004. 俺の罪を数えてくれ
誰もが求める魔法は広く普及するし、より洗練され簡易化していくのは道理。
つまり、破壊魔法が初心者向けって事は、それだけみんな破壊大好きって事だ。
魔法の練習で、そんな真実知りたくはなかった。
「特にニンゲンは殺し合いが好きだろ? さっさと、やっちゃいなよマイブラザー!」
スナック感覚で何言ってんだ、この幼女。
情操教育を間違ったかな。
人類が滅亡しちゃう系のアニメも、よく観てたからなぁ。
拾う前から、こんなだったのかも知らんが。
「ぽこすんぽこすん、すっぽこすんすん、ぽっそらせー!」
破壊魔法のコマンドを実行してみる。
要するに、詠唱魔法ってやつだね。
無詠唱魔法は無理でも、詠唱魔法なら初心者の俺でも可能かも知れない。
しかし、目の前の違法改造車はビクともしない。
こいつ、早朝深夜問わずにボンボコうるせーから、破壊実験にちょうどいいんだけどな。
もっと小さい物をターゲットにしてみても、空き缶すらペコリともしない。
「この程度も無理なのか? がっかりだぜ、マイブラザー。カルピス飲んで寝てろよ」
「コマンド間違ったかな。もっかい教えて」
コマンドは、すっぽこ語なのだ。聞き間違ったのかも知れない。
「ぽこぽこすっすん、すっぺこぽー、そらせろそろそろ」
「さっきと、違うよ? もう一回、言ってよ」
「ぽこぽんぽんぽこ、ぽぽんちんちん、ちんからほい!」
「全然、違うじゃん?」
違うじゃねーか! と蹴っ飛ばしたい気分だが、パワハラ、いや幼児虐待になるので、ソフトに確認するよ。
「うっせーな。初心者向けのコマンドなんて覚えてるワケないだろ」
「じゃあ無理じゃん」
「結論を急ぐな、マイブラザー。リポジトリサーバから、追加パッケージをダウンロードしてインストールしてみろ。お前の萎びたアレも一皮剥けるかも知れねぇ」
魔法のリポジトリサーバって何処にあんだよ? 誰が運営してんの?
まあいい、言われた通りにやってみようか。
「コマンドは、ヤムかな? それともアプトゲット?」
「だから、コマンドなんて覚えてないって言ってんだろ? もう忘れたのか? やれやれだぜ」
「やれやれ、はこっちのセリフだよ」
実行権限が不足している可能性もあるな?
でも、昇格コマンドもパスワードも不明だよ。
魔法少女への道のりは遠く険しいな。そもそも俺、少女じゃないし。
こんな殺伐とした日曜朝アニメは、スポンサーが降りちゃうなあ。
「魔法はもういいや。それよりも、サンドボックス環境を活用して、他の検証をしよう」
魔法は諦めた。
危機的状況に陥れば、覚醒して使える様になるだろう。
ITの現場が、そうであるように。
初めて触る機種でも、見ただけで設定方法が分かる。
システムエンジニアにはそんな異能があります。
あるわけねーだろ。寝る暇も惜しんでマニュアル読んでんだよ。俺は、ニュータイプじゃねーわ。
ここは、地獄の何丁目なのかな?
いっちょめか? いっちょめなのか? わーお!
アンが、時速88マイルで時空を越えたいとか言うので、カーシェアの車を借りて運転させてみた。
バカ搭載型ミサイルと化したハイブリッドカーは、府中街道を爆走し、甚大な被害をもたらした。
さすが、ドラゴン級魔法使い。その破壊力は、災害級だわ。
ぐいぐい車間詰めて来て、ちょろちょろ車線する残クレカー。前後に我が子乗せてるクセに車道逆走からのノールック斜め横断するママ。そいつらがムカつくのは分かる。
でも、小杉マダムは討伐する程の悪じゃないし、川崎市バスだって爆破炎上させちゃうと乗客が不幸だ。
本人は正義の執行のつもりで居たみたいだけど、この世界の絶対正義である神奈川県警まで返り討ちにするのはどうなのか?
俺は、左手薬指の契約の証を何度も確認した。
サンドボックス環境内では、薄くイエローに発色する仕様だからだ。
あれだな、環境に依ってコンソールの背景色を変更しておくのと同じ。
うっかり本番環境でリアルGTAなんてしてたら、俺の人生がEOLを迎えちゃう。
EOLってのは、エンド・オブ・ライフの略で、サーバやネットワーク機器の使用限界を意味するのだけど。
俺の場合は、そのままの意味だな。
「楽しかったね?」
きらきらした瞳で、俺を見上げるアン。
無垢な幼女なフリをした悪魔の化身だ。
どういう情緒してんの?
「いいかアン。ミサイルを撃つ者は、撃たれる覚悟を持った者だけだ。いつかお前も、悪として討たれると覚悟しなさい」
親ヅラして、言い聞かせてはみたけど、果たして理解したのやら。
ボロボロのクシャクシャになったバカ搭載型ミサイルは、武蔵小杉に破棄して来た。
帰りは、しれっと南武線で帰って来たよ。
まー、事故かしらー? こわいわねー、早く帰りましょう。みたいな顔して。
アンが不可視でも改札を通過して、電車に乗れる事が分かったのは収穫かな。
支払った代償に対して、収穫が少ないなー。
ぽってぽってと、最寄り駅から自宅へと向かって歩く。
「なんか騒がしいな? 事件か事故か?」
緊急車両のサイレンが、わんわんと響いている。
中学校の脇の細い路地を抜けて、視界が開けると、原因が分かった。
「おー? たーまやー?」
「それ、違う」
「かぎや?」
「それも違うな」
うちの近所のアパートが、ごうごうと燃えていた。
築何年なのか知らんが、ほんとに人住んでるの? っていうくらい朽ちかけのボロアパート。
地主的には、むしろ都合が良さそう、とか思ってしまう俺の情緒もアンの事は言えないな。
「ここ通れないと、うちに帰れないな」
この辺りの道は行き止まりが多く、ここを通れないと大きく迂回する事になる。それは面倒だなー。
「あー、じゃあ、サンドボックスを解除すればいいよ」
「あ、そうか」
「サンドボックス解除ー! すっぽこどきんちょ!」
アンが、そう叫ぶと、一瞬で仕事部屋の中に戻った。
ラジオでは、元落語家が投稿ほのぼのネタを読み上げている。
さっき聴いた内容と同じだ。
「時間も巻き戻るんだ?」
「そういう事。何もかも無かった事になる。俺達の記憶以外は」
お? ソレって色々と使い道があるのでは?
「残るのは記憶だけ? 成果物は残らない?」
「そうだよ。だから、サンドボックスで仕事済ませて、時間を浮かせるとかは無理」
そうか、それはダメか。
緊急の障害対応に使えると、かなり便利だと思ったんだが。
時間に追われる対応の中で、時間を無限に使えるというのは無敵だもんな。
障害発生時に、圧かけて急がせる様な企業は、滅んだ方がいいけどな。
そういう事するから、事故が絶えないんじゃないだろーか。
それはともかく。
残るのが記憶だけでも、学習には使えるか?
アンが、異様な速度で日本語を習得したのも、こういう魔法があればこそか?
もっとも、俺には無限の寿命があるしなあ。そんな詰め込み学習する必要ないだろうな。
そもそも、どれだけ時間があっても、やる気が無いとどうにもならんわ。
「時間が無い時に、昼寝するのに使えない?」
もしそうなら、社畜大歓喜だよ。
一瞬で快眠効果を得られる不思議な宿屋を開業出来るかも知れない。
厚生労働省に摘発されちゃいそうだが。
「あー、それはどうだろうか。精神的な疲労だけ回復して、肉体は元のボロクシャに戻るんじゃないかなー」
「それは、むしろ危険な状態かもな」
24時間戦わせる前世紀の薬物より危険だ。
サンドボックス魔法には、もっといい使い道がある気がするんだがなあ。
そうだ! 本来出来ない事をやってスッキリするのは娯楽として成立しそうだな。
精神が汚染されてしまうだろうけど。
超絶リアルVRゲームとして営業するか?
ソニー辺りに命狙われそうだな!
寝るか。寝れば、何か思い付くかも。
「昼寝するか。無職の特権だ」
「えー? もっと遊ぼ?」
「遊んでたワケじゃないんだが」
幼女のナリをして遊ぼ? などと言われては逆らえない。
中身は、悪魔の化身だけどな。
平和に、パズルゲームで対戦をして遊んだ。
でも、考えてみれば、これだって殺し合いの一環だよなぁ。
相手の陣地を潰せば勝ちなんだから。
確かに、アンの言う通り、俺達ニンゲンは殺し合いが好きらしい。
日が暮れるまで対戦ゲームで遊び、腹が減ったので外に出る事にした。
「何食べる?」
「うどん」
「うどん好きだな」
歩いて行けるうどん屋もあるが。
アンが好きなのは、稲城市との境にある方だ。
あそこまで、歩いて行くのは厳しい。
自転車なら楽だろうが、アンに擦り下ろされた自転車が脳裏をよぎる。
擦り下ろした者は、いつか自分が擦り下ろされるのです。
カーシェアの車で行くか。
アプリで予約をとると、アンがボロクシャにしたハイブリッドカーもちゃんと復活していた。
予約したのは、ミサイルじゃない車種だけどね。
「外が、騒がしいんだが」
玄関から外に出ると、サンドボックス環境で聞いた様な喧噪が辺りに満ちている。
「たまや?」
「だから違うって」
近所のアパートが、ごうごうと燃えてんな。
サンドボックス環境で見た光景と同じ。
「もしかして、サンドボックス環境って未来もシミュレーションしてない?」
「あー? そうなのかなー?」
ラジオの内容も、同じだったし。
サンドボックス環境は、未来を疑似体験出来る、一種のタイムリープだな?
「競馬の結果とか、事前に分かっちゃうんじゃない?」
「うーん、そういうのは倫理規定違反かなぁ」
なんだ、そうそう都合良くはいかないか。
どうせ俺、競馬とか賭け事はやんないしな。
もっと他の事を考えるか。
「取り敢えず。あそこが燃えてると、車とりに行けないわ。自炊するか」
「そういう事なら、俺に任せろよブラザー。ちょっとはマシなメシを用意してやるぜ。少しだけ、明日に希望が持てる様な、ご機嫌なブツをな!」
アンは、ミサイルになる以外にも、シェフにだってなれるのだ。
我が子の成長ぶりに嬉しくなる使い魔のおっさんであった。
アンにキッチンを任せながらも、ダイニングから見守りつつ出来上がりを待つ。
器用に魔法を使って料理してるけど、明らかに身長が足りてない。
鍋の中とか見えてないだろ? 踏み台でも用意するべきだろうか。
もっとも、お湯沸かしてレトルトのカレー放り込んでるだけなんだが。
レトルトカレーは、確かにご機嫌なブツではあるな。
下手に隠し味に凝ったカレーよりも、確実にうまい。
日本の食品メーカーこそ、魔法使いだよな。
なんて、ぼんやり考えていると、珍しくインターホンが鳴った。
最近は、訪問営業も少ないし、配達は置き配だし、うちに来る友人なんて居ないし、隣近所との交流も一切無い。
誰だろうな?
「はい?」
「あー、タマヨンさーん! ぼすけてー!」
モニターに映っているのは、麻生数子だった。
何コイツ、俺のストーカーなの?




