◆7 聖女見習いと皇女様の鍛錬
神暦八三二年五月五日、オリガ十八歳、フィーニス十六歳、ナタリアス十五歳ーーこの三人で初めてお茶会が開かれて以降、私、フィーニスの私生活がようやく充実し始めた。
オリガと第三皇女ナタリアスらとお茶会を開くことは日常茶飯事となって、私は彼女たちと懇意になった。
一緒に魔法訓練をしたり、郊外までピクニックに行ったりする仲になったのだ。
お忍びで帝都の街中でショッピングを楽しんだり、喫茶店に出向いたりもした。
実家扱いになっているワルトチェル伯爵家の領地にまで旅行して酒場で痛飲したこともあった。
その際は、料理人ゼッペの許から逃げ出した奥さんの給仕を受けた。(もちろんゼッペにはいまだに奥さんの居所を報せていない。おかげで、奥さんは良い仲になった男性ができたようだ)
でも、まだ問題があった。
私は一応、予言力がある「聖女」と認定されはしたが、聖魔法が使える正式な聖女ではなかったし、正式な身分は、あくまで聖女候補オリガ・ゴルトムント嬢の付人であるに過ぎない。
ワルトチェル伯爵家の養女という体裁ではあったが、私が農村出身の平民娘であることは周知されていたからだ。
おかげで、聖職者を動員するような権限は、一切、持ち合わせてはいない。
あとわずか三年経つだけで、悪神の顕現が始まってしまうというのに。
しかも、オリガやナタリアス皇女と仲良く付き合っているとはいっても、私、フィーニスだけが戦力的には無力だった。
一般の魔法すら、まったく使えない。
聖魔法については、もってのほかだ。
その一方で、オリガは聖魔力を豊かに体内に宿しているし、第三皇女ナタリアスも強大な魔力保持者だった。
我がネビール帝国では、高位貴族ほど魔力が豊富だとされている。
オリガやナタリアスらと一緒に、何度か訓練を兼ねて森の中へと入り込んで魔物討伐なども行ったが(もちろん、近衛騎士団の護衛付き)、私個人は小型の兎にすら打ち勝つことができなかった。
大聖女イニティウムだった頃の、聖魔法を放つときに感じられた独特の感触が、このフィーニスの身体では、一切、感じられなかった。
だから、私は仕方なく、自分の身体に期待をするのをやめた。
それよりも指導に打ち込むことにした。
オリガとナタリアス皇女に、聖魔法の効果的な使い方、呪文の詠唱方法などを指導し、魔物相手に戦う術を、三年間のうちに、徹底的に叩き込むことにしたのだ。
ちなみに、一般的な魔法と聖魔法の違いは、魔力の供給源に違いがある。
一般魔法は自身の生命力からエネルギーを得ているのに対して、聖魔法は基本的には聖霊や神から力をいただいて発動する。(ちなみに、オリガのように体内に豊かな聖魔力を宿す人物であっても、聖魔法を行使するときは聖霊か神といった外部の存在から聖魔力をいただかなくてはならない)
その結果、同じ魔法とは言っても、系統を異にし、効力についても大きな違いがあった。
魔法は火魔法、水魔法、土魔法、風魔法の四系統に大別される。
聖魔法は浄化魔法、治癒魔法、使役魔法の三系統に分かれていた。
ナタリアス皇女は風、水、土の魔法、オリガは治癒、浄化、使役の魔法、それぞれ三系統に適性があった。
ナタリアス皇女は誘拐されたとき、睡眠薬で眠らされて地下牢に閉じ込められたため、風も水も手にできず魔法が使えなかった。
そのことでもわかるように、一般魔法は物理的な触媒がないと使えないという特性があった。
火魔法を使う者は火を点けなければならないし、水魔法を使う者は水辺や雨が降る中でしか使えない。
風魔法を使うには換気の良さが必要だ。
だから一般の魔法使いは、いつでも自分の属性に合わせて魔法が使えるように、火を点ける道具や、大気中の水蒸気を凝縮させる魔道具、風を起こすために扇子を、それぞれ持ち歩いている。(土魔法系統の者は、地面に足を付けている限り、いつでも魔法を行使できるから、他系統の魔法使いから羨ましがられている)
その点、聖魔法は、そうした物質的な触媒を必要とはしない。
だが、代わりに聖霊や神々の介入が必須であった。
聖魔法の使い手(主に修道士や修道女、そして聖女や聖人といった聖職者)は、聖霊を呼び込む魔石を仕込んだ杖や、癒しの力を込めた聖遺物、あるいは動物や魔物にだけ聴こえる笛を所持して、いつでも得意な聖魔法を使えるよう準備している。
こうした一般魔法と聖魔法の特性と違いを伝えつつ、私はオリガとナタリアス皇女に、みっちりと魔法の効果的な使い方を叩き込んだ。
訓練を始めた当時の皇女ナタリアスは十五歳、成人式をあげたばかりだった。
だが、前世のように、皇位継承争いに巻き込まれて無駄死にすることなく生き残ったことは幸いだった。
皇族や高位貴族の者は、生来、魔力が豊富なのだ。
悪神相手の戦いにおいて、重要な戦力になることは間違いなかった。
ナタリアス皇女は風、水、土魔法に適性がある。
その中でも特に風魔法を上手に使いこなす。
とはいえ、風魔法の使い手に共通する問題があった。
普通、風魔法を強力にするために使われる道具は、扇子や扇ばかり。
ところが、いざ実戦において風魔法を使おうにも、片手で扇子を煽ぐのが手間で、時間を取られてしまい、魔法使用に間に合わないという間抜けな事態が相次いでいた。
その弱点を克服しなければならない。
だから、携帯用扇風機の製作をオリガにお願いした。
魔力で羽根を回転させて安定した風を起こすことができれば、風魔法の行使にも便利に違いない。
そしてオリガが使える聖魔法の系統は、治癒と浄化、そして使役魔法であった。
前世では浄化魔法に期待をかけ過ぎて、十分な能力発揮に至らなかった。
治癒魔法を少し使える程度であったが、その能力もたいしたものではなかった。
重傷者を癒すほどの力も、欠損した手足などを新たに生やすなどの奇蹟も起こせなかった。
だから今世では使役魔法の上達に徹底したほうが良さそうだ。
あと彼女たちに必要なことは、体力増強だ。
一般魔法を使う魔法使いは体内の生命力を媒介にするから、身体を鍛えたり、瞑想をするなどして、自分を鍛えることは必須である。
同じように、聖魔法を駆使する聖職者も鍛錬が必要だ。
聖魔力を増幅させるには、ひたすら目に見えない存在を感知できるよう五感を鍛えて、あとは聖霊や神に向かって祈り続けるしかないからだ。
結局、これも体力勝負になってしまう。
ヘトヘトになったナタリアス皇女と、オリガは訓練の厳しさに音をあげて、私に向かって不満をぶつける。
「もう、フィーニスだけズルい!」
「どうして、こんなにシゴくのよぉ!」
彼女たちの不満に対して、私は真っ向から反撃する。
「仕方ないじゃない。
私には魔力がないんだし。
でも、貴女たちには魔力がたっぷりあるんだから、出来るだけ早く使えるようにしないと、自分の身すら守れない状況になるのよ」と。
すると、決まって彼女ら、二人の弟子は揃って、
「そんなこと、起きないわよ」
「今は至って平和じゃない?
戦争もないんだし」
と口答えする。
でも、私には、そんな泣き言は馬耳東風。
聞く耳を持たなかった。
「もうじき危機が訪れるのよ。
神託を受けたんだから!
貴女たちにも、いずれわかるわ」
そして、訓練を始めてから三年ーー。
神暦八三五年になっても、まだまだ二人とも立派な魔法使い、覚醒した聖女とは言えなかった。
ナタリアス皇女は普通の魔法使い並みには使えるようになったが、潜在力はこんな程度ではない。
あと三倍は魔法の威力を増すことができるはず。
オリガに至っては、全然だ。
聖女見習いとは言えるが、いまだ独立した「聖女」とは言えない。
なにか心に蓋がされているようで、体内に宿した聖魔力が十全と解放されていないのだ。
だが、地獄の蓋があくまで、あとわずかな月日だというのに、心底、焦っているのは私、フィーニスだけだった。
それも仕方ない。
未来を知っている、体感してきた者は、私だけなのだから。
こうして日常生活を楽しみつつも、主に二人の女性相手に訓練を施し続けているうちに、月日が過ぎ、第一の悪神襲来がある日を迎えてしまったのであった。
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