◆2 前世の両親との面会、そして修道院へ
私、フィーニスは、前世の両親を前にして、ドレスの裾を摘みあげて片足を退げ、挨拶した。
「お初にお目にかかります。
フェフリッツ・ワルトチェル伯爵。
そしてベラ・ワルトチェル伯爵夫人」
完璧な貴族令嬢としての作法をしてみせた。
これにはワルトチェル伯爵家の夫婦のみならず、周囲に居並ぶ執事や侍女といった使用人までが身をのけぞるほど驚愕した。
私は彼らの虚を突く形で、話を進めた。
「お尋ねしますが、お宅には娘さんは?」
今世に、果たして私、イニティウムがいるのか?
それが気がかりだった。
「娘?
娘は初めからおりません。
息子ならおりましたが……」
母のベラは口許を扇子で隠しながら嘆く。
良かったーーどうやら自分という存在が重複してはいないらしい。
だったら、自由に話を進められる。
私は畳み掛けるように前世の両親に言った。
「ご長男は成人の儀にお亡くなりになったのですね」
じつは前世の私には兄アトラーがいた。
よく出来た長男で、自慢の兄だった。
だが、わずか十五歳で亡くなってしまった。
ネビール帝国では、成人式の後、貴族男子は狩りをする。
だが兄アトラーが狩りに出た際、運悪く魔獣が出て、何人かの男子が亡くなる事件が発生した。
そして前世の私、イニティウムの兄アトラーは、領主の息子として領民を逃す殿軍を務めて亡くなったのだ。
今現在から、ほんの二年前の事件であった。
私の発言を耳にして、前世の両親は驚いて両目を見開いた。
経緯はともあれ、領主令息のアトラーが魔獣に殺されたというのは外聞が悪いため、領民には死因が秘されていた。
それを、どうして知っているのか。
それも果樹園で働いていたという農村の娘が?
「他にもいろいろと知っていますよ」
私はフェフリッツ伯爵、ベラ伯爵夫人について、知っている、細々とした日常的なことをいろいろと話した。
両親だけでなく、執事長や侍女長、その他の使用人たちについての個人的なことまでを、さまざまに開陳した。
ワルトチェル伯爵邸に居る人々の間で、動揺が広がった。
「まさかーー神の使い……」
フェフリッツ伯爵は席から腰を浮かしながら呟いた。
そう思われても、おかしくない。
実際、そう思われるように、私は意図的に話をしてきたのだから。
だが、いたずらに警戒されて、「悪神の使徒」と思われてはたまらない。
私は即座に、
「私は善神アフラの使いです」
と大見得を切った。
ある意味、嘘ではない。
「聖女」は善神アフラの使いとされているのだから。
私は貴族令嬢の礼節に則りながら、深々と頭を下げた。
「私に神託が降ったのです。
ワルトチェル伯爵家の娘として、修道院に入れ、と」
平民娘に転生した私が、悪神による人類滅亡に対処するためには、何としても修道女になるしかなかった。
身分制社会であるネビール帝国では、農民は武器の所持も禁止され、魔道具すら使わせてもらえない。
前世では貴族令嬢でありながらも教皇庁勤務を経て、大聖女として修道院に入った、超弩級のエリートコースを歩んだ私だったが、今世では修道院に入ることは必須事項となっていた。
ただ単に、悪神の顕現に対処するためだけでなく、じつは両親の生命を救けるためにも、ぜひとも早い段階で私は修道院に入らねばならなかったのだ。
前世では、イニティウム・ワルトチェル伯爵令嬢として、私は普通に帝都の学園に入学した。
それから十一年後、学園を卒業して教皇庁に勤務し始めた頃に、両親の死を知った。
初めは領民の暴動として扱われたが、暴動発生後、一ヶ月ほど過ぎると、違うことがわかった。
帝国魔法師団の調査によって、悪神によって領民が操られていたのだと判明したのだ。
だが、そうなった頃には、帝都までが悪神の影響下に置かれてしまい、帝国騎士団を率いていた歴戦の騎士団長ロング・テレンス伯爵が戦死してしまった。
それでも神の荒ぶりを制止できずに陽光が悪神に喰われて、帝国を闇が覆うようになる。
その過程でいろいろあって、私は大聖女イニティウムとして覚醒したのだ。
つまり、あとたった十年ほどで、世界の終末に向けてのプロローグが始まってしまうのだ。
それも、実家ワルトチェル伯爵領での領民叛乱事件として。
お父様もお母様も、この時に死んでしまう。
だが、それをわかっていながらも、今世の私が対応することは難しい。
今現在、私、フィーニスの立場は農村出身の女の子に過ぎない。
そうした身の上でありながら、悪神を撃退する活動の主軸を担うまでになるには、十年という月日では短すぎるほどだ。
でも、だからといって、できるだけ早く修道院に入って活動基盤を得ないことには、何もできない。
諦めたくはなかった。
私は、身を強張らせる前世の両親を前にして、拳を強く握り締めた。
(まずは十一年後、ワルトチェル領内で発生する悪神の活動を防がなければ。
領民叛乱さえ鎮静化できれば、「神々の黄昏」が発生するのを食い止めることができるかもしれない……)
幸い、前世の両親であるワルトチェル伯爵夫妻は、私フィーニスが話すことを素直に信じてくれた。
前世、娘だったと言わずに、あくまで「これから起こることを、善神アフラ様から告げられた」と言って、私は押し通した。
それが功を奏したようだ。
ワルトチェル伯爵夫妻は、この国の国教ドゥッカ教の熱心な信者だった。
私はワルトチェル領内の教会でいったん保護され、次いですぐさま王都の中央教会へと派遣された。
神託を受けた聖女候補として。
そうして、今世でも出逢うことになったのだ。
聖女見習いのオリガに。
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