022. 大更改時代
「世界7大魔女の最後のひとり、女子力53万の多恵子を、生田の竹やぶの中で、やっとこ見つけたんじゃがー。そこに、魔王の軍勢が待ち伏せておってのう。ワシの必殺パピコ拳すら、やつらの絶対防御ファイアウォールの前には、すべてイジェクトされてしもうたんじゃ。ほいでー、黒ジャガーに覚醒したドラヤキがー。あ、肉じゃがを食べたら覚醒するんじゃけども」
異世界での冒険譚を、滔々とニャアが語っている。
お土産に買って来た崎陽軒のシウマイとマーロウのビーカープリンを、すっかり食べて終えてしまったので、続きはウェブでじゃ! と終わった。なろうに妄想小説でも垂れ流してんのかな?
創作能力が高くて大変結構。うちの娘は、優秀でかわいいなあ。
「向こうの世界では、ニャアが他者に認識されてたってのは大きな収穫ね。魔導粒子の濃さが関係しているのかしら?」
優秀でかわいいアズキが、鋭い着眼点を発揮する。そういや、そうだったわー。こっちの世界じゃ、不可視の悪魔なのに、甘味処のグーロさんはじめ、王や官僚の連中ともコミュニケーションしてたわ。
「なあ? なんで鉄よりも安いゴールドを買って来なかったんだ? こっちの世界なら、1オンス2,500ドルで換金出来たのに」
アンも、優秀でかわいい。ゴールドの価値をドル建てで言っちゃうとこがアレだけど。
ところで、50過ぎのハゲオヤジが「かわいい」連呼してるとキモイけど、私は14歳女児だからいいよね。だって、私も超かわいいし。ツラだけは。中身は想像すんなよ?
ニャアよりもアズキかアンを連れて行った方が良かったんじゃ? なんて思ったけど、そういう事じゃないな。ニャアが用意していたどんぐりが無ければ帰還出来なかったしね。全員一緒なのがベストだろう。
うん、やっぱ異世界に行くなら、家族総出がいいだろう。
「鉄よりも安いクズだから、何処にも売ってなかったんだよ」
「ああ、そういう事ね。だったら、ゴミの中から拾って来なさいよ」
「やっぱさー、みんなで行くべきじゃねぇか?」
「ほうじゃのー、パーティで活動するのは冒険の基本じゃけの」
皆も、同じ意見らしい。行くなら家族総出で。旅行も兼ねてそうしたいものだ。
「ふぅ。本来なら、タマヨンが大魔導士レベルのはずなのにね」
アズキが溜息と共にそんな事を言って、ちらっとアンを見た。
最初に契約したアンの使い魔教育が不足しているとか? きっと、そういう事なのだろう。
「大魔導士なら、ひとりでも全員を異世界転移させるくらい、余裕じゃろうなあ」
マジでー? そんなに違うの!?
PINGも打てない新人と、金融案件の現場リーダーくらい違うじゃん。
今の私は、何の魔法も使えないからね。
「マイブラザーを大魔導士にしようじゃねぇか! 血尿出るまで鍛えてやるぜ!」
ええ!? そんな昭和のモーレツ社畜みたいな事したくないよ。
しかも、俺のトラウマを抉ってきやがった。このすっぽこ娘め!
「いいかー? 行くぞー」
サンドボックス環境に入ってから、多摩川の河川敷までやって来た。
コボル銃を構えて、60フィート6インチ先に立つアンを狙って撃つ。これは、野球のピッチャープレートからホームプレートの先端までの距離と同じ。
つまり、コボルレーザーをアダマンタイトバットで撃ち返す遊びをしているのだ。
魔法の特訓何処行った?
ぴちゅん! と、コボルレーザーの閃光が走る。
かっきーん! と、アンが振り抜いたバットがレーザーを打ち返す。
ひゅんっ! と、レーザーが私のアホ毛を掠める。
「おい! ピッチャーライナー喰らったら、死ぬじゃねーか!」
危なかった。ヘルメットが無かったから、即死するところだった。
レーザーと云っても、純粋な光線では無いので、弾速は光速ではない。
せいぜい時速150キロ程度だろうか?
それでも、撃ち返すのも避けるのも簡単ではない。
音速を越える銃弾よりは、ずっと安全かも知らんが。
異世界の子供は、危険な遊びしてんなあ。
「大丈夫。魔導素材が反射したコボルレーザーは、致死成分を吸収されていて概ね無害だから。ただちに死ぬ事は無い」
あまり大丈夫な気はしない。
TCPの再送制御をあてにして、本番稼働中のLANケーブルを差し替える位には落ち着かない。
だって、掠っただけで、私のアホ毛焦げてるよ? 隊長機のツノみたいなアホ毛が。
「ねえ? この危険な遊びが、魔法の訓練なワケ?」
「魔導粒子の扱いに馴れる効果はあるわ」
「まあ、そういう事なら…」
地獄の様な死亡遊戯にしばし興じるのだった。
これで、魔法の訓練になるなら、チョロいもんよ。
「デッドボール喰らうと即死じゃん!」
文字通り、デッドだったわー。
魔導素材で反射し損ねてレーザーの直撃を喰らうと、ただちに死ぬのだ。
バッターボックスでレーザーを喰らった瞬間に、サンドボックス環境が解除された。サンドボックス環境は、被術者が死ぬと解除されるからね。
仮想体験とはいえ、何度も死にたくはないんだけど。
これ、貿易事業の準備なんだよね? 何で命がけなの? 大航海時代なの?
「やれやれだぜ、ブラザー。こないだワイバーンのクビを落としたじゃん?」
じゃん、じゃねーよ。アンの説明は、いつも中間の工程が抜けている。
確かに、アンをミサイルにしてワイバーンのクビを落とした事があるけど。
「飛行中は防御膜を張っているのよ。だから、アンミサイルに貫通力があるってワケ」
解説のアズキさんに依るとだ、飛行魔法は音速以上で術者を機動する。
我々の体は流線形でも無いし、皮膚が耐熱性の高い素材でもないので、衝撃波や大気摩擦熱に耐えられずに自壊してしまうハズだ。なので、そういった衝撃から身を守るために、防御魔法を同時に展開して、全身に防御膜を張る。つまり、全身が弾丸の形状になっているのと同等なため、アンミサイルが成立する、というワケだ。
魔法なんだから、ふわっとイイ感じになってる部分は大いにあるだろうけど、これでなかなか理屈を理解していないと危険なのだ。
「分かった? 防御膜も張らずにバッターボックスに立つのが悪いってこった」
「ああ、分かったよ。命がけのスパルタ訓練だって事がな」
我が娘によるパワハラは、何処に訴えればいいですか?
なお、不可視の娘なので調査も立件も不可能かと存じます。
もちろん分かっているさ。
すっぽこ娘達だって、保護者を虐待したいワケじゃないって事くらいは。
だがしかし、死んでしまっては本末転倒というものだ。
永遠の寿命を支えるための収入源を模索しているのだから。
目的と手段を取り違えてはならぬ。
そりゃあ、魔法は使いたいけど、命と引き換えには出来ないなあ。
異世界貿易には可能性を感じるが、課題が厄介過ぎる。
このプロジェクトは、一時凍結だ。
そもそも、人に頼ろうとしているのが良くない。
あまつさえ、頼った相手の責任を追及するとかクズの所業である。
私は、ひとりで考えるため、狭い書斎に籠った。
いいアイデアを思い付いたら、すっぽこ娘達に実現可否を相談しよう。
ぽくぽくちーん! と閃く事もなく、ユーチューブ動画を適当に漁っていると、アンがやって来た。
壁際に立て掛けてあるギターを手に取ると、ぺきょぺきょぺっ、と弾き始めた。
「ん? ギターに興味あんの? 教本あるけど見る?」
本棚から初心者向けの教本を取り出して渡す。
「へえ。まったく開いた形跡が無いわね。他に、上級者向け教本まで本棚にあるというのに」
アズキまでやって来て、教本を後ろから覗き込みながら、鋭い事を言う。
そうなんだよ。
ギターを始めてから早40年。未だに、基礎的な理論すら理解していないおっさんは、たまにやる気を出して教本を買ってみるものの、未だに読んですらいない。そんな教本が、うちには何冊もある。初級者向けすらクリアしていないのに、上級者向けまで取り揃えている。
いいんだよ。パワーコードとマイナーペンタトニックさえ理解してれば。ハードロックは、それで十分なんだから。(注:やっぱり偏見です)
しばらくパラパラと教本をめくっていたアンだが。
「理論よりも実戦だな。実弾飛び交う戦場でこそ、戦士は成長するものさ」
などと言い出すと、ぺいっと教本を放り出して、じゃっじゃっじゃー、と耳コピで超有名リフを弾き始めるアン。Deep PurpleのSmoke On The Waterだ。初めて弾く曲の王道。ストラトキャスターを選ぶところといい、いいセンスしてるわー。(注:偏見です)
アズキは飽きてしまったのか、何処かへ行ってしまった。
「ん? ここは全部アップピッキングか? もしかして6弦と5弦?」
などと呟きながら、どんどんマスターしていくアン。
2時間後にはカノンを弾きこなし、日が暮れる頃には、ムーンライトソナタ第3楽章をタッピングで弾きこなしていた。
……、どういう事? 五色龍って、どんだけ優秀なの?
アンのギター練習の様子は、スマホで録画しておいた。
「これを、ユーチューブにアップすれば! 流行の天才キッズギタリストとして大人気間違い無い!」
うまくいけば、収入源になるだろう。
問題は、余りにも成長が早いので、AIで生成した動画にしか見えない事だろうか?
「あれれー?」
スマホでローカル再生する分には問題無いのだがー。
アップロードした動画にはアンは映っていないし、超絶技巧プレイの音も聴こえない。
私がブヒブヒ言っている、気持ち悪い声しか入っていない。
そうかー、不可視属性は動画だとこういう事になんのかー。
アンのユーチューバーデビューは幻と消えた。
「まずレモンのイエローを入れてー、そこにスイカのレッドを投入ー! さらに、バスハーブのグリーンにー、ミルクのホワイトでトドメだー!」
浴槽のお湯に、入浴剤をドサドサと各種混入させていくアン。
保護者によっては、行儀が悪いと叱る場面だろうけども、私は好きにさせておく。
見てて面白いし、こういう行為から何かを学ぶかも知れない。
入浴剤はアンの収入で買っているから、経済的な何かを学ぶかも知れない。
無駄遣いは良くないなーでも、何でもいい。
しかし、お湯がヒドイ色になったな。泥水みたい。でも、これはこれで温泉みたいでいいかも。
「はぁ。お風呂のお湯だから楽しいけどなー。これがドラゴン同士だとなー。何色も混ぜるのはなー」
なんか深い事を言い始めたぞ、この0歳児。
五色龍同士には、過去に何か因縁があるのだろうか?
アン達は、先代以前の記憶も自らの遺伝子から読み出せるから、きっと不幸な過去も知っているのだろう。
「白と金とは、うまくやってんじゃん」
アンは黒ドラゴンで、アズキは白、ニャアは金だ。我が家には、五色龍が3色も揃っているのだ。そして私は、彼女達共有の使い魔である。
「まあなー、俺はここでは先輩だからなー。後輩の世話を焼くのは当然だろ?」
そんな事言っているけど、せいぜい2週間だよね?
芸人や職人の世界ならば、その差が絶対的なんだろうけども。
あんた達、数億年規模で生きるんじゃないの? 2週間の差を気にするー?
まあ、仲良くやってる様なら、それでいい。
今も、一緒に風呂に入ろうとして、アズキとニャアが浴室にやって来たし。
4人だと結構狭いのに、やたらと一緒に入りたがるんだよね。
「また、おかしなお湯にして。何が楽しいのコレ? ねるねるねるねは混ぜると色が変わるけど、黒ドラゴンを混ぜると、どんな色になるのかしらね?」
「アンはドリンクバーでも、わやブレンド作るからのー。お子様なんじゃのー」
「そうね。産まれたてのポンコツだったわね。使い魔もろくに育てられないような」
「おい! やんのかー! おー!」
「おー?」
仲良くケンカしてくれ。
災害級のモンスターだから、ちょっと不安だけど。
使い魔が、命がけで世界を破滅から守るよ!
猫のツブアンだけが、我関せずで、のんびりと湯に浮かんでいた。
ああ、今日も月がキレイだなあ。




