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あなたの使い魔は、天使ですか悪魔ですか、それとも魔法少女ですか?  作者: へるきち
すっぽこのアン

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017. 悪魔は細部に宿る

 どんな事だって全力で挑めば、楽しめるものだ。

 

 例えば、暗く乾いた倉庫の中での出荷作業。

「おい! そこの赤いの! トロトロしてんじゃねぇ!」

 色で呼ばれて、まるでピクミン扱い。

 指示を出すオリマーは監獄の看守の如し。

 ここは現代の蟹工船。

「この箱詰めた奴出て来い!」

 指示通りに詰めたはずが、気に入らないと言って、全員の前で吊るし上げ。

「お前は、もう明日から来るな」

 呼ばれても来ませんけどぉ!?

 

 あ、これ違う。楽しい記憶じゃない。


 偉大なるアン・シャーリーは言った。

 お前がその気にさえなれば、いつだってスグそこにご機嫌な事が転がってるんだぜ。

(L・M・モンゴメリ著「赤毛のアン」より引用。訳:すっぽこのアン)

 そのセリフを聞いた時、深い闇の底に光を見た。

 アンという少女も、俺と同じ想いで暮らしていたのだと。

 うちのすっぽこ初号機に、アンと名付けたのは、アンコ好きというだけじゃない。

 アンは、eの付かないアンだ。アとンだからね。

 50過ぎのおっさんは、マシューになりかったんだよ。

 今となっては、マリラ、いや、ダイアナになりつつあるが。

 でも、こんな状況でも楽しめばいいのよ! ましゅー!

 俺は、妄想の中で、白樺の道を駆け抜けた。

「またタマヨンがトリップしてるわよ」

「親分は、難儀じゃのう?」

「そっとしていてやろう。なっ?」

 すっぽこ娘達に、病人の様な扱いを受ける俺。

 介護されるには、まだ早い。

 チュウニという立派な病だけどな。


 事の始まりは、女宇宙海賊の失踪だった。

 最近見かけないから、すっかり忘れてたけど、梅ちゃん喫茶にはスタッフが居た。

 昨今は、ウェイトレスじゃなくてホールスタッフと言うのだそうが、ソレだ。

 常連の一部には彼女のマニアックなファンが居たらしく、女宇宙海賊を失った梅ちゃん喫茶の売り上げは下降中。

「何処行っちゃったの? 宇宙の海へ旅立っちゃった?」

「知らん。分かっとるのは、ギョニソも一緒に失踪したって事や」

 最後に目撃されたギョニソの後ろ姿は、ポニーテールだったという。

 あいつの神経質な性格と容姿からいうと、ひっつめ髪と言うべきかも知れんが。

 隣に居たのが、女宇宙海賊だったらしい。

 そしてふたりは、青い髪が特徴的な小さな女の子を連れていた。

 前世妹が、通勤途中に武蔵小杉の横須賀線ホームで見かけた。

「あいつら、出来ちゃってたのかな?」

「さあなぁ。どっちもおっさんなんやけど、そういう事もあるかもな」

 ん? 女宇宙海賊は、おっさんだった?

 この世界は、多様性に満ちているなぁ。

「ギョニソの奴、自宅を高値で売り抜けたらしいで」

 あいつの家、地価が高騰してそうな場所だったもんなあ。

「帰って来ないつもりなのかな」

「そうやろな。ワイの見立てでは、精霊の加護で性別の壁も越えとるな」

「それって、女宇宙海賊も?」

「一周回って、BLが百合になっとるな」

 それを一周だと表現するのは、地動説の発見くらいにドラマチックだな。

 地球の自転に限らず、宇宙全体が左巻きなのだと、小学校の図書館にあった本で読んだな。

 うん、コレ何の関係も無かったわ。

「アオイも見ないと思ったら、あいつも家出してたのか」

 結果として、座敷童のアマテラスと、精霊のアオイのトレードになってるね。

 偶然の結果なのか、それとも誰かの意志、あるいは導きなのか、それは不明だけども。

 はっきりしているのは、オペレーション・ガベージコレクションは実行不可となったという事。

 つまり、我が家の収入の望みは断たれた。

 こんな状況だって、全力を尽くせば楽しめるのよ!

 

「ちょっと狭くない?」

「贅沢ゆうてる場合ちゃうやろ?」

 梅ちゃんの言う通りで、資金が残ってる内に手を打たないと詰む。

 娘を3人も抱えて路頭に迷うワケにはいかぬ。

 俺は、梅ちゃんの案内で、女宇宙海賊が住み込みで居た部屋の内覧をしている。

 梅ちゃん喫茶の入っているビルの屋上に6畳程の部屋があった。

 屋上へ抜ける階段の脇にある空きスペース、ペントハウスだと言えなくもない。

 小さな洗面台は付いているけど、他に水回りは無い。

「風呂トイレは、ワイと共用やな。ラッキースケベ付き物件やで」

 全方位に窓があって、風通しも日当たりも良いだろう。

 真夏の今は、蒸し焼き状態だけど。

 エアコンもあるし、シェード等で太陽光と熱を遮れば何とかなるかな?

 今借りてる部屋を解約すれば、敷金が戻って来るだろうし。

 引っ越しは、すっぽこパワーで乗り切れば、そんなに費用は掛からないだろう。

 ここに引っ越すべきだろうなあ。

 それで、どうにか生活の破綻を先送り出来る。

 しかしー、うーん、どうしたもんかー。

 一度上げた生活レベルは、下げづらいんだよね。

 悩む俺に、梅ちゃんから魅力的な提案が。

「実はな、ここ3階も丸々空いてるねん。条件次第では、そっちに住んでもええで?」

「え? でも家賃がお高いんでしょ?」

 このビルは丸ごと梅ちゃんの所有物件だ。

 2階から上は梅ちゃんの住居兼スタッフの寮になっていて、管理会社や不動産屋は一切関わっていない。

 つまり、家賃がいくらになるか、誰に貸すかは、梅ちゃん次第って事。

「いや? それどころか、毎月のお小遣いもあるで」

 おいしい話には代償が必要だ。

 梅ちゃんも今、「条件次第では」と言った。

 その条件とは、梅ちゃん喫茶でスタッフとして働く、というものだった。

 まさか、喫茶店が蟹工船みたいな過酷な現場って事は、無いでしょう。

 どんな事だって楽しめるものよ! の精神で、俺はその話に乗った。


 引っ越しは、すっぽこパワーで乗り切った。

 構造が単純な物なら、転移魔法で送り込める。

 壊れちゃ困るものは、すっぽこ怪力で運び、レンタルしたワンボックスカーで運んだ。

 20代の前半、地元から博多に越した時は、軽自動車の後部座席と荷室だけで足りたのになあ。

 あれから30年以上経過して、随分と物が増えたもんだね。

 これでも、大量にあったCDや本、PCのパーツやUPS、デジタル系のガジェット、ギターのアンプなんかを処分したんだけどね。

 一時期、メルカリとネット買取の常連になってた。

 途中から楽しくなって、必要な物まで売りそうになってたわ。

 貴重なメディアを売ってしまった事に後で気付いて、プレミア価格で買い直したりもした。

 我ながら、マヌケ過ぎ。


 ガス水道電気の手続き、金融機関に登録した住所の変更、ほとんどがオンラインで済んだ。

 iDeCoだけが、未だに紙ベースだったけど。

 世の中は、随分と便利になったもんだなあ、なんて引っ越しする度に思う。

 1970年代生まれの人生はハイブリッドだ。前半がアナログ、後半がデジタル。

 きっと脳もハイブリッドな異能を獲得しているに違い無い。

 ITの現場では、不思議な事を求められても対応しちゃってたもんなあ。

 そうやって、様々に思いを馳せつつ、我々は梅ちゃん喫茶の3階へ引っ越した。

 1週間程度の期間を費やし、引っ越しが完了した頃には、世間は夏休みの時期だった。

 楽しい夏休みとは程遠い、俺の新たな生活が始まる。


 ロックバンドEZOのボーカルMASAKIは、北米デビューに際して、プロデューサーのジーン・シモンズによって、徹底的に英語の発音を仕込まれた。

 その指導はとても厳しく、Rの発音を間違える度に、口の中に手を突っ込まれる程のスパルタだったという。

 今、俺は、いや私は、店主の梅ちゃんから、厳しい指導を受けている。

「俺、ちゃうやろ。一人称は、私にせえゆうてるやん」

「でも、俺っ子には、きっと需要があるよ」

「言われた事もやらんと、自分の意見だけを述べたらアカンやろ?」

 ぐっ、それはそう。

 14歳女児だけど、中身がおっさんなので、梅ちゃんの説く事は筋が通っていると理解出来るし、納得も出来る。

 リアル14歳の俺だったら、じゃかましいわ、と反抗していた事だろう。

 立場としては、共同経営者という事になっている。

 とはいっても、梅ちゃんは店主だし、この世界の先輩だ。

 2人だけとはいえ、指揮命令系統を乱しては、組織は成り立たぬ。

「とにかく、今日から俺は禁止! 私が嫌なら、おいどんでもええんやで!」

「のじゃー。でも、お小遣いが月5千円なのは少なくない? 中学生じゃないんだよ?」

「何ゆうてんの? 14歳女児やろ」

「そうでした」

 家賃、水道光熱費、通信費、年金と健康保険、確定拠出年金、住民税と支払うものは沢山ある。

 それらを差し引いて残るのは、月5千円。

 日に3度の食事とおやつが全て賄いだし、喫茶店のスタッフとしては破格の待遇なのである。

 少しくらい家の中で騒いでもええよー、って言ってくれてるし。

 幼児を3人も抱えた身としてはありがたい限り。あいつら大量に食うし。

 ここで捨てられたら後が無いとも言える、そんな身の上が今の私。


「フヒー! 今日も、ビールがうまい! 私は、生きている!」

 前世妹は、今夜も飲んだくれている。

 ラーメン屋は、どうするつもりなのだろうか?

 スタッフ全員収監されちゃって、レシピ担当のギョニソは失踪。

 桜子は、資金を提供しているだけで一切手は動かさず、不埒な口出しだけはする。

「探偵事務所ってのも、もう古いな。闇カジノにしない?」

「ダメだよ! そんな悪事を働いてると、うちの兄貴みたいになるよー!」

 え? どういう事? ちょっと暴力でいくつかの組織を潰しただけじゃん。

 十分、悪事デスね?

「アンコにゃーん! 数子がいじめるよー! お酌してよー!」

「おう。俺に、任せろ。お前の、腐った一日の終わりに華を添えてやるよ。1杯5千円のサービス料は、お前だけの特別サービスだぜ?」

「何ソレ!? たっか! 高いわー。でも、払っちゃう」

 うちのホールスタッフが増えた。

 桜子提供の給仕ロボ、遠隔で操作しているのはアンだ。

「せやから言うやろ? 俺っ子はアンと被るからアカン。こっちのが遥かに優秀なんやから」

 こいつの投入が予定されていたから、私は一人称を矯正中なワケよ。

 給仕ロボは猫耳タイプで、とても可愛らしいデザイン。

 よくある配膳ロボとは違って、2足歩行で店内を歩き回って、注文も取るし会話も出来る。

 この高性能な機体は、悪魔オモッチが過去に依り代に使っていたもの。

 それを、格安で譲ってもらい、ニャアによる魔改造を施した。

 不可視のすっぽこ娘達も、これならスタッフとして働ける。 

「こっちにも、お代わりお願い」

「おう、何にする? どうせ味なんて分かんないんだから、お任せでいいか?」

「おい、アンコにゃんのお任せって何だろうな?」

「気になるなら、お前も頼めよ」

「くーっ! しかし、この時価ってのがこええ!」

「男なら、負けると分かっている戦いでも、やらねばならぬ時がある」

「その通りかも知れねー! 俺も、お任せでお願いします!」

「おい、ちょっと待ってろ。俺は、ひとりしか居ないんだ」

 アンコにゃん、大人気。

 この店の客は、こじらせたのが多いなあ。

 女宇宙海賊の空けた穴を埋めて余りある看板娘がデビューした。

 明日は、アズキが給仕ロボの中に入る予定。

 俺も、いや私も負けてはいられない!


 アズキ様は、ドジっ子だった。

 ガッシャーん!

 高性能なバランサーを高度AIで制御してるクセに、派手に転んだ。

 配膳中のランチが、店の床に盛大にぶち撒かれた。

「うっ、ご、ごめんなさい…」

 しおしおと泣くアズキ様。

「ああ、アズキ様泣かないで! 同じものを頼み直すからね!」

「同じものでいいの…?」

「うっ! 分かった、この一番高いやつを頼むわ! 肉ジャガーってやつ!」

「なんてあざといんだ…、しかし、腹黒だと分かっていても、逆らえない!」

「ああ、アズキ様には逆らえない!」

 何故か様付けのアズキも大人気だ。

 一部では、魂胆を完全に見抜かれてはいるが。

 客単価が、一気に2倍以上になった。だって、転んでダメにして再注文させるから。

 ただし、毎回転ぶワケではない。ドジっ子はランダム発動だ。

 これが厄介な客には好評で、「アズキ様が転ぶと、幸運が訪れる」という伝説が出来てしまった。

 自分が頼んだ料理の配膳中に転ばれると、大変な栄誉であるとされる。

 さっきスタッフデビューしたばっかりなんだけどな?

 なんという即席の神話の誕生。

 私達は、神の誕生する瞬間に立ち会った。

 中身は、悪魔だけどね。


 新人スタッフのデビューはまだ続いた。

 怪人ミツバチ幼女だ。

「もしかして、ぬいぐるみの中に入ったら、いけるんちゃうん?」

 という梅ちゃんの発想によって、ニャアをゆるキャラのぬいぐるみに入れてみたところ。

 ぬいぐるみに入って活動した場合は、すっぽこ娘が客達からも認識される事が分かったのだ。

 この場合のぬいぐるみとは、着ぐるみとも言われるやつだよ。

 特撮業界では、ぬいぐるみと呼ぶそうなので、それに準じた。

 チュウニは、そういう事に拘るからね!

 ぬいぐるみも、悪魔の依り代として使われていたものを譲り受けて魔改造した。

 でも、こいつは不人気だった。

「ヒト型に近いぬいぐるみは、不気味やもんなあ」

 そういう事だと思う。

 それに、中身がどれだけ喋っても、声は認識されないんだよね。

 無口なぬいぐるみがモゾモゾ動く様は、ちょっとしたホラーだ。

 ゆるキャラスタッフは、夢はあるけど希望が無いかな。


 私も、そこそこ人気だった。

 うん、そこそこね。

 

「ぐっはぁ。やっぱ、風呂はいいねえ」

 店の2階に、梅ちゃんと共用のお風呂がある。

 バスタブは、手足を伸ばせるくらいに広い。気持ちいい。

 こうして、風呂に入っていると、立ち仕事で疲れた体が癒される。

 なお、梅ちゃんとのラッキースケベイベントは、初日に発生したけども。

 裸を見られたのが私の方だったので、フーンって感じでしかなかった。

 

 梅ちゃんが住んでいるのも2階。

 20畳近いワンルームの隅っこの方で、ちんまりと暮らしている。

 曰く、何でも手の届く範囲にあるのが快適なんだそうだ。

 空いたスペースには、何だか良く分かんない物が並んでいる。

 悪魔の依り代も、ここに置いてあった。

 私達の部屋は、3階。

 今まで借りていたマンションと、部屋数も広さも余り変わらない。

 テレビとソファのあるリビング、寝室、仕事専用の部屋、書斎みたいな部屋。

 寝室は全員一緒に寝られる様にはしてあるけど、相変わらず押し入れの上段で寝たりと、すっぽこ達は自由だ。

 仕事専用の部屋では、アンが趣味でプログラム書いたり、ニャアがロボやなんかを魔改造したり。

 アンドロイドフォンも桜子から貰い受けたので、いずれ魔改造される事だろう。

 書斎みたいな部屋には、本以外にも趣味で集めているギターなんかが並んでいる。

 紙の本の蔵書は少ないので、本棚は一個だけ。書斎というよりも物置かな。

 

 この建物は、60年近く前にジャズ喫茶として建てられたそうだ。

 古い建物だけど、昔はコンクリートを職人が手で混ぜていたお陰で品質が高く、むしろ耐震性能は高いらしい。メンテナンスをしっかりすれば、後50年くらいはもつらしい。

 ジャズ喫茶だった1階の店舗部分は防音がしっかりしているし、2階以上もそれなりに防音仕様。お陰で、少々騒いでも、梅ちゃんに迷惑をかける事が無い。喫茶店の営業時間外なら、店舗で楽器の練習も出来る。

 欠点も当然あるけども、ニート同然の14歳女児と幼児達には過ぎた環境である。

 ここから追い出されない様にしないと! 

 

 ガラッと、風呂の扉が開いて、おもちゃを抱えたアンが入って来た。

 こいつと一緒に風呂に入るのも、もう慣れた。

 銭湯の女湯は、未だに人の少ない時間帯じゃないと入れないけど。

 アンと湯舟に浸かりながら、浴室の窓を小さく開ける。

 夜空に丸い月が見える。

「月がとってもキレイだね」

 アンに初めて言った言葉を、もう一度言う。

「あぁ、まるでメロンパンだな」

 あの時と違って、アンの返事は意味の理解出来る言葉だ。

 もうちょっとロマンティックな返答は無いものかとは思うけど。

 あそこから、随分と遠いところに来たものだ。

 まるで月の裏側まで来てしまった様な、そんな気持ちになる。

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