034. 14才の別れ
タマヨンは、毎朝6時に起きる。
もっと寝ていたいけど、怠惰な生活を回避するために無理やり起きる。
顔を洗ってからズボンを履いたら、ここ最近の日課である散歩に出かける。
タマヨンは、昭和生まれ昭和育ちの老害じじいなので、パンツもしくはボトムスとは言わない。
寝ている時に履いてるのがパンツだ。
今のタマヨンは14歳チュウニ女子だからショーツと言うべきかも知れないけど、パンツだ。
パンツとTシャツだけで寝るのが、じじいだった頃からのタマヨンの習慣だ。
何故、老害じじいがチュウニ女子になってしまったのかといえば、性悪な精霊に五色龍の逆鱗を巻き上げられ、その見返りとして転生を押し付けられたからだ。
逆鱗をくれた五色龍の内三色がタマヨンの娘。
今は一緒に暮らしていない。
二ヶ領用水沿いの小道を散歩する。
二ヶ領用水は多摩川から引き込まれた用水で、川崎の多摩区から幸区まで流れる小さな川。
春になると川沿いの桜が咲いて、毎朝の散歩に彩りを添える。
今はもう5月なので咲いていないけど、付近住民が手入れしている小さな花がキレイで、タマヨンの心はふんわりと弾む。
朝のうちなら気温も穏やかで、この季節がタマヨンは好きだ。
失業保険の期限さえ切れてなければ、悪くない季節だったよ。
ああ! 特例措置で受給期間の延長申請をしておけば!
無知と怠惰は、多大な損失をもたらす災厄なのである。
ぽってぽてと20分ほど歩くと、多摩川そばのコンビニに辿り着く。
散歩のついでに朝ごはんを買うのも、日課の内のひとつ。
日次のバッチ処理の如く、タマヨンは同じ事を繰り返す。
冬の間は、ずっと布団の中に籠って寝ていた。
そろそろ、活動を開始せねばならぬ。
サンドイッチをひとつ、きゅうりを一本、ちくわとどっちにするか迷ってから4本セットのギョニソ(魚肉ソーセージ)を買う。
レジに向かう前に、やっぱり思い直してサンドイッチを諦める。
そんなものは贅沢だ。
コンビニで朝ごはんを買っている時点で充分贅沢なのに。
きゅうりも諦めて、ギョニソだけを買う。
ギョニソだけは、必須ギョニ素を摂取せねばならぬので外せない。
タマヨンの生活費は日々を支えるのにギリギリの状態なのだ。
でも、パピコは買ってしまった。
パピコは別腹だ。
ヒトとして最低限度の文化的生活を営むために欠かせない。
タマヨンは、ヒトじゃないけど。
ホワイトサワーの気分だったけど、無かったのでチョココーヒーにした。
パピコの品揃えは店舗によってばらつきが大きい。
だからタマヨンは、毎朝違うコンビニに通っている。
「またギョニソ? タマヨンはんは、そんなにギョニソが好きなん?」
「他意のありそうな言い方はやめてくれない? 剥きそこなったギョニソには興味ないよ」
「タマヨンはん、育ち盛りなんやから、もっと食べな」
「もう育たないよ。不老不死なんだから」
うちに帰ると、同居人の梅ちゃんに、パピコの半身とギョニソを差し出す。
ギョニソというのは、共通の知人のコードネームで、ソバ打ちの修業をしながら陶芸を嗜む老後生活を送っている。
おじいちゃんなのにチュウニ病を患ったままだし、見た目は30歳をちょっと過ぎた程度にしか見えないという、異形生物仲間だ。
ギョニソは元ニンゲンだけど、梅ちゃんは異世界の元女神なので、産まれた時から異形生物だ。
「……いぎょうせいぶつだ、と」
「声に出しながら日記つけんの、おじいちゃんって感じやなあ。異形生物っておかしない? ファンタジー動物の方が可愛いない?」
「うん? そうかも。……ふぁんたじぃどうぶつだ。あ、ファンタじじいって事? ファンタは、子供の時以来飲んでないな」
「いや、ワイも息をする様に、しょうもないダジャレと下ネタを吐くけど。ちゃうよ?」
「愛と幻想のファンタ……、これはサブタイトルに使えそうもないな」
タマヨンの日記は、ウェブ小説として全世界に公開されている。
今あなたが読んでいるコレがそうだよ。
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「スーパーに買い物に行かへん? ヤオコーかライフに行きたい」
「歩くと遠いでしょ。自転車も無いし。歩いて行けるとこにすれば?」
「えー、車で行ったらええやん。カーシェア借りようやー」
歩いて10分もかからない場所にもスーパーはあるけど、梅ちゃんはそこが好きじゃない。
実を言うと、タマヨンも好きじゃない。
付近住民も同じらしく、いつも空いているし、お米不足の時も余っていたくらい。
ちなみに、スーパーというと他にもスーパー銭湯やスーパーファミコンだってあるのに、何故かスーパーマーケットの略称として定着しているよね?
携帯電話をケータイと略すのと同じで、機能を示す主たる部分を省くなんて、こういうのは日本だけなのだろうか?
桜子が居ればきっと、英語圏ではーとか言い出すのだろうけど、もう長い事会っていない。
ギョニソもそうだし、前世妹の数子もそうだ。
みんな、戦国時代みたいな異世界に居る。
タマヨンは、この世界で梅ちゃんとふたりきりだ。
「お金が無いでしょ…。ところで、すっぽこをすっぽ娘って表記するのはどうかな?」
「うーん、ルビが無いと読めへんのちゃう?」
「やっぱそうだよねー。ルビが振れないタイトルには使えないなあ」
「だいたい、すっぽこって何やのん?」
「五色龍の事だよ。日本語を覚える前は、すっぽこ語を話してたからね」
「それこそ、何やのん…」
タマヨンと梅ちゃんは、日々こんな風にガールズトークを交わして暮らしている。
仕事はしていない。
半年前までは、ふたりで喫茶店を経営していたけど、地上げ屋に土地ごと奪われてしまった。
「話を逸らされてしもうたけど、お金ならあるやん。土地を売ったお金が」
「事業資金を残しておかなきゃだし、使い込んでたら、こんなボロクシャアパートにも住めなくなっちゃうよ?」
「ボロクシャ言うたりなや。ここ常連さんの物件やで。実際、ボロクシャやけど。風呂なんか壊れたままやし」
よくもまあ数多の地震や台風に耐えてきたもんだな、っていうボロクシャのアパートの一室が、ふたりの住まいだ。
日本の大工さんは魔法使いなのではないだろうか?
オーナーが喫茶の常連だったので、格安の家賃で借りられている。
ふたりは、半年前からここで暮らしている。
部屋の中には、お値段なりの小さなタンスくらいしか家具が無い。
中に詰まっているのも、パンツとTシャツ、ジャージ程度。
家電は照明器具くらいしか無い。
テレビも冷蔵庫も洗濯機も無い。
毎日、その日食べる分だけの食料をコンビニで買い、洗濯はコインランドリーか手洗いだ。
それでも、スマホが娯楽を提供してくれるから案外暮らしていける。
大昔と違って、本と音楽に動画、何でもこれひとつで楽しめる。
タマヨン憧れの身軽な生活ってやつだ。
しかし、同居人の梅ちゃんが居なければ、挫けていた事だろう。
3人の娘達とも別れたまま、もう半年も経ってしまったのだから。
ズドン! ドンドンドン! ダダダダン! バキッ!
上の部屋が、今日もどったんばったん大騒ぎだ。
ケモノかな? フレンズじゃないけど。
「やれやれ、今日は随分と早い開催だな? ダンスパーティに俺も参加してくるぜ」
「なんやの、そのキャラ。昔のアンコにゃんみたいやな」
梅ちゃんのいうアンコにゃんとは、タマヨンの娘であるアンの事だ。
3人居るすっぽこ娘のひとり。
娘と言っても血縁ではない。
タマヨンが、公園で拾った。
猫じゃないよ?
見た目は、ニンゲンの6歳幼女くらいだけど、黒ドラゴンの幼体だ。
タマヨンは、わざわざセーラー服に着替えてから、釘バットを携えて上の部屋に向かった。
このアパートの家賃が格安な最大の理由は、ここが地上げの対象になっていて、こういう嫌がらせを住人に対してしてくるからだ。
タマヨンは、用心棒として雇われているのだ。
「ちーっす。正義の戦士セーラー・ドラゴンでーす。お前らの遺言を、ひとりにつき16バイトまで聞いてやるよ。フォーマットはUTF-32だからな」
ドゴーン! っと玄関のドアを蹴り上げて、騒がしいダンサー達にご挨拶だ。
「ころすぞ」
「おかすぞ」
「しばくぞ」
「ぴったり16バイトだね」
はて、どうしようか?
今この空間はサンドボックス環境となっている。
ここで行った事は、現実世界には一切影響せず、こいつらの記憶の中だけに残る。
つまり、何をやっても犯罪の証拠は残さずに、相手にトラウマを残し、精神だけを粉々に破壊する事が出来る。
これは、ストラト・ドラゴンであるタマヨンの魔法だ。
「あー、よく聞けお前ら。むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんが居ました」
「お? おう。それで?」
何食いついてんだよ。
「おじいさんは、重い槍を装備して山に行きました」
「お? おう。それで?」
「悪いタヌキを串刺しにして、背中を燃やしてから、デスソースを塗り込みましたとさ」
あれ? 他人には思いやりを持ちましょうって、教訓を伝えるつもりが間違ったよ。
「一発目でタヌキ死んでんぞ?」
「串刺しは、トドメにしろよ?」
「こいつ頭オカシイんじゃね?」
お前らがさっき言った順番の方がやべえよ。
殺害しちゃってる時点で、充分やばいけど。
令和のコンプライアンス的には、このラノベの書籍化は無理かもしれん。
どのみち無理だよ。
そんな事は分かってるから、星とブックマークを付けてよ。
「あー、タマヨンはん。サンドボックス環境になってへんで?」
「あれっ!?」
慌てて左手薬指にはまった契約の指輪を確認する。
ほんのり赤くなって、倫理規定違反の警告をしている。
サンドボックス環境の中なら、ほんのり黄色いはず……。
「今のやりとり動画に撮っといたけど、コレ捕まるのタマヨンはんの方ちゃうか?」
「あー……、うん、ソウダネ」
ああ、やってしまった。
ここからどうやって巻き返そうか……?
タマヨンが頭を抱えていると、どこからか幼女の声が。
「待たせたなあ! マイブラザー! 後は俺に任せなぁ!」
「アンちゃん!?」
「兄者ー、変身ガチャ魔法いっとくー?」
誰がマイブラザーであんちゃんで兄者なんだか。




