80話「マロングラッセ」
ダイレルの屋敷でレイディルたちを待っていたのは見知ったメイドであった。
「たしか……エルミナの……」
レイディルの呟きは中断され、メイドに中へと案内される。
屋敷の中へ入った途端、アリーシアスに抱きつく人物がいた。
「か、母さん!?」
抱きつかれたアリーシアスは目を丸くしている。
「ふふっ、驚いた?」
フェリシアはいたずらっぽく笑う。
アリーシアスはどういうことかと、アルコイリスへと振り向き説明を求める視線を送った。
これほど速い移動手段といえば機動車くらいしかないだろう。
だとすれば一緒に乗ってきたアルコイリスならば、事情を知っているはずだ。
「まあ……フェリシア様は私と共に来たわけですが──」
上手く説明しようと言葉を探すアルコイリス。
集中するためか目を閉じた。
「えー、まずダイレル様から手紙を受け取ったことは言いましたわよね?」
未だ母に抱かれるアリーシアスは、何とか首を縦に振る。
「次は……手紙にグイッと……あ、いえ……うん。あー、その手紙に……フェリシア様も王都に来るようにと書いてあったみたいなのです」
「は、はぁ……」
気の抜けたアリーシアスの返事に、アルコイリスはチラッと視線を向け、再び目を伏せる。
「最後に、一緒に例の馬の無い機械の馬車で来たというわけですわ」
よし言えた!と言わんばかりに、胸の前で両手を握るアルコイリス。
「つまり、父さんの差し金……と」
言いかけて、アリーシアスは母へと首の向きを直す。
「母さん、そろそろ……」
恥ずかしさもあるのか、フェリシアを半ば強引に押して離す。
フェリシアは名残惜しそうに、アリーシアスから離れた。
一連の騒ぎを終えると、背後の扉をバタンとメイドが閉める。
ふと、レイディルはウェリティアの言葉を思い出した。
『夕飯は美味しいもの食べられるよ』
なるほど、手紙をフェリシアに渡したのも、機動車を運転したのもウェリティアだ。
ダイレルがどんな考えで動いたのか、一番分かっていたのは彼女だろう。
レイディルは小さく口角を上げた。
「いわゆる……サプライズというヤツですわね」
アルコイリスが得意顔で言ってのけた。
「それじゃあ、お集まりの皆様、お食事の用意がしてございます。こちらへ」
フェリシアは冗談めかしつつも笑顔で客人をもてなすような態度を取ると、両手で奥を指し示し移動を促す。
どうやら久々に戻ってきた自分の家で、女主人として振る舞うことを楽しんでいるようだった。
「あ……わ、私も……いいんでしょうか……」
戸惑うレイラにフェリシアが声をかける。
「アリーシアスのお友達でしょう? こちらからも是非」
フェリシアは笑顔でそう答えた。
レイディルたちはフェリシアの手料理をいただく。
エルミナから移動してすぐに夕食の準備をするのは大変だったのだろう。
身体が弱いらしいフェリシアの顔色は少し悪かった。
それでも娘との夕食を楽しむように、彼女は笑顔を絶やさなかった。
「それでは私はこちらへ泊まりますので」
屋敷の玄関でアルコイリスが、レイディルとレイラにそう言った。
何も言わずジト目だけで抗議するアリーシアスに、アルコイリスはフフンと鼻をならした。
「宿を取る暇もありませんでしたもの、いたし方ありませんわ」
父の無茶に付き合ってくれた挙句、それは自身のため。
そう考えればアリーシアスには拒否することは出来なかった。
レイディルとレイラは手を振り屋敷を後にする。
「賑やかな……一日でした……」
帰り道、レイラがそう呟くが、その顔は満ち足りた表情だった。
屋敷を出て、少し。
兵舎へと続く道へ差し掛かると、レイラはぺこりとお辞儀をしてレイディルと別れた。
一人夜道を歩くレイディル。
「確かに賑やかだったな」
一日を振り返り、レイディルも小さく笑った。
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翌日。
晴れ渡る空。
雲一つなく、風もない。
穏やかな天気だが、その空の下は少々物騒であった。
切り立った岩壁。
砂利と岩が転がる荒地。
所謂、採石場跡。
置かれる大砲が一つ。
その採石場跡の端に機動馬車が一台止まっている。
しかし、その後ろにはいつもあるヴァルストルムを載せた荷台が無い。
あるのはもっと簡素な、資材を運ぶためだけの荷台が備え付けられていた。
王都アルディアスから北東へしばらく進んだこの場所へ、数名の護衛騎士が守る華美な馬車がガタゴトとやってくる。
馬車は機動馬車の横へピタリと止まる。
馬車の馬が隣に黙して立つ機械馬をジッと見つめていた。
心做しか驚いているようにも見えた。
護衛の騎士が馬車の出口を固めると、キャビンからシエナ姫が降りてくる。
その出で立ちはドレス姿ではなく、カーキ色のベストにズボン。
まるで野外で実験をする者を彷彿とさせる格好だった。
続いてレイディルとバーグレイ将軍が降りてくる。
バーグレイ将軍は疲れた顔をしていた。
彼はやれやれ、と息を吐く。
「まさかここに到着するまで、姫が喋り続けるとは思わなんだ……」
姫に聞こえないことを確認すると、バーグレイ将軍はそう独りごちた。
あのダイレルをもタジタジにさせるシエナ姫の会話だ。
将軍の横に立つレイディルは苦笑いをしていた。
大砲の周囲では、数名の技術開発局員が最終調整に追われていた。
砲身を確認する者、機構を調べる者、記録を取る者。
試射を前に、それぞれが最後の確認を行っている。
一通りの人物が出揃ったことを確認すると、大砲の近くにいたクラウス博士が技術者の一人に、なにやら指示を出す。
それから軽い足取りで、姫一行へと近づいてくる。
「どうもどうも、御足労いただきまして」
博士は軽い口調とは裏腹に、徹夜をしたのだろうか、目の下に濃いクマを作っていた。
「こんな場所へ来るということは、もちろんアレよね」
シエナ姫はニヤリと笑った。
「えぇ、もちろんアレです」
と、クラウス博士の眼鏡が怪しく光る。
「双方、勿体つけんでもいいでしょうに……」
「おお、将軍、なんてつまらないことを!
姫……姫は、ああいうつまらない大人にはなりませぬよう」
クラウス博士は悪戯っぽい笑を浮かべて言った。
「うっさいわい!」
バーグレイ将軍は呆れた声で息を吐き捨てた。
まるで慣れっこのように。
二人のやり取りを見て、シエナ姫はクスクスと笑っていた。
クラウスは一度ゴホンと咳をし、仕切り直す。
「さて、お立ち会いの皆々様。
只今より、新兵器の試射を行いたいと思います」
クラウス博士の言葉に、パチパチと拍手が起こる。
一人分の。
盛り上がっているのはシエナ姫だけのようだ。
レイディルは、新兵器と言われた大砲をジッと見つめている。
(昨日見たのと、変わってないな)
「さて、本日はその威力を確かめるため、的を用意しました」
博士が空へと、信号弾代わりの火の魔術を放つ。
すると離れた場所から機動車の二号が、荷台を引きながら走ってきた。
二号車は荷台を大砲の前に停めると、連結を切り離した。
その荷台には──
「あれは中型ギガスか!」
バーグレイ将軍が目を見開いて驚いた。
クラウス博士は機動車二号から降りたウェリティアへ礼を述べると、バーグレイ将軍へと視線を向けた。
「まぁ、形だけ岩で再現した模造品ですがね」
クラウス博士は肩を竦めそう答えた。
「とはいえ、仮想敵として鎧も着せていますし、本体にはちゃんと防御結界も付与してありますので、防御力だけならば限りなく本物には近いと思いますがね」
彼はそう続けながら、鎧の調達先にも言及していた。
どうやらカーネスで置き去りにされていた物をわざわざ運んでもらったらしい。
「さて、では試射と行きますが……よろしいですか?」
シエナ姫がこくりと頷く。
その顔はやけに楽しそうだ。
レイディルもまた口角を上げ、博士の新発明への期待が滲み出ていた。
そんなレイディルの横に、腕を後ろに組んだウェリティアがひょいっとさりげなく立った。
どうやら新兵器に関する、彼女の立場としては見物人寄りのようだ。
模造品は大砲から百メートルほど離れた場所に置かれ、切り立った岩壁を背にしていた。
「はいはい、ギャラリーの皆さんはちょっと離れてください」
クラウス博士は両手を大きく横に広げて、見物人たちを押すようなジェスチャーをする。
それに釣られ、皆一歩、二歩と後ろに下がった。
見物人が距離を取ったことを確認すると、博士は手を挙げ合図を送る。
技術者は砲尾の側面に設けられた操作部へ手を伸ばす。
発射桿を押し込んだ。
ドッッッ!!
大きな発射音が採石場に響いた。
と、同時に前方の模造品の胴の辺りで、大きな爆発が起こる。
もうもうと立ち込める煙。
「あれは……ただの火薬の炸裂じゃない……」
レイディルがぼそりと呟いた。
やがて煙が晴れると──
鎧を砕かれ、胴にヒビが入った模造品が立っていた。
見物人たちからは大きな声が漏れる。
しかし……
「なんだ……一撃で倒せるわけじゃないのね」
シエナ姫が肩透かしを食らったような声を漏らした。
周囲の騎士たちやバーグレイ将軍がシエナ姫へと視線を向けた。
「え、な、なに? 私、変なこと言ったかしら……?」
「変と言うよりは、結果を低く見すぎってところですね」
たじろぐシエナ姫に向かってレイディルが言った。
「レイディルの言う通りです姫」
バーグレイがレイディルの言葉を継ぐ。
「通常の大砲ならば……防御結界を削ることも出来ましょう。
しかし、最近のギガスはこの模造品と同じく鎧を着込む。
つまり、まずは鎧の破壊が必要と言うことなのです」
将軍の言葉に姫は港の光景を思い出していた。
「あぁ……確かに……」
「十五メートルもの岩の巨人の鎧を砕く。
連射の効かぬ大砲では難しく、魔術ならば魔術師に一手増やさせることができる」
鎧などの装備を身に着けたギガス。
装備型ギガスの厄介な所はそこだとバーグレイ将軍は言う。
「じゃあ、あれほどのヒビを入れたのは……」
「鎧を砕き、防御結界を貫いた証拠ですな」
シエナ姫はぽかんと口を開け、新型の大砲を見やる。
「多分、シエナの認識はヴァルストルムが基準になってたんじゃない?」
と、ウェリティア。
「確かに、あれは凄かったものね」
シエナ姫は腕を抱き、先の戦いを思い出していた。
「さて、お眼鏡には叶いましたか?」
クラウス博士が姫と将軍へと歩み寄る。
「うむ。ところで従来と威力が違うのはやはりあれが?」
バーグレイ将軍は、大砲の砲尾側面に取り付けられた操作部へ視線を向けた。
博士は首を軽く横に振る。
「あれは、発射を手助けする為のパーツですね」
そして博士は大砲の側へと歩き、何かを両手に抱え戻ってきた。
「それは……?」
シエナ姫が不思議そうな顔をする。
大きな結晶の塊。
その中に鈍色の砲弾が封じ込めてあった。
「あっ、クリスタルム!」
レイディルが声をあげる。
クラウス博士はニンマリと笑い、レイディルを指さした。
「ご名答! これは砲弾をクリスタルムによって二層にしたものです」
「つまり、それがどうしてあの威力を出すのか、いっそ全部説明してくれ」
バーグレイ将軍の言葉に、クラウス博士が肩を竦める。
どうやら勿体ぶりつつ、徐々に説明したかったらしい。
「まず着弾すると、この一層目、クリスタルムが割れます。
すると、中に封じ込めておいた火の魔術が炸裂します。
二層目は中の砲弾を防護する役目ですね」
一層目が鎧を砕き、砲弾がギガスの防御結界を削ると博士は説明した。
「この新型の特徴はこの砲弾にあるわけです。
まぁ、もっとも……大砲の方にも少しだけ手を加えてますが……」
「クリスタルムって、中に入れられるのは電気だけじゃないんですね……」
レイディルが砲弾をジッと見つめシミジミと呟いた。
「そこは魔術研究庁との共同でなんとか、ね。
製造にはそれなりの手間はかかるから、一発のお値段はそれなりだけどさ」
クラウス博士は上を指さした。
「高いのね……」
シエナ姫が静かに声を漏らした。
「しかし、中型ギガスを一撃でここまでダメージを与えられるのならば、効果は絶大。防衛としても大いに助かる」
バーグレイ将軍は大きく口を開け「ガハハ」と笑った。
「で、あればいいんですけどねぇ……」
しかし、クラウス博士は模造品を見つめ答える。
「ん?」
「いやね、僕らは見てきたじゃないですか。
ギガスが段階的に、帝国の工夫によって強化されていく様を」
そう告げるクラウス博士の顔にはいつもの軽さは息を潜めていた。
「そして、遂には巨大な騎士を操るに至った……」
そう語る博士の目は、あの白金の騎士を思い出しているようだった。
「イタチごっこ、か?」
「そうならないといいですけどね」
バーグレイ将軍の言葉に、博士は振り返り軽く笑って見せた。
「エクエス、か……」
レイディルは顎に手をやり、一人そう呟いていた。
「さて、お披露目……もとい試射はここまでね。
それじゃ帰りましょ」
シエナ姫が手をパンパンと叩き、解散を告げる。
それぞれが馬車へと乗り込む。
レイディルもまた、来た時同様、姫の馬車へと乗り込もうとする。
「あ、レイディル君、君はウェリティアの方へ乗って欲しいんだ」
唐突な博士の申し出に、レイディルは首をかしげた。
「技術開発局に来てもらいたくてね。二号車に乗ってもらった方が手間がないだろう?」
博士の言葉に、馬車内のシエナ姫が「行きなさい」と手を振った。
レイディルは不思議そうに博士の元へと歩く。
「機動馬車じゃダメなんですか?」
「いやー、こっちはね……」
博士がキャビンを親指でさした。
その先には技術者たちがジャンケンをしている姿があった。
「と、まぁこういう感じで、だれが乗るか揉めてるんだ……」
クラウス博士は眉毛を下げて困った顔をしていた。しかし、その顔はどこか楽しそうにも見えた。
「二号車は試運転とか僕の頼まれごとを請け負った時に散々乗ったみたいでね……それに機動馬車はあちこち移動するから乗れるチャンスも少ないからねぇ」
と、付け加えた。
レイディルが、二号車の方を見るとウェリティアはつまらなさそうな顔をしていた。
いや、あれは……
(機動馬車に誰が乗ろうと、どうでもいいって感じの顔だな)
そう考えながらレイディルは二号車へと足を進めた。
帰路、レイディルとウェリティアは他愛もない会話をしていた。
技術開発局の裏手。
ウェリティアは機動馬車から少し離して二号車を横付けした。
レイディルとウェリティアは二号車から降りる。
機動馬車に乗っていた、技術者たちは持ち帰った大砲を片付けると、そそくさと建物の中へ入っていった。
これからあの大砲と、砲弾をアルバンシア国内のどこでも作れるように資料作成をするらしい。
「分かりやすく書くのが中々大変なんだよ」
博士はそう笑っていた。
レイディルが辺りを見渡すと、機動馬車とは離れた位置にヴァルストルムを載せた荷台が置かれていた。
「採石場になかったのでどこにあるのかと思ったら……」
「うん? ああ、ヴァルストルム君かい?
試射に彼は必要ないからね」
クラウス博士はそう言ってのける。
「で、だ。わざわざココに来て貰ったのはコレを見せたかったからだよ」
クラウス博士は荷台に近寄り、荷台側面の梯子を使い上へ上がった。
荷台の上から顔を出した博士が、下のレイディルへ向けて手招きをする。
「ほら、行こ」
背後に立っていたウェリティアがレイディルの肩を叩き、先に梯子を登った。
つい上を見上げるレイディルだったが、ウェリティアが登る様子から暫し目を背けた。
そうしてウェリティアが登りきったあと、自身も梯子を登る。
荷台の上にはいつもの如く、ヴァルストルムが鎮座していた。
「あっ」
レイディルが声を漏らした。
跪き、待機するヴァルストルムの各所には武器が備え付けられていた。
しかし、そこにあったものは以前とは違った輝きを持っていた。
「これは……」
レイディルは言葉を失う。
各所の武器は鍛えられ、磨かれ、研ぎ澄まされていた。
「前のは急ごしらえだったり、あったものを利用する形だったけど、ようやく“ヴァルストルム君が使う武器”が出来たよ」
クラウス博士は眼鏡のブリッジを持ち上げ、口角を上げた。
「と言っても、僕は発注をかけただけだけどね」
両手を持ち上げ戯けてみせる。
そんな博士をウェリティアはジッと見つめる。
「ふーん」
と、一言。
そしてウェリティアはレイディルに近づき耳打ちをする。
「あれはカッコつけだね」
その言葉を耳聡く拾った博士は身じろいだ。
その拍子に眼鏡が少し下へとズレる。
博士の動きにウェリティアは「おっ」と口にした。
「メンテの時とかにヴァルストルムの大きさや腕の長さなんかの詳細なデータをコツコツと取った上で、最適なサイズの発注をかけたらしいじゃないですか。しかも色んな騎士に武器の話を聞いたりしてたって話も聞きましたよ」
ウェリティアはしれっと言い放つ。
クラウス博士は俯き加減でズレた眼鏡を直す。
「あー、キミは全く……そういうのは黙っておくほうが効果的じゃないか」
「いや、そんなん知りませんよ……」
クラウス博士の反論に、ウェリティアは半ば呆れていた。
「まぁ、僕のことなんてどうでもいいよ。
それよりレイディル君、是非近くで見てくれ」
気を取り直すようにレイディルへと促す。
「あ、でも忙しい中、博士が頑張ってくれたものを無下にするのは……」
「でも、君はロマン派じゃないし……」
スンとした顔で博士は答える。
どうやら内情をバラされ、少しいじけてしまったようだ。
レイディルは博士がこれ以上拗ねる前に、彼の言う通り近くで武器を見ることにした。
レイディルはヴァルストルムの足元へと近づく。
そして周囲を一度ぐるりと回るように歩いた。
左腕には小型の盾、左腰に片手斧。右の背中には矢筒が、その外側に槍が懸架されていた。
そして左の背中には弓。
「以前とは配置が少し変わってますね……それに弓が畳まれてる?」
「うん、携帯しやすいよう折り畳み式にしてみた。あとは使いやすいように位置を変えたんだ」
「なるほど、これは使いやすくなったかもしれません」
レイディルは軽く頷いてみせる。
そしてよく使う剣へと、視線を移動させた。
ヴァルストルムの右腰に静かに携えられた剣。
しかし、そこも以前とは違っていた。
「鞘……ですね」
その剣は重厚な鞘に仕舞われていた。
まるで封印のように。
「抜き身だと、ちょっと……ね」
危険と、クラウス博士は言う。
「一度ヴァルストルム君を動かして剣を抜いてみてほしい。そうすればきっと理由がわかると思う」
レイディルはクラウス博士の言うがまま、昇降機を使い操縦席へと移動する。
駆動するヴァルストルム。
だが姿勢はそのまま。
あくまで剣を抜き放つためだ。
ゆっくりと鞘から刃を解き放つ。
「!」
レイディルは一目見ただけで以前との違いがわかった。
その刀身は奥の金属を透き通らせるように、僅かに蒼に染まっていた。
剣をヴァルストルムの胸の位置へと構え、ハッチを開ける。
レイディルは身を乗り出し、その刀身に触れた。
「鉄の触り心地とは違う……なんだろう、ほんの少し……滑らかだ」
下から博士の声が響く。
「その剣は、鋳型製法の剣にとある金属をコーティングした物だ。
それを丁寧に研いで磨いてもらってある」
「とある金属……」
レイディルには一つ心当たりがあった。
彼は剣を鞘にしまうと、操縦席から下で待つ二人の元へと降り立った。
「アラゴニウム、ですか」
神妙な面持ちのレイディルに対し、博士は……
「ご明察! ご名答!
君の言う通りアラゴニウムをコーティングしてある」
クラウス博士は両手を上げ歓喜してみせた。
「あの扱いにくい金属を、どうやって……!?」
「実はね、このコーティングの発想は──」
「まぁ、私なわけです」
クラウス博士の言葉をウェリティアが遮る。
「元々は、ヴァルストルムの部品の“強度”と“軽さ”の両立を考えてたんだけどね。ご飯食べてる時に閃いちゃった」
レイディルはすぐさま、エルミナのエングラム邸での食事を思い出した。
「マロングラッセか!?」
「そうそれ!」
レイディルとウェリティア、互いが互いを指さし合う。
博士はにこやかに頷くと、説明を続ける。
「元々はね。ヴァルストルム君にしっくりと合う武器を作るため、カーネスを出る前に発注しておいたんだ。で、僕らがエルミナへ行ってる間、空いた二号車で技術開発局の者がカーネスへ武器と職人を迎えに行った、というわけさ」
クラウス博士は身振り手振りを加え、大袈裟な動きで説明してみせた。
「そして彼らが王都に戻ってきたところで、ウェリィのコーティング技術が生まれた。だったらせっかくだし、完成した武器にも施そうとなってね」
「ほそくー、私が閃いてすぐに資料を纏めて、次の日の朝イチで伝書鳩を飛ばした、というわけ」
「あの時の朝、ウェリティアは寝てるって聞いたけど……」
「その後すぐ二度寝したから……寝坊みたいなものかもね」
ウェリティアはあっけらかんと言った。
「まー、そんなわけで、本来の目的であるヴァルストルムの部品の方も、コレで耐久力と軽量化の向上に成功したというわけ」
二人は軽く言うが、そこに辿り着くまでに様々な苦労があったはずだ。
しかし、それをおくびにも出さず、むしろ楽しんでいる節がある。
レイディルはクラウス博士とウェリティアの探究心に舌を巻いた。
「そういえば斧も槍の穂先も盾もよく見れば……」
「そう、それらもこの技法を使って鍛え上げられているんだ。なので耐久力も威力も上がっているはずさ。計算上はね」
クラウス博士は胸を張り、誇らしげに語った。
「だから、無くさないでおくれよ?」
眉を下げ、そう付け足した。
「それにしても、この大きさの物をよくヴァルストルムに付けられましたね」
レイディルはふとした疑問を口にする。
「ああ、カーネスの時は滑車式の人力巻き上げ機を臨時に組み立てたんだけどね、あれは大変だった」
クラウス博士は額を腕で拭うようなジェスチャーをする。
「あ、そうそう、ちょっと待ってておくれよ。
もう一つ見せたいものがあるんだ」
彼はそう言いながら、荷台を降り、裏手の奥にある建物へと一人歩いていく。
「あの建物は?」
「んー、倉庫みたいなもんかな?」
指をさして問うレイディルに、両手を頭の後ろにやったウェリティアが答える。
建物の大きな扉が開き、そこからゆっくりと巨大な影が姿を現す。
「……う」
レイディルが荷台から身を乗り出した。
「うおおおお!?」
途端、叫び声を上げる。
その声の大きさにウェリティアは両耳を塞いだ。
彼女は小さく「うるさ……」と呟いた。
建物から現れたのは、四つの大きな車輪に支えられた車体。
その中央から伸びる太い腕のような機構が、三つの関節を備えて空へと向かっている。
先端には、大きなフック。
後部には、大型のクリスタルムが取り付けられていた。
車体の左側には、屋根だけを備えたむき出しの操縦席が設けられている。
今までの機動馬車とはかけ離れた姿。
どちらかと言えば、二号車に作業用の腕を取り付けたような形だ。
その姿から、それが何をするための機械なのかはレイディルにもなんとなく理解できた。
「あれは荷物を吊り上げる機械か!」
彼は満面の笑顔で叫ぶように言った。
吊り上げ機の操縦席からクラウス博士が、ゆったりとした動きで降りる。
「やあやあ、どうだいコレは。
以前から作っていたものなんだけどね。ようやく動かせるところまでこぎつけたんだ」
博士はそう言うと、機体を軽く叩いた。
「レイディル君が書いてくれたヴァルストルム君の腕の設計図を参考に、関節の構造を僕なりに今の技術へ落とし込んでみたんだよ」
レイディルは吊り上げ機を見上げる。
「でも、以前から作ってたって……」
「そう。素体自体は僕の設計図を元に、技術開発局の皆が組み立ててくれていてね。
ただ、肝心の関節を動かすところで、どうにも上手くいかなくてさ」
クラウス博士は苦笑する。
「そこへウェリティア君のコーティング技術が来た。
おかげで、ようやく実用に耐えるものになったというわけさ」
「へぇ……」
レイディルは改めてクレーンを見上げた。
ヴァルストルムの構造を参考にした技術が、まったく別の機械へと形を変えている。
それは、いわば逆工学だ。
「今は互いに暇がないけど、機会があれば開発局の皆を紹介したいね」
クラウス博士は技術開発局の建物に視線を送り言った。
博士やウェリティアだけじゃない。
技術者、職人。様々な人たちがいて、今のヴァルストルムが成り立っている。
「是非」
レイディルはその思いを胸に、にこやかに答えた。
ヴァルストルムの新装備と技術開発局の新技術を堪能したレイディルは、博士とウェリティアにお礼を告げ、満足な面持ちで帰路に着く。
空は日が傾きつつある。
もうすぐ夕食時だろう。
帰り道の途中、道の端にボロ雑巾が二つ落ちているのが見えた。
その隣にはレイラが申し訳なさそうに立っている。
レイディルは一瞬だけ立ち止まり思考する。
ということは、ボロ雑巾ではない、と。
目を凝らしてみると、あれはアリーシアスとアルコイリスだった。
レイディルはそっと歩くと、二人の前でしゃがみ込んだ。
「おーい、生きてるか?」
彼はうつ伏せに倒れ込む、アリーシアスの頭をぺちぺちと叩く。
「地面が気持ちよくて寝ているだけです」
「随分、硬いマットですわね……」
二人揃って謎のボケを発していた。
「ははは、まだ余裕がありそうだな」
レイディルは軽く笑ってレイラを見やる。
その笑いにレイラもつられて笑ってしまった。
「……もう少しだけ……大地の息吹を感じるとします」
アリーシアスはピクリとも動かず、呻くように宣った。
どうやら、彼女たちもレイラの特訓を満喫できたようだった。
夕日に沈む街並みを吹き抜ける風が、倒れた二人を撫でて行った。




