014. 陽はまた沈む
人生というものは、ギャップとの戦いの連続だ。
いつだって、何かがズレている。
理想と現実、妄想と真実、必要な生活費と銀行の残高。
職業だってそうだ。なりたい職業に就ける人なんて空想上の生物なのでは?
子供の頃に目標にしてた職業って何だっけ? ライダー1号だったかな。
ああ、そうか。ひとつ夢を実現させていたよ。スケ番女神という正義の戦士にはなれたよ。
しかし、その事実が、新たなギャップとなり、俺を苦しめる。
セーラー服を着た14歳女児なのに、中身は50過ぎのおっさんなのだ。
そして、スケ番女神は公式の職業ではない。
正義の戦士は、ハローワークに行かねばならぬ。
やはり、人生にはギャップだらけだ。
発行されたばかりの離職票を握りしめ、フライパンの上に向かう卵の気分で外に出る。
俺が求めているのは、こんな物理的なハードボイルドじゃないんだが。
太陽の熱が、アスファルトすら溶かす勢いだ。
おぅ、この中をハローワークまで行くのかよ…。
車で行っても、近くに駐車場が無いんだよなぁ。
失業認定もオンラインでよくない?
離職票の発行はオンラインで出来たのになあ。
不正受給対策だろうか? 失業保険の手続きはハローワークでの対面のみだ。
ぽってぽて、フラフラと、最寄り駅に向かって歩く。
「個人事業主の開業届け出したのに、失業保険貰えるんじゃろか?」
ニャアが、フイに重大な真実を一撃で貫く。
そういう事は、早く気付いてくれよ!
使い魔の俺の面倒をちゃんと見て!
衝動的にニャアに八つ当たりしそうになって、ぐっと飲みこむ。
なんとマヌケなんだろう。
届け出を出しただけでなく、既に受注実績があった。つまり、俺は失業者ではない!
ああ! 何て事だろう! こんな悲劇があろうものか!
失業認定後ならば、再就職手当が200万円近く支給されたというのに!
「おいおい、しっかりしてくれよ、マイブラザー。ここはお前が居るべき場所じゃないぜ?」
アンよ。ならば、何処へ行くべきと言うのだ?
その答えを提示したのはアズキだった。
「お風呂よ、こんな日はお風呂に行くのよ」
白ピクミンと同じで、体力の低い白ドラゴンのアズキ。白い肌が真っ赤だ。
さっきからの俺の脳内も、おかしな事ばっかり言ってる。
まずいぞ。このままじゃあ、タマヨンのタマヨンがハードボイルドになっちまう!
俺は、カーシェアを召喚すると、スッポコーズとスーパー銭湯へと向かった。
猛暑でもうしょうがないくらい消耗した後に浸かる温泉。
ギャップの大きさに比例して、成功報酬も大きくなるのが、ニンゲンの脳の仕組みだ。
アドレナリンやベータエンドルフィンが、じわじわ染み出す。
あー、18の時に工場で働いてた時の事を、ぼんやりと思い出す。
仕事上がりの風呂だけが、唯一の娯楽だったなあ。
あれから四半世紀以上の時を経て、まさか自分がこんな有様になっているとは。
「お前はもう、乙女として生きるべきだと思うぜ?」
サウナの雛壇に並んで、アンに諭されている。
いつまでも、おっさんのつもりで居るな、と。
戻る方法は無いワケじゃないんだけど。
悪魔に魂を売るとか、精霊に生き胆を抜かれるとか、代償が大き過ぎでしょ。
「無駄な抵抗をしちょるけえ、地の文までオカシイのじゃ」
「そうね。表記の揺らぎがヒドイわね」
おい!? なんで、それを!?
俺は、ここ最近の体験をベースに、なろうに小説を放流している。
その事は、まだ誰にも話していないのに。
読まれちゃってる!?
設計書のレビューみたいな指摘を受けてしまった。
自覚は、あるんだ。
おっさんのメンタルを保とうとするあまり、言動がちぐはぐになっている。
口調も、無駄に乱暴になったりする。
おっさんだった時の方が、むしろ穏やかな口調だったかも知れない。
「おっさんと乙女、どっちに寄せるべきかと言えば、容器の方じゃろ?」
「そうね。見た目に寄せた方が、周りが混乱しない」
「そうかも、知れんな…、知れないわね」
設計ミスを認めなければ、障害が根本解決しないように。
俺は、チュウニ女児という現実を受け入れねば、前に進めないのかも知れない。
風呂から上がって、脱衣所でもそもそ着替える。
ひとり分のロッカーに、4人分の着替えが入ってるから、ちょっと大変。
スッポコーズが、自分で着替え出来るから、まだいいけど。
それは俺のパンツだー、とかやかましい。
「あー、夏服に替えたいなー」
精霊に召喚された時に着ていたセーラー服は冬服仕様だ。
真夏に着るには暑い。真っ白だから、若干マシだけど。
でもなー、セーラー服ってどこで買えばいいんだろう?
仮装用のペラいのなら簡単に買えるけど、エッチなビデオみたいで嫌だし。
ネットで検索したら、倫理に反してそうなのが中古が出て来て心折れた。
オーダーメイドで作るかな? 高そうだなー。
「俺はおっさんだー、って言いながら、なんでセーラー服着てんの?」
アズキに、そう指摘され、俺は愕然とする。
そうだよ、まったくもって、その通り。
異論も反論も、差し挟む余地が無い!
「なっ? お前は、もう身も心も乙女なんだよ」
その場にガックリ跪いた俺の肩を、アンがポンっと叩いた。
人生に襲い掛かるギャップを埋めるには、過酷な現実を受け入れるしか無い時もある。
いや、果たしてそうだろうか?
まだまだ、俺の戦いは終わらんよ。
「今、必要なのは甘いものだ。致死量越えてそうな生クリームを食べよう」
糖分を摂取して、脳を活性化しよう。
自分をとことん甘やかして、精神の安寧を得よう。
梅ちゃん喫茶に行くかな。
まるごとバナナに着想を得た、まるごとスイカとか言う、危険なデザートを開発したとか言ってたし。
「甘いもの食べたがるのも、乙女じゃろ?」
いや。おっさんも甘いもの好きだよ。
「おうおう! ここは俺らの拠点だって言ってんだろ! 責任者出せコラー!」
「え、何なのこの子供達。どんなモンスターに育成されたのー?」
梅ちゃん喫茶に行くと、隣の店の前で、頭も性根も悪そうなガキ共がオラオラしていた。
前世妹が、困り果てている。
ん-、こいつら何処かで会った様な…?
「あ! 姐御だ!」
「うっす! セーラー服戦士さん、うーっす!」
「バカ違うだろ、姐御はスケ番デビルだ」
「姐御、助けて下さいよー」
なんで、俺がこんな連中の姐御なんだか。
「こいつら、アレじゃねえか? アレ。知らんけど」
アンが何かを思い出した様だけど、関西人みたいな事言っててサッパリ分からん。
小学生くらいの男児が3人。
顔には、特徴的な傷や痣、入れ墨らしき模様やら。
とにかく、絵に描いた様な悪人ヅラ。
こんなの、知り合いに居たー?
あ、あー、アレかー! 全グレ共だ。
すっぽこ魔法で、小学生男児に超進化したんだった。
まるでリアルポケモンの如く。
またボールに戻せないのかな。木彫りの熊の形した。
「転移魔法で、飛ばしちゃえば?」
何を刷り込まれてしまったのか、俺の事を姐御とか言っててコワくてキモイし。
ご希望通り中東にでも飛ばしちゃえばいいよ。
「お! その手がありました! さすが兄者!」
見た目で言えば、お前の妹だけどね? これ前も言ったかな。
姐御なんだか、兄者なんだか、ここにも深刻なギャップが存在する。
「すっぽこぽんの、すっぴょろぴー! ぽんぽこちーん!」
前世妹は、転移魔法らしき詠唱を唱えた。
ぐわんっと、魔法陣らしき光のエフェクトがガキ共を包む。
なんか、やばそうな赤黒い色してんなー。
「あ、今のコマンドちょっと間違ってる」
アズキが、不穏な指摘をしたけど、もう遅い。
どうせコマンドが合ってても、転移魔法は成功しないんだけど。
発動した転移魔法は止まらない。
CTRL+Cとかで、キャンセル出来ないの?
「な、なんじゃこりゃあああ!」
殉職寸前の刑事みたいな事を言ってる。うるさいなー。
しかし、これは仕方無いかな。
だって、魔法陣エフェクトが消えた後、そこに居たのは全裸の女共。
年の頃はー、10代では無いな、20代後半? 30は過ぎて無さそう。
27歳くらいかなー? 永遠のロックンローラーの誕生だ。
転移魔法って、変身ガチャ魔法として使った方がいいよね。
「俺ら、普通の女の子に、なってしもうたー!」
キャンディーズみたいな事言ってる。随分と極悪なキャンディーズだな。
「あー、こらこら、君達そんな恰好で何してるの?」
おっと、二人組の警察官がやって来たぞ。
前世妹が、通報しちゃってたのかな?
「あーん? それは任意デスかー?」
「俺ら、何もしてねっすけどー!」
いやいや、絶賛実行中でしょ。公然わいせつ罪っていう犯罪を。
「身分証見せて」
「巡査部長、こいつら全裸だから携帯していないのでは?」
そりゃそうだわ。公務執行妨害も付きそうだし、持って行かれちゃうな。
それはそれで構わないんだけど、どうせスグに出て来ちゃうだろうしなあ。
余罪はいくらでもあるんだろうけど、素直に供述しないだろうし。
指紋だとかの証拠があったとしても、もう無効だろうし。
だって、こんなのになってるし。
うん。敢えて助けておくか。カメよりはマシな恩返しをさせられるだろう。
「あー、ちょっとイベントの準備しててー」
こんなのは、ごく普通の日常ですけど、何か?
そんな雰囲気で、警察官に話しかける。これは、認識齟齬の魔法だ。
チュウニ女児とは言え、無駄にツラが良いから説得力が増す。そう信じてやるのが肝要だ。
これが、強面のおっさんだったら、「お前が、首謀者か?」とか言われかねないけど。
でも、職務質問受けた事無いんだよね。
俺って、元からこの魔法の使い手だったのかも。
「ほらほら、あんた達も店の中に戻って」
警察官が、こっちに気を取られてる内に、全グレ共を店の中に片付ける。
「イベントって何ですか?」
「ラーメン屋をオープンする予定なんです」
「へえ、そうなんですね。ラーメン好きの同僚にも教えてやりますよ」
「念のために、身分証を拝見しても?」
「あ、どぞー」
素直に運転免許証を警察官達に見せる。
強面のおっさんが実に悪そうなツラをした顔写真が載っている。
マイナンバーカードの方がマシだったかな?
アレは、自撮りしたのをオンライン申請したから、奇跡の一枚的なのが載っている。
「あ、はい。結構です」
ちっとも結構じゃない筈なんだけど。
今のこの姿と、1ビットも一致していない。顔写真だけでなく、年齢も。
これが、魔法の力。いや、信じる者の力だ。
時として、ギャップは埋める事が出来るのだ。
「では、くれぐれも事故を起こさぬ様に気を付けて、ご近所にも配慮願います」
そう言って、警察官達は去って行った。
「兄者? あんなの助けてどうするのー?」
「ラーメン屋は気合と根性だって言ったろ? あいつらをスタッフとして、使い潰してやれ」
元全グレでも、気合と根性くらいならあるだろ。
使えないなら、ホルムズ海峡にでも沈めちゃえばいいよ。
「兄者は、悪魔なのかな?」
悪魔じゃないよ。五色龍の使い魔だよ。
新規スタッフ達には、ワークマンで買って来た作業着を着せてやった。
早速、前世妹の指揮のもと、ラーメン屋の内装工事に取り掛かっている。
どうやらDIYで、どうにかするつもりらしい。
俺達は、当初の予定通りに梅ちゃん喫茶へ。
「貴様は、ラーメン屋は気合と根性だと言ったそうだな? しかし、俺に言わせればラーメン屋は、小手先だ」
梅ちゃん喫茶で出されたのは、まるごとスイカではなく、ラーメンだった。
そうだったー、この店って常連には注文する権利が無いんだったわー。
ラーメンを作ったのは、ギョニソだ。
こいつも順調に巻き込まれている様で、大変結構な事だ。
しかし、ひねくれた事言ってんな。
ひねくれているのは俺も同じだから、批判はしない。
ラーメン屋は気合と根性だとか、小手先だとか、どっちもヒドイ事言ってるよ。
「こ、これは!? なんちゅうもんを食わせてくれたんや!?」
「う、うーまーいーぞー!」
「しゃっきりぽんぽん」
すっぽこ娘達は、気に入った様だ。
目からビームとか出して喜んでるし。ソレ、魔法なの? 俺も使いたい。
「おお、これは? 確かにウマいな」
どれだけ時間をかけて作ったスープなんだろうか。
ラーメン屋を紹介する動画を見る度に、「ガス代どんだけすんだろうか」って思う。
使う材料も、お高い昆布とかどっさりだし。
ラーメンのスープって飲み干すワケでもないのにさー、なんて思っちゃうよ。
「でも、かなり原価が嵩んじゃうような?」
「いや。ラーメン屋は、小手先だと言ったろう?」
そう言って、ギョニソはライフルでも入ってそうなアタッシュケースを、ガシャンと開けた。
中から出したのは、いろんな粉末や液体の入った袋や瓶。
「合法なシロモノなんやろなー? うちでヤバイもん出すのは困るでー」
梅ちゃんが、もっともな心配をしているけど、昭和の刑事ドラマでペロってするアレじゃなさそう。
「科学かつ化学。サイエンスとケミストリーだ。味覚は、数値で支配出来る」
「麺はどないすんの?」
「製麵所にオーダーするだけだ」
「小手先ゆうのは、そういう事かー。案外、悪ないんちゃう?」
梅ちゃんが感心しているけど、俺も同意だ。
小手先って言ってるけど、これは立派な技術だよ。
食品メーカーは、人気ラーメン店の味を商品化する際に、こんな感じで味を再現するのだとか聞いた事がある。
これなら、前世妹は、ラーメン王になれちゃうかも?
王は無理でも、そこそこやっていけるのかもね。
「うーっす!」「しゃーっすっ!」「うぇーい!」
うるさいなー。
日が暮れて今日の作業を切り上げた極悪キャンディーズが、梅ちゃん喫茶にやって来た。
「しゃっす! 姐御さっきは、どうもっす。俺ら、マイナンバーカード紛失してたんで、職質はヤバかったっす!」
こいつら、マイナンバーカードなんて持ってたんだ。
「再発行しなよ」
「でも、俺ら、年齢はだいたいそのままっすけど、見た目がー」
「そんなもん、性転換したとか、整形手術受けたとか、改造人間にされたとか、適当に言っときなよ」
高須クリニックでも、無理な改造だと思うけど。
最悪、コロネの権力を借りておけばいいんじゃないだろーか?
あいつも、店子のために協力してくれるでしょ。
弁護士連れて行くとかすれば、役所なんて何とでもなるんじゃないの? 知らんけど。
「さあさあ、お前ら餌の時間だよ! 沢山食べて、明日からも沢山働けー!」
「うっす!」「しゃっす!」「姐御の姉さんなら、俺らの姐御っす!」「妹じゃなかった?」
前世妹は、すっかり極悪キャンディーズを飼い慣らしてしまったらしい。
ラーメン王への道のりは、順調だね。
そういえば、すっすーうるさいコイツらの名前を聞いていないな。
「お前ら、なんて名前なの?」
「もう過去は捨てたっす! 姐御に付けてもらうっす!」
はあ? 何でだよ。それ妙な契約が成立する前振りじゃん。
でも、ネームドモンスターになるかも知れないから、付けちゃう?
「数子が、命名してやればいいよ」
「うぇっ!? か、考えとくっ!」
何らかの危険を察知したらしい。ぬいぐるみになっちゃった過去があるからなぁ。
「ラン、スー、ミキとかで、ええんちゃうん。極悪キャンディーズや」
梅ちゃん、俺の脳内読んでない? え? 口に出してた?
「待て。ソレは、親衛隊に命を狙われかねん。ベック、ペイジ、クラプトンだろ」
「親衛隊なんて、もう生きてへんやろ」
「スケ番デビルの舎弟なんだから、ユカ、ユマ、ユイじゃねーか?」
「運命の三女神からとったらどうじゃ? ノルン、ノラン、ノリナヨ」
それ、なんの神話なの? 知らないんだけど。
「システムエンジニアの舎弟という視点もあるよ。パイソン、ジャバ、C++」
3人組のネーミング大喜利が始まってしまった。C++って人名なの?
「3姉妹と言えば、定番のアレもあるわね! コダマ、ヒカリ、N700」
N700て。もう完全に大喜利。座布団欲しさに参戦したくなってしまう。
しかし、関西人不在なためか、誰も突っ込まないな。
ツッコミ役求む! いややっぱいい。人材募集すると、ファンタジーどうぶつが増えそう。
「ところで、何してんのこれ?」
ノリで参戦したものの、今来たばかりの桜子は、状況を把握していない様だ。
「久しぶりやな、桜子はん。あんた、当事者やで。ラーメン屋の新スタッフの命名式なんやから」
「ああ、そんな話もあったっけ? ラーメン屋よりも、探偵事務所もいいかなーって思ってんだけど」
きっと探偵物の映画を観たか、小説を読んだかしたんだろうね。
すぐ影響受けちゃうのは、リアルチュウニの俺には良く分かる。
チュウニは何故か、探偵という職業が大好きだし。
桜餅も交えて、歓談しながら食事をする事しばし。
ドクターイエロー引退しちゃったねとか、ベックとペイジはどっちが偉大か? クラプトンは、よう分からん、やっぱリッチーじゃない? とか。
案外、話題が豊富な、ファンタジーどうぶつ同好会。やや老害クサいけど。
「ところで、オモッチ主任は、どうしちゃったの? 随分と大人しいけど」
いつもと違って、悪魔の宿ったロボが静かだ。
テーブルの上で、じっとしている。電池切れちゃった?
「ああ、衣替えの季節だからね。新しい依り代を探してるみたい。今コレは、単なるアンドロイドフォンだよ」
衣替え。悪魔の仮初の体にも、そんなのあるんだ。
「そういえば、今日は座敷童も、精霊も見てへんな?」
確かに? メンツが少ないなと思ったら、見てないね。
「魔法幼女達も、見かけない様だが」
え? 魔法幼女達なら、さっきからそこでご飯食べてるじゃん?
もしかして、ギョニソには見えてない? 見えなくなっちゃった?
何かしら不穏な事態が進行中の気配がするね。




