023. 異世界へと続く道などない
すっぽこ娘達は風呂から上がると、3人揃ってパピコの片割れを差し出してくる。
4人居るんだからさあ、2つで十分デスよ、2つで。
風呂上りに毎回これをやられるので、渡された内の2つは冷凍庫に仕舞う事になる。こうして、我が家の冷凍庫には片割れだけのパピコが溜まっていく。まるで、パピコの墓場だ。そして、すっぽこ娘達は、この片割れは食べようとしない。
自分のが選ばれないと拗ねるとか、俺のパピコが食えねえのかと凄んでくるとか、そういうのは無いから、この事態はまだマシな方なのだろう。どんな事だって、前向きに捉える事が、長生きに繋がるのではないだろうか? どうせ、私は不老不死だけど。
半身を失ったパピコは、半同居状態の座敷童にお供えしてるけど、ちっとも減らない。異世界貿易で売ってしまおうか? もっとも、異世界へ行く安全で確実な手段は、未だ確立していない。
アンが半日足らずで、超絶技巧ギタリストとなった秘密が判明した。
サンドボックス環境に1年間引き籠って、血尿が出る寸前まで特訓したのだ。
それでも、1年間であのレベルに達するのは、相当な偉業だし。そもそも、1年間も特訓を続けた事こそが大いなる偉業である。中身がおっさんのチュウニ女児には、到底真似が出来ない。
そんな偉大なるアンのお陰で、獲得した事実が2つある。
ひとつは、1年後も我が家はここにある、という事。これは大事な事だ。この世界が、その時まで存在しているという事でもあるのだから。
もうひとつは、努力すれば成し遂げられる事がある、という事。逆に言えば、努力しなければ、何事も成し得ない。
つまり、どういう事かと言うとだ。
「魔法は、気合いと根性だって事だよ! 死ねーっ!」
「うぎゃーっ!」
「さすがよアン。その調子で、死なない個所を上手く狙うのよ。顔はやめなよ、ボディにしな」
ボディもダメだよ。
アンのコボル銃によって、死なない程度にコボルレーザーで撃ち抜かれている。死んじゃうとサンドボックス環境が解除されちゃうから、特訓が継続出来ないからね。
大魔導士タマヨンになるために、多摩川の河川敷で魔法の特訓というワケよ。一度は諦めた道だけど、信じて努力すれば、きっとなんとかなるのだから。
でもさー、死ねー、とか言っちゃって、殺意全開じゃない? どういう事? 保護者虐待じゃない?
昨今の厳しいコンプライアンスに真っ向から挑むそのスタイルは、個人的には評価出来る。
しかし、ソレも生きていればこそだ。はやく防御魔法を行使出来る様にならねば、いつか死ぬ。夢の中の衝撃で死に至る事もあるという。サンドボックス環境の中とて、油断は出来ぬ。
アンは、敢えて鬼となり、私の覚醒を促す危機的状況を演出しているのだ。そうでなければ、泣いちゃうよ?
「おらー! お前こそ死ねやー! 銃を撃つ者は、撃たれる覚悟のある者だけじゃー!」
念のために言っておくが、良い子のみんなは、こんな危険な遊びをしたり、品の無い言葉を叫んだりしてはいけないよ。まあ、他人の子がどうなろうと、知ったこっちゃないけどね。
「うぎゃーっ!」
気合いと根性で打ち返したレーザーは、アンの頭を撃ち抜いた。
「やるな、ブラザー…、もうお前に教える事は無いぜ…」
「アン、死ぬなー!」
「そうよ。死ぬと、サンドボックス環境が解除されて、やり直しじゃない。面倒だわ」
「ここでの死が仮想的なものじゃとしても、もうちょっと言い様が無いんかコイツ」
さすがの黒ドラゴンも、右脳を一瞬で破壊されると死んでしまう。
新しい発見だ。
人は、いつくになっても学びの姿勢を忘れてはならぬ。
「他の方法を考えましょう」
仮想的にとはいえ、ついにアンが死に至る事態にまでなっても、私が大魔導士として覚醒する事は無かった。致命的に、才能が欠如しているのかも知れない。もしくは、大器晩成なんだな。10万年くらいかければ、何とかなるかも知れないね?
でも、その前に荒み切った心が先に死んでしまうんよ。家族で殺し合いなんかしちゃダメだな。戦国時代の武将じゃないんだから。
「どうするんだ? 異世界貿易を諦めるのか? そいつはヘヴィだぜ」
「いや。異世界転移の方法を変えたらどうじゃろうか」
異世界へ行くために、前回は4人と1頭に加え座敷童の、クアッドコア+コプロセッサ+NPU的な構成で異世界転移魔法を実行した。この方法の欠点は、異世界へ送り込めるのが2人と1頭に限定されるので、復路が確保出来ない事だ。往路より縮退した構成では、異世界転移魔法が実行出来ないからね。
しかし、私が大魔導士になれば、シングルコアによる実行でも往復が余裕。4人と1頭まとめても大丈夫。という構想で魔法の特訓をしていたのだけど、それは成果が無かった。他の手段を探すべきだろうね。
「そうね。異世界ゲートの設置を検討しましょう」
異世界ゲートだって?
それって、学習机の引き出しの中や、畳の裏から異世界へ行けるというアレか!?
「理想的なのは、露天風呂ね。脱衣所が2つあれば、異世界ゲートを構築出来る」
アズキが定期購読している月刊異世界通信の付録だとか、巻末広告の通販で買えるとか、そういうお手軽な物では無かった。ドア1枚設置するだけ、という省スペースな物でも無かった。
異世界ゲートを構築するには、銭湯1軒分くらいの広い空間が必要なのだという。
そんなもん、何処にあるというのか? 無ければ確保するしか無いね。
「ここに露天風呂作るんは構へんで。費用を出してくれるんならな? ただし、脱衣所の建物を増築するんはなあ。違法建築になってまうかなー」
まずは、うちのビルの屋上から現地調査だ。ビルオーナーの梅ちゃんにも立ち会ってもらう。
異世界ゲートには、脱衣所が2つ必要。男性用と女性用ではない。入り口と出口だ。ファイヤーウォールで言えば、外部ファイヤーウォールと内部ファイヤーウォールである。
まず内部ファイヤーウォール脱衣所で服を脱いで露天風呂に入る。露天風呂は非武装地帯、DMZだ。ここでは全裸になってるから、まさに非武装地帯だね。
これは、アズキ曰く、検疫の効果があるらしい。自宅でも、露天風呂に入りたいだけだと思うが。
続いて、露天風呂を挟んで対面に設置した、外部ファイヤーウォール脱衣所で異世界向けの服装に着替える。着替えたら、お風呂とは反対のドアから出る。
すると! そこは異世界! ってワケ。ほんとかなー。
「へえ、そないな方法があるんかいな。完成したらワイも異世界行きたいわー」
「それは無理ね。私達と使い魔じゃないと、魔導粒子の圧力に耐えられずに、生きたミートボールになるわ」
「なんやソレ!? こわい! どのみち屋上はアカンやろ。費用も500万円は、かかる思うで」
「似た様な構造さえ取れたらいいのよ。エアロックみたいな多重構造になってれば、それでいい」
「なるほどな? 屋上の小屋を中で区切ったらアカンのか?」
「それだとダメね。露天風呂に出てから、また戻る動きになっちゃうから。動線が直線的じゃないと異世界に繋がらないのよ」
「はーん? そういう事かー。露天風呂を諦めるんなら、ええもんがあるで」
どうやら屋上への構築は無理な様子だけど、まだ諦めるのは早そうだ。
「おー、地下にこんなもんがあったのね…」
今度は、ビルの地下室だ。地下室があるなんて、知らなかったな。
「シェルターってヤツやな。ここが建った時は、東西冷戦の真っ最中。キューバ危機とかあった頃やからなー。知らんけど」
当時、そういうものが富裕層の間で流行ったとか。ニュースなんかで見た記憶はあるけど、こうやって実物がまだ残っているとは。
もっとも、シェルターといっても、これで大量破壊兵器の攻撃に耐えられたかは疑問だわ。
「今は倉庫として使っとるから、派手に改装されると困るけど。奥にもひとつ小さい部屋があるし。条件的には満たしてるやろ?」
「そうね。別に物が置いてあっても、問題無いし。1階を入口、倉庫部分を非武装地帯、その奥の小部屋を出口にすればいけるわね。小部屋にあるトイレのドアを最終ゲートに出来るわ」
おお! 何かハードSFっぽい! 錯覚してしまいそう。最初に、露天風呂とか言ってなけりゃなあ。
「ほんなら、好きにしてええわ」
「壁にちょっとスイッチ設置したり、その程度はいいかしら?」
「ええよ。ワイも独自に異世界ゲート設置するわ。話聞いてたら出来る気がして来た。たまには弟子のところへ顔出したいからな」
「そう。梅ちゃんなら、きっと出来るわ」
異世界ゲート構築プロジェクトの開始だ。
「出来たわ」
「早いね」
買い出し部隊が、アンコを仕入れて来る間に、アズキの手によって地下への異世界ゲート構築は完了していた。
「アマテラスとドラヤキに手伝ってもらったからね」
「ぽっすん」
「にゃあ」
アマテラスは座敷童である。空間内の魔導粒子を整流する能力を有している。それを行使する事で、まあ、なんかうまくやったんだろう。知らんけど。
ドラヤキが何をしたのかは、よく分からないな。休憩中の癒しかな?
「ここで異世界転移魔法を実行して次元貫通させれば、ゲートが開通するわ」
「もはや完成したも同然じゃろか」
「問題は、これからよ。異世界側にもゲートを構築しないとね」
「それは、このゲートを通って行けばいいんじゃないの?」
「いいえ。最初の次元貫通の段階では、異世界に行けるのは前回と同じで2人までだからね。言い方を変えると、異世界に2人送らないと開通しない」
それは、何だか大変そうだよ?
「今回は、私とタマヨンで行くわ。向こうに持ち込んだアンコで建設資金を捻出しましょう。帰りの事は、まあ何とかなるでしょ。最悪の場合は、世界7大魔女を捕獲して異世界転移魔法を行使させればいいでしょ。魔導粒子の枯渇した世界に、そんなのが居るとは思えないけどね」
異世界側でもゲートを開通させるためには、初回の異世界転移魔法で次元貫通させる必要がある。
つまり、帰りは2人だけで、異世界転移魔法を実行して帰還せねばならぬ。
前回は、ニャア秘蔵のどんぐりを使う事で、2人と1頭だけでも帰還出来たけども。どんぐりは在庫がもう無いし、拾える季節でもない。
「どんぐりが拾える季節まで待った方がいいんじゃない?」
「それでも確実とは言えないけどね」
少しでも成功する確率は上げてから臨むべきだ。
もっとも確実なのは、私が大魔導士になる事なんだろうけども。
うーん、血尿が出るまで地獄の特訓は終わりそうにないなあ…、それは嫌だ…、やっぱ行くなら今か?
時には、勢いに身を任せる事も必要だ。幸運の女神には前髪しか生えてないんだっけ?
努力してもどうにもならない時は、女神様の前髪を掴んで引っこ抜いてやるのさ!




