◆5 娘三人、初めてのお茶会
神暦八三二年五月五日、今世の私、フィーニスが十六歳のときーー。
私とオリガ・ゴルトムント、そしてナタリアス・ネビール皇女の三人で、初めてのお茶会を開いた。
帝都中央修道院には回廊があって、その内側は修道士や修道女以外、立ち入り禁止となっている。
だから回廊の外にある庭園に設けられたテラスでお茶会を開いた。
発起人はオリガである。
雲ひとつない、青く晴れ渡った空が広がっていた。
風が心地良く、少女たちの髪を揺らす。
オリガは灰色、私は焦茶の修道服姿、そして外からの来賓であるナタリアス皇女は、白い肌が映える、濃い緑のドレスをまとっていた。
「オリガお姉様がお茶会に誘ってくださるなんて、珍しいこともあるものね。
でも、ちょうど良かった。
私も修道院に大切な用があったの」
第三皇女ナタリアスは、綺麗な銀髪をそよ風になびかせながら、カップに手を伸ばす。
金髪のオリガは、碧色の瞳をキラキラと輝かせつつも、頬を膨らませた。
「もう、つれないんだから。
そういう時は嘘でも良いから、私に会いたかったって言ってくだされば良いのに」
ナタリアス皇女は白い扇子を広げた。
「あら。
そんなことを言ったら、いつまでも私を引き止めるでしょ?
もう、実験に付き合わされたくないもの」
オリガの趣味は工作である。
本棚やベンチ椅子などの日用品は言うに及ばず、水車や加熱機、湯沸かしポットなど、魔力を動力とした機械まで製作する。
帝国貴族子女は男女問わず、それぞれに趣味を持つことを尊ばれているが、オリガの工作熱は趣味の域を超えていた。
幼少の頃からナタリアスはオリガに誘われて遊ぶことがあったが、いつも怪しげな発明品の使用者第一号にされて、泣くことになった。
七歳のときにはネズミ捕り機のバネに指を挟まれてしまい、イオウナ皇妃に治癒魔法をかけてもらったこともある。
オリガは熱中し始めると我を忘れるところがあり、結果として聖魔法の練習を疎かにしがちであった。
そんな親類同士の二人の会話を耳にしながら、私、フィーニスはポットを手にして紅茶を注いだ。
ナタリアス皇女はカップを口許に近づけた際、香りを楽しんだ後、私の方へと目を遣った。
「あら、良い香りじゃない?
ラベンダーの良い部分だけを摘んだのね。
お姉様の新しい付人なの?」
オリガは胸を張って答える。
「もう七、八年は仕えてくれてるベテランさんよ。
でもナタリアスにはまだ紹介していなかったわね。
彼女の身分じゃ皇宮に参内できないから、連れて行けないの。
だから、今日、帝都中央修道院にお呼びしたのよ」
「皇宮に足を踏み入ることができないーーということは平民出身なの?
そうは見えないわね」
皇女はいささか不躾な視線を、私、フィーニスにぶつけてくる。
地味な修道服に似合わない赤髪が気になるのかもしれない。
そう思って、私は蒼い瞳を伏せる。
だが、ナタリアス皇女が気にしていたのは、私の髪の色や服装ではなく、所作だった。
皇女はカップを皿に置き、感嘆の溜息を漏らす。
「礼儀作法だけじゃなく、紅茶の淹れ具合も完璧。
素敵な付人じゃない?
お姉様には勿体無いほどの人材だわ」
オリガはますます鼻を高くする。
「そうでしょ!?
私の自慢なの付人なのよ。
農家の生まれと思って舐めてたけど、とんでもないのよね、この娘。
私より二歳下、十六歳なんだけど、作法も魔法知識も、完璧なの。
お行儀良さでは、私、一生かかってもこの娘に追いつけそうにないわ」
ふうんと息を吐きながら、ナタリアス皇女はジッと「オリガお姉様お付きの付人」を見詰める。
広げた扇子の向こうで思案する。
(お姉様はいまだ見習いの身分。
だから、付人は平民ということになるわけね。
修道院とはいえ、世俗での出自が反映するってわけか。
ーーでも、やはり平民出には見えないわ。
私より一歳年上に過ぎないのに、随分と落ち着いて……。
この立ち居振る舞いーー絶対、貴族家で幼少時から作法を叩き込まれているはずよ。
お姉様は騙せても、私は騙されない。
子爵家、男爵家といった下級貴族家の出身かしら?)
ナタリアス皇女はセンスをパチン! と閉じる。
「ところで、オリガお姉様。
今日、私をお呼びくださったのは、お茶会へのお誘いだけではないのでしょう?
どういった要件がおありなのかしら?」
オリガは照れくさそうに頬を掻く。
「私と言うより、この自慢の付人が貴女に会いたいって。
名前はフィーニスというの」
ナタリアス皇女は、びっくりして立ち上がる。
そして、私の方へと向き直り、深々とお辞儀した。
「まさか、貴女様がフィーニス様とは存じ上げず。
大変、失礼致しました。
是非ともお礼に伺いたく思っておりました。
私、ネビール帝国第三皇女ナタリアスと申します。
この度は誘拐から助けていただき、ありがとうございました。
まさかオリガお姉様の付人をしてる方とは思わなかったですわ。
ーーあ、そうそう。
私、オリガお姉様に誘われて帝都中央修道院に伺う機会を得られましたので、その折には、きっと貴女様に会えるかもと思って、アップルパイを焼いて参りました。
お近づきの印に、是非、ご賞味ください。
もちろん、オリガお姉様も食べてくださって結構ですよ」
ナタリアス皇女の後ろに控えていた侍女がバスケットを開いて大きな丸いアップルパイを取り出す。
保存魔法でもかけていたのか、テーブルに置かれたアップルパイは湯気を立てており、芳しい香りがサアッと広がった。
オリガは碧色の瞳を目一杯開いて、パイを眺めて生唾を呑み込む。
しかし同時に、不安そうな表情になっていた。
「美味しそうなんだけど……。
食べても良いのかしら?」
金髪の聖女見習いは、自分の付人にオズオズと尋ねる。
彼女が確認を取ったのは、ここが修道院だからだ。
修道院では、戒律によって様々な規則が設けられていた。
例えば、食事はお昼の正餐と、夕方の午餐の二食に限られている。
そうした事情に疎いナタリアス皇女は扇子を開いて笑う。
「何を遠慮なさってるの?
オリガお姉様らしくもない」
煽られたと思い、オリガはバン! とテーブルを叩く。
「ちょっと聞いてよ、ナタリアス皇女!
修道院ではね、食事の時間も種類もすべて決められてるの。
お昼と夕方の二回しか食べちゃダメ。
食べ物も、パンと飲み物、おかずは小皿二品って決められてるの。
野菜と果物は豊富なんだけど、肉はもちろん、卵や乳製品なんかも食べちゃいけないのよ。
だから豆ばっかり食べてるの!」
「あら、だったらアップルパイも駄目なの?」
驚いたナタリアス皇女は、私、フィーニスに確認を求めてきた。
だから当然、私は首を横に振った。
「いえ。
皇女殿下のようなお客様がおられるなら、その方のご相伴に預かることが正しい作法です」
オリガはテーブルに手を置いて腰を浮かす。
「だったら、ナタリアス皇女が修道院に来るたびに、アップルパイが食べられるってわけ?」
「はい」と私が頷くと、オリガは真顔で皇女に訴えた。
「ナーちゃん、これから毎日、修道院に来て!」と。
私とナタリアス皇女は顔を見合わせてから、オホホホと笑った。
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