第2話 六人で組む
集合場所は、日比谷ダンジョン入口に隣接した探索者向け施設の一角だった。
壁際に長椅子と荷物台が並び、床には装備を置く位置を示す線が引かれている。入口へ向かう探索者と、帰ってきた探索者が絶えず行き交っていた。金属の触れ合う音に混じって、係員の案内が遠くから聞こえる。
伊東康一は指定された時刻の十五分前に着き、端末の表示と区画番号を見比べた。短槍は分割した状態で背負い、点検に出した接合部は交換済みだった。固定具を一度押さえてから顔を上げると、人の流れの向こうで久我直人が片手を上げた。
「早いな、伊東さん」
「久我さんも」
「俺は荷物が目立つからな。遅れても遠くから分かる」
背負った長柄斧を親指で示し、久我は先に立って区画の奥へ進んだ。
そこにはすでに四人いた。
最初に目へ入ったのは、荷物台へ立てかけられた大盾だった。持ち主の男は留め具を確かめていた手を止め、久我へ軽く顎を引いた。
「久我。斧の予備留め、替えたか」
「替えた。前のまま来たら、黒川に入口で追い返されるだろ」
「分かっているならいい」
冗談を受け流す声は低く、落ち着いていた。久我は男の隣へ立つと、康一へ向き直った。
「今回まとめる黒川宗一郎。こっちが伊東康一」
「黒川です。今日はよろしくお願いします」
「伊東です。こちらこそ、よろしくお願いします」
差し出された手を握る。黒川の挨拶は簡潔で、初対面の相手を値踏みするような間はなかった。
「久我から、短槍を使うと聞いています。詳しい動きはこのあと確認しましょう」
黒川がそう言うと、長椅子に腰掛けて靴の締め具を直していた女性が顔を上げた。左右の腰に、鞘へ収めた短い刃物がある。
「その前に名前くらいは言わせて。篠崎玲奈です。よろしく」
「よろしくお願いします」
「玲奈、締め過ぎるとまた足が痺れるぞ」
弓の弦を指で弾いていた男が言った。
「俊哉に言われなくても分かってる」
「前もそう言ってた」
篠崎が睨むと、男は肩をすくめて康一へ向いた。
「榊原俊哉です。弓を使います」
その横で、携行袋の中身を数えていた女性が袋を閉じた。
「水野沙月です。後ろから支える役が多いです。伊東さん、何か不足があったら出る前に言ってください。予備で回せる物もあるので」
「ありがとうございます。今のところ問題ありません」
「沙月はそう言って、自分の分まで人に回すからな」
久我の言葉に、水野は困ったように笑った。
「今回は六人分を確認して持ってきています」
「ほら、久我より信用できる」
篠崎が言い、榊原が黙って頷く。久我は反論せず、康一だけに聞こえる声で「こういう扱いだ」と言った。
五人の間には、説明しなくても通じる部分がある。だが、康一へ同じものを求めてはいない。そこが分かるだけで、初対面の輪へ入る負担は少し軽くなった。
*
「では、装備から確認します」
黒川の声で、六人は荷物台の周りへ集まった。
黒川が大盾を持ち上げ、腕を通す。立てかけていたときより幅がある。正面からの攻撃を引き受けるための装備だと、説明されなくても分かった。
「俺が前を受け持ちます。止められる相手なら止める。押されるときは下がる合図を出すので、俺の真後ろには立たないでください」
「俺は空いたところへ斧を入れる」
久我が続けた。長柄斧を下ろし、周囲との距離を確かめてから柄へ手を添える。
「振る前には声を出す。黒川の盾に当てたくはないからな」
「今度こそ頼む」
「当てたことはないだろ」
「今のところは」
黒川と久我のやり取りに、篠崎が小さく笑った。彼女は二本の短剣を鞘からわずかに抜き、刃と留め具を見せてすぐ戻した。
「私は横へ回ります。相手の目が黒川さんに向いている間に、向きをずらすか、動かせる方へ動かす。正面で力比べはしません」
「篠崎さんが入った側へ、久我さんがすぐ振ることは?」
康一が聞くと、篠崎ではなく久我が答えた。
「避ける。玲奈の方が先にいなくなる」
「合図は出します。伊東さんが追って入るなら、私と同じ側に重ならないでください」
「分かりました」
榊原は弓を持ち、矢筒の口を指で示した。
「射てる位置を取ります。皆の背中越しには狙わない。距離が詰まったり、硬い正面しか見えなかったりしたら、無理には射ちません。射線を空けてほしいときは声を掛けます」
「弓だからって、どこからでも当てられると思わないでくれれば十分です」
付け加えた言葉は康一へ向けたものだった。康一は頷いた。実際の制約を先に言う相手なら、合わせる側も判断しやすい。
「私は後ろで、周囲と皆さんの状態を見ます」
水野は携行袋の肩紐を調整した。
「必要なときは支援魔法も使えます。ただ、いつでも全員へ続けて使えるものではありません。使う相手は、その場で黒川さんと確認します」
「勝手に当てにするな、ってことだ」
黒川が短くまとめると、水野は「そう思ってください」と答えた。
能力の名称や細かな効果を聞く者はいなかった。五人には既知の話なのかもしれないが、康一へ全面的な開示を求める様子もない。
「伊東さんは?」
黒川に促され、康一は背負いから短槍の部品を出した。接合し、周囲へ穂先を向けないよう斜めに構える。
「中距離を基本に、短槍で相手の進路や間合いを抑えます。盾の前には出ません。見ていて気づいたことがあれば伝えますが、判断できないことまで断定はしません」
「久我から聞いた通りだな」
「何と聞いたんですか」
「妙に目端が利く」
黒川が答えると、久我が満足そうに頷いた。
「だろ?」
「便利な紹介ですが、広げ過ぎです」
康一は短槍を分割しながら言った。
「観察はします。ただ、戦いながら全部を見られるわけではありません」
「それでいいです」
黒川はすぐに答えた。
「全員、自分の役割を持った上で、見えたものを共有する。伊東さんだけに周囲を見る役を押しつけるつもりはありません」
その言葉で、康一は今回求められている範囲を確かめられた。短槍を使う一人として動き、余裕のあるときに見落としを減らす。それ以上でも、それ以下でもない。
*
装備を戻し終えると、黒川は端末に行程を表示した。
「今日の目的は、第十階層の闘技場です。二コマ予約済み。六人で同じ装甲車のチャーター便を使います」
「第十階層まで車で入るんですね」
康一が確認すると、黒川は頷いた。
「往復です。便の条件と乗降場所は受付で改めて確認します。移動中の扱いもそこで聞く。今日は車を降りてから闘技場までの通常探索も入ります」
「二戦ともやる前提?」
篠崎が尋ねた。
「予約は二コマ取ってある。だが、一戦目の結果と全員の状態を見て決める。予約したから入る、にはしない」
「一戦目で儲けが出ても?」
久我が言った。
「出てもだ。お前の腕が上がらなければ、二戦目はない」
「分かってる。聞いただけだ」
久我は軽く笑ったが、異議は挟まなかった。
黒川は表示を切り替えた。
「撤退は、闘技場へ入る前なら俺が決めます。装備不良、負傷、体調不良、行程の遅れ。誰か一人でも続行に不安があるなら申告してください。本人が行けると言っても、周りが危ないと見たら止める」
「闘技場に入った後は、途中で出られないんですよね」
「その条件は現地で再確認する。今日はまず、入るかどうかを六人で決められる状態で着くことが必要です」
長い説明を先回りして並べない。今決めることと、現地で確認することが分けられていた。
「通常戦闘では、最初の判断は黒川さんでいいですか」
榊原が聞いた。
「俺が正面を取って指示を出す。見えていない方向は、見えている者が声を出してくれ。射線は榊原、回り込みは篠崎、支援を使うかは水野の状態も含めて決める。久我は勝手に追い過ぎない」
「最後だけ名指しか」
「名指しが必要だからだ」
「伊東さんは?」
水野が尋ねた。
「基本は俺の近くで通常戦闘。気づいたことがあれば短く伝えてください。ただし、俺の指示を待って危険を見過ごす必要はない。危ないと思った者が声を出す」
「了解しました」
「俺が動けなくなった場合は、戦闘を続けるより一時離脱を優先します。その場で指揮を組み直して粘る必要はない。久我、退路を作れ」
「盾役なしで粘るよりは、その方がいい」
久我の返事に、残る四人も頷いた。
康一は行程と判断系統を頭の中で置き直した。黒川が全体を決める。各人は自分の見える範囲を伝える。判断が遅れるほど危険なときは、誰でも声を上げる。黒川が動けないなら、その場で指揮を組み直さず離脱を選ぶ。
初めて組む相手との取り決めとして、曖昧なところは少なかった。
「ほかに、出る前に確認したいことは?」
黒川が六人を見回した。
榊原が矢の本数を、水野が共有物の位置を確認した。篠崎は装甲車内で短剣を外す必要があるかを尋ね、黒川は受付で聞く項目へ加えた。久我は何もないと言いながら斧の予備留めをもう一度引き、篠崎に笑われた。
康一も、自分の短槍の長さと車内での収納方法を確認事項へ加えた。
実際に出発するための話になっていた。
*
最後に、黒川が端末を閉じた。
「念のため言っておきます。これは今回の日比谷探索のための班です。次も同じ六人で行くと決める話ではありません」
「そこは最初に久我さんから聞いています」
康一が答えると、篠崎も「私も」と続けた。
「終わってから、また組みたい奴がいればそのとき相談すればいい。今ここで決めることじゃない」
久我は長柄斧を背負い直した。
「そういうことです」
黒川は全員の顔を順に見た。
「今日の間は、俺が班長として行程と戦闘判断をまとめる。それぞれ今確認した役割で動く。能力や私生活まで話す必要はない。ただ、続行に関わることは隠さない。これで行けますか」
「行けます」
水野が最初に答え、榊原と篠崎が続いた。久我は片手を上げた。
康一も「大丈夫です」と答えた。
四人をまだ深く知っているわけではない。短い会話だけで、人柄や実力のすべてが分かるはずもなかった。
それでも、久我は彼らの動きを知っている。黒川は決めるべきことと現地で確かめることを分け、危険ならやめると明言した。篠崎、榊原、水野も、自分にできることだけでなく、できないことを先に示している。
仕事として一緒に行くには、それで足りた。
「では、受付へ移動します」
黒川が大盾を背負う。篠崎がその横を抜け、榊原が弓と矢筒の位置を直した。水野は最後に荷物台を見回し、忘れ物がないことを確かめる。久我は康一の隣で歩き出した。
「どうだ。脳筋ばかりじゃなかっただろ」
「最初から信じていませんでした」
「俺の説明を?」
「その部分だけは」
久我が笑う。
六人は人の流れへ入り、日比谷ダンジョンの受付へ向かった。
次に確かめるのは、彼らを第十階層まで運ぶ装甲車の条件だった。




