第4話 六人の戦い方
闘技場は、草原の向こうに見えたまま、歩いてもなかなか近づかなかった。
康一たちは黒川を先頭に、互いの間隔を保って進んでいる。篠崎がやや左、久我が右。榊原と水野は後方へ寄り、康一は黒川の斜め後ろで短槍を構えていた。
装甲車の駆動音はもう聞こえない。風に草が擦れる音のほかは、六人の足音と装備の触れ合う音だけだった。
黒川が大盾をわずかに上げた。
全員の足が止まる。
正面の草が、風とは違う向きに倒れた。背の高い草を押し分け、四足のモンスターが一体、姿を現す。厚い首の前に二本の角が伸び、低く下げた頭がこちらを向いた。
「通常種、一体。ここで合わせます」
黒川の声は落ち着いていた。
名称を口にしなくても、ほかの五人には通じているらしい。久我は長柄斧を握り直したが、前へは出ない。篠崎が左へ幅を取り、榊原は弓へ矢をつがえながら右へ一歩動いた。水野は二人の間から全体を見られる位置に残る。
康一も短槍の穂先を上げた。
モンスターが地面を蹴る。
「受ける」
黒川が盾を正面へ立てた。
角と大盾がぶつかり、鈍い音が草原へ響く。黒川は真正面から押し返そうとはしなかった。右足を半歩引き、盾を斜めにして勢いを外へ流す。
それでも重い。靴底が草を削り、黒川の身体が一歩分押された。
「左へ向ける。篠崎、まだ入るな」
「了解」
篠崎は駆け込まず、モンスターの視界の端を保って動く。
最初の衝突で倒すつもりはない。六人の間合いを確かめるという、降車時の言葉どおりだった。
*
黒川が盾を押し出すと、モンスターは角を振って外そうとした。
篠崎がその動きに合わせて左側へ走る。短剣は構えているが、届く距離まで一気には入らない。踏み込むと見せて止まり、モンスターの頭だけを自分へ向けさせる。
正面がわずかに開いた。
久我が斧を振れる空間を確かめ、右から回り込もうとする。だが榊原はまだ弦を引かなかった。黒川の肩と盾が射線に重なっている。
「水野」
「黒川さんと篠崎さんに」
水野が短く応じた。
「【ブースト】」
目に見える光や数字は現れなかった。
それでも、次にモンスターが盾へ体重を掛けたとき、黒川の下がり方が変わった。先ほどより靴底が流れず、盾の角度を保ったまま半歩で衝撃を収める。
篠崎の動きも一段鋭くなった。角の外をかすめるように踏み込み、短剣で首の側面を浅く切る。倒すための一撃ではない。モンスターが篠崎を追って頭を振り、黒川の正面から身体の向きをずらした。
射線が開く。
弦が鳴った。
榊原の矢がモンスターの肩口へ刺さる。相手が動くより早く次を放つのではなく、榊原は弓を下げたまま位置を変えた。向き直った黒川の背後へ、再び射線が隠れたからだ。
「今なら振れる」
黒川の言葉と同時に、久我が踏み込む。
長柄斧は味方のいない右側から弧を描いた。刃が胴を叩き、モンスターの身体が大きく傾く。
だが、倒れない。
久我は斧を引き戻しながら二歩下がった。無理に次を振れば、黒川が押さえている正面か、反対から回る篠崎へ刃の軌道が近づく。
「一度離れる」
久我の声に、篠崎も距離を取った。
水野は二人へ掛けた支援を見届けながら、次の発動はしなかった。呼吸は乱れていないが、息を一度深く吐き、こめかみへ触れた指をすぐに下ろす。
五人の動きには、互いがどこへ退くかまで含まれていた。
康一はそこへ、自分の間合いを差し込む必要があった。
*
傷を負ったモンスターが、黒川ではなく篠崎へ向きを変えた。
「来るよ」
篠崎が左へ走る。
追わせたままでは、モンスターは黒川の盾の外へ出る。康一は盾の前へ飛び出さず、斜め後ろから短槍を伸ばした。
穂先を置いたのは、モンスターの身体ではなく、篠崎を追うなら通る位置だった。
そのまま進めば首か肩が穂先へ当たる。モンスターは頭を振り、康一の槍を角で払った。
腕に重い衝撃が来る。
康一は競り合わず、柄を滑らせながら一歩下がった。中距離を外さず、次に内側へ切り込む進路へ、もう一度穂先を戻す。
モンスターの足が止まった。
「その位置でいい」
黒川が盾を寄せ、開きかけた正面を塞ぐ。
康一は短槍を引き過ぎないよう保ちながら、対象へ意識を向けた。
解析。
角と盾の接触が、一つの衝突ではなく分かれて認識される。右の角だけが盾の縁へ掛かり、左の角は触れていない。盾の面も均等には押されず、一方へ寄っている。
なぜそうなったかも、次にどう動くかも示されない。ただ、今触れている場所だけは明確だった。
「黒川さん、右の角だけ掛かっています」
「分かった」
黒川は理由を問い返さなかった。盾を引くのではなく、掛かった側だけをわずかに下げる。
支えを失った角が滑った。
モンスターの頭が沈み、前脚が踏み直される。
「榊原、右へ。久我は待て」
判断は黒川が下した。
榊原が横へ動き、弓を引く。康一はその射線から槍を外しながらも、モンスターが内側へ戻る道は空けなかった。
矢が首の側面へ刺さる。
モンスターが榊原へ向こうとする。康一は踏み込み、穂先ではなく槍の柄を首元へ当てた。止め切る力はない。それでも、向きを変えかけた動きを外へ押し、黒川の盾が届く範囲へ戻すことはできた。
「篠崎、反対」
「見えてる」
篠崎が康一と重ならない外側を抜けた。短剣が後脚の近くを浅く走り、モンスターの注意がもう一度揺れる。
康一には、次の正解など見えていない。
見えているのは、盾と角がいま接しているか、槍が相手の進路へ届いているか、それだけだ。
だが、それだけでも、五人の動きを邪魔せずに戦う余地は作れた。
*
黒川が盾で頭の向きを固定する。
篠崎が左へ走り、モンスターの視線を引く。追おうとした身体の前へ康一が穂先を置き、内側への一歩を止めた。
榊原は弓を引いたまま待っている。黒川の肩が射線から外れた瞬間に一射を通し、モンスターの身体を反対へ揺らした。
「久我」
黒川が呼ぶ。
久我はすでに斧を振れる位置へ入っていた。
篠崎が外へ抜ける。康一も槍を引く。味方が軌道から消えたのを見て、久我が長柄斧を振り下ろした。
刃が先ほど傷を負わせた胴へ深く入る。
モンスターは二歩よろめき、草の上へ崩れた。
輪郭がほどける。
巨体は黒い粒子となり、風に散る前に薄れて消えた。草の上に遺体は残らない。
六人はすぐには武器を下ろさなかった。
黒川が周囲を見回し、別の気配がないことを確かめてから盾を下げる。
「負傷は」
「なし」
返事が順に続いた。水野も全員の様子を見て頷く。支援を使った直後の疲れはあるらしく、もう一度ゆっくり息を吐いたが、歩行や警戒に支障がある様子ではない。
「伊東さん」
篠崎が短剣の汚れを払ってから、康一を見た。
「二度目に槍を出したとき、あと半歩内側だったら私の戻る場所と重なってた」
「分かりました。あなたが外へ抜けるまでは、黒川さん寄りを空けます」
「それなら動きやすい」
榊原が矢筒を確かめながら口を挟む。
「射線を空けてくれたのは助かった。ただ、急に槍を下げると次も空くと思って射る。外すなら声があるといい」
「次から言います」
「長くなくていい。『外す』で通じる」
久我は斧の刃を見てから、康一へ顔を向けた。
「俺が振るときは、さっきみたいに槍ごと引いてくれ。残ってると、そっちまで気にして斧が鈍る」
「了解しました」
黒川が話を切るように手を上げた。
「今の形で行きます。俺が正面と判断をまとめる。篠崎が外へ向け、榊原は射線が通るまで待つ。久我の振り込みに合わせて、伊東さんは進路を絞ってから槍を外す」
水野を見る。
「支援は?」
「今回は前を止める人と、向きを変える人に使いました。次も同じとは限りません。相手と最初の動きを見て決めます」
「それでお願いします。無理に続けて使わないでください」
「はい」
長い反省会にはならなかった。
一戦で六人の動きが完成したわけではない。それでも、誰がどこを空け、誰のために相手を止めるかは、集合時より具体的になっていた。
黒川が再び闘技場の方角へ歩き出す。五人もそれぞれの位置へ戻った。
康一は短槍を構え直しながら、先ほどの感覚を思い返した。
角と盾の接触。触れている側と、触れていない側。均等ではない当たり方。
以前なら一つの衝突として捉えていたものが、いくつかの現在状態へ分かれていた。
戦闘の最中には、目の前の役割へ使うだけで精一杯だった。
次に足を止められるとき、どこまで見えるものが増えたのかを、改めて確かめる必要があった。




