミシティは、梅ちゃんがデベロッパーじゃないの? 初代の女神議長なんでしょ?」
「ワイは、ここを居抜きでもろただけや。女神会議の拠点にすんのに、ちょうどええ場所やからな」
「そりゃまた、壮大な居抜き物件だね」
「天空の村を構築したのは、一介のシステムエンジニアから魔法少女となり、さらに女神に成り上がり、魔王も兼任、最終的には創造神に至ったという大いなる存在です。オフロスキーなので、露天風呂にも力が入ってるってワケですよ」
今日のガイド役は、物知りお姉さんの梅ちゃんではなく、巫女の3人だ。
ダメガミシティの広報担当なので、梅ちゃんと違って誤情報を拡散しない。
「へぇー」
嘘ではないのは分かっているけど、神話級スケールの話なんて、すっと入って来ないんだよね。
こんなのが、標準的な感覚になってしまうと、お風呂の改装すら満足に出来ないタマヨンは、日常生活を健やかに送れなくなってしまう。
予算を惜しまない金融系から、とことんコストカットに拘る流通系に、派遣先が変わった時みたいに、感覚がずれちゃうよ。
ちなみに、金融系だってコストには拘るよ?
「基本設計書は、あと2ページ削れるんじゃないかな。その分、見積もり削ってよ」
なんて事を、平然と言うからね。
でも、そもそもの桁が違う。
他なら400万円で済む案件を、4000万円以上かけちゃう。桁が2つ違う事だってざらだよ。
お風呂の話と関係無いね?
「惑星テラワロスって、大悪魔のミーナってのが居るんだよね?」
「あの惑星には、時や可能性の異なる複数の世界が多重的に存在しているのですが、ミーナはそのほぼすべてに居ます」
「さっきまで一緒だった猫にゃんも、ミーナの異世界同位体じゃないかなあ?」
「そうだね。使い魔の怪人ミツバチ幼女様は、創造神ニャア様のヴァーチャル・エイリアスだろうね」
また、意味の分からん事を……。
分かるのは、異世界同位体とヴァーチャル・エイリアスってのが同義だろうって事くらい。
いや、分からんワケじゃない。
分かりたくないっていうか、関わりたくない。
タマヨンの身内が、ことごとく大物だなんて。
「その創造神ニャア様ってのは、さっき言ってた大いなる存在なのかな?」
「その通りです。創造神ニャア様は、大悪魔ミーナの姉でもあります」
ああ、そう言えばミーナの姉は魔王様だとか、そんな会話してたな。
魔法少女から創造神まで出世してったなんて、ブリみたいだな。
小学校の同級生が、実は総理大臣の孫なんだよー、知ってたぁ? くらいのノリで神の存在が身近に迫って来るんだけど。
もうちょっと庶民的な話題にしよう。
「この温泉の効能ってどんなの?」
乳白色でイイ匂いがして、きっと女神の湯とかいう、とんでもない温泉なんだろうけど。
「美肌効果くらいですかね。ここが出来た当初は、悪魔の湯だったんですけど。あれは、戦乱の元になりますからね。創造神ニャア様が、争いを避けるために枯らしてしまいました。今は、安っい入浴剤が入ってるだけです」
「そうなんだ。ちょっと残念だね。でも、この景色があれば、充分過ぎる程に女神の湯だわー」
青く輝く惑星が見渡せる露天風呂なんて、さすがにここにしか無いだろう。
泉質を求めるのは贅沢過ぎるというものだ。
「あーでもー、タマヨン様が浸かったから、かなり箔が付いたんじゃない?」
「そうだね。タマヨン様御用達の湯ってPRしようか」
「んん? ストラト・ドラゴンってそんな?」
タマヨンは、ストラト・ドラゴンとかいう最上位ドラゴンらしいけど、何なのその扱い。
弊社製品は、金融系にも導入実績があります! みたいな。
「え? 今さら何ゆうてんの。すっぽこ龍は、世界を創り、かつ滅ぼす存在やてゆうたやろ。その親玉が、ショボいワケないやん」
「あー、そりゃまあそうなんだろうけどさ……」
「この世界が所属する異世界クラスターは、破壊神タマヨン様と創造神ニャア様、守護神スズメ様の三姉妹が創造されたワケですし」
「いや、そんなもん作った覚えが無いんだけど……」
異世界クラスターって何? たくさんの異世界が密集してんの? 銀河団みたいに? あるいはデータセンターが沢山ある、千葉ニュータウン中央みたいに?
ストラト・ドラゴンは星の海を渡るって言ってたけど、まさか銀河クラスター単位で、渡ってんの!?
「あー、作ったっていうと違いますかね。女神に初期データベースとして入ってるスナップショットが起源っていうか。あれを深層学習して生まれた異世界が、クラスターのコアだと言われてます。諸説ありますけど」
「正確なところは分からへんよ。異世界クラスターのコアなんて特定すら出来てへんしな。クラスターゆうても、ワイらの観測出来る範囲でしか無いし」
「あ、そう」
もうね、フラットな感想しか出て来ませんよ。
視点がマクロ過ぎてはいけないんだよ。短期目標をクリアしていく積み重ねこそが、どんな巨大プロジェクトであっても、ゴールへの道のりなんだから。見える範囲、足元を見失ってはならぬ。障害の切り分けでPingを打つ時は、まずソースインターフェースのループバックを宛て先にするようにだ。
一介のシステムエンジニアが、魔法少女になるだけでも異例の成り上がりなのに、最終的に創造神になったとかいう話だって、スケールがレッドゾーン振り切ってるんよ。
与えられた手順書通りの作業をする一介のオペレーターが、上流工程のプロジェクトマネージャーまで昇りつめるのだって大変なのに。いや、それは一瞬だったな? 派遣先が商流の一次請けに変わっただけで、なれたわ。日本のIT業界は歪んでいるのだ。現場の苦労を知らんのが、大企業の社員ってだけで旗振りしてんだから、そりゃ混乱するわ。ってゆうか居るだけで、旗なんて持ってもいないのがゴロゴロ居るからな。ソシャゲのイベント時間になると、トイレの個室が満室になるのが、IT業界の1次請け企業だ。
「タマヨンが、またトリップしてるわよ」
「身近な話題で引き戻そか。ニャっすとドラちゃんは、大丈夫なんやろか? 旅立ちの時が来たのじゃ、とかゆうて畳に乗ってどっか飛んでったけど」
ああ、そうだった。
魔女の宅急便に感化されたニャアが、猫のドラヤキと一緒に旅立ったのだ。
箒にまたがって飛ぶのが、魔女の様式美のはずなんだけど、股間が痛いからって、畳に乗って飛んでった。絨毯だとフニャフニャで不安なもんだから、女神会館の和室にあった畳を勝手に持ち出してた。
確かに、箒にまたがるのは痛いだろうな。ロードバイクの細いサドルだって、長く乗ってると痛くなるんだから。箒の柄って、ただの棒だしね。サドル付ければいいのにね。あ! 自転車に乗って飛んで行けば、地上も走れて良かったんじゃ?
「大丈夫なんじゃないの? 幼体とはいえ、すっぽこ龍なんだし。あの子は、ドラヤキの使い魔だから。タマヨンと使い魔契約を解除してもやっていけるし」
ニャアとタマヨンの使い魔契約は、日雇いだったからね。解約の意思を示せば、翌日には解除されるんだよ。
昨夜同意したから、もうタマヨンはニャアの使い魔ではない。
「ドラヤキも一緒なんだし、きっと大丈夫だよ」
「まあ、テラワロスに降りたみたいやし。あっこなら、今でもワイの加護が届くしな」
「へ? テラワロスって、梅ちゃんが元女神だった世界なの?」
「そやで。神聖カワサキ帝国は、テラワロスにあるんよ。ミーナとやらがおるのも、神聖カワサキ帝国なんちゃうか?」
「ふーん? ヨミランドのご近所さんだったりするのかもねえ」
もうね、話の3割も頭に残らないよ。
アレだわ、新しい派遣先の初日にさ、いきなり40人くらいのメンバーを一気に紹介されて、並行して走ってる複数案件の概要だけ資料もなしに口頭で説明されてさ、「じゃあ、このプロジェクトのリーダーよろしく」って丸投げされて、後で詳しい説明を聞きに行ったらさ、「は? 最初に全部説明したでしょ」って言われるアレな。どんな異能を期待してんだかね?
「あ! ひとつ疑問が解けた気がするよ! 何で、どこの異世界へ行っても日本語が公用語なのかっていう」
「コアの種になったのが、日本のシステムエンジニアの脳からとったスナップショットやからやろなぁ」
そういう事だったかー。
創造神のニャアってのも、元はシステムエンジニアらしいけど。
タマヨンと創造神ニャアのスナップショットがマージされてんのかな? それとも、ニャアとタマヨンは別の可能性ってやつなのか。ユニックスみたいに、途中で分れたのか、あるいは融合したのか、分岐と合流を繰り返す進化をしたのか。さっぱり分からんし、分かる必要も無いな。
シリコンプロセッサの動作原理は何となくしか知らないし、量子コンピューターなんて基礎すら理解出来ないけど、それでもパソコンやサーバー、スマホは問題なく使えるもんね。
異世界クラスターの起源だとか、タマヨンの本当の姿だとか、そんなんどうでもいいわ。あと100億年くらい生きてりゃ理解出来るんじゃないの?
わたしは、タマヨン。
たまたま、ストラト・ドラゴンとして生まれた乙女。
つい最近まで、55歳の老害おじいちゃんだった乙女。
たまたま、でしかないのだ。
ニンゲンに生まれるのも、ニホンミツバチに生まれるのも、たまたまそうだっただけ。
社畜として生涯を終えたり、熱殺蜂球でお務めを果たして死んだりは、本人の努力や選択もあるけど、生まれは選べない。
決してこれは、なろう系のチートではないのだ。
実際のところ、タマヨン自身にはたいした力なんて無いのだ。
今は、住む家すら無いんだし。お小遣いは、ずっと月3千円。
ちょっと強いだけの、永遠の14歳チュウニ女児、それがタマヨン。
「どうやら、タマヨンがアイデンティティを獲得したようだから、お風呂から上がりましょうか」
「そやな、のぼせてまうわ」
「アンは寝ちゃったし」
無理もない。
だって、なろうにしても程がある荒唐無稽な話を聞かされていたのだから、眠くもなる。
しかし、器用に湯船に浮かんで寝てるなー。
猫かと思ってたけど、ラッコかな?
「ん? これ尻尾?」
アンを担ぎ上げると、おしりのちょっと上に、出っ張りがある。生えかけのドラゴンの尾って感じだ。
いつか尻尾が生えるお年頃になるのだとか言ってたっけ?
「そうみたいね? 私には、もう尻尾が生えてるわよ。普段は隠してるけど。パンツ履くのに邪魔だから」
アズキがそう言って、にょろんっと悪魔のソレみたいな尻尾を見せて、先端でタマヨンをちょいちょい突いて来る。
意外と、痛いんですけど……、毒もってないだろうね?
黒くて細身でスベスベの鞭みたい。先端は、矢印みたいに尖って返しもあって、攻撃力高そう。
「もしかして、ニャアの猫しっぽって、本物だった?」
畳に乗って飛んでいく時に、スカートの下から猫しっぽがしゅるんっと出てた。
あれって、パンツどうなってんだろ。まさかのノーパン?
「そうよ。あれは飾りじゃなくて、ほんとに生えてるのよ。その内、猫耳も生えるんじゃないかしら?」
「すっぽこ龍って、多様性に富んでるんだねー」
「一括りにすっぽこ龍と呼んではいるけれど、別の種と言ってもいいくらいだからね。ニャアは、ゴールデンすっぽこだけど、猫耳魔獣らしいわね。白すっぽこの私は、プラチナドラゴンだし。黒すっぽこのアンは、おそらく漆黒ドラゴンね。もちろん、五色龍なんてのも人類が勝手にカテゴライズしたものでしかないわ」
「へー」
今回は、設定資料みたいになってしまったな。
「さて、泊まるとこを探しに行こうか。いつまでも、女神会館に居るわけにはいかないよね」
次の列車が出るまでの間、泊まるところが必要だ。宿泊費用を稼ぐためにバイトもしないと。
「いいえ? タマヨン様さえよければ、女神会館に住み着いても構いませんよ。むしろ、しばらく居て下さいよ。お代は不要ですよ」
「え?」
そうやってタマヨンを甘やかすと、ろくな事にならないよ?




