第5話 見えるものが増えた
闘技場へ向かう列へ戻ってからも、康一の意識には先ほどの衝突が残っていた。
角と盾がぶつかったとき、右だけが触れ、左は浮いていた。ひとつの音と衝撃の中に、別々の状態があった。
黒川の背を追いながら、康一は短槍を持ち替えた。戦闘後に締め直した連結部へ意識を向ける。
解析。
金属同士が噛み合っている範囲と、わずかに離れている範囲が分かれる。外から見れば真っ直ぐな継ぎ目にも、力を掛けたときだけ生じる微かな変形があった。
緩んでいる、とは示されない。壊れかけているとも、安全だとも分からない。
康一は歩いたまま柄を軽く押し、離した。
押した瞬間に形がわずかに変わり、手を離せば戻る。留め具の片側は面で触れ、反対側は縁だけが当たっている。
以前なら、まとめて継ぎ目の偏りと捉えていたはずだった。
「伊東さん、何かありましたか」
前を歩く黒川が振り返らずに聞いた。
「短槍の連結を確認していました。今は締め直さず、このまま使います」
「異常があれば、すぐに言ってください」
「はい」
異常があるとは言えない。見える項目が増えても、その意味まで同時に分かるわけではなかった。
康一は視線を足元へ落とした。
靴底と地面。草を踏んでいる部分と、土へ直接触れている部分。歩くたび、接触する場所は踵から足裏、爪先へ移る。石を踏めば、靴底の全面ではなく一部だけが押し上げられた。
同じ一歩でも、触れ方は毎回少しずつ違う。
それを確かめながら歩けること自体が、以前とは違っていた。
*
列の左前方で、篠崎が片手を上げた。
草の間を低い影が二つ走っている。先ほど倒したものより細身の四足のモンスターだった。一体が進路を変え、六人へ向かう。
「二体。右を受ける。左は寄せるだけでいい」
黒川が大盾を前へ出した。
久我と篠崎はすでに左右へ開いている。榊原は二体と味方の位置を見て、矢をつがえたまま半歩下がった。水野は後方に残り、今回は魔法を使わない。
先頭の一体が跳ぶ。
黒川は盾で受け、地面へ落とした。もう一体が外側から回り込もうとする。
康一は短槍の穂先を、その進路へ差し入れた。
身体を刺しに行くのではない。内側へ踏み込めば穂先へ触れる位置を塞ぎ、外へ逃げる余地を残す。
モンスターが急に向きを変えた。前脚が草を削り、後ろ脚が遅れて地面を捉える。
解析。
四本の脚をまとめて姿勢として見るのではなく、地面に触れている脚と浮いている脚が分かれた。右後ろの足は全面ではなく、外側だけが土へ当たっている。胴も踏み替えに合わせてわずかに形を変えていた。
その次にどちらへ動くかは見えない。
康一は見えている事実だけを口にした。
「右後ろ、外側だけ接地しています」
「篠崎、急がなくていい」
判断したのは黒川だった。
篠崎が踏み込むと見せて距離を保つ。モンスターは向き直ろうとしたが、康一の穂先が内側の進路を塞いでいる。右後ろの足を置き直した瞬間、四肢の接触はまた別の形へ変わった。
片当たりは消えた。
それで安定したのか、攻撃に移るのかは分からない。
「外す」
康一は前の戦闘で決めたとおり声を出し、短槍を射線から引いた。
榊原の矢がモンスターの肩へ刺さる。身体が外へ流れたところへ篠崎が回り、短剣で注意を引いた。
黒川が受けていた一体は、盾へ頭を押しつけたまま動きを止められている。
「久我」
呼ばれた久我が、味方の位置を確かめて長柄斧を振った。一撃を受けた一体が草の上へ倒れる。
もう一体も黒川の盾から逃れようと横を向いたが、康一が短槍で進路を狭め、篠崎が外から戻す。射線が開いたところへ榊原の矢が通り、最後は久我の斧が胴を捉えた。
二つの輪郭が続けて崩れ、黒い粒子になって薄れていく。草の上に遺体は残らなかった。
「周囲を確認。終わったら進みます」
黒川の声で、六人はそれぞれ別の方向へ視線を向けた。
戦い方を一から確かめ直す必要はなかった。康一も決めた位置で槍を出し、外すときだけ短く伝えられた。
ただ、戦闘の最中に見えていたものは、前の一戦より明確に分かれていた。
*
再び歩き始めてから、康一は二体目の踏み替えを思い返した。
第一章までにも、負荷の偏りや接触の違和感を感じることはあった。装備の一部に無理が掛かっている。どこかが均等ではない。そうしたまとまりとして捉え、目で確認し、知識と照らし合わせていた。
今は、そのまとまりがいくつかに分かれる。
触れているか、離れているか。
触れているなら、どの位置か。
面で当たっているか、片側だけが当たっているか。
形は変わっているか。変わっているなら、いま目の前にある形はどうなっているか。
先ほどのモンスターも、最初から足を痛めていたとは限らない。地面の凹凸に乗っただけかもしれず、急な方向転換で一時的にそうなっただけかもしれない。
解析が示したのは、右後ろの足の外側が地面へ触れていた、その瞬間の状態だけだった。
康一がそれを片当たりと分類した。黒川は報告を聞き、篠崎を急がせないと判断した。実際の動きがどうなるかは、その後を見て確かめた。
能力が強化されたのかもしれない。
使い続けたことで、以前は拾えなかった違いを拾えるようになったのかもしれない。短槍や装備を扱う知識が増え、同じ情報を細かく分けられるようになった可能性もある。
どれが正しいかを決める材料はなかった。
少なくとも、何かを達成したという感覚はない。境目を越えた瞬間も、頭の中へ新しい機能を告げる表示が出たわけでもない。
戦い、確かめ、比べた結果として、以前より見えるものが増えていると気づいただけだった。
*
闘技場は、先ほどより少し大きく見えるようになっていた。
黒川を先頭にした列は崩れていない。篠崎が左、久我が右。榊原と水野が後ろを固め、康一は短槍の届く距離を保って進む。
康一はもう一度、槍の連結部へ意識を向けた。
歩行の揺れに合わせて生じる微細な変形。接している部分と離れている部分。片側だけに寄った当たり方。
見える。
しかし、なぜその形になったのかは見えない。
どの程度なら危険なのかも、いつ壊れるのかも分からない。次の瞬間にどう変わるか、どこを直すべきか、どう扱えば必ず安全かという答えも示されない。
モンスターを見ても同じだった。
足がどこへ触れ、どこが浮いているかは分かる。姿勢がいまどう変わっているかも、以前より細かく捉えられる。
そこから次の動きや弱点、倒し方が直接見えるわけではない。敵が何を考えているかも、攻撃がどちらから来るかも分からない。
見えた現在を観察し、自分の知識で分類する。必要なら短く伝え、判断した結果を実際の動きで確かめる。
できるのは、そこまでだ。
情報が増えた分、判断の材料は増える。だが、答えまで増えたわけではない。
康一は短槍を持つ手を緩めず、前方へ視線を戻した。
草原の先にある闘技場へ向けて、六人はそのまま歩き続けた。




