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不可視属性の魔法少女と夢見る使い魔  作者: へるきち
不可視の国のアズキ

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038. 生き残るには今

 先に言っておくと、今回の話は進展が無い。


 おそらくは他人にとっては無価値な、あるいは本人達にとってすらそうであろう日常の記録に過ぎない。

 何故ならば、怠惰なタマヨンが現実から逃げ出そうとしているから。

 しかし、怠惰な日常こそが得難いモノだったのだと、ずっと先になって思うだろう。

 タマヨンは、そんな気持ちでここに記録を刻む。


 最後に、少しだけ事件が起きるー。


「どうしたんだい、タマちゃん。お腹痛いのかい? それならニンゲンのお医者に行きな。国保が使えるよ」

 主治医の動物病院に再びやって来た。

 ニンゲン向けの医者に行くのは抵抗がある。

 だって、55歳なのに14歳の体なんだから、学会に発表されちゃう。

 性別は変更申請したから、マイナンバーカードの表記も女性になっているけど、年齢までは変更出来ない。この世界には、タマヨンが男性として暮らして来た55年間の記録が確かにある。

 性別の変更申請に必要な診断書も、主治医に作成してもらった。


 ってゆう話はともかく。

 今必要なのは鎮痛薬などではなくて、我々の住まいだ。


「いや、それはロキソニンを薬局で買ったからいい。さっき相談するの忘れてたんだけど、先生の持ってるアパートって他に無いの?」

「残念ながら無いよ。あそこの土地も諦めて売っちゃう事にしたし。お友達の家があるんじゃなかったのかい?」

「あー、そっちも燃えちゃってさあ」

「悪い魔女にでも呪われてんのかい? あんたドラゴンなんだから、やっつけちゃいなよ」

「うーん、魔女なら身内に居るけど。悪いのはニンゲンだからなあ」

「そりゃ仕方ないね。ニンゲンの敵は所詮ニンゲンだって、エライ先生も言ってたし。ああそうだ、お腹痛いのは手術で子宮とかとっちゃう方法もあるけどね。タマちゃんみたいな大型動物は、うちじゃ無理だよ」

「難しいの? 猫の避妊手術みたいにいかない?」

「いや、取り出した内臓って勝手に捨てらんないんだよ。タマちゃんのはニンゲンのと似てるから、アタシが犯罪者になっちゃうね」

「あー、それじゃあ無理だ。どうせ、とっても再生しちゃうみたいだし」

 タマヨンの生殖機能は、タチの悪い精霊に削除されたはず。

 その時は生理があったから、ニンゲンの子宮とか卵巣だったんだと思う。

 でも、ドラゴンのものが再生してしまった。

 ドラゴンには生理が無いから、気が楽だ。子宮が痛む感覚だって、55年間男子として生きて来たタマヨンには未知の恐怖があるけれど、あれよりはマシだ。55歳のおっさんだった時だって、胸部とかに謎の痛みがたまにあったけど、あれは謎のムカつく痛みが延々と続く。

 直腸粘膜脱に肛門ポリープ、第3度痔核という痔のフルコンボを患っていたから、出血には耐性があるんだけどね。痔の痛みもひどかったけど…、この話はもういいか。


 タマヨンは、先生と少し世間話をしてから、動物病院を後にした。

 安易に解決出来る様な事態じゃないかー。

 個人で開業した翌月にリーマンショック喰らった時も、段ボールのおうちに引っ越すのを覚悟したけれども。

 あの時は、段ボール工船で働いてどうにか凌いだ。怒号と罵声が飛び交う物流センターで、ピクミン扱いされながら仕分けと箱詰め作業。あの時箱詰めした商品のロゴを見ると、今でも吐き気がする。

 現代の蟹工船と言えば、八王子の工場に軟禁された時も…、この話ももういいか。


「やっぱかねやで! お金が全てを解決するんや! 忍者がニンニンっと悪徳弁護士あたりから裏金盗んだったら?」

 梅ちゃんが、おっかない事を言い出した。

 チケットなしでライブ会場に入っちゃえばいいよ、なんて言ってしまったから抑制が効かなくなってしまったのか。

 やはり、ささいな手順ミスひとつで、全国ニュースレベルの大規模障害が発生する様に、ちょっとした悪事から大犯罪へ発展してしまうのだ。

「アンが、ニンニンっと正義の執行をしてくればいいの?」

「待て待て。どこで、そんな間違った知識を仕入れて来たんだ」

「頭おかしい奴が書いてそうなウェブ小説で読んだ」

「おかしいって分かってるなら、間違ってるって気付いて」

 確かにうちのアンなら、完全ステルスのくノ一になれるけども!

 監視カメラにすら映らないんだからさ。

 この物語を怪盗モノにしちゃうと、不思議生物な名探偵がアレレー? って来ちゃうそう。


「お金が最大の武器だってのは同意だけど。今、いくらあるんだっけ?」

「うーん、中古のマンションなら買えるんちゃう? それで使い切ってまうけど」

 喫茶店の利益は、隣のビルを買い取ったり、お給仕ロボを動かす高度AIサーバーの構築と維持運用費用で消えちゃったんだよね。

 投資した資金を回収して、これからってタイミングだったんだよなあ。

「使い切ってしまうのはダメでしょ。タマヨン達に社畜は無理なんだから、事業を始める資金を残さないと」

「ほなら、土地の安い地方に行こか? でもワイらコミュ障から、ご近所付き合いが必要なとこはなぁ」

「そうなんだよねえ。住まいにかかるコストが、もっともコントロールしづらい気がするよ」

 都心部ならドライにやっていけるけどお金がかかる、地方ならお金はかからなくても近所付き合いに失敗するとつらい。残り資金が限られているし、トライアンドエラーってワケにもいかない。


「そやなあ。言うても仕方無いけど、妹ちゃんと桜子はんがおるうちに、ギョニソの土地買うておけばよかったな?」

「どういう事? 数子の変身魔法でギョニソに化けて、桜子に見せ金借りて、土地の売買契約するって事? ソレって犯罪じゃないかな。完全に地面師じゃん」

「まあ、そらそやな。ギョニソ本人の許諾は得とるけど、失踪中なんバレてもたら、地面師やった事になってまうかもな」


 梅ちゃんと話してても、犯罪しかアイデアが出て来ない!

 タマヨンも性根がのび太くんだからなあ、責められないなあ。


「あなた達、漫才は終わったかしら?」

「今の話に笑えるとこあった? ツッコミどころなら沢山じゃったけど」

「アンは、お腹減ったから何も聞いてなかった」

 腹が減ったら戦しか出来ぬ。

 まずは、ご飯かなー。そして、お風呂だなー。

 ボロクシャアパート時代は、近所のスポーツジムでシャワーしか浴びてない。

 月に一度だけ、スーパー銭湯に行くのが娯楽だった。

 ドラゴンは温泉に浸からないと、滅してしまうのだ。

 ああ、なんとかしてアズキ帝国の悪魔の湯に浸かりたい……。


「ゆっとくけど、去年の冬アニメも今年の春アニメもまだ観てないんだからね? 分かってんのかな? マイブラザー」

 大海老天ぷら付きセイロうどんを食べながら、熱烈にそんな事を訴えるアン。

 ここは、稲城市と多摩区の境にあるうどん屋。梨畑の見える賃貸マンションに住んでいた頃から、アンのお気に入りだ。

 タマヨンと梅ちゃん以外の3人は不可視なので、この女共ふたりで5人前食べてんな状態だ。もう慣れたし気にしないけど。

「あと、パトレイバー劇場版の4kリマスター版とかも、まだ観てないんだからね。未来少年コナンのHDリマスター版もスマホじゃなくてテレビで観たい」

「あー、それはタマヨンも観たいけど。4kテレビを、喫茶ヨミランドに置いたままだからなあ。そっちも行かないと。まあ、新しく買ってもいいけど」

「なんや最近、そういうの増えたもんなあ。今どっかの劇場で何かやってへんかな?」

「何かしらやってるわよ。それはそれで、行きましょう」

「4kになったら、粗が目立つ気もするんじゃがー」

「スペック上は公開当時の35mmフィルムの方が上のはずやろ? 知らんけど」

「そうなんだけど。アナログコピーで配給されるから劣化あるし、1980年代当時の映画館って割とポンコツだったんよ。マクロスもパトレイバーも、タマヨンはリアルタイムで観てるけど、HDリマスター版の方がキレイなくらい。平成ガメラなんかもそうだね。4kリマスター版観て、中山忍の肌の質感とかに寒気がしたよ。あと、改めて見ると小野寺昭とかのおっさん以外、演技がヒドイ」

「それはリマスター関係あらへんがな」


 すっかり話が逸れているけども。

 アニメ観たさに、命がけの異世界転移してくんなよ、とは言えない。

 そういうものが、人生を彩る重要なものなのだ。決して、疎かにしてはならぬ。

 この世界でだって、アニメ観たさに亡命するヒトだってきっと居る。


 うどんを食べた我々は、宿泊可能なスーパー銭湯に行って、朝まで過ごす事にした。


「あれ? 寝転がれるとこ行くんちゃうかった? ネカフェ並にマンガもあって、読み放題なんやろ?」

 タマヨンが運転するカーシェアの車は、246を西へ向かって走っていた。

「そのつもりだったんだけど、寝転びのスペースが空いてた事が無いんだよね」

「そうね。いつも若いツガイが無駄にスペース確保して、マンガだって何冊も積んでるものね」

「ああ、そんな感じなんや。電車内の老害ジジイと似とんな。どこぞの会社の重役なんか知らんけど、無駄にスペース主張しとるカス。お前の事なんか、知らへんっちゅうの。電車移動しとる時点で雑魚やろ」

「オフィスビルのエレベーターにもそういうの居るよ。絶対に、ドア付近からどかないババアとか」

「若いツガイも、自分達に何の特権があると勘違いしてるのかしらねえ。ニンゲンなんて皆等しく雑魚なのに」

「あれやな。自動車事故を起こし易いドライバーの年齢層と同じ分布なんちゃう?」

「あー、そうかも。若いうちは脳が未発達で欠陥品状態らしいね。タマヨンも若い頃自覚があった。公道でタイムアタックみたい運転しても罪悪感なんてなくて、ただ楽しかった」

「それは、ヒドイ欠陥品やなー」

「ジジイは老化で劣化するから、やっぱり欠陥品なのかしら?」

「ワイら、ひどい会話しとんなー。せっかくやし、もっと建設的な会話せえへん? まだ時間かかるんやろ?」

「私が居たお風呂なら、後20分くらいかしら?」

「お? ワシ、そこ気になっちょった。前、めんこセンターの帰りに寄ってくれんかったとこじゃろ?」

 20分もあれば、それなりに議事を進行出来るだろう。

 アンはリアシートで寝ちゃってるけど。

 最近、やたらと寝るな? 0歳児の赤ちゃんだから、当然か。


「ワイ、タマヨンはんのすっぽこウェブ小説読んで気になった事あんの思い出したわ。あれって、ほぼ日記なんやろ?」

「そうね、タマヨンが隠してる事は書いてすらいないけど、書いてある事はおおむね事実よ」

「サンドボックス環境の魔法で、アンコにゃんがギターの特訓で1年間籠ったことあるやん。あれどういう事? あの当時住んでた梨畑脇のマンションって、すぐ後で出てるやん? アンコにゃん他人の部屋で籠ってたん?」

「ワシもサンドボックス環境引き籠り修行はやった事あるんじゃけど。1年以上先まで、親分はおったし、アンの作る微妙メシも毎日3度出て来たんよ」

 ニャアのいう親分とはタマヨンの事だ。微妙メシについてはノーコメントだよ。

「サンドボックス環境の未来シミュレーションは、そんなに当たんないから、気にする程でもないんじゃない?」

「あの当時は、あそこを退去する予定が微塵もなかったから。その予定に基づいた未来シミュレーションなのでしょうね」

「あー、なんやそういう事か。もしかして、今でもあの梨畑マンションの部屋に住めるんかと思たわ」

「いえ、他人が入居してるわよ。賃貸情報で空き部屋なし、ってなっているもの」

「ん-、空振りではあるけど、何かのヒントになる気はするね? どうすればいいかじゃなくて、何が出来るか? を並べてみよう」

「そやなー……、改めて考えると、ワイら割と無能ちゃう? そないに出来る事あらへんわ」

「出来る事ー? サンドボックス以外じゃとー、ワシとアズキが手のひらサイズの妖精になれるくらい? 今も、そうじゃけども」

 コンパクトカーに5人乗りはきついので、アズキとニャアは手のひらサイズの妖精になっている。ヒト型状態だと、ふたりとも17歳相当だからね。

「タマヨンはどうなの? 数子みたいに転移魔法の魔改造で、モノの形を自由にいじれたりしないのかしら?」

「タマヨンはんは、いけすかん奴を木彫りの熊にする以外無理やし、元に戻せへん。戻せても頭がパーになっとる」

「攻撃手段にしかならないわね……」

「危険だから、サンドボックス環境の中でしかやんないよ。それでもトラウマは残せるから。闇アルバイターを撃退する位は出来る」


 そうやって我々は、何処へも辿り着けない会話を続けた。

 今朝からずっと、何ひとつ前に進んでいない。

 

 ニート共が何様目線でモノ語ってんだ? とかー。

 おとなしく働いておけば、こうはなってないだろ? とかー。

 そんな正論が、頭の片隅をちらっとよぎったけども。

 タマヨンも梅ちゃんも、その事だけは言葉にしなかった。


「ほーん、ここがアズにゃんのおった風呂かいなー」

 事態は進展を見せぬまま、我々は目的のスーパー銭湯に辿り着いた。

「私が居た頃よりも、設備が良くなってるわね」

 きっと、アズキの加護で稼いだ利益を設備投資に回したのだろう。

 アズキが居なくなった事で、繁盛し始めた可能性もあるけど。

「こういう施設を居抜きで売っちょらんもんかのう? 異世界ゲートを作るのに、最適じゃろ?」

 浴室からは、露天風呂と2つのサウナへ続き、露天風呂からは外気浴が出来る空間へと続くという複数のゾーン構成は、確かに異世界ゲート向けだ。

「源泉が枯れたとかで閉鎖したとこなら、ほぼ0円らしいで。もっとも、復旧には何億円もかかるんやろうけど」

「復旧もそうだけど、維持にもっとかかるでしょ。異世界ゲート基準で考えても仕方ないんだし」

「それもそうね。自宅に露天風呂なんて最高なんだけど」

「そりゃ同意だけど」


 ここの露天風呂に浸かっていると、タマヨンは漠然とした不安な気持ちを思い出す。

 今から10年程前の、2014年から2015年頃、タマヨンは頻繁にここに来ていた。この先どう生きていけばいいのか分からず、ただ不安な気持ちを抱えて湯に浸かって、ぼんやりと月を眺めていた。

 リーマンショックの影響で作った借金は、返すどころか増えていく一方。老後に貰える年金の見込み額は、年間で20万円。月で20万円でも少ないのにって、ねんきん定期便を穴の開くほどじっと見つめたものだ。

 楽しい未来なんて、まったく見えなかった。それどころか、10年後さえ生きていられる気さえしなかった。

 当時のタマヨンには自覚が無かった。

 タマヨンは、働き過ぎだったのだ。

 でも、無理は無い。

 横須賀では、周囲が話している事を理解する事も出来ず、まるで仕事が出来なかった。赤い電車にぶつかったら、どうなるんだろうなんて京急のホームで思った事は、一度や二度じゃない。

 そこから10年かけて、スキルを向上させたタマヨンは、それなりのシステムエンジニアになっていた。派遣先の親会社の部長が解決出来なかった問題を、タマヨンが出て行っただけで3分で解決したりした。赤い電車と戦う事を思えば、金融系のヤクザなクライアントなんて敵じゃなかった。

 タマヨンは、もっと働かなきゃ、と思った。

 それは間違いだった。

 自分が正常である事を確認するつもりで、心療内科に行ったら、適応障害だと診断された。診断医師にケンカを売ってしまうくらいに、ひどい状態だった。

 見かねた派遣元の営業が、明日から出社するな、とタマヨンを強制的に休ませてくれた。

 そして、タマヨンは2016年に、シン・ゴジラに出会う。

 当時のタマヨンは、暇な職場に派遣されて暇を持て余していた。

 職場のリーダーはタマヨンに小学生みたいないじめをする奴だった。リーダーとしての采配も最低だった。だから暇になった。

 何度も何度も、劇場に足を運んでシン・ゴジラを観た。

 4DXで観た、IMAXで観た、爆音上映で観た、声出し応援上映で観た、ヱヴァンゲリヲンとのセット上映で観た。

 とにかくシン・ゴジラを観た。

 タマヨンが住んでいる武蔵小杉の街を踏み潰しながら歩くゴジラを観て、タマヨンは思った。


 私も、好きにしよう。

 

 それからタマヨンは、借金の返済計画を建て、老後の資金を溜めるための投資を始め、己の人生のバグをフィックスし改修していった。

 なんて事はない。

 労働時間が適正なものに是正された事で、タマヨンが健全な脳を取り戻したという事だ。

 ただ、そうする事が、時にひどく難しい事なのだけども。

 働き過ぎは、本当にヒトを殺す。


 やっと、借金を完済し、老後の見通しも立って来た頃に、アンを拾った。

 

「またタマヨンがトリップしてるわね」

「コレは……、楽しい事を考えちょる顔じゃ、そっとしとこう」


 タマヨンは、あの日々と同じ様に露天風呂に浸かりながら月を見上げていたけど、もう不安な気持ちは無かった。

 隣では、アンが器用に湯舟に浮かんで寝ていた。


 お風呂に浸かってすっきりはしたけども。

 事態は何も進展していなかった。

 今回は、怪獣映画の感想エッセイかな?


 しかし、事態は思わぬ方向へと進行する。


「タマにゃん、アタシ達の父親が亡くなったんだって」


 ドバイに居るはずの桜子から、そんなチャットが届いたー。

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