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現代ダンジョン ―世界は今日も世知辛い―  作者: AIやすし
第一章

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第7話 置いていくもの

 外周迂回路の分岐へ身体を向けた八人は、そのまま細い道へ入った。数歩進んだだけで、靴底に返る感触が変わった。


 土の上を太い根が斜めに走り、その先では倒木が通路の半分を塞いでいる。地図では一本の線だった道が、実際には足を置ける幅と身体を通せる隙間の連続になっていた。久我が先へ出て、曲がり角の暗がりと倒木の向こうを順に確かめる。


「ここから狭い。大崎さんの横に二人つける場所は、倒木の手前までだ」


 藤堂が全員を止めた。相沢は大崎の腕を自分の肩へかけ直し、三田村が反対側から応急固定の位置を確かめる。康一は背負っていた大崎の荷物を胸の前へ回した。肩紐が鎧の縁を擦り、さっきまで支えていた腕の奥へ鈍い重さが戻ってくる。


「平らなところは俺一人で支えます。段差と倒木は二人。伊東さん、そのときだけ荷物をお願いします」


「分かりました」


 相沢の言葉に答え、康一は自分の短槍が根へ掛からないよう持ち替えた。南雲は端末の光を落とし、現在位置を記録してから胸元へ収める。榎本は列の後ろで足を置き直し、大崎たちが動き出すのを待っていた。


 平らな数歩は相沢一人で大崎を支えた。大崎は補助される側の足から先へ運び、痛めている脚を遅れて寄せる。倒木の手前で三田村が反対側へ入り、康一が二人分の荷物を受け取った。


「右足を根の内側へ。次に左です」


 三田村が一歩ずつ下ろす位置を示した。


「今の痛みは?」


「変わらない。このままなら進める」


 答えた大崎の呼吸は短かった。それでも声は途切れず、相沢の肩へ預ける重さも急には増えていない。二人が大崎の身体を持ち上げるあいだ、康一は先に倒木を越え、受け取った荷物を根に当てないよう抱えたまま振り返った。


 大崎の足が倒木の向こうへ下りる。相沢と三田村が同時に腰を落とし、衝撃を逃がす。ほんの一歩を越えるために、八人全員の歩みが止まった。


 次は榎本だった。久我が向こう側を見張り、藤堂が足元を示す。榎本は自分の力で倒木をまたいだが、下りたあとに踏み直し、数歩遅れて列へ戻った。


「足はどうですか」


 藤堂が聞くと、榎本は自分の呼吸が整うのを待ってから答えた。


「痛みは増してません。ただ、この足場だと歩幅が落ちます。遅れたら言います」


「列の方を合わせます。無理に詰めないでください」


 一人の歩幅が縮めば、前の七人も同じだけ速度を落とす。先頭が次の根を越えても、後ろが抜けるまで進めない。根の間を踏むたびに列を伸ばし、狭くなるたびに詰め直す。装備の端が木肌へ触れる乾いた音が、進んでは止まる間に何度も響いた。


 次の段差では、相沢と三田村がまた二人で大崎を支えた。康一が二人の荷物を持ち、南雲が空いた手で大崎の足元を照らす。下りた先が狭く、補助者が並べない場所では、相沢が先に身体を入れ、三田村から大崎の重さを引き受ける。支える手を一人から二人へ、二人から一人へ切り替えるたびに、誰かが武器か荷物を持ち直さなければならなかった。


 康一の肩には、大崎を背負ったときとは違う疲れが溜まっていった。重さそのものより、足元を見ながら荷を根へ当てず、前方から目も切らさない姿勢が腕を固くする。胸前の荷物が根に引っかかり、紐が一度強く張った。康一は足を止め、短槍の石突きで紐を持ち上げて外した。


「止まった?」


 前から相沢が聞く。


「外れました。進めます」


 その一言を待って、列全体がまた動いた。


 少し幅のある場所へ出たところで、藤堂が休止を指示した。大崎は太い根を背にして腰を下ろし、三田村が固定と顔色を確かめる。榎本も立ったままにせず、壁際へ身体を預けて脚を休めた。相沢は大崎を支えていた腕をゆっくり回す。康一は荷物を地面へ下ろさず、根の上へ預けて肩紐の食い込みだけを緩めた。


 誰も話さない数呼吸のあいだ、装備同士が擦れる音と、大崎の息だけが近くにあった。低地側から聞こえていた水音はもう遠い。代わりに、乾いた木を削るような小さな音が、倒木の先から混じった。


 久我の視線が通路の一点で止まる。


「接敵。根穿虫、一体」


「全員停止。大崎さんと榎本さんを内側へ」


 藤堂の声で、休止の形が変わった。


 相沢と三田村が大崎を太い根の内側へ座らせ直す。三田村は固定した脚が傾かない位置を選び、相沢が上体を支えた。榎本は走らず、その後ろへ数歩下がって武器を構える。康一は預かっていた荷物を根元へ置き、滑らないよう紐を木の出っ張りへ回した。空いた両手で短槍を取り、藤堂の盾の横へ入る。


 南雲は端末を収め、弓へ持ち替えた。久我が倒木の脇へ開き、根穿虫が負傷者側へ抜けない角度をつくる。


 削る音が大きくなり、硬い背が倒木の下から現れた。低い姿勢、六本の脚、開閉する顎。これまで見た通常個体と違うところはない。


 藤堂が盾を斜めに当て、顎の向きを通路の外へ流した。康一は踏み込んできた前脚へ穂先を置く。硬い外殻を深く狙わず、脚が土を捉える瞬間だけを突いてすぐ引いた。


 根穿虫の身体がわずかに傾く。南雲の矢が脚の付け根へ刺さり、久我が側面へ回った。長柄斧が関節へ落ちる。藤堂が盾で押し返し、康一が向き直ろうとした前脚をもう一度止めた。


 根穿虫は負傷者側へ入る前に動きを失った。


 戦闘は短かった。だが、終わったからといって八人はすぐに歩き出せなかった。


「そのまま。周囲を確認する」


 藤堂が戦闘隊形を解かずに言う。久我は倒木の先へ出過ぎない位置から左右を見直し、南雲も矢をつがえたまま曲がり角へ視線を送る。相沢は大崎の呼吸を確かめ、三田村は戦闘中に固定がずれていないか手を当てた。


「大崎さん、痛みは?」


「変わってない。立てる」


「まだ待ってください」


 三田村が固定を押さえ直す。榎本も急いで列へ戻らず、足元を確かめながら立ち上がった。


 周囲に次の物音がないことを久我と南雲が報告してから、藤堂はようやく盾を下げた。相沢と三田村が大崎を立たせ、康一が根元へ固定した荷物を外す。戦闘のために広げた間隔を詰め、大崎の補助位置を作り、榎本が歩ける間を取り直す。短い戦闘より、止まってから元の搬送隊形へ戻るまでの方が長く感じられた。


 康一は荷物を背負う前に、短槍の穂先側へ意識を向けて【解析】を使った。戦闘前にはなかった浅い擦れが一つ増えている。接合部には現在の負荷の偏りが残っていたが、急な変化は見えない。


 表示だけで済ませず、布で穂先を拭い、固定部を指で押さえる。柄を軽く捻っても緩みはなかった。康一は短槍を構え直し、大崎の荷物へ腕を通した。


 根穿虫の輪郭が黒い粒子へほどけたあと、土の上に魔石が一個残っていた。


 朝の通常探索なら、四人の誰かがすぐ拾っていた。売却できる戦利品を、目の前に残して進む理由はなかったからだ。


 だが今は、誰も搬送と警戒の位置を離れなかった。



「回収するなら、搬送から一人外す。そのあいだ、ここにいる時間が延びる」


 久我は魔石ではなく、倒木の向こうへ目を向けたまま言った。


「周囲を見る人も残す必要があります」


 南雲が端末で時刻と位置を確かめる。


「拾う動作そのものは長くありません。でも回収する人を出し、終わってからもう一度並びを整える時間がかかります」


「大崎さんを立たせた直後です」


 相沢は大崎の腕を肩に置いたまま、足場へ目を落とした。


「今ここで支える手を減らすなら、俺が一人で安定させる位置へ動き直します。場合によっては一度座ってもらうことになる」


 三田村も応急用品の袋から手を離さなかった。再び大崎を座らせるなら、固定の確認からやり直すことになる。


 康一は土の上の魔石を見た。価値がないわけではない。いつもの探索なら、戦って得たものを置いていく方が不自然だった。収入になるものを持ち帰るところまで含めて、自分たちの仕事だ。


 それでも今は、一個を拾うために人と時間を使えば、その分だけ八人の停止が延びる。外周迂回路へ入ってから、根一本、倒木一本を越すたびに、その積み重ねが全員の疲労へ変わっている。


「拾わない方がいいと思います」


 康一は藤堂へ向けて言った。


「魔石の価値が低いからじゃありません。今は回収するために搬送と警戒を崩す方が、帰還の条件を悪くします」


「俺も置いていく方がいい」


 久我が短く答える。


「先の見えない場所で、動ける人数を回収へ割きたくない」


「記録は残せます」


 南雲が続けた。


「討伐位置と非回収は記録します。ただ、記録したことと損失がすべて埋まることは別です」


 救援協力に対する報酬や、認定された実費などの扱いがあることは康一も知っている。だが、放棄した回収品や、通常探索なら得られたはずの利益まで、すべてが補われるとは限らない。


「補償の計算は帰ってからです」


 相沢が言った。


「今は大崎さんを安定して運べる人と手を残したい」


 藤堂は魔石、大崎、榎本、前方を順に見た。康一の提案だけで決めず、全員が示した条件を受け取ってから口を開く。


「魔石は回収しません。記録だけ残し、進みます」


 南雲が端末へ入力する。土の上の魔石は、八人の誰の袋にも入らなかった。


 再び荷物を背負おうとして、康一は肩紐を引く手を止めた。新しい戦利品を増やさなくても、朝から持っている荷物は残っている。大崎の分まで持ついま、その一つ一つが根を越える腕と、倒木を支点にする手を塞いでいた。


「藤堂さん。今ある回収品も見直しませんか」


 藤堂はすぐには答えず、康一の荷物と、ほかの七人の装備を見回した。


「必要品には触れない。放棄するなら通常回収品だけです」


 三田村が先に境界を示した。


「水、応急用品、固定と搬送に使う物は残してください」


「通信と照明も残します。帰還に必要な予備もです」


 南雲が補う。


「武器と防具は当然残す」


 久我が言った。


「減らすなら、戦闘や警戒の動きを邪魔している低優先度の回収分からだ」


 相沢は自分たち三人の荷物を見たあと、大崎を支える腕の位置を直した。


「こちらも確認します。段差で腕を空けるために、持ち替えを減らしたい。大崎さんの必要品は俺と三田村さんで分けます」


「分かった。俺の荷物も見てくれ」


 大崎が言った。


「補助してもらえば進める。でも悪い足場が続けば、支える側の負担も増える。持ち帰る必要のない物まで持たせたくない」


 榎本も自分の袋を前へ回した。


「俺も走れません。遅れたときに荷物まで誰かへ渡すことになるなら、今のうちに減らします」


 藤堂が周囲をもう一度確認し、荷物を開けられる時間を区切った。


「全員、ここで一度下ろします。必要品と通常回収品を分ける。放棄範囲は確認してから私が決めます。久我さんは警戒を継続。開ける荷物は一度に二つまで」


 八人は通路を塞がないよう壁際へ寄り、荷物を下ろした。地面へ置くたび、金具と布が鈍い音を立てる。久我だけは前を向いたまま、長柄斧を手から離さない。


 康一は自分の袋を開けた。水、照明、応急用品、帰還まで必要な予備を手前へ寄せる。短槍と防具は身につけたままだ。朝から集めた通常回収品を、その隣へ分けて置いた。


 相沢と三田村は大崎の荷物を開き、固定や搬送に使う物と、帰還まで本人に必要な物を先に残す。榎本は自分で中身を確認し、持ち主が分からなくならないよう袋の前へ並べた。南雲は端末に持ち主と放棄候補を記録していく。


「これは通常回収分です」


「こっちも同じです。帰還には使いません」


 確認の声は短く続いた。具体的な値段を計算する者はいない。それでも、置く側の手が一瞬止まるたび、どうでもいい物を選んでいるのではないことが分かった。通常なら持ち帰り、売却して、その日の利益になる物だった。


 康一も放棄候補を地面へ置いた。袋の中にあったときより小さく見える。それが収入の一部であることは変わらない。今日の探索で費やした時間が消えるわけでもない。


「候補は以上です」


 南雲が記録を読み上げ、各自の持ち物であることを確認した。


 三田村は残す応急用品をもう一度数え、相沢は大崎を支える側へ余計な荷が回っていないかを見る。久我は振り向かず、藤堂が全体を確認するあいだも通路の先を見張っていた。


「放棄候補に、生存、搬送、連絡、戦闘、帰還に必要な物はありません」


 藤堂は一つずつ確認し、最後に決めた。


「この範囲を置いていきます。損失は記録する。いま優先するのは、八人が帰ることです」


 南雲が決定を入力した。放棄する通常回収品は袋へ戻さず、通路の端へまとめて置く。誰かの忘れ物に見えないよう、記録した位置と照合する。


 残す物だけを袋へ詰め直すと、空いた部分が潰れ、荷物の形が少し薄くなった。康一は肩紐を締め直す。背中から負担が消えたわけではない。だが、腕を前へ出したときに荷物の重心が遅れて振られる感覚は小さくなっていた。


 相沢も自分の荷を背負い、大崎の横へ戻った。三田村は応急用品と固定具をすぐ出せる位置へ直す。榎本は立ち上がって数歩その場で踏み、歩幅を確かめた。


「準備できました」


「こちらも」


 藤堂は久我の確認を待ち、八人を再び搬送の並びへ戻した。


 魔石と、通常なら収入になった回収品が、その場に残った。


 八人は振り返らずに歩き出した。



 荷物を減らしても、外周迂回路の根や倒木がなくなるわけではなかった。


 大崎の補助は平らな場所で一人、段差で二人へ切り替わる。榎本の歩幅に合わせ、列は進んでは狭まり、また伸びた。肩の負担は少し軽くなっても、足を置く場所を選ぶ時間までは減らない。


 次の倒木を越えたところで、康一は前方から続く低い羽音に気づいた。


 一匹の音ではない。葉が震えるような細かな重なりが、曲がり角の先で膨らんでは弱くなる。久我が拳を上げ、八人を止めた。


「羽音。前方」


 全員の呼吸が静かになる。久我は足場を選びながら曲がり角の手前まで進み、身体を出し過ぎない位置から先を見た。南雲も端末の光を抑え、現在位置と道の続き方を照合する。


 乾いた地面を擦る音が、羽音の下から二つ重なった。


「根穿虫が二体」


 久我が声を落とす。


「その奥に樹甲獣、一体。上は葉翅虫の小群だ」


 康一も藤堂の後ろから、遮る根の隙間へ視線を通した。


 通路の中央寄りに樹甲獣が一体いる。低い位置には根穿虫が二体。さらに上方、枝と暗がりの境を葉翅虫の小群が動いていた。


 どれも見たことのある種類だった。樹甲獣も、根穿虫も、葉翅虫も、個体そのものに通常と違う様子は見えない。


 問題は三種が同じ先に重なっていることだった。


 一種へ向き直れば、別の一種から目を離す。広く展開しようにも、左右には根と倒木があり、大崎を支える位置が要る。榎本を急に走らせることもできない。戦える者を全員前へ出せば、負傷者を安定させる手が足りなくなる。


 南雲が地図と目の前の地形を見比べた。


「現在確認できる範囲では、この場の近くに八人で回り込める場所は見当たりません。管理情報だけで、見えていない先の状態までは決められません」


「引き返して別の道を選べば、さっきまでの段差と距離を戻ることになる」


 相沢は大崎の横を離れずに言った。


「ここを通すなら、支える人を残したまま抜ける必要があります」


「俺は補助があれば動ける」


 大崎が前方を見た。


「だが、あの前で何度も止まるなら脚は持ってくれない。止める場所は選んでほしい」


 榎本も自分の足元を確かめる。


「俺も歩けます。ただ、急な移動には合わせられません」


 久我が三種の位置をもう一度見た。


「一体ずつなら、どれも知らない相手じゃない。だが今は、三種と地形と搬送が同じ場所に重なってる」


 藤堂はすぐに前進を命じなかった。


「まだ出ません。大崎さんと榎本さんはそこで休止。久我さんと南雲さんは、見える範囲の位置をもう一度確認してください。全員、攻撃は開始しない」


 武器を構える手に力は入っても、誰も曲がり角の先へ踏み出さなかった。


 康一は根の向こうに重なる三種を見た。荷物を置いてきたことで、少し動きやすくはなった。それでも道が安全になったわけではない。通常帰還路を選んでいればどうなったかも、ここからは分からなかった。


 分かっているのは、大崎を支え、榎本の歩幅を守り、八人であの向こうへ抜けなければならないことだけだった。



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