024. 俺が私であるために
プロジェクト管理において、命名規則というものは非常に重要である。
曖昧なネーミングは、ミスコミュニケーションを引き起こす。指揮者はプロセスの停止を依頼したはずなのに、現場のオペレーターはサーバを電源断してたなんて大事故に繋がる。大規模障害の実態なんて、案外そんなものなんだよ。
「というわけでー、あっちとこっちに名前を付けます」
我が家があるこの世界、アンコが高値で売れる異世界。あっちだとかこっちだとか言っていると、アチコッチソッチで、いつかバグってハニャアだ。なので、明確に区別出来る名前を付けておく。
「日本と帝国でいいんじゃない?」
「川崎とシン川崎で、ええじゃろ」
「アンコと反アンコだろ」
ううん…。どれも紛らわしさが残るね…。どっちにもとれるリスクがまだあるよ。
日本だって帝国だった事あるし、新川崎あるし、反アンコは先進的な意欲だけは高く評価するけどね。
こういう時は、発想の逆転だ。紛らわしさを現実世界から排除してしまえばいい!
「向こうの世界を、アンコ帝国と改名させよう。それで、川崎とアンコ帝国と呼称する」
異世界という次元スケールだから、ローカルな地名や国名は妥当ではない気がするけど、こういうのは決めた事が正となるのだ。その内、本来の意味から乖離して定着する。ヴァイナルやケータイみたいにね。
「だったら、こっちこそカワサキ帝国にしようぜ! カワサキとアンコだ!」
「クーデターでも起こす気かしら? それも悪くはないけれど。愚民の統治なんて面倒よね」
「お前ら…、さては悪魔じゃろ」
失礼な。私は、使い魔だ。
結論として、川崎と神聖カワサキ帝国と呼称する事になった。
以降、本プロジェクトにおいては、上記の表現とする。
「ここが異世界…なのね」
異世界転移魔法も、2度目ともなると馴れたものだ。
馴れた頃に、油断して事故るけどね。
1970年代の向ヶ丘遊園駅前そっくりの街並み。違うのは、看板や広告など文字が見当たらない事。
今回は、予定通りにアズキと私の2人が送り込まれて来た。
魔法実行前に、予めセーラー服と魔法少女衣装に着替えておいた。
私は、スーパーで仕入れたアンコが入ったキャリーケースを提げ、前回購入したミスリル等の魔導素材を詰め込んだ麻のリュックを背負っている。魔導素材も換金して、異世界ゲートの構築資金に充てるのだ。
アズキも子供用リュックを背負っている。何が入っているのか、結構重そうだ。
「そのリュックには、何が入ってんの?」
「パンツと枕よ。枕が変わると眠れないのよ」
その気持ちは分かるけど、異世界まで担いで来る程だろうか?
アズキの事だから、何か意図があるに違いない。
「小豆の枕なのかな? 小豆もこの世界だと魔石として使えるとか?」
「…何よ。もうネタバレしちゃうわけ?」
正解だった。
何の策も無しに、アズキが片道切符で異世界に来るはずは無いと思ってたよ。
「早速、アンコを売りに行こうか」
近くの人にラゾーナへ宮殿への行き方を尋ねると、鉄道での乗り換えルートを教えてくれた。人に道を尋ねるなんて、いつ以来だろう? 今回は、乗り継ぎ旅かな?
アズキもニャアと同じく、ここでは誰からも認識されている。進捗は順調だ。
「マジかよ…、幻のカワサキ地下鉄があるなんて…」
川崎市では計画倒れに終わった地下鉄計画。それが、神聖カワサキ帝国では営業していた。しかも、リニアモーターカーだ。リムジンで1時間近くかかった距離を、10分で移動出来た。
「魔導粒子が枯渇した事で、科学技術の発展に真剣になったのかもね」
アズキは、そう推測する。タマヨン妄想としては、もしかしたら、この国は世界大戦の戦勝国なのでは? ってやつ。歴史があの時こうだったら? っていうifの異世界っていうのも定番だよね。その辺は、追々調べて行こうか。
異世界貿易というより、社会科見学にも来た気分で、ラゾーナ宮殿へと向かう。
「アンコ物資についてはですね、うちじゃなくて、通産省の管轄になりました」
「あ、そう」
前回は、農林水産省でアンコを引き取って貰った。今回もそうだろうと訪ねてみれば、管轄が変更になったと言う。この国の風物詩、たらい回し開始の予感。
乗り継ぎ旅の始まりかぁ……、と思ったら、そうではなかった。
「どういう事かしら? 私達が来たというのに、出迎えも無いばかりか、あっちへ行けですって? 担当窓口を一元化して、今スグここに決裁権を持った担当者を寄越してちょうだい」
アズキが、カスハラ気味のハイパー交渉術を発揮した。
若タマヨン並みに沸点が低いのは、使い魔と一心同体の証だろう。
「は、はいぃっ! 少々、いえ、しばらくお待ちを」
農林水産省の官僚はビクンっと飛び跳ねると、慌てて何処かに電話をかけ始めた。
ついでに喫茶店に出前でも頼んだのか、応接室で待つ我々にコーヒーとケーキが供された。
「ふむ。生クリームの味は、こっちも悪くないわね。上出来よ」
満足気なアズキさん。
しかし、こいつは一体何様の目線なのか? 最上位ドラゴンって、この世界では畏怖の対象なのだろうか? 見た目は、魔法少女のコスプレをした幼女なんだけど。
使い魔としてアズキの強さは頼もしい限りだが、保護者としては不安でもある。
暴力は、いつか己自身に返って来る。最大の敵は、己自身なのだから。
正論でダメっ子正社員を泣かして、契約を切られる派遣社員がいい例だ。もちろん、私の事である。
「お、おい! 俺が、タマヨン様の担当ってどういう事だよ!? 怪人ミツバチ幼女の飼い主なんだろ? 俺に二階級特進しろって言うのか!?」
「まあまあ、功績を上げるチャンスだと思って、やってくれるね?」
「くっ、住宅ローンさえ無けりゃあ!」
「だから、官舎に居れば良かったのに」
「あそこは、かみさんが近所で針のムシロなんだよー」
「あぁ、まあ、それな?」
扉の向こうから、そんな騒がしい会話が聞こえてくる。
畏怖の対象は、タマヨンでした。そいつは、ヘヴィだぜ。
しかし、こっちの世界でも人事と近所付き合いは理不尽なんだなー。
でも、覚悟して官僚になったんだろ? 我々の踏み台になってくれ。
「今回は、アンコだけでなく、こちらの希少金属もですね? ミスリルは高騰しているので、かなりの金額になるかと。こちらの換金は、お急ぎでしょうか?」
ミスリル相場が高騰してるって事は、産出国で戦争でもあったかな? いいタイミングで来たらしい。貿易を成功させるには、こういう機会を逃さない事が肝要であろうが、焦って飛びつくのも良くない。
プロジェクトの推進において、優先順位を見誤ってはならぬ。今は、この国での信用を得て、足元を固めるべきだろう。
「いや、急がない。その代わりってワケでもないけど、タマヨン名義で口座を作ってくれない? 代金は、そこに振り込んでおいてよ」
この国で事業をするのに口座は必須。金融とは信用の集合体に他ならぬのだから。
「あ、それはむしろ助かります。税務上、捕捉し易くなりますので。というかですね、既に準備してあります。こちらをご確認ください」
神聖カワサキ帝国側としても、大量の現金を用意するのは負担だった様だ。前回の訪問後に準備してくれたのであろう、タマヨン名義のカードを受け取る。ネットバンキングはあるのだろうか? あるならば携帯電話も用意したい。
「暗証番号や印鑑は? もしかして不要ですか?」
「我が国には、印鑑という文化はもうありません。暗証番号は不要です。すべて生体認証ですので」
バックアップのPINコードくらい無いのかな? この国の文化と慣習は、向こうと同じ様で細部が異なるな。この辺の詳細も追々確認して行こう。受け取ったカードは、財布の中に仕舞っておく。
帰化申請とかもするべきかな? マイナンバーカードとか発行されるのだろうか? ま、その内勝手にこいつらが用意してくれるでしょう。既に、やってくれてるかもね。
よし。ここまで実に順調だ。資金を得たので、次は異世界ゲートの構築だ。
「驚いたわね。まるで、私達の家の近所そのものじゃないの」
神聖カワサキ帝国全体は、川崎市そっくりの地形をしているので、もしかして? と思い、うちはこの辺になるなという場所に来てみたのだ。
そこには、うちの近所そっくりな街並みがあったのだから、実物大のジオラマにでも入った気分。
「梅ちゃん喫茶なんて、そのままじゃないの」
古びてボロっちくなっているけど、梅ちゃん喫茶そっくりな建物まである。
これ、ちゃんとメンテナンス出来てないよなあ。こっちのビルオーナーは、事業がうまく行ってないのかな?
「試しに、入ってみよう」
内部構造も同じであれば、異世界ゲートを設置するのに最適だからね。ここを現地調査するべきだろう。
「そうね。タマヨンのお風呂センサーが反応しているし」
そう言って、アズキが俺のアホ毛を見る。
え!? このアホ毛、そんなセンサー機能があったの? 何だか、ビクンビクンしてるわー。何コレー。
「いざとなれば、銃もあるしね」
スカートの下にホルスターを装着し、コボル銃を忍ばせてある。完全にチュウニ仕草デス。
こっちでは本来ガラクタなんだけど、向こうで魔導粒子を充填して来たから、10人以下ならこれで制圧出来る。ちゃんと当たれば、ね。
「ようこそ。戦士が束の間の休息を得る場所へ。好きなところへ座りな」
なんか見た事ある奴が居るな…。まるで、女宇宙海賊みたいな…。もう見えてこいつも、おっさんなのだろうか? だとしたら、こっちの世界も多様性に寛容だなあ。
「おや? タマヨンじゃないか。やはり時空の彼方で縁が結ばれる運命なんだね」
これ、よく似た人じゃなくて、本人だわ。どういう運命なんだかなー。
「タマヨンか。久しいな。半年いや、もっとか。アズキも元気そうで何よりだ」
ギョニソまで居るもんなー。ここで何してんのあんた? ちょっと老けた?
「やはりここは約束の地であったか。屋上の異世界ゲートを使うのならば、その前に何か注文してくれ。ここも喫茶店なんだ。我々が経営している。ビルも自前でな」
そうかー、異世界ゲートが何故か既にあるかー、そして、ここも喫茶店かー。
ねえねえ、もし神様が居るなら、ご都合主義が過ぎるんじゃない?
「まるごとスイカ2万円かよー。えぐい商売してんなー。お通しのルーベラも4千円とるし」
ルーベラは確かに美味しいけど、再販されたからそこまでの価値は無いよ。こっちじゃどうか知らんし、ルーベラじゃなくてヨックモックかも知らんけど。
「見ての通り、この店は経営危機でな。材料の廃棄率が高いんだ。後5分遅かったら3万円になるところだったぞ」
ちょっと老けたギョニソが、そんな事を言う。苦労してそうだなぁ。
確かに店内は閑散としてる。我々以外に客はひとりも居ない。
「それは困るわね。異世界ゲートを保守する必要があるのに。こっちには座敷童が居ないのかしら?」
アズキの言う通りで、その点が懸念事項だ。ここに異世界ゲートがあるならば、こいつらに守って貰わねばならぬ。商売が不調なら、ビルを手放す事にもなりかねない。そうなると、異世界ゲートが我々の管理下から外れてしまう。
「ああ、座敷童は居ない。精霊のアオイとも別れてしまった。あいつは気まぐれ過ぎて危険だな。このビルを買い取った段階で資金は尽きたし、そろそろ撤退も検討せねばならん」
これは、緊急対応を要する案件だ。早急に対処せねば。
他にも問題が潜んでいないか、洗わないと。
むしろ、これはチャンスである。
「そういう事なら、我々が資金を提供しよう。共同経営者にしてくれ。ここの3階は空いてるのかな?」
「ああ、我々の住居は2階だからな。3階は空けてある。こちらの世界での拠点として利用するといい」
あっちとこっちで似た様な事をする展開になったな。
システムを2拠点に構築して可用性を確保した、と捉えればいいか。
「へー、こっちの異世界ゲートは屋上にあるんだな。露天風呂まで、あるじゃん」
こっちの世界では建築基準法が緩いのか、屋上には脱衣所の小屋が増築されている。当初に構想していた異世界ゲートの構成になっているよ。
「このゲートは、もしかして梅ちゃんが設計構築したのかしら?」
「その通りだ。タマヨン達にも必要になるから、代金をたかれと。そう言っていた」
へえ? つまりこれは、梅ちゃんが里帰りするための異世界ゲートか。
だとすると、梅ちゃんは、この世界の元女神って事か!?
袖振り合うも他生の縁とは言うが、ここまで縁が混線しているとはね。
何だよ、この世界のすっぽこ神は、梅ちゃんの弟子なんじゃないか。
そりゃ、雑なご都合主義展開あるわ。
「気になるのが、こっちとあっちの時差ね。こっちは時が先行している気がするわ」
「だなー。ギョニソちょっと老けてるしー。あれ? お前、精霊の加護は何処行ったんだ?」
精霊アオイの加護は、美肌効果と性別の壁超越、ついでに千年の寿命だ。
前世妹の体感に依れば、精霊が離れても加護は有効なんだけど?
ギョニソは老けただけでなく、越えたはずの性別の壁も手戻りを起こしている。
「ああ、それなんだが。これは、あくまでも推測ではあるが、こっちの世界は向こうよりも、千年以上は先の時間軸にある。精霊の加護は千年程度だから、異世界転移した時点で期限切れになったと思われる」
精霊の加護って、そういうもんなのかね? 仮説の上に仮説を重ねている印象。
「ふーん? 精霊の加護は謎仕様だわ。タチが悪いのは確かだから、気にするのは無駄ね。ところで、この世界の暦はどうなっているの?」
解説のアズキさんでも、精霊の加護については分からないのか。
「この世界には西暦に相当するものは無い。この国の暦でなら、今は王国歴で12026年4月だ」
そうか、4月か。冬服のセーラー服がちょうどいいはずだわ。1万年越えの暦はスケールが壮大過ぎて、他の感想が出て来ないな。帝国なのに王国歴ってのも謎だし。
「時差は、1万年と9ヶ月だと仮定しておきましょうか」
「へー、あっちとこっちで時差が1万年かー。壮大な日付変更線だなー」
仮定としておくしかない。検証して実証する手段が無いのだから。ここが、未来の地球だとでも云うならばともかく。
「まあ、それはともかくだ。異世界ゲートを試してくれないか? 我々では使用する事が出来んのだ。その露天風呂にすら浸かれぬ」
だったら脱ぐからとっとと出て行って、とアズキに追い立てられて、ギョニソは店に戻った。
「ねえ? これってお風呂に入る必然性あるの?」
「…検疫よ」
やっぱりオフロスキーなだけじゃん。
しかし、私も立派なオフロスキーであるから異論は無い。
自宅の屋上に露天風呂なんて、まるで貴族じゃん!
「月がとてもキレイだねー」
露天風呂から見上げる、昼間の月もとてもキレイだ。やっぱこっちは大気が澄んでるのかな。
「随分とハレンチな事を言うのね」
えぇー…。白ドラゴン的には、これってハレンチな文言なのー?
そりゃまあ確かに、夏目漱石的には、愛の告白らしいけどさー。(注:諸説あります)
「月がキレイなのは、当然でしょ?」
そりゃそうだ。
もっとも、あれがいつか砕けても、我々は共にあるけどね。
それは、果たして幸福な事なのか、不幸な事なのか?
前者だと信じて、生きていくしかないよね。
どんな事だって楽しもうと思えば、楽しめるものなのだから。
露天風呂から上がり、出口側の脱衣所に行くと、私とアズキのメイド服が用意されていた。
「これは梅ちゃんの趣味なのかな…?」
「さあ? ここには座敷童の加護もあるし、これを着るのが最適な選択なのよ。知らんけど」
梅ちゃんに関する事柄は、アズキでさえも知らんけどと言わざるを得ないのだ。知らんけど。
「それでー? こっちの扉を開けばー、そこはー?」
出発地点である、梅ちゃん喫茶の地下室だった。
あっさり帰還出来たね。しかも、無事故で異世界ゲートの完全開通だ。
梅ちゃんさあ、もうちょっとドラマチックな展開に出来ないの?
いやまあ、苦労したいワケじゃないけどさあ。




