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鋼騎のヴァルストルム  作者: 小春ささら
王都・魔術学院編
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66話「月煌章の少女」

「オバケ……?」


 レイディルは眉を寄せて聞き返す。


「……はい」


「オバケってあの?」


「あの、です」


 アリーシアスが真剣な顔をして頷いた。

 そんなアリーシアスとは裏腹に、レイディルは肩透かしを食らったような顔をして息を漏らす。


「随分もったいぶるから何かと思えば……まぁ学校とかそういう所には付きものだよな」


 彼はそんな言葉を返した。


「わたしが在学中にはそんなもの影も形もいませんでしたが!?」


 アリーシアスは身を乗り出し反論した。


「七不思議とか怪談話とか、よくあるだろ。

その類じゃ?」


 なおもレイディルはそう言った。

 するとアリーシアスも……


「た、たしかに、そういう話はよくありますね……」


 先程までの勢いはどこへやら、アリーシアスはわずかに視線を逸らした。


「でしたら、今回もなにかの見間違いとか、考えすぎとか……」


「情緒どうなってんだ……」


 そんな少女の様子を見ていたレイディルは、若干呆れ気味に呟いた。


「……いえ、少し冷静さが欠けていただけです。はい、もう大丈夫」


 そう言ってアリーシアスは、息をついた。


「でも、実際に見たヤツとかいるぜ?」


 と、男子生徒。

 その言葉にアリーシアスはギクリと、一瞬体を揺らす。


「えー……例えば、なにか椅子や棚の影、そう言った物を見間違えたとかじゃありませんか?」


 そう聞き返すも、そういう話が今学院に広がっている以上の情報は出てこなかった。


「ただそのオバケ──っていうか幽霊を見たってやつは何人かいるみたいだ」


 男子生徒はそう言って肩を竦めた。だが、その表情からは話半分の噂というわけでもなさそうだった。


「ふーん」


 レイディルは右手を顎に添え、左手でその肘を支える。


「で、実害は?」


「え?」


 男子生徒たちは思わぬ返答だったのか、きょとんと目を瞬かせた。


「いや、なんか実害あるなら対処した方がいいし、なにもないなら放っておいていいんじゃないかと」


 レイディルは幽霊そのものには興味がなかった。


「幽霊と出会った子の中には、体調崩した子もいるらしいんです」


「怖くて夜眠れないとかで成績落ちたって話もあるよね」


 生徒たちが次々と噂を口にした。


「なるほど……」


 レイディルは顎を摩る。


「それでキミたちはどうしたいんだ?」


 その問いに、生徒たちは顔を見合わせる。


「どうしたいっていうか……」


「本当に幽霊がいるのか知りたいんです」


「このままだと、そのうち自分たちも見るかもしれないし……」


「ただの噂なら安心できるじゃないですか」


 どうやら、単なる雑談ではなかったようだ。


(アリーシアスが学院に戻ってきたタイミングでこの話を切り出したってことは……)


 レイディルが横目でアリーシアスを見ながら思案する。

 すると、生徒たちの視線がアリーシアスに集まった。


「な、なんです?」


「要するに、優等生なら何とかしてくれると思われてるわけだ」


 生徒たちの代わりにレイディルが口に出した。


「わ、わたしがですか!?」


 レイディルの言葉を皮切りに、生徒たちが続く。


「お願い! アリーシアスちゃん!」

「賢いお前ならきっと真偽を解き明かせる!」

「最速最年少卒業生の力をなにとぞー!」



 口々にそう言われ、アリーシアスは目を瞬かせる。

 もはや後には引けない、断れない。そんな空気が場を支配していた。


「うぅ……」


 アリーシアスはそんな声を漏らす。

 なおも生徒たちはアリーシアスへ縋るような視線を投げかける。

 ついには拝み出す者も出てきた始末である。


「分かりました! わかりましたからッ!」


 ついには元クラスメイトたちの懇願に負け、アリーシアスは声を大にした。


「仕方ないので、この事件、わたしが解決します!!」


 彼女がそう宣言すると、生徒たちから拍手が飛び、歓声が上がる。

 なかには指を咥え、ピューッと口笛を鳴らす者までいた。

 皆は口々にアリーシアスを称えた。


「そうと決まれば、さっさと目撃者のところに行きましょう。長居は無用です」


 アリーシアスは急ぐように踵を返す。


「あっ、被害者の子たちは今学院を休んでるみたい」


 そういうと、女生徒はサラサラとペンを走らせ、メモをアリーシアスへと手渡した。


「被害者リストですね、有難くいただきます」



 アリーシアスはそう言うと、足早に廊下を後にした。


「なんで、急いでるんだ?」


 レイディルは足早に去っていくアリーシアスを不思議そうに見つめると、未だ鳴り止まぬ歓声と口笛を背に、その後を追った。






 二人はひとまず学院を後にし、街へと繰り出した。


「例のアレを見たという人は、今日は休んで寮にいるそうです」


「幽霊だかオバケな」


 口にしたくないのかアリーシアスは無反応だった。

 ただ足だけは妙にせわしなく前へ進んでいた。


「しかし、仕方なく引き受けましたが気が重いですね……」


 アリーシアスは足早に進みながら、そうブツクサと呟いている。


「今までの反応……なんだ、もしかして怖いのか?」


 レイディルの唐突な言葉がアリーシアスの背中に刺さった。

 彼女はギギギとゆっくり振り向きながら告げる。


「は、はぁー!? そんなことありませんけどー!?」


 必死の形相で否定した。


「うーむ、まぁ、弱点は克服するためにあるって前に言ってたもんな」

「弱点じゃありませんけどー!?」


 腕を組み唸るレイディルの言葉が終わるやいなや、アリーシアスはまたもや否定の言葉を飛ばした。


「……意固地だな。何ともないって言ってる割にずっと早足だが」


 そう聞かれた途端、アリーシアスは真顔にもどる。


「いえ、それは何の関係もないです」


 先程までの態度がウソだったように、極めて冷静にキッパリとそう言い放った。


(じゃあ、なんなんだ?)


 レイディルは彼女の態度を謎に思ったが、これ以上の追求はせず、黙って着いていくことにした。



 しばらく早足で歩き続ける。

 繁華街へ入ったところで、ようやくアリーシアスは歩調を緩めた。


「ふぅ……」

 

 と、一息。


「さっきからどうした──」


 ずっとこのような調子に、ついレイディルが口を開いた。

 だが彼が言い終わるより早く、通りに面した食堂の方から大きな声が聞こえた。


 日除けの屋根の下に並ぶテーブル席。


 その一角で、一人の大男が酒瓶を片手に大声を上げている。

 酒が入っているせいか、その態度もやたらと大きかった。


 ──それだけならまだ良かったのだが、酔っぱらいの大男はなにか気に食わないことがあったのか、店員たちにいちゃもんをつけはじめていた。


 興奮した大男は腕を勢いよく振るい、男性店員を突き飛ばした。

 吹き飛ばされた店員はテーブル席へと突っ込み、派手な音を立てながら椅子や机を巻き込んで倒れ込む。


 なおも興奮冷めやらぬ大男は、女性店員の胸ぐらを掴んだ。


 その様子に周囲の客たちは慌てて席を立ち、距離を取る。

 ざわめきが広がり、誰も近寄ろうとはしなかった。



「……ちょっと止めてくるか」


 誰の目から見ても大男は傍若無人で横暴だ。

 見かねたレイディルは一歩前へと足を進める。


 しかし、レイディルが一歩を踏み出したその時。

 どこから現れたのか、一人の少女が前へと進み出る。


 レイディルは突如として現れた少女に驚き足を止める。

 背後ではアリーシアスが「げっ」と短く声を漏らしていた。



「そこの殿方! そこまででしてよ!」


 少女は金色の長い髪をたなびかせ、酔っぱらいの大男を一喝した。


 大男は店員の胸ぐらを掴んだまま、顔だけを少女へと向け睨みつけた。


 少女はその眼光にも怯まず続けた。


慧知(けいち)と静謐の街エルミナ。 この街にあなたのような輩は相応しくありませんわ!」


 その言葉が気に触ったのか、掴んでいた店員を突き飛ばし、少女の前へとずかずかと進む。


「何わけわかんねぇこと言ってやがる、このガキ!」


 少女と大男が向かい合う。

 二人の距離は、腕を伸ばせば届くほどだった。


 だが少女は怯むことなく、自分よりも頭二つ分は大きいであろう男を睨みつける。


「全く情けない。いい大人が昼間からお酒に溺れ暴力沙汰なんて……」


「このクソガキが!」


 先に手を出したのは大男であった。


 しかし、振り上げた拳は空を切る。


 少女は男の横をすり抜け、背後へと回り込んだ。



 二人を観戦しているレイディルの袖をアリーシアスが引っ張る。

 この場から一刻も早く離れたいという意思表示のようだ。


 しかし、レイディルは、


「あの()が危なくなる可能性もある。もう少し様子を見よう」


 そう言って、その場から動こうとはしなかった。




「チッ! ナメやがって……!」


 大男はそう言うと、道端の休憩所へ歩み寄る。


 そして日除けを支える木柱の一本を横から蹴りつけた。

 鈍い音と共に木柱がへし折れる。

 支えを失った日除けが大きく傾ぎ、屋根の一部が音を立てて崩れ落ちた。


 さらに折れ残った部分を力任せに引き抜くと、それを棍棒のように肩へ担いだ。


「ふぅん……随分な力持ち、ですわね」


 少女はその様子を冷めた目で見つめていた。


「でも、よろしいのかしら? 罪を重ねて。器物破損ですわよ?」


 そう言って肩を竦めると、少女は周囲を見回した。

 そうして、店の隅に置いてあったモップを手に取る。


「後でお小遣いで弁償しますわ」


 少女はモップの先端を踏みつけて押さえると、勢いよく柄だけを抜き放った。


 重さや長さを確かめるように、右手、左手と順に柄を回転させる。

 ヒュン、と風を切る音が鳴った。


 そうして構えらしい構えは取らない。

 柄の先を地面へコツンと当てると、左手を腰へ添える。


 大男との距離はまだ十メートルほど。


 少女は顎を引き、上目遣いに大男を見据える。     

 そしてふん、と鼻を鳴らした。


 大男は雄叫びを上げると、棍棒代わりの木柱を振り上げた。

 そのまま少女へ向けて力任せに振り下ろす。


 しかし。


 少女は慌てることなく柄を差し出した。


 細い柄は振り下ろされた木柱へ巻き付くように沿い、その勢いを受け流す。


 結果。

 木柱の一撃は音も立てず、そっと地面へと振り下ろされていた。


「なっ……?」


 何が起きたのか理解できず、大男は目を見開く。


 だが考えるより先に身体が動いたのだろう。

 今度は木柱を横薙ぎに振り回した。


 少女は一歩も動かない。


 木柱の先端近くへ、柄の先をコツリと当てる。

 たったそれだけ。

 だというのに、猛然と振るわれていたはずの木柱から勢いが消え失せた。


 ガクン、と。


 木柱の先端が地面へと落ちる。



「いやぁ、鮮やかなもんだ」


 (はた)から見ていたレイディルが感心したように声を漏らした。



「な、なんなんだテメェは!」


 大男は叫ぶ。


 そして手にした木柱が通用しないと悟るや否や、それを少女へ向かって投げつけた。


 少女は柄を突き出す。

 その先端を、ぐるりと一回転。


 飛来した木柱はまるで柄の先へ乗せられたかのようにくるりと回った。


 少女が柄を下ろす。

 それに合わせるように木柱も静かに降ろされ、

 ことり。

 優しく地面へと置かれた。


 少女はどこか得意げに、口元を緩めて笑う。


 しかし、その隙を突くように大男が迫った。


「うおおおおっ!」


 振り上げられた拳が唸る。


 だが少女は極めて冷静だった。

 半歩だけ身をずらす。

 そして大男の横へ滑り込むと、その軸足を払った。


 巨体が大きく傾ぐ。

 耐えきれなくなった大男はたたらを踏み、そのまま街を流れる浅い水路へと倒れ込んだ。


 盛大な水しぶきが上がる。


「しばらくそこで頭を冷やすことですわ」


 彼女はそう言い、店員の方へと歩を進める。



「お怪我はありませんかしら?」


 そうして、男性店員の手を取り、助け起こす。

 幸い男性は大した怪我もなく、かすり傷程度のようだった。

 次に女性の店員へと近づいた。


「災難でしたわね」


 そうして少女は店員だけでなく、騒ぎに巻き込まれた客たちにも声をかけて回る。


 落ち着いたところで、倒れたテーブルや椅子を元の位置へ戻し始めた。



「立派なもんだな~」


 その様子をレイディルは呑気に見ていた。

 アリーシアスはというと、レイディルの身体の影に隠れ、極力目立たぬようにしていた。



 そうしている内に憲兵が騒ぎを聞きつけやってきた。

 大男は用水路から引っ張り出されるとそのまま連行されて行った。


「ありがとうございます。さすがはストラーク家のお嬢様ですね。まさにノブレス・オブリージュです!」


 店員たちは目を輝かせ、少女を称える。


「ノブレ……なんですの? よく分かりませんけれど……」


 少女は初めて聞く言葉だ、とそんな顔をしていた。


「ともあれ、横暴を見過ごさず、救いを求めるものあれば助ける。出来る限りそんな人間になりたいものですわね」


 その言葉を皮切りに、食堂に拍手が巻き起こった。

 少女はその長い金の髪を揺らしながら両の手を振り、拍手に答える。



 しばらくすると、少女はふとレイディルの方へ視線を向けた。


「そこの殿方。貴方の出番を奪ってしまい申し訳ありませんわ。

つい勢いで出て行ってしまったもので──」


 少女はレイディルの背後を注視し、言葉を切る。


「あら……あらあらあら!」


 そういいながらレイディルへと、スタスタと軽快に近づいてくる。


「アリーシアスじゃありませんの!」


 その声は一段高く、喜びを含んでいるようだった。

 当の本人(アリーシアス)はと言うと……


 手で顔を抑え、アチャーと言った姿勢を取っていた。


「知り合いか?」


 レイディルが問う。


「人違いじゃないですかね……」


 そう言うと、アリーシアスはくるりと背中を向けた。


「なにをバカなことをしていらっしゃるのかしら。その透き通るような銀髪は貴女しかいないですわよ?」


(ですわよ?)


 少女の妙な言葉使いに一瞬眉を顰めるレイディルであったが、今はともかくアリーシアスの様子の方が優先ということで気にしないことにした。


 そこで彼はピンときた。


「あー、もしかして急いでたのは──」


 目の前の少女に聞こえないよう、アリーシアスに耳打ちをする。


「そうですよ、会いたくなかったんです。あのアルコイリスに」


「なんだ、嫌い……なのか?」


「嫌いというより……苦手、なんです。

わたしと何もかも正反対で……」


 ヒソヒソと話す二人だが、アルコイリスと呼ばれた少女は意にも介していなかった。


「あっ! アリーシアスが連れている殿方……自己紹介が遅れましたわ。

(わたくし)アルコイリス・メイルバッハ・ストラークと申しますわ。アリーシアスのライバルをさせていただいていますの。お見知り置きを」


「これはこれはご丁寧に……オレはレイディル・フォードウェル。整備士をやっています」


 “ライバル”という単語が耳に引っかかった気もしたが、アリーシアスの様子を見る限り、今は深く触れない方が良さそうだ。


 互いが互いに頭を深く下げ合った。


 頭を上げたレイディルが、改めてアルコイリスに目を向けた。


 腰まで届く金色の髪の一部を後ろで纏め、華美なバレッタで留めている。

 くるりとロールしたもみ上げ。


 魔術学院の生徒らしく、制服を着ている。

 しかし、その制服もまた模範的というよりは洒落た着こなしだった。

 スカートの下にはガーターベルトを合わせており、どこか華やかな印象を受ける。


(ケープ留めは……さっき見たヤツと同じか)


 ケープ留めには紫の宝石があしらわれている。    

 六課程生の証だ。

 その宝石を囲むように、花を模した銀細工が施されていた。



 そうしてレイディルは気付く。


(何もかもが反対とはよく言ったもんだな……)


 アルコイリスの身長はレイディルより頭半分ほど低い。それでもアリーシアスよりは高い。


 さらに制服越しにも分かる整った体格(スタイル)

 その姿は、小柄で華奢な見た目のアリーシアスとは随分印象が違って見えた。


「と・こ・ろ・で、アリーシアス! 今の(わたくし)の活躍、見ていてくれまして!?」

「あーはいはい、見ました見ましたよー。凄かったですね」


 アリーシアスはレイディルの影に隠れながらも目線は合わせず、冷めた眼差しでそう告げた。


「お褒めの言葉感謝ですわ! オーホホホホホ!!」


 アルコイリスはアリーシアスの冷ややかな言葉にも満足気だ。


 片手を腰に当て、そしてもう片方の手を口元へ添える。

 指先は優雅に揃えられているが、小指だけが僅かに上を向いていた。


 胸を張り、顎を上げる。

 金色の長い髪がふわりと揺れた。


 しかし、その笑い方はどこかぎこちない。

 目は大きく見開かれているものの、瞳だけは妙に小さくなっている。

 うっすらと涙まで滲んでいた。

 大きく開けた口も相まって、その顔はどこかアホっぽかった。


「ずいぶんと高笑い上手になったじゃないですか」


 アリーシアスは半笑いで言う。


「それはもう。沢山練習しましたから!」


 アルコイリスはそう返しなおも高笑いを続けていた。


「オーホホゲホホ」


(むせてる……)


 レイディルには、何故かアルコイリスが無理をしているような気がした。


「しかしまぁ、モップを片手に大暴れですね……」

「両手ですわ」

「比喩です」


 間を置かず繰り出される二人のやり取りは、傍から見れば実にハイスピードだった。


(わたくし)のモットーは術武両道ですもの」


「文武両道なら知ってるが……」


 アルコイリスの聞きなれない言葉にレイディルが反応した。


「魔術と武術、ですわね」

「イリスは文は頼りないですもんね」


 と、アリーシアス。


「……何故なのか不思議なのですわ」


「まぁ実際、頭の回転も良い、知識もあるんですけどね、この人」


 アリーシアスはアルコイリスを指さし、そう言った。


「なのに説明させると壊滅的なんですよ。 イリス、なんでもいいので魔術の説明をしてみてください」

「魔術ですの?」


 アルコイリスは少し考え込む。


「ええと……魔力をこう、ぐっとして、ふわっと流して、ぱっと現象を起こすものですわ!」

「ほら」


 呆れ(まなこ)のアリーシアス。


「あー、感覚派か……そこも正反対なんだな」


 レイディルは背後のアリーシアスにチラリと目を向けていた。



「それよりも、アリーシアス。これを見てくださいな」


 アルコイリスはそう言い、手を突き出した。


「手相ですか。生命線がやたら長いですね」

「違いますわ! 袖です、袖!」


 アルコイリスの袖口には金色に燦然(さんぜん)と輝く、月の意匠が作り込まれた金のカフス。


 レイディルは今朝の会話を思い出す。


「これが、特別なカフスってやつか」


 その意匠、造形の意味までも知らない者でさえ、それが特別なものであることは容易に理解できた。


「月煌章ですわ!」


「げっこうしょう……」


 レイディルがオウム返しに呟く。


「アリーシアス、貴女が卒業した後、ようやく取れましたの」


 アルコイリスは自慢げに胸を張った。


「良かったじゃないですか」


 アルコイリスのことを苦手と言いつつも、アリーシアスは素直に彼女を称賛した。


 レイディルは小さく眉を上げる。

 先ほどまで散々「苦手だ」と言っていた相手だ。

 それでもこうして素直に称えるあたり、本当に大したものなのだろう。


「正式名は“技能実技功績勲章”と言います。硬いので、みんな通称の月煌章の方を使いますね」


 アリーシアスが補足する。

 アルコイリスは得意げに月煌章を掲げてみせる。


「どうですの?」

「頑張ったんですね」

「でしょう!?」


 アルコイリスは目を輝かせ、アリーシアスの反応を喜んだ。


 どうやら満足したらしく、腕を下ろす。



 アリーシアスは小さく息を吐く。


「それはともかくイリスは何故ここにいるんですか? 授業はどうしたんです?」


 アリーシアスは、早く別れたいと言わんばかりの声音で問いかけた。



 だがそんな雰囲気もアルコイリスには、全くと言っていいほど通じなかった。


 アルコイリスはそのままの調子で答える。


「今、学院はまさに幽霊、オバケの噂で持ち切りですわ」


 どうやらアルコイリスも、この件を独自に調べていたらしい。


「噂が少々広まりすぎていますの。これでは学院に良からぬ印象を持たれる可能性もある、ということで早急に真偽を確かめるべきだと判断したのですわ」


 正義感か、はたまた優等生たる矜恃か。

 彼女なりの考えで動いているようだった。 


「そこで、(わたくし)は学院を休んでいる生徒のお見舞いがてら、話を詳しく聞くことにしたのですわ」


 その言葉を聞き、アリーシアスはいっしゅん顔を(しか)めた。


 そんなアリーシアスの反応を見た、アルコイリスは何かに気付いたようにニンマリと笑った。


「ふふーん、アリーシアス! 貴女が向かう先、当ててあげましょうか!?」


 彼女は唐突にそんなことを言い出した。


「いえ、いらないで──」

「貴女たちも幽霊の真相を暴くために、被害生徒の寮へ向かうのでしょう!?」


 アリーシアスが反論を言い切る前に、アルコイリスは得意げに指を突き付けみせた。


 アリーシアスは無言だった。


「ふふっ、図星のようですわね!」


 アルコイリスは勝ち誇ったように笑う。


「どうかしら? (わたくし)の推理力!」

「……」

「存分に警戒してもよろしくてよ!」


 そうしてまた例の高笑いをしているのであった。

 むせる声が辺りに響いた。



「もうこの人に任せてわたしたちは退散しましょうか……」


 アリーシアスはポツリと呟いた。

 しかし、レイディルはそれでいいのかと彼女を見やる。


「……はぁ、やれやれですね」


 物憂げな目でレイディルの影から一歩踏み出した。


「やはり推理当たってたかしら」

「はいはい、当たってますよ……」

「ですわよね、困っている人を放っておけないのが貴女ですもの」


 そう言われアリーシアスはぐぬっという顔をした。

 そう言われては、余計に投げ出すことは不可能だ。


「全くもう……」


 アリーシアスはぼやきながら先頭を歩く。

 その後ろを意気揚々とアルコイリスが続く。


「そうこなくては!」


 後ろを歩くレイディルに、アルコイリスの楽しそうな声が聞こえた。




------




 目的の部屋へ辿り着くと、アリーシアスは扉を二度ほど叩いた。


 トントン。


「すみません、いらっしゃいますか?」


 返事はない。

 だが、人の気配だけは確かにあった。


「返事は……ありませんね」


 アリーシアスが小さく呟く。


「寝てるんじゃないか?」


 レイディルの言葉に、アリーシアスは小さく頷いた。


「可能性としてはありますね」



 するとアルコイリスが扉へ近づき、そのまま耳を当てた。


「いびきや寝息は聞こえませんわね」


 どうやら中の様子を探っているらしい。


「イリスは耳が良いんですね。でも邪魔です」

「あらあら、せっかちですわね」


 アリーシアスはアルコイリスを扉からひっぺがした。


「人の部屋の前で騒がしいな」


 レイディルが呆れたように呟く。


 アリーシアスは改めて扉へ向き直る。

 そして再び扉を叩いた。


 再度のノックが、静かな廊下へと響き渡った。

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