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五十歳、聖女候補です。(他薦)  作者: あゆと


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8/8

四人目 灰水の聖徒、ニナ・グラント②

 前頁の最後に、セリアの筆でこう記されていた。


 最初の村控えでは、翌朝死んだ二人も、清水を受けた者の中に入っていました。


「清水を受けた者は、百十四名でした」


 ニナ・グラントは、神殿記録の一行を指で押さえた。


「そこまでは、本当です」

「神殿の最終記録では、救命者百十二名に直っています」

「私が訂正を出しました」


 ニナの指が、次の行へ移った。


 救命者、百十二名。


「最初の村控えでは、違っていたのですね」

「清水を受けた者、百十四名。その横に、助かった者も百十四名と書かれていました」

「その二名について、聞かせてください」


 ニナは、少しだけ目を伏せた。


「一人目は、ミラです。赤子がいました。名はリオです。ミラは水を飲みました。リオも乳を飲みました。だから、その場では助かったと思われました」

「けれど」

「夜に熱が戻りました。朝には、もう」


 ニナの声が低くなった。


「リオは、泣いていました。弱い声でした。でも、泣いていた。……ミラは、その声を聞けなかった」


 セリアは、ミラの名を書いた。

 その下に、リオの名も書いた。


「もう一人は、ユリスです。十二歳でした」

「弟妹がいた」

「弟のノルと、妹のセナです。父親は足を痛めて動けず、母親は汚れた水で腹を壊して寝込んでいました。だからユリスが、家の水を取りに来ていました」


 ニナは、神殿記録から目を離さなかった。


「水は届きました。ユリスは、自分で椀を受け取って、家まで戻った。弟と妹に先に飲ませて、母親にも飲ませた」

「ユリス様は」

「椀の底に残った分で、口を湿らせただけです」


 セリアの筆が止まりかけた。


「それでも、椀は空でした。家には水が届いていた。弟と妹は生きていた。母親も、夜のうちは持ち直した。だから、ユリスの家は大丈夫だと思われた」

「夜の見回りから外れた」

「外れました」


 ニナは、息を吸った。


「あの子が、一番最後に残っていたのに」


 聴取室に、紙のこすれる音だけが残った。


「私は、水を澄ませるだけです。腹の中までは戻せない。飢えた体も戻せない。家に水が届いたあと、その家で誰が最後に残ったのかも、井戸を見ているだけでは分からない」


 そこまで言って、ニナは口を閉じた。

 セリアは、その沈黙を急がせなかった。


 しばらくして、ニナが続けた。


「あの日、私は百十四名を救ったように扱われました」

 ニナの声は、低いままだった。

「……否定しませんでした」


 ◇


 灰谷の朝は、白くなかった。


 井戸の周りも、道も、家の壁も、薄い灰をかぶったように見えた。雨は上がっていたが、村には濁った水の匂いが残っていた。


 ニナは、三つの井戸を清めた。


 市場前の大井戸。

 坂下の共同井戸。

 北の小井戸。


 どの井戸も濁っていた。底に黒い泥が沈み、水面には灰色の膜が張っていた。


 御業を通すと、水の中の濁りがゆっくりほどけていく。木椀に汲んだ水の底が見えた時、村人たちが息をのんだ。


 誰かが泣いた。

 誰かが桶を差し出した。

 神官たちが、水を配れ、と声を上げた。


 ニナは次の井戸へ向かった。

 腕は途中から上がらなくなった。それでも、三つとも清めた。


 夕方、村の神官が控え板に書いた。


 清水確認、三井戸

 清水を受けた者、百十四名


 その横に、助かった者、百十四名と書かれた。


 ニナは、何も言わなかった。


 村人たちは泣いていた。

 神官たちは神に感謝していた。

 自分も、立っているだけで精一杯だった。


 水は澄んだ。

 人々は飲んだ。

 泣いていたリオも、少し眠った。


 そのまま朝になればよかった。


 けれど、夜明け前に知らせが来た。


 ミラが死んだ。


 リオは、ミラの腕のそばで泣いていた。

 声は弱かった。それでも、泣いていた。

 ミラは、もうその声を聞けなかった。


 続いて、ユリスの家からも知らせが来た。


 弟と妹は生きていた。

 母親も、かすれた声でユリスの名を呼んでいた。

 ユリスだけが、冷たくなっていた。


 葬送の祈りは、朝のうちに行われた。


 神官は、まずミラの名を呼んだ。


 白布のそばで、リオが泣いた。

 泣き疲れて、声はかすれていた。それでも、口だけは母親の乳を探すように動いていた。


 村人たちは頭を下げた。

 ニナも祈りの言葉を口にした。


 声が、うまく出なかった。


 次に、ユリスの名が呼ばれた。


 ノルとセナは、椀を抱えたまま並んで座っていた。

 誰かが取り上げようとすると、ノルは首を振った。セナは椀を胸に押しつけて、何も言わなかった。


 神官は祈った。

 村人たちも祈った。

 ユリスの母親は、寝床の中から何度も息子の名を呼んだ。


 ニナは、最後までそこにいた。


 井戸は澄んでいる。


 昨日まで濁っていた水は、木椀の底が見えるほど澄んでいる。

 村人たちは、その水を飲んだ。

 リオも乳を飲んだ。

 ノルとセナも、生きている。


 それなのに、ミラは死んだ。

 ユリスも死んだ。


 葬送が終わっても、ニナは井戸のそばに立っていた。

 神官たちは、病人のいる家を回っていた。村人たちは、倒れた柵や流された薪を片づけ始めていた。


 ニナだけが、井戸の水を見ていた。


「ニナ様」


 呼ばれて振り向くと、マルタがリオを抱いていた。


 聖イリア孤児院の院長。


 灰谷に救援が入った時、避難所の子どもと、倒れた親のいる家を見て回るよう頼まれていた人だった。


「少しだけ、抱いていただけますか」


「私が、ですか」


「リオ様です。ミラ様のお子です」


 ニナは、差し出された赤子を受け取った。


 軽かった。


 リオは泣き疲れていた。それでも、口だけはまだ動いていた。母親の乳を探しているのだと、ニナにも分かった。


「私は、ノル様とセナ様の寝床を整えてきます」


 マルタは、そう言ってユリスの家へ向かった。


 ノルとセナは、戸口に座ったままだった。

 二人とも、椀を抱えている。


 マルタは二人の前に膝をつき、まず椀を見た。


「冷たくなっていますね。替えましょう」


 椀を取り上げようとはしなかった。

 神官見習いを呼び、温めた水を持ってくるよう頼む。古い椀は、二人の膝の上に残したままだった。


 次に、近くにいた母親へ声をかけた。


「乳を分けられる方を探してください。少しでも構いません」


 ユリスの母親には、濡らした布を渡した。

 すぐ飲ませるのではなく、唇を湿らせるように、手本を見せた。


「一度に飲ませないでください。少しずつです」


 マルタは、誰も責めなかった。

 ただ、残った人の前で止まった。


 ニナは、リオを抱いたまま見ていた。


 井戸は澄んだ。

 水は配った。

 葬送も終わった。


 それでも、リオは母親を探していた。

 ノルとセナは、兄の椀を離せなかった。

 ユリスの母親は、声にならない声で息子の名を呼んでいた。


 ニナは、その時ようやく思った。


 私は、井戸を見ていた。


 井戸の後ろに残ったものを、見ていなかった。


 昼過ぎ、隣の枝村から使いが来た。


 井戸が濁ったままだという。


 村の神官が、ニナを呼びに来た。


「ニナ様。隣村の井戸も、お願いできますか」


 ニナは、返事ができなかった。


 井戸なら清められる。

 濁った水なら、澄ませられる。


 昨日までなら、そう思えた。


 けれど今は、井戸の水面を見るだけで、ミラの腕のそばで泣いていたリオを思い出す。

 椀を抱えたまま泣くノルとセナを思い出す。

 水は届いたのに、ユリスが冷たくなっていたことを思い出す。


 ニナは井戸へ歩こうとした。


 一歩目は出た。

 二歩目で止まった。


 井戸の縁に手を置こうとして、指が動かなかった。


 神官が、息をのんだ。


「ニナ様」


 ニナは返事をしなかった。

 できなかった。


 水を澄ませても、また誰かが死ぬかもしれない。

 水が届いたと喜んで、朝になったら名前が増えているかもしれない。


 昨日、井戸を澄ませた手だった。

 村人に感謝された手だった。


 今は、その手で井戸に触るのが怖かった。


 マルタが、リオを抱いて戻ってきた。


 袖は濡れていた。

 裾には泥がついていた。

 髪も少し乱れている。


 けれど、リオは眠っていた。


「リオ様は、聖イリアで預かります」


 ニナは顔を上げた。


「孤児院で、ですか」


「今日からです。乳を分けてくださる方も見つかりました。道中は私が抱きます」


 そばにいた神官見習いが、ためらうように口を開いた。


「聖イリアも、冬の蓄えは多くないと聞いています」


「多くありません」


 マルタは、眠っているリオを抱き直した。


「寝床は、洗濯部屋を空けます。乳を分けてくださる方には、聖イリアから粉と薪を渡します。足りない分は、私が王都で頭を下げます」


 神官見習いは、何も言えなくなった。


 マルタは、次に避難所の奥を見た。


「ノル様とセナ様は、お母様が起き上がれるまで、ここで見ます。今夜の寝床は作りました。ユリス様のお母様には、神官見習いを一人つけていただきます」


 若い神官が、慌ててうなずいた。


「聖イリアから、毛布と乾いた豆も送ります。灰谷へ来る商人に頼めば、三日に一度は届けられます」


「三日に一度も、ですか」


 年嵩の神官が、思わず聞き返した。


「春までです」


 マルタは、静かに言った。


「雪が解けるまで、子どもは待てません」


 マルタは、ニナを責めなかった。

 慰めもしなかった。


 ただ、残された人たちの行き先を、一つずつ決めていた。


「ニナ様」


 マルタは、眠っているリオを抱いたまま言った。


「ここは、私が残ります」


 ニナは、何も言えなかった。


「井戸は、あなたでなければ清められません」


 マルタは、そこで初めてニナの手を見た。


「でも、そのあとに残る人は、私が見ます」


 ニナの喉が震えた。


「私が行ってしまっても、いいのですか」


 マルタは、リオの寝顔を見た。

 ノルとセナのいる方を見た。

 ユリスの母親が眠る戸口を見た。


「次の井戸では、水を配ったあとに家を回ってください」


 マルタは言った。


「赤子のいる家。子どもが水を取りに来た家。親が寝込んでいる家。そこだけは、井戸のあとに回ってください」


 避難所の奥から、ノルの声がした。


「水、いる」


 セナに飲ませる水を探していた。


 マルタは、ニナを見た。


「温めた水が要ります」


 ニナは、反射のように井戸を見た。

 そこには、澄んだ水がある。


 ニナは、椀を取った。

 手はまだ震えていた。


 けれど、井戸へ歩いた。


 水を汲み、神官見習いに渡す。

 神官見習いが小鍋へ移し、火にかける。


 ノルは、温まった水を受け取ると、自分では飲まず、セナの口元へ先に持っていった。


 ニナは、それを見ていた。


 水は、まだ役に立っていた。


 死者を戻すことはできない。

 でも、生きている子の喉を湿らせることはできる。


 その時、ニナは初めて、息をした。


「……次の井戸へ行きます」


 マルタは、急かさなかった。


「水を配ったあと、家を回ります」


 ニナは言った。


「赤子のいる家。子どもが水を取りに来た家。親が寝込んでいる家。そこを、井戸のあとに回ります」


 ニナは、自分の手を見た。


「怖いまま、行きます」


 マルタは、リオを抱いたまま、道の方へ半歩よけた。

 ニナが通れるだけの幅だった。


 それだけだった。


 ニナは、もう一度井戸を見た。


 澄んでいた。


 昨日は、それだけで救えたと思いたかった。

 今は、その先に家々があると分かっていた。


「忘れないように、書いておきましょう」


「記録に?」


「最初は、ご自分のために」


 マルタは、井戸のそばに置かれていた板を拾った。

 前の日に、神官たちが清水の数を書いていた板だった。


「次の井戸へ行く前に見るものです」


 ニナは、木炭を受け取った。


 手が震えていた。


 マルタは急がせなかった。

 リオを抱き、ノルとセナの方へ目を配りながら、ただ隣に立っていた。


 ニナは、板に書いた。


 赤子

 倒れた親

 水を取りに来た子

 最後に残った子

 葬送のあと


 書き終えた時、ニナの手は黒く汚れていた。


 ミラは戻らない。

 ユリスも戻らない。


 それでも、リオは眠っている。

 ノルとセナは、温めた水を飲んでいる。


 ニナは、板を持って立ち上がった。


 怖さは消えなかった。

 消えないまま、次の井戸へ向かった。


 ◇


 聴取室で、ニナはそこまで話して、口を閉じた。


 セリアは、百十二名の横に、ミラ、ユリス、と書いた。

 その下に、リオ、ノル、セナ、と小さく書き足した。


 ミラとリオを同じ線で結びかけて、筆を止めた。

 ユリスとノル、セナも同じだった。


 死亡者名と生存者名は、別の場所に書かれている。

 だが、この記録では、別々には読めない。


「リオ様は、その後どうなりましたか」


 セリアが尋ねると、ニナはすぐに答えた。


「聖イリア孤児院で育ちました」


 セリアの筆が止まった。


「マルタ先生が、連れて帰ったのですか」

「連れて帰りました。最初は冬を越すまで預かるという話でした。でも、ミラの親族は水害で散っていました。戻る家がなかった」


 ニナは、少しだけ視線を落とした。


「だから、リオは聖イリアの子になりました」


「ノル様とセナ様は」

「ユリス様のお母様が起き上がれるまで、マルタ先生が灰谷に残りました。そのあとも、聖イリアから毛布と豆を送り続けました。春まで、何度も」


「何度も、ですか」

「一度助けて終わりではありませんでした」


 ニナの声が、少しだけ強くなった。


「ノルは今も、子どもが水を汲みに来ると、その場で一口飲ませるそうです。セナは、小さい子の椀を先に温めると聞きました」


 セリアは、顔を上げた。


「ユリス様のお母様は」

「春まで寝たり起きたりでした。けれど、ノルとセナが残った。マルタ先生が物資をつないだ。神官見習いも通った」


 ニナは、ゆっくり息を吐いた。


「ユリスを失ったことは、消えません。でも、あの家は、そこで終わらなかった」


 聴取室が、静かになった。


「ニナ様ご自身は」


 セリアは、あえて尋ねた。


「私は、あの日、もう井戸に触れないと思いました」


 ニナは、記録の上に置いた指を少し動かした。


「水を澄ませても人が死ぬなら、私の御業に何の意味があるのか、分からなくなった。でも、隣の枝村にも濁った井戸がありました。私が行かなければ、そこでも水を待つ人がいた」


「それで、行けたのですか」

「行けました」


 ニナの答えは短かった。


「マルタ先生が、リオを抱いていました。ノルとセナを見ると言った。ユリス様のお母様のそばにも人を置いた。ここは私が残ります、と言った」


 ニナは、神殿記録の上から手を離した。


「私一人なら、リオを置いて行くこともできず、次の井戸へ行くこともできませんでした。あの日、私の御業はそこで止まるところでした」

「怖さは、消えたのですか」

「消えません」


 ニナは、迷わず答えた。


「今も、井戸の底を見るたびに思い出します。それでも、手は水に入れられます」


 セリアは、その言葉を記録した。


「では、ニナ様にとって、マルタ先生は何をした人ですか」


 ニナは、少し考えた。


「私が水を澄ませたところで立ち止まっていた時、その先に行った人です」


 セリアは、筆を止めた。


「その先」

「水を飲んだあとにも、人は生きます。母を失った子がいる。兄を失った弟妹がいる。息子を失った母親がいる。自分の御業を怖くなった私がいる」


 ニナは、ミラの名を見た。

 次に、リオの名を見た。


「私は、井戸の水しか見ていませんでした」


 ニナは、静かに続けた。


「マルタ先生は、水のあとを見ていました」


「水のあと」


「リオを抱き、聖イリアで育てた。ノルとセナの冬を越させた。ユリス様のお母様を一人にしなかった。私には、次の井戸へ行ける場所を残した」


 セリアは、顔を上げた。


「だから、推薦するのですか」

「推薦します」


 ニナは、迷わなかった。


「リオの人生は、あそこで終わりませんでした。ノルとセナも、ユリスの死だけで止まらなかった。私も、あの日で井戸を捨てずに済みました」


 少しだけ間を置いて、ニナは続けた。


「水を清めるだけでは、足りなかったのです」


 セリアは、その一文を書き取った。


「マルタ先生は、リオを抱いて帰りました。ノルとセナの冬の食べ物を手配しました。ユリス様のお母様のところへ、人を通わせました」


 ニナは、百十二名の横に書かれた名を見た。


「あの人がいなければ、私は次の井戸へ行けませんでした」


 セリアは、その言葉も記録した。


「あなたは、聖女になる意思を失っていない」

「失っていません」

「水を清める役目から逃げる気もない」

「逃げません」

「それでも、マルタ先生を推薦する」

「推薦します」


 ニナの答えは短かった。

 けれど、その短さに逃げはなかった。


「私一人なら、あの日で終わっていました」

 ニナは、机の上に置かれた記録から手を離した。

「だから、私はマルタ先生を推薦しました」


 ◇


 セリアは、四枚目の聴取録を閉じた。

 神官長は、しばらく何も言わなかった。


 卓上には、四枚の記録が並んでいる。


 白癒の令嬢。

 群青の祈り子。

 黄金の施し手。

 灰水の聖徒。


 癒やし。

 祈り。

 施し。

 清水。


 どれも、聖女に必要なものだった。

 そして、その四人は全員、自分の力を捨てていない。


 リリアナは、人を癒やす。

 エステルは、祈る。

 ヴィオラは、施す。

 ニナは、水を清める。


 そのうえで、同じ人物を推薦している。


 マルタ。


 セリアは、救命者百十二名の横に書いたミラとユリスの名を見た。

 その下に、小さく書いたリオ、ノル、セナの名も見た。


 救命者。

 死亡者。

 生存者。


 欄は分けられる。

 けれど、リオの名はミラの名から離れなかった。

 ノルとセナの名も、ユリスの名から離れなかった。


 四人目の証言は、救ったあとの人生を誰が引き受けるのかという問いを残していた。


「四人目です」

「その通りです」

「偶然では、もう片づけられませんね」

「片づけるには、証言の形が違いすぎます」


 同じ人物を推薦している。

 だが、同じ話ではない。


「五人目を」


 神官長が言った。


 セリアは、最後の聴取録に手を伸ばした。

 黒い表紙だった。


 これまでの四人は、誰かを救う力を持っていた。

 最後の一人は、罪を見つける力を持っている。


 黒衣の裁き手。


 クラウディア・ヴェルン。


 セリアは、表紙を開く前に、一度だけ自分の筆を見た。

 裁く者の証言を、記録するのは自分だった。

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