032. おじいさんは山で悪魔の実を拾いました
「スケ番ドラゴンのタマヨンでーす。ヨロピクー」
はぁ、ちっともやる気が出ない。
最大の敵は己自身、そういう閉じた世界で生きてきたのだ。
戦いなんて求めてないんだよ。
縁側で猫を撫でて暮らす、そんな老後が希望なんだけど。
伝説のドラゴンに転生してしまったタマヨンの老後は過酷だ。
領民の直訴で悪魔退治。
山に棲む悪魔が、村の畑に出て来ていたずらをするそうだ。
ソレ、狸じゃないの?
そう思いながらも、領民に嫌われたくないスケベ心で山へ来てみるとー。
「おいどん悪い悪魔じゃないよ?」
目の前に居る悪魔は、どう見ても6歳くらいの幼女だ。
ドラゴンといい座敷童といい、なんでも幼女だな?
短いおさげをプルプル震わせている。
しかし、この可愛らしい見た目とは裏腹に、邪悪な悪魔なのかも知れぬ。
「悪いから悪魔なんじゃないの……」
他の言語だとどうなのか知らないけど、日本語では悪い魔だから悪魔だ。
そもそも魔って悪しきモノなんでしょ? ダブルミーニング的に悪い。
「ほ、ほら! 悪魔の湯だってご機嫌な効能でしょ?」
「あー、確かにー?」
悪魔は、対話での解決をお望みらしい。
口先で誤魔化そうとしている、ともいう。
「悪魔の山にある悪魔の森の奥深くに生えてる悪魔の木になる悪魔の実だって、とてもいいものだよ!」
どんだけ悪魔なんだか知らんけど、その木なの木気になる木だな。
しかも、悪魔の実とな? 知恵の実とか生命の実に匹敵しそうな実だよ?
「何ソレ…? おいしいの?」
「あー、いや、すごく不味いけど。食べると不老不死になります! ほら! 悪魔の実をあげるから見逃して!」
そう言って、悪魔幼女はリンゴみたいな果実を差し出す。
不味いのはどうかと思うけど、コレをミヨちゃんに食べてもらおうか。
不老不死になるなら、異世界ゲートへの耐性を獲得出来る。
ああ、なんて都合のいい展開。
「じゃあ、おいどんはおうちにかえるー。うわーん、お姉ちゃーん!」
悪魔は泣きながら、どこかへ転移して行った。
そうか、あいつにもお姉ちゃんが居るのか…。
なんだか、スゴく悪い事をした気分なんだけど。
「なんやソレ? 山にリンゴ狩りに来ただけの幼女ちゃうんか? お姉ちゃんが不治の病にかかってもうたんかも知れんで。タマヨンこそ悪魔ちゃうん?」
湯治中の温泉旅館に帰って事の顛末を話すと、梅ちゃんにそんな事を言われた。
罪悪感が更に増すんだけど。
「それよりも、悪魔の実をはよ食べな。賞味期限は5分やとも言われとる」
「そんなに急がずとも問題ない。防腐処理が施されておる。その悪魔とやらは、生活魔法の使い手だのう」
カグヤによると、このリンゴには魔法で防腐処理がされているようだ。
工場生産のパンを不当に忌み嫌う層がバカ丸出しで騒ぎそうな魔法だな。
しかし、悪魔が生活魔法とは、なんとも所帯染みた話だわ。
いや? 生活魔法って難易度が高いんだっけ? じゃあ、アレは上位の悪魔だった? だったら、魂を移管しても良かったかな? また来ないかなあ?
「うえっ! まずっ! ぐぇえええ! 何コレ! 腐ってない!?」
「あー、ひと口でも食べたら、全部食べな呪いで死ぬで」
「せめて、ジュースに」
「擦り下ろしとる間に腐ってまうわ。それこそ死んでまうな」
まさしく悪魔の実!
ミヨちゃんは、泣きながら悪魔の実を食べ尽くした。
「芯と種は残していいんだよね?」
「ええんちゃう? 知らんけど。念のために悪魔の湯に浸かっといたら?」
ミヨちゃんの残した種を植えたら、悪魔の木が育つのだろうか?
観光資源になるかも知れない。
「拙者は、ミカンと申す者ナリ。妹のミーナが、ご迷惑をおかけしたそうで、お詫びに来たでござる。にんにん」
悪魔ミーナのお姉さんがやって来た。
にんにん言ってるけど、忍者装束ではなくメイド服。腰に日本刀らしきものを提げている。ポニーテールに結った髪が、ちょんまげに見えなくもない。忍者? メイド? 武士?
なんだか分からん人だが、チュウニ病患者なのは間違いないだろう。だって、拙者がにんにんナリでござるよ。
ミーナも一緒で、姉の陰で紅くなって隠れている。
「ほら、あやまるでござるよ」
「わ、悪かったわね! あやまってやるわ! ごめーんね!」
なんだ、このツンデレ。悪魔的にツンデレだ。
「別にいいよ。お姉さんが、不治の病だったんじゃないの? 悪魔の実を採りに来てたみたいだけど」
畑にいたずらをしたのは感心しないけど、反省しているならガタガタ怒る事もない。特訓で憤怒をコントロール出来るようになったタマヨンは寛容なのだ。
「え? 不治の病? いや、拙者以外にも姉がふたり居るでござるが。どっちも殺しても死にませぬ。魔王と破壊神です故」
魔王と破壊神と忍者と悪魔の四姉妹? 奇特な血縁があったもんだ。
「えーっと、忍者だけ浮いてない?」
失礼な事だろうけど、聞かずにはいられないよ。
「拙者は、剣聖です故。亜神でござるな」
へぇ。最上位ドラゴンが4本揃ってる我が家とどっちがより危険なのかな?
間違っても、敵対してはならぬ姉妹だろう。
「悪魔の実は、食べ方を間違うと7代前の前世まで巻き込んで死ぬからね! 天使の軍勢を駆除するために採りに来たんだよ。コレで、お団子を作ってバラ撒くんだー」
無垢な幼女の笑顔を擬態した悪魔ミーナが、そんな事を言う。
天使の軍勢を害虫駆除感覚で殲滅しようとしてる。
とんでもない悪魔だわー。
「うわー、コイツ間違いなく最上位クラスの悪魔やで。タマヨンはん、これチャンスなんちゃう?」
「え? あー、そうなのかな?」
梅ちゃんの見立てでは、ミーナは最上位の悪魔らしい。
もうどうでもいい事の様な気もするけど、魂の移管問題が解決しちゃう?
こいつにタマヨン魂を移管しちゃうと、事態が悪化しそうな気もするんだけど。
「ん? うーん? この魂はー? うちのタヲル姉ちゃんと同じ匂い?」
悪魔オモッチからミーナに、タマヨン魂を渡してもらったところ、妙な事を言い出した。タヲル姉ちゃんとやらは、タマヨンの前世だったりするのだろうか?
「うーん…。コレを預かるのは無理かなぁ。おいどんには大き過ぎて入らないよ」
「タヲル殿か、魔王様に渡せば良いのでは?」
「あー、そうするのがいいかな? でも、姉ちゃん達マヌケだからなぁ。どこかに忘れるか落っことすかしそう。うーん……、返すよっ! はいっ!」
ミーナがそう言ってこちらに手の平を掲げると、タマヨン魂の在庫がひとつ増えたような、そんな感覚が。
いや、どんな感覚だよ、ソレ。
特に、何も感じないし、お決まりの魔法陣エフェクトの発生も無い。
ミーナは生活魔法使いだから地味なのかな?
「え? 返してくれたの?」
「うん。おいどんの加護を付けて返したよ。こ、これはお詫びなんだからねっ! あんたのためにやったんじゃないからっ!」
いや、お詫びなんじゃないの? タマヨのためじゃなけりゃ、誰のためなんよ? ツンデレ尊し。
キテレツな姉妹は、タマヨンがあっさり許した事に安堵して帰って行った。
異世界のテラワロスとかいう惑星に住んでいるそうだ。
他人の事は言えないけど、ネーミングセンスがヒドイな。
もう会う事も無いだろう。会ってはならぬ気がする。
しかし、とんでもない大悪魔の加護を授かっちゃったな。
「兄者ー、わたしの分のリンゴはー?」
などと前世妹が言うので、悪魔の森の奥深くへとやって来た。
うっかりしてたけど、コイツも精霊の加護しか無いのは、ミヨちゃんと同じだったよ。梅ちゃんの診断によると、残りの寿命が3日しかないらしい。タマヨンの加護で、かろうじて持ちこたえている状態だそうな。頻繁に異世界ゲート使ってたからなあ。
「タマヨンの妹は便利だからね。悪魔の実くらい安いものだわ」
「そうじゃのう。難しい変身魔法を使いこなしちょる」
前世妹の変身魔法で手のひらサイズの妖精になったアズキとニャアがついて来た。
悪魔の実を所望している本人は「え? 森の中ってモゴーって感じで虫居そうじゃん」と言って、温泉旅館に残ってアンの散髪をしている。
タマヨンには女児の髪を手入れするスキルが無いから助かるよ。
湯治に来てからは前世妹が、すっぽこ娘達の髪を結ったりしている。
悪魔の森は、深閑としている。
獣の気配も無いし、虫の一匹も見かけない。
天使の羽根っぽいアズキと、ミツバチみたいな羽根のニャアが、ばっさばっさぶんぶんぶんと飛び交う音がやかましい程だ。
巨大怪獣でも潜んでたら、小さい方が逃げやすいかと思って、手のひらサイズにしたんだけど、無駄だったかな。
「しかしなー、連邦の新型兵器を乗り捨てて転移した時、みんなを元に戻したのは数子の奴だったとは。自分の力かと思って有頂天になってたのに。まだまだ特訓が足りんのかなー」
「変身魔法は高度で繊細な演算が必要だもの、雑なクセに完璧主義者のタマヨンには無理よ」
「いや、言ってる事が分かる様で分からんのだけど。ノリと勢いが必要って事?」
「ウォーターフォール派には無理で、アジャイルなら出来るってところかのう?」
「なるほど?」
タマヨンは完璧な手順でやろうとして停滞する傾向がある。そのくせ、急に面倒になって、雑にやっつける事も多い。システムエンジニアなんてそんなもんだ。
一方で前世妹は、いつもその場のノリと勢いで生きている。高度な魔法を習得するには、そういう勢いが必要なのかも知れない。
「それと前も言ったけど、タマヨンに必要なのは魔法の訓練じゃないわよ?」
「え? あー、憤怒のコントロールだっけ。要するに、アンガーマネジメントの特訓ってことだよね?」
「ほうじゃよ。親分の短気で世界を滅ぼされてしもうたら、かなわんけえのう」
「あぁ、そういう事? それがなんで、天下布武する事になったか分かんないんだけど」
「短期なポンコツだと、天下人としてやっていけないでしょ? アンガーマネジメントが必須の環境に追い込んだのよ。システムエンジニアは必要に迫られると覚醒するんでしょ?」
システムエンジニアは必要に迫られると覚醒する。
見た事も無いアプライアンスやサービスでも設定せねばならぬ時なんて、いくらでもあるからだ。そして、そういうものは沢山あるから、予習して備えるのは限度がある。
ニュータイプの如く、覚醒して異能を発揮するしか無いでしょ。
「あー、まあね。でも、信長とか相当な癇癪持ちだったらしいよ? 知らんけど」
タマヨンは学生時代アンポンタンだったので、日本史には詳しくない。
将来はロックスターか芥川賞作家になると信じて、勉強してなかった。
戦国武将の事なんて、ラノベかマンガで仕入れた知識しか無いよ。
「じゃから、部下に焼かれちゃったんじゃろ?」
天下人の信長が謀反を起こされた理由には諸説あるけど、パワハラへの報復って説がある。もちろんこれもマンガで知った。ムカついたから殺す。シンプルな世界だよなあ…。
チートどころか神話級の力を持ってしまったタマヨンも要注意って事だ。つまらん事で腹を立てると、報復されちゃう。ただでさえ敵が多いのに。力を持つものは、より強い力に狙われるものなのだ。
だから、不老不死になれる悪魔の実なんて、ハイキング感覚で採ってるのもよろしくは無い気がするんだけど。前世妹の頼みでは断れない。お兄ちゃん回路とは、妹に奴隷として使役されるためにあるのだから。タマヨンのソレは不完全だけど。
「お、あったった。これか。ごく普通のリンゴの木にしか見えんな」
悪魔の森の奥深く、突然ぽかっと開けた場所に出ると、その中心にリンゴの木っぽいのが生えていた。
うーん、リンゴじゃなくて梨の木かな? 川崎市多摩区は駅前一等地に梨畑が広がっているくらいだから、多摩区在住のタマヨンは梨の木を見慣れている。
タマヨンの頭よりも低い位置になってる悪魔の実をもぎとる。
「特別な力を持った絶対強者のみが採れるって言ってなかった? あっさりもいじゃったんだけど」
「悪魔の森には強大な魔物がわんさか棲んでいるからでしょ。ここに辿り着く過程で、ふるいにかけられるワケよ。タマヨンは、気配だけで蹴散らしたみたいだけど」
「ワシらも一緒じゃしのう」
ああ、そりゃそうか。最上位ドラゴンが3本も居たら、強者なら気配を察して寄って来んわ。タマヨンには強者の気配なんて分からんけど。空気読めないからね。
悪魔の実の賞味期限は、もいでから5分以内。
「あ、これ食べる奴をなんで連れて来てないんだ」
なんたるマヌケ。生涯で一度しか採取出来ないというのに。
しかも、一度もいだら誰かが食べないと、もいだ奴が呪いにかかる。
防腐処理の魔法なんて使えないしなあ。
転移魔法で送り込んだら、変異しちゃうかも知れないし。
「私達は、こんなサイズだから食べきれないわよ?」
手のひらサイズでは完食すら難しい上に、5分以内に食べきらないとならぬのだ。
「タマヨンは既に不老不死なんだけどなぁ…」
「その手の加護は重ねがけにデメリットは無いから。ただ無駄になるだけ」
仕方ない、前世妹は後で連れて来るとして、これはタマヨンが食べよう。
内臓がひっくり返りそうなくらい不味い。
これを完食するために不老不死の力が必要なんじゃないかってくらい不味い。
でも、なんとか食べきった。
食べても無駄なのに、贅沢な話があったもんだ。
芯と種は残した。これは持って帰ろう。
あらためて、前世妹とアンを連れて悪魔の森に挑む。
アンは、忍者装束を身に纏っている。
にんにん言いながら走り回っていたけど、疲れ果てたのか今はタマヨンに背負われて寝ている。魔除けにはなっているから、まあいいけど。
前世妹は、どこかで仕入れて来たのか、魔法で生成したのか、巨大なぬいぐるみを着てリラックマになっている。擬態のつもりなのだろうか? マヌケなエサにしか見えない。
奇妙な柄の白黒熊が出て来た。
のっしのっしとひとり先行していた前世妹っクマの目の前に。
白黒熊は、クー魔獣という生物で、目からビームを放ち、口からは腐食性のガスを吐き、胸部から熱線を吹き出す。なにんがーぜっとかな?
神にも悪魔にもなれそうな熊だけど、悪魔の森の中では雑魚の部類らしい。
梅ちゃんは、自転車で轢き殺した事があるという。元女神強えな。
クー魔獣は、前世妹を見てビクッとなった。
余りにも無防備であほそうだから驚いたのだろう。
しかし、我が前世妹は無敵である。
瞬きする瞬間に、クー魔獣は木彫りの熊と化していた。
転移魔法を完全に悪用して使いこなしている。
タヲル姉ちゃんとやらがタマヨンの前世であるならば、前世妹の前世は大悪魔ミーナということに…。なるほど、そりゃ強いはずだわ。
もうええじゃろー。タマヨンの周りが強者揃い過ぎる。
強者が集うのは桃太郎の昔から、ファンタジー創作物のテンプレではあるが。
桃太郎だってもうちょっと苦労して仲間増やしてなかった?
こんな神話級のチートには、神話級の罰がいつか下るに違いない…。
もちろん、前世妹はあっさりと悪魔の木まで辿り着き、悪魔の実をひと口で食べた。巨大化したのだ。なんて器用なんだろうか。
なお、魔法といえども質量保存の法則に縛られるそうで、小さくなる時はどこかに大量の排泄物を不法投棄し、巨大化する時は何かを代償として消化するのだとか。
変身魔法は、周囲に迷惑をかける魔法なのだった。コンプライアンスや法令を遵守したがるタマヨンには無理なはずである。
もう、湯治する必要なくない?
だって、身内全員が既に不老不死じゃん。
実際のところ、戦国異世界には娯楽が無いので、1週間足らずで湯治には飽きた。
ワイファイ完備とはいえ、電力は15Aしか引き込んでいないのだ。9人の大所帯で、テレビ観たりパソコン使ったりするには不足している。深夜アニメだって満足に観る事が出来ないのだ。
雄大な大自然に囲まれた露天風呂で、のんびりするのは贅沢な事ではあるけど、そんなもので長期間に渡って満足出来る程には、我々はまだ枯れてはいなかったのだ。
我々は、予定を切り上げて帰還する事にした。
しかし、梅ちゃん喫茶の地下へと続く異世界ゲートは開かなった。
一体、何が起きているというのだろうかー。




