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現代ダンジョン ―世界は今日も世知辛い―  作者: AIやすし
第二章

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22/24

第1話 今度は日比谷へ

 前の救援から、およそ二週間が過ぎていた。


 その日の午後、伊東康一は自宅のテーブルに短槍の部品を並べていた。探索から戻った翌日にまとめて点検することもあれば、次の予定が決まる前に時間を取ることもある。事件が起きても起きなくても、使った装備の状態は変わる。確認を後回しにすれば、次に困るのは自分だった。


 穂先、槍身、接合部、石突。分割した部品を布で拭き、砂や汚れが残っていないかを目で追う。乾いた布が金属を滑る音と、部品を置く小さな音だけが部屋に続いた。


 康一は接合部の一つを手に取った。組み上げたときにわずかな引っかかりがあった。固定できないほどではなく、意識して確かめなければ手触りだけでは見失いそうな違いだった。


 左右へ軽くひねる。緩みは感じない。いったん外し、合わせ直す。今度も最後のわずかなところで、金属同士の当たり方が均一ではなかった。


 接合面へ意識を向ける。


 解析。


 視界に文字や図が浮かぶわけではない。


 接合部の輪郭が、現在の状態として認識の中に分かれていく。円筒の一部にごく小さな形状の変化がある。接合面は全周で触れてはいない。片側の狭い範囲が先に接し、その反対側には薄い隙間が残っている。


 微細な変形。接触している部分と、離れている部分。片側だけが強く当たっている状態。


 分かったのはそこまでだった。


 いつ変形したのかは分からない。何度か受けた衝撃が積み重なったのか、一度の使い方によるものか、単に組み合わせた部品同士の癖なのかも示されない。このまま使えば壊れるのか、安全なのかという答えもなかった。


 康一は能力から意識を外し、接合部を窓から入る光へ傾けた。角度を変えると、ごく細い影の出方が片側だけ違って見える。指先で縁をなぞっても段差はほとんど分からない。それでも、組み直したときの引っかかりは同じ位置で返ってきた。


 問題があると決まったわけではない。問題がないと決まったわけでもない。


 康一はその部品を、確認を終えた部品とは別の場所へ置いた。次に持ち出す前に専門の点検へ回す。その判断は【解析】が出したものではない。見えた状態と、自分の手で確かめた違和感を合わせて決めたことだった。


 残りの部品も同じ順序で確認する。今度は特に引っかかる箇所はなかった。革製の固定具は表裏を返し、縫い目の浮きと金具の当たりを見た。靴底に挟まった小石を落とし、携行品の数を確かめる。


 救援のあとにも、こうした作業は何度かしていた。


 管理側へ求められた記録は出した。臨時で組んだ四人の仕事も、あの日のうちに終わっている。だからといって探索者の仕事そのものが終わるわけではない。康一はまた通常の探索へ出て、持ち帰ったものを換金し、消耗した物を補充し、次に使う装備を整えていた。


 事件のない日にも、確認するものは減らなかった。


 むしろ今は、同じ確認から以前より少し多くのことが分かるようになっていた。



 康一は別に置いた接合部を、もう一度手に取った。


 以前の【解析】なら、摩耗や負荷の偏りとしてひとまとまりに捉えていた状態だったかもしれない。少なくとも、接合面のどこが触れ、どこが離れているかまで、これほど細かく分かれたことはなかった。


 前の救援で樹甲獣を見たときも、右前脚の接地側へ負荷が偏っていることは分かった。だが、あのとき得たものは偏りというまとまりだった。接触する位置や、面の片側だけが当たる状態までを、別々の現在事実として受け取ったわけではない。


 変化は今日突然始まったものではなかった。


 ここしばらく、確認できる輪郭が少しずつ細かくなっている感覚はあった。小さすぎて見過ごしたのか、知識が増えたことで区別できるようになったのか、使い続けた能力そのものが変わったのか。康一には切り分けられない。


 約二年間、【解析】を仕事道具として使ってきた。


 最初から同じ情報が見えていたつもりはない。対象について知っていることが増えれば、得た情報の意味を分類しやすくなる。観察の順番が身につけば、見落としも減る。同じものが見えていても、自分の受け取り方は変わり得る。


 反対に、使い手の経験だけでは説明しにくい細かさが増えているようにも思えた。


 どちらか一つとは限らない。条件が別にある可能性も、今のところ否定できない。


 康一は端末に点検結果を残した。接合部の一部に微細な形状変化。片側で接触し、反対側に隙間。組み上げ時に同位置で引っかかり。原因は書かない。使用可否についても、専門家の確認前に結論を出さなかった。


 書き終えてから読み返す。


 能力で得た現在状態と、自分が手で確かめたことと、これから取る対応が混ざっていないことを確かめた。


 【解析】がどこまで変わるのかは分からない。変わっているとすれば何によるのかも分からない。


 ただ、前より少し細かい事がわかる。


 今はその事実だけで十分だった。


 康一は部品を収納用の布に包み、点検へ回す側へ置いた。残りの装備を収め終えたところで、テーブルの端に置いた端末が短く震えた。



 表示された名前は久我直人だった。


 文字の連絡ではなく通話の着信だった。康一はテーブルの上を一度見回し、刃物類がすべて収まっていることを確かめてから応答した。


「はい、伊東です」


「伊東さん、今、話せるか」


「大丈夫です。装備の手入れをしていただけなので」


「ちょうどいいな。その装備を使う話だ」


 久我の声は、前置きを長くする気がないときの調子だった。


「日比谷の十階層へ行く。闘技場を回る予定なんだが、一緒に来ないか」


 日比谷ダンジョンの名を聞き、康一は椅子へ座り直した。国内で最も早く確認されたダンジョンで、長く利用されてきた場所だ。第十階層の闘技場が中級以上の探索者の狩場として使われていることも知っている。


「調査ですか」


「いや、普通の稼ぎだ」


 久我は即答した。


「闘技場で強い個体を狙う。高値になるドロップが見込めるし、運が良ければスキルか魔法を得る機会もある。行き帰りに狩れる通常個体も収益には入れる。誰かから頼まれた仕事じゃない」


「前の件とは関係なし、と」


「関係ない。あれはもう終わった話だろ」


「分かりました」


 康一も、その答え以上を求めなかった。


 久我は今回の参加者について、知り合いを中心に複数人で組む予定だと説明した。康一を含めて六人になる。名前や役割の詳しい確認は、全員が集まるときにするという。


「どうして俺なんですか」


 前回も通常の営利探索で一時的に四人で組んだ。今回は顔ぶれの違う六人で行くことになる。改めて誘われる理由は、確認しておいた方がいい。


「妙に目端が利くからだ」


 久我は少しもったいぶることなく言った。


「多少は戦えるのは分かってる。それに、伊東さんは普通なら流すような違いを拾うだろ。何でも分かるなんて期待はしてない。見落としを減らせる奴が一人いると、同じ人数でも動きやすい。今回は俺を含めて脳筋ばかりだからな」


 【解析】の名前は出なかった。


 久我が知っているのは、これまで一緒に動いたときの康一の行動だけだ。観察したことを伝え、他人の確認と合わせ、違えば見立てを引く。その結果を、久我なりに評価している。


「買いかぶりはしないでください。分からないものは分かりません」


「そこも込みだよ。分からないときに、分かった顔をしないだろ」


 返事に困るほどの褒め方ではなかった。久我が必要だと思う働きを、必要な範囲で言葉にしただけだった。


「詳しい条件を聞いてもいいですか」


「もちろん。そのために連絡した」



 康一は端末を手元へ引き寄せ、予定を開いた。


 久我から候補日を聞き、自分の予定と重ならないことを確かめる。集合して日比谷へ向かい、第十階層で闘技場へ挑戦する。周辺の通常個体も対象にするが、未知の現象を探しに行くわけではない。


 費用と収益の見込みについては、久我が概算を送ってきた。康一は項目を順に見た。移動費や消耗品などの必要経費を人数で分け、得たドロップと通常探索の収益を取り決めに沿って分配する。必ず利益が出る数字ではないが、成功したときの見込みと失敗したときの持ち出しは、通常の探索仕事として検討できる範囲に収まっていた。


「参加する人たちは、久我さんが何度か組んだことのある人ですか」


「ああ。全員がいつも一緒ってわけじゃないが、どう動くかはだいたい知ってる。まとめる奴も別にいる」


「久我さんが班長ではないんですね」


「俺に行程表まで持たせたいのか?」


「確認しただけです」


「戦うところは働く。全体を見るのは、そういうのが得意な奴に任せる」


 冗談に聞こえる言い方だったが、役割を曖昧にするつもりはないらしい。康一は、集合時に確認すべき項目へ、班長と判断系統を加えた。


「闘技場は、普通の狩り場より危険がある場所ですよね」


「そうだな。相手が強いのは最初から分かってる。楽な稼ぎだとは言わない」


「撤退や中止の判断は、その班長に従う形ですか」


「基本はそうなる。装備と役割を見て、無理なら入る前にやめる。誰かの状態が悪くても同じだ」


 康一は通話の向こうの言葉を、順に自分の確認項目へ置き直した。


 目的は収益。能力取得は可能性であって保証ではない。参加者は六人で、固定班への加入ではない。日程は合う。経費と見込みは仕事として成立する。危険はあるが、隠されてはいない。


 事件とは別の、次の探索だった。


「参加します」


 康一が答えると、久我はすぐに「分かった」と返した。


「集合場所と時間、持ってくる物はまとめて送る。あとの連中とは、そのとき顔を合わせればいい」


「了解です。装備の一部を点検に出すので、間に合わなければ代わりを用意します」


「そこまで分かってるなら問題ない。じゃあ、また連絡する」


 通話が切れた。


 康一は送られてきた予定を自分の予定表へ移し、点検へ回す部品の横に短いメモを置いた。明日やることが一つ増え、次の探索に必要な準備もいくつか増えた。


 それは救援の続きでも、未解明の何かを追う調査でもない。


 探索者として受けた、次の仕事だった。


 予定表に入った行き先を、康一はもう一度見た。


 日比谷ダンジョン。


 そこへ行く六人のうち、康一が知っているのはまだ久我だけだった。

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