021. 異世界サイコロの旅
「ここが異世界、なの…?」
レンガ造りの建物に石畳、文明レベルは中世、それが異世界の定番だが。
ここはまるで、昭和の日本の街並み。1970年前後の川崎市内が、こんな感じだった。実際に訪れた事は無いけれど、当時の川崎市内は頻繁に特撮ヒーロー作品のロケ地になっていた。ウルトラセブン第8話「狙われた街」で、ヘンテコなタバコの自販機があった辺りが、まさにこんな感じ。それが、今私の目の前にある風景。
違和感があるとすれば、看板や広告の類が一切見当たらない事だろうか。この世界の民は識字率が低いのかも知れない。それと、空気が澄んでいる気がする。昼間なのに、空に星が見えそうと錯覚する程に。
サンドボックス環境で検証するつもりが、うっかり本番環境で実行してしまうという、致命的なミスこそあったが、事故が起きる事も無く異世界に転移出来たようだ。
転移魔法は、転送パケットに欠落があると、その様な事故が発生するリスクを内包している。変身ガチャ魔法として意図的に悪用出来る程だ。
でも、乳首が増えてもいないし、生きたぬいぐるみになってもいない。
変わった点としては、私の服装がセーラー服になっている事くらい。ここ最近は、梅ちゃん喫茶に出る事もあるから、メイド服を着てたんだよね。免許センターにも、メイド服で行ってたわ。
セーラー服は冬服だけど、この世界では暑くもなく寒くもない。丁度いい。
ともかく、異世界貿易の第1フェーズはクリアだ。
「まあ、来れたんだから、きっと帰れるよね」
何か見落としていそうだな、と思いつつも希望的な観測を口にする。
そんな淡い希望は、もちろんと言うべきか即座に打ち消された。
「いや。往きと違って、プロセッサの数が圧倒的に足りんけえ。難しいじゃろ」
0歳児だというのに落ち着き払ったニャアによって。
ニャア!?
異世界に送り込まれたのは、アンと私のはずだったのに。
すぐそばで私を見上げているのは、ニャアと、そして猫のツブアン。
ああ、しかし。
ニャアの言う通りだわー。
往きは、4人と1頭、さらに座敷童の支援まであった。
それが、帰りは2人と1頭で実行せねばならぬ。
ところで、五色龍や座敷童を人で数えるべきだろうか? 頭か体、あるいは柱と数えるべき? 適切な根拠がないため、本案件内においては、人を数え方として定義する。
「なんで、アンじゃなくてニャアが来ちゃったんだろう?」
「んー、ほうじゃのう? アマテラスの結界防御の効果じゃないかのう」
そう言われても、さっぱり分からない。
詳しく聞いてみると、座敷童であるアマテラスの結界防御とは、空間内の魔導粒子の流れを整える効果があるらしい。その結果、座敷童の居る屋敷に繁栄をもたらすのだとか。魔導粒子の流れとは、陰陽道や風水における、地脈みたいなものなのだろうか? いずれにしても、ファンタジーに過ぎて、私の体感的経験則では理解出来ない。
システムエンジニアも結構、縁起を担ぐけどね? サーバーラックにお札貼ったり。
ともかく、魔導粒子が整流されると、その空間内では選択の最適化が成される。
なるほど、服装がセーラー服になっているのも、その効果なのだろう。
ニャアが、怪人ミツバチ幼女の姿になっているのも? なんでだ?
若干の疑問は残るけども、そんなのはいつもの事だ。
課題は認識しておく事が重要だ。解決するかどうかはともかく。
「つまり、ニャアと私のペアで異世界に来るのが、今回は最適だって事だよね?」
「そうじゃろな。ワシも、異世界の歩き方アンコ貿易編は読んじょるけえ。役に立つんよ」
そんな書籍まであるんだ。是非、読んでみたいけど、ニャアの脳内にしか無いんだろうなあ。
ドラヤキが一緒なのは何故だろうか? 単に、ニャアがドラヤキの使い魔だから? だとすれば、アンとアズキが居ない事の説明が付かない。私は、アンとアズキの使い魔なのだから。
まあ、いいか。単に、乱数的な選択だった気もするよ。神がサイコロ振ったんだね。サイコロ旅だわ。
神が居るかどうかは知らんけど。
異世界に来た以上は、当初の目的を果たそう。
持ち込んだアンコを売って財を成すのだ。
「早速だけど、アンコを買ってくれそうな店に行こうか」
「ほうじゃのー。ワシの見立てでは、そこの店は甘味処じゃな」
そう言ってニャアは、迷い無く和風な外観のお店に向かって行く。店頭には、たぬきの信楽焼の置物まであって、まさしく昭和日本の風情だよ。
「この世界の言葉は、分かるの?」
「たぶん、ワシらのおった世界と同じじゃろう」
という事は、すっぽこ語か。だったら交渉は、ニャアに任せるしか無い。
店内に入ると、ほぼ満席状態。どうやら人気のお店らしい。
生クリームの乗ったパンケーキだとかが供されている事から、甘味処で間違いない様だ。
「すっぽこー」
店の奥に立っていた、如何にも女将デスって風情の女性に、ニャアが話しかける。
「すっぽこ?」
女将さんらしき女性も、すっぽこ語で応じてくれる。
そういえば、女将さんって、令和のコンプライアンスでは、どう言えばいいんだろうか。
清楚ヅラして腹黒そうなババアだから、グーロさん、と仮称しておこう。
「ぽこすんそらせら、せっぽこすんすん」
「ぽっこんぽっこん」
「ぽじょるちんちん、ぽこぽこ」
何言ってるかサッパリだ。
「何言ってるかサッパリね」
そう言ったのは私ではなく、異世界店主グーロさんだった。あれ!? 日本語だ。
どうやら、幼児の遊びに付き合ってくれただけらしい。ミツバチごっこしている幼児だと思われたんだろうな。
「どういう事じゃ? どうりで会話が噛み合わんと思ったわ。まあええわ。極上のブツがあるけえ、買い取って欲しいんじゃけど」
見知らぬ幼児に、いきなりそんな事言われてもね?
考えてみれば、この作戦は無茶だったな。
手順も何も整備せずに挑んでしまった。でも、実証実験だから、こんなもんでいいか。
相手にされないだろうなー、通報されるかもなー、なんて思ったのだけど。
「ん-、そうねえ…。物を見せてもらえるかしら?」
グーロさんは、私の服装をじっと見てから、そんな事を言った。
何だろうか? 妙に、慎重な対応に見える。
「えーっと、そちらは海軍のお偉いさんよね? 二本線って事は、中将さんかしら?」
中将さん!?
とんだ勘違いもあったもんだ。
セーラー服は海軍の制服だし、襟や袖に二本の線が入ってはいるけども。
中尉くらいにしといてくんないかなー。
身分詐称で、厳罰に処されるんじゃ。
まさか、死刑とか。
なんて異世界だっ!?
選択の最適化って何だったんだよー。
このプロジェクトのPMは誰だ!? 俺だよ!!
あぁ、ここ最近は、身も心も乙女になりかけてたのに、素のおっさんが出てしまった。
私達は今、おそらくは護送中。
自動車の車内に軟禁され、府中街道みたいな道を、東に向かって移動中。
ただし、容疑者や囚人の護送とは、なんかちょっと違う。
だって、豪華なリムジンのフワフワもこもこのシートに、ニャアとふたり並んでいるから。
ドラヤキは、ニャアの膝の上で、すこーっと眠っている。なんて、豪胆な猫なのかしら。
こうやって、ドラヤキが無警戒って事は、私達を捕らえた人達に害意は無いって事だろう。
なるほど、ドラヤキが一緒だと安心するね。アニマルセラピー的な効果もあるし。
死刑ではなかった。
「私は、この国の王です。貴方達は、高貴なる方々とお見受け致しますがー」
どういう経緯を経てこうなったのかと言えば。
たらい回しとしか言い様が無かったのだけど、最終的には王が目の前に居た。
雅言葉を流暢に喋る幼児、只者では無いのでは? などと勝手に勘違いされた挙句、国家のトップの元まで辿り着いた。
アンと出会って以来、こんなのばっかりだ。
事の経緯に、起承転結の中間が無い。起と結だけだ。
こういうイベントは、ドラゴンを倒すとか、魔王の軍勢を退けるとか、そういう艱難辛苦の末に発生するんじゃないの? 着いた初日に、いきなり「私は王ですー」じゃないでしょ。
「あ? ワレ如き、小さき者に語る名など無いんじゃボケ。カルピス飲んで寝ちょけ、ボケ。ボケ」
ニャアの態度がヒドイ。
ここまで、散々たらい回しだったせいで、気が立っている様だ。
しかも困った事に、確かにニャアにとっては、ニンゲンなんて小さき者だからタチが悪い。
だって、こいつ五色龍だし。最上位ドラゴンだし。幼体だからなのか、ニンゲンの幼女にしか見えないけども。
「相手は、怪人ミツバチ幼女様です。ご機嫌を損ねては、国家存亡の危機です」
王の後ろに控えた官僚らしき人が耳打ちする声が聞こえる。
怪人ミツバチ幼女って、この世界では災害級の何かなのか。
なんか知らんけど、さっさと用を済ませて帰ろう。
「我々は、行商に来ただけです。持ち込んだ品を買い取って頂ければ、すぐに帰ります」
「あ、そうですか。えー、ではー。おい、これってどこの部署の担当だ?」
官僚達が、巨大不明生物に対応する時みたいな、そんなやりとりを始めた。
結論だけ先に言えば、持ち込んだアンコは全て高値で捌けた。
官僚達とのやり取りは、余りにも退屈だったので割愛。
検疫がどうとか、市場の流動性がどうだとか、いろいろと騒いでいたよ。
この物語が、庵野監督作品ならば、その部分だけで10分以上のシーンになったかもね。
異世界貿易は、第2フェーズまでクリアだ。
次は、異世界での物品の仕入れだ。
王と謁見したのは、そこそこ豪華な応接セットのある部屋だった。
跪いてハハーみたいなのは一切無かった。そんなのあったら、ニャアが暴れたと思うし、私も耐えられなかっただろう。
ラゾーナみたいな宮殿らしき建物の中に、その部屋はあった。
「お送りします!」
と、官僚達はしつこかったけど、丁重にお断りした。異世界に送ってくれるワケじゃないでしょ?
ラゾーナ宮殿は、そのままラゾーナの如しで、ショッピングモールでもあった。
ここで仕入れる物品を探してみよう。
アンコの代金は、この世界のこの国の通貨で受け取った。
異世界ファンタジー定番の金貨ではなく、中央銀行発行の紙幣だった。
こんな紙切れ持って帰っても、お尻拭く紙にもなりゃしない。
金貨ならなー、ゴールドの含有率次第では、そのままでも良かったんだけど。
「換金性の高い物がいいよね。ゴールドとかさ」
「あー、ほうじゃね。もっとも、この世界では、ゴールドは鉄以下の価値じゃけども」
この世界には、オリハルコンやミスリルといった希少金属が存在するので、ゴールドには価値が無いんだとか。だって、重いし柔らかいから、武器にも使えないしね。装飾品としても、ヒヒイロカネなんかの方が、ずっと価値がある。
「だったら、オリハルコンとかー… あー、持って帰っても換金は無理か。大事件にはなるだろうけど」
「ほうじゃの。向こうには存在しない物質じゃけぇ」
だったら何を買って帰ろうか?
もうシウマイかビーカープリンで良くない? 隣の国の特産品らしいけどさ。
それ、横浜に行けばあるんだよなー。川崎でも買えるし。
ちなみに、この国は神聖カワサキ帝国といい、さっきのおっさんよりも更に上に、王女と皇帝が存在する。さっき官僚に教えてもらった。国王のおっさん、実は下っ端だったわ。
王女は、ひどいブスだって噂だし。ちょっと興味ある。
ルッキズムに真っ向から対抗する王室、カッコいい!
でも、不敬罪だとかに配慮すんの面倒極まりないから、いいや。
「お? これは、お宝じゃぞ」
おもちゃ屋のワゴンセールの中から、ブリキで出来た様な銃を手に取るニャア。
デザイン的には、1960年代か70年代のSF作品に出てくるレーザー銃そのもの。
五色龍とは言え、センスが完全に幼女ダナ。
私個人は、もっとリアルな銃の方が興味あるかなあ。それも要らんけど。
「うひょー、捨て値じゃ。買い占めよう。大人買いじゃー。ワシ、幼女じゃけど」
お宝って事は、昔の玩具で実はマニアには価値があるとかかな?
だとしても買い過ぎじゃない? そもそも、それってこっちの世界の話なんだろうし。
何か考えがあるのか、ニャアはワゴンの中にあった銃を4丁全て買った。
他にも、オモチャの杖とバットがあったので、それも買った。どっちも、ひとつしか無かったけど。
「このお金って、どんくらいの価値なワケよ?」
アンコの売却益は、ワゴンセールの玩具を買った程度じゃ、ちっとも減っていない。
札束が、金融機関で作業する時の手順書の山程ある。某金融機関のデータセンターって、紙の手順書とフロッピーディスクしか持ち込めなかったんだよなー。今でも、そうなのかな?
「さあ? よう分らん。それよりもじゃー、これは伝説のコボル銃じゃ」
コボル?
確かにソレは伝説級のプログラム言語だけど。
かつては主流だったのに、今ではすっかり廃れてしまった技術。
今尚残るメインフレームの更改は、コボル技術者不足が足枷になって進まないと言われている。
「コボルと一緒じゃな。昔は、ごく普通のありきたりのオモチャじゃったんよ、コレ」
「今は、違う?」
私達は、ラゾーナ内のお高そうなレストランの個室に居る。
少しくらいは、危険な会話をしても平気だ。
「こいつのレーザーは、魔導素材以外の、どんなものでも貫く」
「マジ兵器じゃん」
何故、そんな危険な代物が玩具なのか?
コボル銃が発射するレーザーは、魔導素材ならば無条件に反射もしくは吸収が可能。
魔導素材とは、オリハルコンやミスリル、アダマンタイト、ヒヒイロカネの事。
コボルレーザーをアダマンタイトの杖やバットで撃ち返す行為が、スポーツや遊びだったのだ。
かつて、この世界では魔導素材は大量に採取出来た。一般家庭でも、ミスリルの包丁やヒヒイロカネの鍋、アダマンタイトの肉叩き等が常用される程に。
しかし、魔導素材は希少化した。
だから今となっては、玩具であったはずのコボル銃が凶悪な兵器なのだ。
ただし、それも動力源である魔導粒子があればこその話。
この世界の魔導粒子は枯渇してしまっているので、ただのガラクタ。
伝説を知る人も少ないため、不良在庫の玩具にしか見えない。
だから、ワゴンセールになってたってワケよ。
こっちの世界でも、100年も経たずに、価値観や常識は書き換わってしまうのだ。
そういうのは異世界でも同じ、ヒトの世の儚さを感じるよ。
「しかも、オモチャ屋は知らんようじゃが、コボル銃の銃身は魔導素材で出来ちょる」
「あぁ、そうか。魔導素材じゃないと自壊しちゃうのか」
確かに、お宝だわ。
しかも、我々の世界では兵器としての価値がある。
だって、魔導粒子が沢山あるもんね。
コボルレーザーを撃ち放題だ。
銃刀法違反にあたるかどうかは微妙? だってオモチャだしね?
「残ったお金は、どうする? 希少金属に替えておくのが良いと思うんだけど」
「ほうじゃね。魔導素材を、買えるだけ買っちょこうか」
また異世界を訪れる事があれば、使えるかも知れない。
その時は、魔導素材の鉱床が発見されていて、価値が暴落しているかも知れないけどね。
ミスリル包丁や、ヒヒイロカネ鍋も気になるけど、加工品は異常に高価だ。
私達は、インゴットやコインで魔導素材を買い込んだ。
持って来た麻のリュックにそれを詰める。ミスリルは羽根の様に軽いけど、アダマンタイトはずっしりと重い。何故か、私にとっては軽々だけど。んん? もしかして食べたワイバーン肉が、筋力や骨格を強化しちゃってるとか? だとしたら、前世妹と桜子はマッチョになっちゃてんなー。生レバーまで食べてたもんな。あいつらの未来や如何に!?
これで、異世界貿易の第3フェーズもクリア。
後は、帰るだけ。
それが、最大難度なんだけどね。
「で、どうやって帰ろうか?」
「こんな事もあろうかと、ちゃんと準備はせちょる」
ああ、なんて頼もしい幼児なの。トゥンクと来たのは、心筋梗塞や脳の痺れでは無いのかも。
ニャアは、ヨコシマ黄色パンツの中から、大量のどんぐりを取り出した。
何処に何を仕舞っとるんじゃ。
「どんぐりは高純度の魔石と同等。こいつで、転移魔法をブーストすりゃあええ」
「へぇ?」
また、理解不能な事を言い出した。
こうなったらもう、ただ任せるより他は無い。
「ほいでー、コレ」
ニャアは、さっきワゴンセールで買ったオモチャの杖を構える。
如何にも、日曜朝の魔法少女的な、キラキラな杖。
去年放送のモデルで投げ売りだったのかな? と思ったら違った。
「アダマンタイトの杖なんよコレ」
ああ、コボルレーザーを撃ち返して遊ぶためのね。
ファンタジー世界なら、上級の魔法使いが使用する逸品じゃないの。
くるくるびしっ! と回そうとして杖を落とすニャア。
幼児だもんね。
ドラヤキを抱いてニャアを私が抱いて杖を構える、というゲッター的合体によって、私達は帰還した。
こういうのってさー、世界に7人しか居ない大魔法使いを探す旅に出るとかさー、そういう展開で、山を越え谷を越えるもんじゃないのー?
やっと7人の大魔法使いを集めて、異世界転移を頼んだら、魔王軍勢が攻めて来て大戦が始まっちゃうとかさー。
しかし、そういうのは、一切無く。
別の異世界に迷い込むとか、ニャアがドラゴン的な姿になるとか、私がおっさんに戻るとか、ドラヤキが魔王として覚醒するとか、そういう事故すら一切無かった。
これがサイコロの旅ならば、出目が良過ぎる。やらせなんじゃないの?




