◆6 歴史的な転換点ーーそれはお茶会から始まった
帝都中央修道院のテラスで開かれたお茶会にてーー。
ナタリアス皇女は自ら席を立ち、私、フィーニスに席に着くよう促した。
「とにかく、フィーニス様。
貴女様も席に着いてくださらない?
生命の恩人に給仕させるほど、私は図々しくないんですの。
特に、この場のように、私たち三人だけの時は、対等な態度でお願いしますわ」
私はエスコートを受け、ナタリアス皇女の隣に座る。
皇女殿下の趣味は料理だそうで、アップルパイもじつに美味しかった。
皆の口も軽くなり、帝都で流行しているファッションとか、貴族家の若いカップルのゴシップなどを口にし合いながら、楽しい刻を過ごした。
そうして話のネタが尽き始めた頃、ナタリアス皇女はようやく真面目な顔付きとなって、手にした扇子を閉じた。
「フィーニス様は私の生命の恩人ですわ。
ほんとうなら私は殺されていたんですもの。
私は何があろうとも、貴女の求めに応じます」
黙って微笑む私、フィーニスの前で、ナタリアスは頭を上げると、首を旋回させてオリガを睨み付ける。
「どうして、教えてくれなかったのよ!?
私の生命の恩人が、お姉様の付人だって!
いくら世間知らずのお姉様でも、私が誘拐された際、彼女の予言によって助かったってことぐらい、ご存知ですよね!?」
「いやあ、お茶会に誘った折にでも、ビックリさせようと思って。
この反応は、上手くいったってことかな?」
「そもそも、どーしてこのお方が、オリガお姉様の付人になったのです?」
「この娘が初めて修道院に入ってきたとき、まだ八歳の女の子で、ちっちゃくて可愛くてさ。
私、一目見て、この娘を気に入ったのよ」
あはは、と笑うオリガを見て、ナタリアスは渋面を作る。
(ズボラなお姉様のこと。
何から何まで面倒を見てもらおうとしたのね……)
皇女の予測はまさに正鵠を射ていたのだが、オリガは往時を想い出しつつ、頬に手を当てる。
「私は無駄話が多い方けど、この娘はスッキリしてるのよ。
この娘と会話してると、何だか私まで頭の中に爽やかな風がそよぐみたいなの。
不思議よね、この娘。
まったく魔力がないっていうのに、聖魔法を使ったときみたいに癒しになるのよ。
それなのに、ここのお偉方は何にもわかっちゃいなかったのよ。
当初はワルトチェル伯爵家からの推薦だというのに、平民の女の子だからって、下女扱いにして、助修士の下でこき使おうとしたの。
だから、私が拾ってあげたってわけ。
つまり、貴女の生命の恩人の、そのまた恩人なのが私ってわけ。
わかる?
私が付人にしなかったら、彼女はほんとに危ないとこだったんだから。
うっかり奴隷にされかねない勢いすらあったのよ」
修道院では大勢の聖職者が修行し、働き、生活している。
聖職者は法的に独立し、通常の裁判では裁けない特権階級に属する。
それもあって、修道院は俗界との関わりを断つと言いながら、世俗と同じく、内部では厳しい階級社会を形成していた。
修道院長を頂点に、副院長や財務、宝物庫の管理などを任された二十名近くの役職付きの修道士が権力の中枢を握り、あとは大勢の修道士(女子修道院では修道女)が共同生活を行っている。
だが、修道院の中で生活しているのは、そうした修道女たちのような聖職者だけではない。
労働や畑作を担う助修士、財産を寄付することによって院内で生活することになった献身者といった非聖職者も生活していた。
そして、俗界と同じく、生活するからには細々とした雑用をこなしてくれる職人や下男下女、さらには奴隷までが存在していた。
だからフィーニスも魔力なしと判定された直後は、やっぱり単なる平民だとして、下女として下働きをさせられるところだった。
そうした事情を聞かされたナタリアス皇女は憤慨し、閉じた扇子を強く握り締めた。
「帝都中央修道院におられる聖職者の方々までが、そこまで目利きができないとは!
ドゥッカ教の教えは『人類平等、人材を愛せよ』でしょ!?
善神アフラ様は分け隔てなく、人類すべてを慈しんでくださるというのに!
これほどの人を、なんともったいない使い方を!」
「そーなの。
だから私が引き取ったの。
見た目も可愛いし、工作のお手伝いもしてくれるし。
フィーニス師匠は、上手な枝の切り方や、効率的な石の削り方、果ては魔法の訓練の仕方まで、何でも教えてくれるの。
槍の投げ方もね。
凄いでしょ!?」
ナタリアスは首をかしげ、直接、フィーニスに問いかける。
「それにしても不思議ですわ。
どうして、ご自身に魔力がないというのに、魔法の使い方をご存知ですの?」と。
「神託があったので……」
とフィーニスが言葉を濁すと、主人であるオリガは、
「そうなのよ。
いつも『神託が降った』なのよ、この娘は。
あははは!」
と、まるで自分が失言したかのごとく、誤魔化そうとする。
そんな細かな神託なんてあるのかしら? と、ナタリアス皇女の疑問は深まるばかりであったが、コホンとひとつ咳をする。
「さあ、フィーニス様。
貴女様のご要望をお聞かせください。
まさか、歓談するためだけに私を修道院まで呼び寄せたわけではないのでしょう?
私は貴女様のために何かできますでしょうか?」
ナタリアス皇女は直接、私に彼女をお茶会に招いた理由を問うてきた。
なので、私は蒼い瞳を伏してお願いした。
「お兄様であるフェルトン皇太子殿下への取り次ぎを、貴女様経由でお願いしたいのです。
平民出身の私では、面会の手続きをするだけでも大変で。
主人のオリガ様の伝手を使いましても大変時間がかかりまして……」
「なにかと思えばーーそんなこと、お安いご用ですわ。
それにしても、それほど皇太子殿下に取り次ぎを求める理由が何かございますのでしょうか?」
通常、未婚の女性がフェルトン皇太子に迫る理由は婚姻狙いだろう。
だが、皇太子はすでにオリガの姉マルチフと結婚しているし、そもそもフィーニスは平民上がりゆえに身分的に皇太子妃になることは絶対に不可能だ。
フィーニスは真面目な顔付きになって、頻繁に皇宮に出向きたい理由を明かした。
「今から三年後、『神々の黄昏』に至る予兆となる事件が起こるからです」
ナタリアス皇女は目を丸くし、思わず手にしたカップを落としそうになった。
教養豊かな彼女はドゥッカ教の聖典にも詳しい。
「神々の黄昏」とは、悪神の来襲によって世界が滅びる現象のことだ。
そのように記憶している。
だが、それはあくまで神話上のお話であって、歴史時代が始まって千年以上が経った現代において語られる事象ではなかった。
「『神々の黄昏』が始まるというのはーー本当ですの?」
「はい。
ナタリアス皇女殿下をお助けしたときの予言と同様です。
善神アフラ様が啓示を下さったのです。
季節の変わり目にある『神の訪れ』が、何万倍にも激しくなった現象が始まるのです」
「それは天候異変みたいなものでしょうか。
事例として何か似たような現象があれば参考にできるのでしょうけど」
「残念ながら、一千年前の出来事しかないのです。
しかも、その際は大聖女様が犠牲になって、神々の怒りを鎮めたとしか……」
「一千年……聖典にしか残されていないような事件なのですね。
ほんとうに、そんな神話時代のようなことが……」
「はい。
私はハッキリと善神アフラ様から、そのさまを見せられたのです」
「……」
ナタリアス皇女は黙り込んだ。
普通なら荒唐無稽な妄言だと斥けたいところだが、自分を誘拐事件から救出してくれた予言者が、「神々の黄昏」が起こるというのだ。
眉唾物として嘲笑うことはできなかった。
◇◇◇
ちなみに、この三人の娘たちによって、初めて開かれたこのお茶会は、歴史的な転換点として後の人類に記憶されることとなる。
だが、彼女たちによって人類の運命が大きく変わっていくことを知る者は、このときは誰もいなかった。
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