035. 流れた赤い血はなんでやねん
多摩川梨を爆弾に見立てて、そっと何処かに置いて来る様な、そんな底辺ほんわか純文学になるはずだった。
なのにー。
異世界からやってきたドラゴンが部屋の中をブンブンと飛び回る、そんなすっぽこファンタジーになってしまった。
これが、タマヨンの運命だというのかー?
そりゃそうだ、だってこのすっぽこなドラゴン共は、タマヨンの娘なのだから。
川崎市多摩区の公園で、野良の魔法少女もどきを拾った時から、タマヨンの人生は切り戻し可能ポイントを越えてしまったのだ。
まさかそれが、魔法少女のコスプレをしているすっぽこだったなんて。
しかも、解約不可能な使い魔契約を迫って来るなんて。
その時は、思いもしなかったよ。
過去の事は、どうでもいい。
既に確定してしまった事実は、観測者の気まぐれでも覆る事は無い。
問題は、これからどうするかだ。
我々が選択可能なのは、未来へ続く経路だけなのだから。
その経路が、必ずしも広告されているとは限らないけどね。
「あー、あんた達…、逃げた方がいいんじゃないかなぁ……。知らんけど。もう知らんけど」
闇バイトでおかしな仕事を請け負ったんだから、覚悟くらいしてるでしょ。
生きた木彫りの熊にされちゃう事くらい。
ドン! ドドン! ドコドコドコドンドンダーン!
さっきよりも激しい音が、上から響く。
まるでコージーパウエルのドラムソロの如く。
「お、おい? ここ最上階だよな? なんで上から音がするんだよ」
「俺は、それよりも頭のスグ横をブンブンと蜂が飛ぶ音が気になる」
「これが蜂の飛行音か? サイズ感がおかしい。まるでドラゴンだ」
ドダダダダダダ! ダ! ガッタン! ドダダダダダダ!
「誰も居ないのに、部屋の中を走り回る音がする!」
「俺達の周りを、ぐるぐると駆け回ってないか!?」
「あ、あれだ。座敷童だよ! いたずら好きだから」
あー、惜しいなあ、ドラム叩いてんのが座敷童で、走り回っているのはすっぽこドラゴンのアンだ。
アンは忍者装束を着て、にんにん言いながら楽しそうだ。転んだけど、泣かずに起き上がって、再び走り出した。
ミツバチのコスプレをしてブンブン飛んでいるのは、すっぽこドラゴンのニャアだ。
座敷童とすっぽこドラゴンは不可視属性の生物だから、闇アルバイター達にはその姿を見る事も声を聞く事も出来ない。
しかし、そんなゴミクズ達にも認識出来る存在があった。
「なんで、こんなところにリラックマが?」
「なあ? このリラックマ動いてないか?」
「そりゃ、リラックマだって生きてるから」
リラックマのぬいぐるみに入っているのはタマヨンの前世妹、数子だ。
コレは魔女だけど、一応まだニンゲンなのかな? 知らんけど。
だから、闇アルバイター達にも見えるし、声も聞こえる。
「兄者ー? こいつらどうする? やっとく?」
「お、おい!? なんでリラックマがしゃべるんだ!?」
「人が入ってんだろ? え? どんだけ小さいんだ!?」
「ば、ばか! リラックマはしゃべらない設定なんだよ」
これが着ぐるみと言われるサイズならともかく。
リラックマのぬいぐるみは、タマヨンの膝ぐらいの高さしかない。
尻をかきながら、タマヨンを見上げている。
ところで、闇アルバイターは喋る度にセリフの文字数が一致してるね?
なかなか愉快な芸風ではないだろうか。
ひとりだけ微妙な有識者だな? その知識を活かして、もっと真っ当な職に就きなよ。システムエンジニアとか向いてんじゃない? 知らんけど。
あーあ…、なんで逃げなかったんだろうか。
そんなに闇バイトの指示役がコワいの?
それとも、よほど食い詰めているの?
働いても、社会保険の負担でごっそり持って行かれるもんなあ。
就職氷河期世代のタマヨンもつらかったけど、若い世代の彼らもつらい事だろう。
彼らもまた、この世の中の犠牲者なのかも知れない、などとは思わない。
若くて余りある時間を、将来への投資に使わないからこうなる。
タイパだとか抜かす割に、時間を有意義な事にはちっとも使わないんだから。
闇アルバイター達の背景を勝手にそう決めつけて、処分しちゃう事に決めた。
戦国異世界では天下布武を成し遂げたタマヨンは、第六天魔王の如く傲慢で冷酷な天下人であり、更に困った事に厄介な老害なのだ。
いつかお寺ごと丸焼きにされるに違いない。
ボロクシャアパートのボロクシャな床にはボロクシャな木彫りの熊が3体転がっている。
前世妹が、闇アルバイター達の3人を、変身ガチャ魔法にかけたのだ。
もぞもぞ動いてるから、まだ生きているんだろうな。
転移魔法が失敗すると、変身ガチャ魔法になる。
転送パケットの欠落や、プロトコル変換ミスが起きるから、元の姿から変わってしまうのだ。
前世妹の数子は、それを自由自在に使いこなしているけれど。
「恨むなら、闇アルバイトをした自分を恨むんだな」
前世妹によると、今回の変身は一定時間後に解除されるそうだ。
タマヨンは木彫りの熊をコンビニのレジ袋に詰めると、ゴミの回収場所にぽいっと捨てた。ちょうど今日は、燃やすゴミの回収日だ。
燃やされてヨネッティの熱源になっちゃう前に、元の姿に戻れるとイイね!
「こいつらが警察に行って被害届出したら、タマヨンはん捕まるんちゃう?」
「大丈夫だよ。生きた無機物にされると、記憶が混濁しちゃうから」
どういう原理なのか? 脳細胞の無い体になってしまうからなのか?
だとしたら、手のひらサイズになっている怪人ミツバチ幼女のニャアと、駄天使のアズキも知能が低下しそうなものだけど。
彼女達は五色龍と呼ばれる最上位ドラゴンだから、クラウドに記憶を一時バックアップとか出来るのかも知れない。
「タマヨン、こんな所で半年間も一体何をしていたの? 使い魔が居ないと困るんだけど」
駄天使のアズキは、ばっさばっさと羽根を扇いで、タマヨンを責める。
「いや、ひたすら迎えを待ってたんだけど。冬の間は寒くて出かける気がしなかったし。むしろ、そっちこそ半年も何してたの? でも、アズキが来たって事は、何か対策が準備出来たんだね?」
「おい、ちょっと待てマイブラザー。アズキが来てなければ、どうだって言うんだ」
アンが分かりきった事を聞いてきたので、答えてやる。
「アンだけなら、ノリと勢いだけで何の考えもなしに来ちゃったんだろうな、って思ったよ」
「そうか。その通りだぜ。よく分かってんな、マイブラザー」
「ああ、アンとタマヨンは一心同体の使い魔契約をしてるからな。やる事が同じだもんな」
「ああ、違いねえ。パックルを食っても、カールの代用にはならねえ。そういう事だ」
そう、つまり。
何故、タマヨンが半年もボロクシャアパートでのんびりしていたのかと言えば。
ノリと勢いだけで、何の考えも無かったからだ。
パックルとカールの例えは、ちっとも分からないけど。
システムエンジニアなんて、こんな生き物だ。
ひたすら真面目にウォーターフォール開発手法に拘われる性格だったら、途中で死んでる。メモリを食い尽くしたプロセスの様にキルコマンドを食らうまでもなく、ガベージコレクションの狭間で消えている。
理不尽なクライアント、言いなりの営業と上層部、中間マージンを抜き取るだけの一次請け、日々変わる仕様。そんな地獄と、真面目に向き合って生き残れるはずもない。
いい加減だから生き残れる、そういう世界が日本のIT業界だ。
もちろん、ただの言い訳だ。
半年前の事だ。
戦国異世界から川崎市へ繋がる異世界ゲートが、使用不能になってしまった。
もしかしたら、川崎市側のゲートがある梅ちゃん喫茶ビルに、不測の事態が起きたのかも知れない。梅ちゃん喫茶ビルは、改装工事をしていたからだ。
タマヨンは、梅ちゃんとカグヤの3人だけで、ゲートを使わずに転移魔法で、戦国異世界から川崎市へと移動した。3人だけで来たのは、転移魔法の事故発生リスクを最小化するためだ。失敗すると姿が変わってしまうからね。
梅ちゃん喫茶ビルは、業者が勝手に取り壊していたワケだけど、その件はまあどうでもいい。
問題は、戦国異世界への復路だ。
往路が問題無かったのだから、復路もそうだろうと、深くは考えていなかった。
「あれ? えーっと、戦国異世界ってどっちだっけ?」
「は? びゃーっと行ってずどんの、ぴゅっ! やろ?」
「ええ? くいっと行ってからの、すっとーんじゃない?」
「お主ら、道に迷うたのか?」
「どうやらそうみたいやのー」
システムエンジニアは何故か方向音痴が多い。
ネットワークの設計だと、経路を制御するのがお仕事なのにね?
タマヨンの周囲だけなのかも知れないけど。
元システムエンジニアであるタマヨンは方向音痴。
梅ちゃんもそうだった。
梅ちゃんは、異世界日本でシステムエンジニアをしているおっさんの知識を初期データベースに持って生まれた元女神。そのせいなのか方向音痴だった。
女神をキッティングした奴は、何考えてんのかな?
「ワイらは、絶対迷子感の持ち主やからな」
「まるで異能の様に言っておるが、空間認識やマッピングの能力が欠如しておるのだな? つまり方向音痴」
「せやな。こっち来る時は、タマヨンの生まれ故郷やったから、いけたんちゃうかな? 知らんけど」
「誰しも欠点はあるものだし、ミスはするものだから、責めはしないが…。どうするつもりなのだ?」
タマヨンは深く考えずに、カグヤだけを戦国異世界へ送り込んだ。
カグヤには空間認識とマッピングの能力があったから、ひとりだけなら迷わずに戦国異世界へ帰れたからだ。
カグヤには、ナビゲーション機能もあったけど、異世界の座標を示す単位がすっぽこ語だったから、タマヨンには理解出来なかった。互換性が無い、ってやつだ。
すっぽこ達が居れば、コンバーターかリレー回路になれたけど、全員戦国異世界へ置いてきてしまった。
つまり、タマヨンと梅ちゃんが一緒に帰るためには、装備が足りない。
だから、カグヤだけを送り込んだ。
それは、障害発生時にとりあえずサーバを再起動する様な、愚かな行いだった。
そして、絶対迷子感の持ち主であるタマヨンと梅ちゃんだけが川崎に取り残された。
後になって考えてみれば、当然の帰結だった。
言い訳を繰り返すけど、システムエンジニアなんてこんなもんだ。
威圧的なクライアントや上司に圧をかけられるから、焦りから場当たり的な対応をしちゃって二次障害を引き起こす。虚偽の報告をして誤魔化すから、三次障害まで引き起こす。
タマヨンの場合は、圧に屈するタイプではないけど、単にマヌケだからね。
リモート接続で設定変更の作業してんのに、SSHのセッションをクローズしたり、VPNのルーティングを消しちゃうとかね。自分が乗って来た車や、走ってきた道路を破壊する行為が、これに該当するよ。
電車の走ってない深夜にコレをやって、自腹でタクシーに乗ってデータセンターまで走ったのは、忌まわしい記憶だね。
今回も、当然と言うべきか、二次障害が発生していた。
「どういうワケか、わらわが戦国異世界へ辿り着いた時、半年の時間が経過しておったらしい。これは事故である。一概にタマヨンを責めるでない」
だから、アズキ達が迎えに来るまでに、半年も経過してしまった。
「そういう事かいな。しっかし、けったいやなあ? 未来への転移は倫理規定違反やから、タマヨンはんには無理なはずやで?」
まるで、過去への転移ならば問題無いみたいな梅ちゃんの言い草だけども。
話がややこしくなるから、また今度詳しく聞こう。
きっとこれ、厄介なフラグか伏線なんだろうけど。
「ねえ? 全員で来ない方が良かったんじゃないの?」
ナビが出来るカグヤと、すっぽこ語のナビを理解出来るアンが来れば、それで充分だったのでは?
桜子と悪魔オモッチは来ていないみたいけど、きっと飲んだくれてんだろうな。
去年の10月以降は、オモッチの預言が当たったから、爆益でホクホクのはず。
投資の才能が無いタマヨンは、ドル円が160円を、日経平均株価が6万円を超えるのを、ただぼんやり見ていた。逆張りしてた頃よりは成長したよ。何もしなかったんだから。
「べ、別にタマヨンのために来たんじゃないんだから!」
アズキとニャアもタマヨンと同じで、ノリと勢いだけで行動してしまったのだ。
仕方ないね、ふたりもタマヨンと使い魔契約をしていて一心同体なんだから。
使い魔のタマヨン抜きで転移魔法をするなら、せめて小さくなって転移事故発生リスクを低減しなくっちゃ、って事で手のひらサイズになり、念のため変身魔法のエキスパートである前世妹まで連れて来たしまったそうだ。
「ワシらも、混乱する程に親分を心配しちょったっちゅう事じゃ」
ニャアが、そんな嬉しい事を言ってくれた。
「来たついでに異世界ゲートを再構築しておきましょうよ。私達まで来ちゃったのは決して無駄じゃないわ」
結果的には、これでヨシ。
システムエンジニアなんて、こんなもんだ。
その時、すぐに帰っていればー。
だって、異世界ゲートが無くても、転移魔法だけで帰れる布陣が揃っていたのだから。
その事に、タマヨン達が気付くのはもう少し先、切り戻し可能ポイントを過ぎてからだった。




