033. おしまいさえ歌えない
「人を騙すなとか、そないなけったいな戒律定めたん誰や? …ワイやったな」
基本設計書がマヌケ過ぎて詳細設計で苦労する。
ウォーターフォール開発では、詳細設計は基本設計書に逆らえぬのだから。
こんな基本設計書を書いたのは誰だ!? 過去の俺だったー!
そんな経験がタマヨンにもある。
ゆるゆるプロジェクトなら、こっそり改ざんするけども。
(※注:よい子のみんなは、決して真似してはいけません)
国教にもなっている宗教の戒律ともなれば、こっそり改ざんするのは無理だろう。
梅ちゃんは今、自分で定めた戒律のせいで苦労している。
ここは、神聖カワサキ帝国の喫茶ヨミランド。
戦国異世界での湯治に飽きた梅ちゃんは、ここで働いている。
しかし、喫茶店ならお手のもんやでー、とは行かず。
メタル喫茶クロスロードでやっていた数々の施策は、この世界では戒律に反するからだ。
例えば、コーヒー1杯を3千円で提供する事自体は問題が無いけど、見合った味で無ければ客を騙している事になる。
梅ちゃんが雑に淹れるコーヒーには、1杯3千円の価値なんて無い。ネスカフェエクセラだし。エクセラは美味しいけど、喫茶店で金とって飲ませるものではないと思う。1杯70円くらいならいいけどね?
ドジっ子給仕さんが配膳を意図的にひっくり返して、注文を2重でとるなんて大罪だし。
梅ちゃんは、クロスロードでろくでもない事しかしていない。
厳しい戒律のあるこの国でやっていけるワケが無かった。
全ては、自分で定めた戒律だというのに…。
「しもうた…。騙される方が悪いゆう戒律にすべきやった……」
タマヨンも将来女神をやるはめになるかも知れぬ。
その時に備えて参考にしておこう。
「しかも、座敷童のカグヤはんが居らへん、もうどないもならん」
カグヤは戦国異世界で、温泉旅館と仮契約して暮らしている。
神聖カワサキ帝国には小さい精霊がうようよ居るので、近寄りたくないなどと言い出した。
結構、入り浸ってたのにね?
きっと、温泉の方が気に入っただけなのだろう。
精霊は気まぐれだと言うけれど、座敷童だって相当に気まぐれだ。
参考までに、何故この国の民が戒律をまじめに守るのかと云うと、小さい精霊達が24時間365日体制で国民全員を監視しているからだ。
特に自力救済には厳正で中立なジャッジメントが欠かせない。それを担っているのが小さい精霊達というワケ。
ムカつく隣人を殴っちゃうとか、どっちが加害者なのか第三者には判定しづらい。
国民を常時見張っている存在でも居ないと判定できるワケがない。
今もそこら中で、ジャッジメントですの! とか言ってんだろうな、なんて思うと愉快な世界だなあと思うけども、悪人の居ない社会は恐るべき監視社会だったのだ。
小さい精霊はタマヨンとすっぽこ娘達にも認識出来ないから、まったく気付かなかったよ。
「働き過ぎこそ、七つの大罪ちゃうかぁ?」
この世界には、地獄に堕ちたくなければ死ぬまで働けという戒律がある。
昭和っぽいのは街並みだけでなく、労働の価値観までそうだった。
「せや、七つの大罪と云えば、タマヨンはんの嫉妬と色欲は見つかったん? そのために異世界を巡っとたんやろ?」
梅ちゃんは、まじめに働く事に耐えられなくなったらしい。
エプロンを脱ぎ捨てると、タマヨン達の席にやって来てガールズトークを始めた。
「何を言っているの? 七つの大罪なんてニンゲン共が勝手に定義した事でしょ? 世界の理なんかじゃないわよ。それに、嫉妬と色欲なら、タマヨンの中でドロドロと渦巻いてるわよ」
アズキが、いつもの楚々としたツラで、そんな事を言う。
確かに、タマヨンは14歳の肉体を持っているから、そりゃあもう内面ではドロドロとした欲望が、マグマの様に渦巻いているけども。
一方で、50過ぎの初老の魂が枯れ果てているのも事実である。
「タマヨンが書いてるウェブ小説を読めば分かるわよ。他人に嫌われたくないという媚びがあるでしょ? 最近は、吹っ切れてきたのか、思ったままを垂れ流しているようだけど」
ん-、なるほど?
他人に嫌われなくないという感情は、嫉妬と色欲があればこそかな?
承認欲求なんかも、そうかも知れない。
ランキング上位に入って、出版社で書籍化されたいという欲は、強欲であると同時、どすけべいさんな欲でもある。
ランキング上位作品に対する嫉妬だってある。
「ぽろっと下ネタ書きよるしなあ。一時期、ちんちん連呼しとったし」
下ネタは色欲と関係ないと思う。老害の脊髄反射だよ。ダジャレと同じで、勝手に出て来る。
「という事は、タマヨンの特訓は終わり?」
「何故、という事になるのか分からないけど。もう終わりでもいいかもね。憤怒はアンに少し返したでしょ? もうそれでいいわよ。タマヨンが他に抱えてる負の感情は私とニャアも少しづつ受け持っているし」
やった…!
教育ママゴンアズキが、ついにデレた!
デレた、は違うか。
これでやっと、やっと! 縁側で猫を撫でて暮らす穏やかな老後生活が送れる!
タマヨンをめぐる冒険は、今回で最終回です。
めでたしめでたし、おしまい。
なんて事は、もちろん無いワケで。
生活費を稼がねば生きてはいけぬ。
タマヨンの老後は永遠なのだから、破綻確定の年金もあてにはならない。
まずは、川崎の住まいがどうなっているのか調査しないと。
異世界ゲートが機能しないって事は、破壊されちゃったかも?
「何やコレ? 何も無いやんけ」
梅ちゃんビルがあった土地は、更地になっていた。
地下室も取り壊されて埋められたのだろう。
異世界ゲートが機能しないはずである。
「梅子よ。ここは再建築不可物件であったな? 詰んだなコレは」
ここへは転移魔法で来た。
危険な魔法だから、梅ちゃんとタマヨン、防御結界でサポートが出来るカグヤの3人だけでね。
カグヤは屋敷を守る座敷童だけあって、不動産関連の有識者でもあるし。
そのカグヤを以ってして、詰んだと言わせるこの状況は何故起きてしまったのか?
「なんでや? 発注ミスってもうたか?」
梅ちゃんビルは再建築不可物件だった。
接道の幅が4メール以下の場合、改築は可能だけど、建て替えは不可。
それに該当している事が判明したので、建て替えは取りやめて改築にしたはずだったのに、発注の過程で行き違いが生じたのだろうか。
ここにあるはずのビルはなく、ほぼ無価値の土地だけが残った。
桜子に貸していた隣のビルまで取り壊されている。
「桜子はんと妹ちゃんの荷物も運び出しといたんは、不幸中の幸いやな」
「どうせ明日のパンツくらいしか置いて無かったけどね」
前世妹に至っては、パンツも兄者に買ってもらうしー、などとほざく始末で、羽毛の様に身軽だった。
物を溜め込んでしまうタマヨンには、うらやましい限り。
今回のビル改築にあたっても散々悩んだ末、多少の本と衣服を始末した程度で、家財一式を喫茶ヨミランドへ運んだ。
やや話が逸れるが。
タマヨンは、実家に残して来た大量の本やレコードにLDとベータのビデオテープ等が、建物ごとごっそりと消えてしまったトラウマがある。
もっとも、本は電子書籍で再入手出来たし、スポティファイがあれば廃盤になった音源だって聴けるし、ユーチューブに大量の動画がアップされているから、完全に失われたモノはほぼ無い。
だがしかし、である。DVDオーディオが再生出来るプレイヤーは希少だし、へたすると4kブルーレイのプレイヤーすら今後は入手不可になる危険性がある。SACDのマルチトラック出力に対応したプレイヤーだって希少だし。ジェフ・ベックのクラドラフォニック音源なんて、購入した時点で既にプレミア価格だった。ギターだって、フェルナンデスはもう倒産しちゃったし、ハローキティコラボのストラトもちょっとだけプレミアだ。電子書籍化されていないマンガだって、未だに存在するし。
こうやって書き連ねてみると「どうでもよくない?」って気もして来たけど。
すっぽこ娘達は、家族のモノを勝手に捨てると死罪だって事を理解しているので、そういった他人から見たポンコツのガラクタにしか見えないモノも、運び出しに協力してくれた。
要するに、タマヨンはちっとも身軽じゃないって話。
閑話休題、本題に戻ろう。
「ん-、元女神の異能フェルミ推定で判定しても、この解体費用は格安やなあ」
「ふーん? ちょっと見せてよ」
フェルミ推定は異能ではないので、元システムエンジニアでも使える。
梅ちゃんから受け取った請求明細を検分する。
あの規模からいって、手配している職人や重機の規模は妥当だろう。自分が破壊したら、ひとりでどれくらい出来るかを根拠に推定すればいい。
いやまあ、タマヨンならビル丸ごと一撃で粉々だけどね。
人工の単価は、半分が本人の報酬だとすると、他人事ならが泣けてくるくらい安い。
相場なんて知らないけど、格安なんだろうな。
「まあええわ、言った言わんの水かけ論しとる程、ワイは暇とちゃうねん。解体費用は払ったる」
梅ちゃんと共に、改築を依頼したはずの設計事務所に来ている。
工事業者の手配は、この設計事務所が仲介した。
うちが請け負ったのは解体だけだの一点張りで話にならない。
設計事務所を通す意味ないじゃん、っていう穴だらけの話なのだけど、梅ちゃんは早々に折れた。
我が国では、不動産は人を容易く狂わせる。
狂ったトンチキを相手にしていると、疲れるからね。
元女神を舐めとったら、人類滅亡さしてまうど、くらいの啖呵を切るのかと思ったら、あっさりしたものだ。
憤怒を制御出来なかった頃のタマヨンなら、きっとそうした。
だって、我が家には最上位ドラゴンが4本も居るし、異世界には大悪魔の知り合いだって居るのだ。
ニンゲン皆殺しなんて、チョロいんだよ?
人類滅亡のご用命は是非、タマヨンまで。
「ほんで? 土地を買い取りたいゆうたな? あんな土地買って何すんねん? 駐車場くらいにしかならへんで」
「せめてのお詫びですよ。有効活用する伝手もありますので」
設計事務所はそう言って、相場の2割増し程度の金額を提示して来た。
地上げでもしてんのかな?
不動産屋が裏で絵を描いてるんだろうか。
こういうのマンガやドラマで観たよ?
「分かった、司法書士やらの手配も全部そっちに任すわ。1週間でやってや」
「かしこまりました。1週間以内に、こちらから連絡します」
話がまとまったので、我々は設計事務所を後にした。
「カグヤちゃん、何かおもろいもん見つけた?」
この世界ではカグヤは不可視なので、事務所内を勝手にうろついていた。
この茶番劇の証拠くらい見つけているかも知れない。
「いや? あやつがマヌケという事くらいしか分からぬ」
「やっぱそうか。最近の悪もんは組織が不明や言うからなあ」
前世妹の住んでたアパートが燃えた時も、実行犯や全グレはすぐに捕まったけども、黒幕は当初不明だった。
黒幕もマヌケだったから、あっさり釣れちゃったけども。
あの聖女を自称するマヌケだって、本当の黒幕なのかは定かではない。
令和日本の犯罪は、複雑にして怪奇なのだ。
相手にするのは、時間の無駄だ。
「あの土地売ってもなあ、喫茶店の利益の1年分程度やで。あほらし」
「バカを相手に裁判とか起こすより、心機一転他の事業を始めた方が健全かー」
「そういうこっちゃ」
我々は経営者だ。
お金にならない事はやんない。
信用に関わる問題であれば、全力で相手を叩き潰す事もあるだろうけど。
喫茶店オーナーが、地上げ屋にしてやられたところで、同情されるだけで、誰も責めない。
ならば、さっさと手を切るのが最善なんだろうね。
タマヨンは、梅ちゃん程にはマッハで気持ちを切り替えられないけどね。
あのビルには、愉快な事だけでなく、苦労した思い出だってあるだろう。
多額のローンを抱えて、不安で眠れない夜だってあったに違いない。
苦労して維持した物ほど、愛着が湧いてしまうものだ。
タマヨンだったら、もうちょっと引き摺りそう。
「どないしようかなー? もうこの世界には飽きてもうたな」
愛想が尽きた、ではなく飽きたか。
愛想ならとうの昔に尽きていたのかもね。
「どこか異世界へ移住しちゃおうか? 戦国異世界でもいいし、神聖カワサキ帝国でもいいよ。異世界漫遊の旅に出てもいいね」
「そやなあ。とりあえず、悪魔の湯に浸かろうか? くたびれてもうた」
「そうだね」
この世界は生まれ故郷ではあるけど、拘る理由は何も無い。
家族ならば、使い魔契約で永遠に一緒なのだから、何処に行ったとしても、そこが我が家だ。




