63話「ようこそ白の街エルミナへ」
王都を出て南へ。
機動馬車は軽やかに走っている。
時刻は正午より少し前。
エルミナへ向かう一行は、準備を終え、そのまま出発していた。
後方の荷台では、ヴァルストルムが装甲の一部を開き、博士が内部の整備に手を入れている。
機械馬の手綱を引くのは、念願叶って御者席に収まったレイディルだ。
その隣で、アリーシアスがわずかに汗ばんでいた。
どうやら集合に間に合わせるため、服屋から走ってきたらしい。
「ずいぶん時間かかったな」
レイディルの問いに、ローブを羽織ったアリーシアスが小さく息をついた。
「ふぅ……なにぶん、王都は慣れていないもので」
「一緒に行くべきだったか」
そう冗談めかして言えば、アリーシアスは苦笑を浮かべる。
吹き抜ける風に、彼女が目を細めた。
汗ばんだ頬を撫でるそれは、思いのほか心地いい。
「……風が気持ちいいですね」
「吹きっさらしだからな……速度出すと少し風がキツイけど……」
レイディルは前を見たまま、手綱をわずかに引いた。
風は速度に応じて強まり、頬を打つ。
この程度の風、どうにでもできそうなものだ。
だが──あえてそうしていないのだろうと、レイディルは思った。
機動馬車には、これまでも博士が幾度となく手を入れ、改良を重ねている。
それに気づいていないはずがない。
(なにか考えがあるんだろうな……)
レイディルは前へと視線を戻した。
手綱を引くたび、機械馬が滑らかに応じる。
機動馬車は、速度を上げても揺れは少ない。
車輪の軋みもほとんどなく、舗装路を滑るように走っていた。
(思った以上だ……!)
レイディルは小さく口元を緩める。
「なんだか楽しそうですね」
隣からアリーシアスがそんな声を漏らした。
「新しいものを使ってみるのは面白いからな!」
その言葉には熱が籠っている。
「でも、いつもはもっと速いものに乗っているでしょう?」
「あれとこれとは話が別だ」
レイディルは即答した。
「ヴァルストルムは、言ってしまえば超越技術だ。未知の技術と言ってもいい。
けど機動馬車は違う」
走る機械馬へ視線を向けながら、レイディルは続ける。
「これは今のこの世界における最高到達点だ」
「ふーん……」
アリーシアスは頬杖をつきながら、いまいちピンと来ていない顔をした。
「どう違うのか、私にはよく分かりかねますが」
「はなっから興味ないだろお前」
「えぇ、全然」
呆れ顔のレイディルの視線をものともせず、隣の少女はしれっとそう言ってのけた。
レイディルは気を取り直し、再び行く道を見据えた。
王都から南へ延びる街道は、石で丁寧に舗装されている。
継ぎ目は滑らかに整えられ、普通の馬車ですら車輪が跳ねることもほとんどない。
道の両脇には、等間隔に樹が植えられていた。
陽を和らげるためか、それとも距離を測るための目印か。
整然と並ぶその姿からは、明確な意図が感じられる。
さらに一定の間隔で、低い柱が立っているのが見えた。
夜になれば光を灯すのだろう、街道用の灯柱だ。
レイディルはその柱をチラリと見る。
「へぇ、蓄光式か。アレなら管理も楽だろうな」
そんな彼の言葉にアリーシアスはそうなんですか?と言った顔をしていた。
エルミナへと続くこの道は、他の街道とは明らかに違う。
敷かれた石も、植えられた樹も、そのすべてが人の手で整えられている。
「やはり、エルミナと王都を結ぶ道はなんというか、こう……立派ですね」
「確かに……ここまで整ってる道は他にないな」
少女の言葉に答えながら、レイディルは手綱を引き、速度をわずかに調整する。
代わり映えのない整った景色が、一定のリズムで流れていく。
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日が傾き始めた夕暮れ時、機動馬車はエルミナへと到着した。
「とりあえず、街に入って南東にある教会へ向かってもらいたい。マリー君が機動馬車を停める許可を貰ってくれているそうだ」
キャビンの小窓を開け、クラウス博士が御者台へと声をかける。
その言葉通り、レイディルはゆるゆると馬車を南東へと進めた。
エルミナの通りは広く、大通りを選び進んでいるとはいえ、機動馬車の幅も容易に受け入れている。
街並みは白を基調としていた。
石造りの建物は統一感を持って並び、その合間を縫うように緑が植えられている。
王都のような喧騒はない。
行き交う人々の声もどこか穏やかで、街全体が静かに落ち着いていた。
通りの脇には細い水路が引かれ、澄んだ水が絶えず流れている。
耳を澄ませば、静かな街並みに水音が心地よく響いていた。
夕日に照らされた白い街並みは淡く橙に染まり、どこか幻想的ですらある。
「どうです、王都とはまるで違うでしょう?」
アリーシアスがどこか誇らしげに笑う。
「そうだな、物静かな感じだ」
「えぇ、気品に溢れ知的とも言えますね!」
「そこまでは言ってないが……」
ドヤ顔をするアリーシアスに困惑しながらも、馬車を進めていると、やがて、白い街並みの中でもひときわ目を引く建物が見えてきた。
白を基調とした壁に、青い屋根を備えた荘厳な教会だ。
尖塔を備えたその建物は、周囲をぐるりと樹々に囲まれ、その内を水路が静かに巡っている。
そして、その手前。
教会へと続く広い前庭には、水を張った大きな水盤が設けられていた。
噴水などはなく、水面は驚くほど静かだ。
夕暮れに染まった空を映す水面へ、教会正面のステンドグラスが映り込んでいる。
「はぁ~、こりゃ立派だわ……」
ジルベルトが窓から顔を出し、思わずといった様子で呟く。
赤、青、金。
それ以外にも幾重もの色彩が、夕暮れの水面へ静かに溶け込んでいる。
(いや──違う)
レイディルは目を細める。
教会側の意匠と、水面へ映った模様。
それらが上下で繋がることで、ひとつの紋様として完成しているのだ。
「……なるほど」
思わず漏れた呟きに、隣のアリーシアスが得意げに鼻を鳴らした。
「ふふん、面白い作りでしょう? この街に初めて来た方には、まずここを見せるそうですよ」
静かな水面へ、夕暮れの光が淡く落ちていた。
「おーい、そこな馬車。
鏡面水盤を回って、裏手に付けて頂戴」
教会前から、よく通る声が響いた。
見れば一人の少女が、両の手を大きく広げ立っていた。
薄い紫髪のツインテールは、首元ほどの長さで揺れている。
服装はマリーと同じ修道服に身を包んでいる。
しかし、マリーとは随分と雰囲気が違った。
(この教会のシスターかな?)
レイディルは少女の誘導に従い、水盤を回るように迂回し、教会の裏へと馬車を付けた。
教会の裏手は広く、機動馬車を停めてもスペースに余裕があるほどだ。
レイディルは御者台から降りると、小さく息を吐きながら肩を回した。
さすがに長時間座りっぱなしだったせいか、身体が少し固まっている。
続いて、他の面々も荷台やキャビンから順番に降りてきた。
気づけば、先ほどのツインテールの少女が馬車のすぐ近くまで来ていた。
その赤い双眸はどこか興味ありげに、一行をじっと見据えている。
その視線に気付いたレイディルは、少女へと近づく。
近くで見ると少女は、レイディルよりも頭ひとつ分は小さかった。
(アリシアよりちょっと大きい程度か……十五、六ってとこかな?)
しばし、二人は無言のまま視線を交わした。
やがてレイディルがゆっくりと口を開いた。
「案内ありがとうございます。助かりました」
レイディルはそう礼を述べ、少女へ視線を向ける。
「教会の方……ですね。ひとりで案内を?」
その口ぶりには、年若いシスター見習いへ向けるような気遣いが、わずかに滲んでいた。
「あっ、レイディル! その人は──」
アリーシアスが慌てて口を挟もうとする。
だが、それより早くマリーが少女へ声をかけた。
「カトレア、久しぶり」
「ようこそマリー。あなたのお友達は若い子が多いわね」
カトレアと呼ばれた少女は一行の顔を見渡し、そう告げた。
「私もその中に入っても違和感はないかしらね」
そう言いクスクスと笑っている。
レイディルはそんな少女の言動を不思議そうに見ていた。
「彼女はカトレア・ジュエルオーキッド……私の同僚よ」
マリーがそう言い、カトレアを紹介する。
「元──だけどね。とりあえず今はここの教会の責任者をさせてもらっています」
そう言いカトレアは、軽く頭を下げる。
「ちなみにマリーと同じ二十五。
多分、キミは十六くらいと想像したんじゃないかしら? 随分若く見てくれてありがとう」
そこに不快感は見えない。
むしろ彼女は、レイディルの反応を楽しんでいるようだった。
「あっ、す、すいません……」
レイディルは咄嗟に謝罪の言葉を口にする。
心の内を言い当てられ、レイディルは気まずそうに頬を掻いた。
「いえ、気にすることはないわ。若く見られるのは良いことだもの。
それにその程度、受け入れてこそ大人でしょう」
カトレアは胸元へ両手を添え、自らを示すように微笑んだ。
その指先には妙に艶っぽい空気があり、少女染みた見た目とはどこか噛み合わない。
「もっとも、この見た目と髪型。
子供だと言われ慣れていることだしね」
ツインテールを両手で掴み、ニッと笑って見せた。
「さて、本題。
ジルベルトさん、少し腕を見せてもらえるかしら?」
そう言い、カトレアはレイディルの横をすり抜け、ジルベルトの元へ歩いていく。
そしてゆっくりと彼の両腕を持ち上げると、包帯越しに状態を確かめるように目を細めた。
「やっぱり、マリーの治癒は的確ね。これなら傷跡も残らず治せそう」
その言葉に、一行は揃ってきょとんとした表情を浮かべる。
そんな空気に気付いたのか、カトレアが小さく瞬きをした。
「あら、説明していなかったの?」
「えぇ、ルルさん以外にはまだ」
マリーが悪びれもなく答える。
カトレアは呆れたように小さく息をついた。
「まったく……そういうことは、ちゃんと説明しておくものよ」
「つまり、どういうことです?」
アリーシアスが首を傾げる。
するとカトレアは、くるりと一行へ向き直った。
「私も治癒術師よ。
詳しく言うなら、“無瘢痕治療”を得意としているの」
そう言いながら、カトレアは自身の頬へそっと指を添える。
「無瘢痕……簡単に言えば、傷跡を残さず治す治療ね」
マリーが補足すると、カトレアはこくりと頷き、そのまま言葉を続けた。
「傷跡が勲章だ、なんて言う人には必要ないでしょうけど……」
そこで彼女は、ジルベルトへ視線を向けた。
「ジルベルトさん、綺麗な肌をしているものね。 できるだけ傷跡は残さないよう、私の出番というわけよ」
軽く微笑みながら、カトレアは指先で自身の頬をなぞる。
その笑みには、年若い少女にはない妙な色気があった。
「誤解のないように言っておくけれど、マリーの治癒術は超一流よ」
そう言ったカトレアの声音には、冗談の色はない。
「別に、マリーに治せないわけじゃないの。
彼女だけでも十二分に治療はできるわ」
そこまで言ってから、カトレアは小さく肩を竦める。
「ただ、念には念を──という話ね。
火傷跡を残さないために、より専門的な知識を持っている私を頼った。 それだけのことよ」
「専門的な知識?」
ウェリティアが問い返す。
するとカトレアは、どこか得意げに胸を張った。
「医学も修めているの。 治癒術だけじゃ補えない部分もあるから」
カトレアはさらりと言ってのける。
「彼女、カトレアは以前、医術院にいたのよ」
マリーは微笑みながら、隣のカトレアへ視線を向けた。
「自己紹介ついでに言うなら……そうね。
元シスターで、元医術院所属。
そして今は、出戻りシスターってところかしら」
カトレアは髪先を指で弄びながら、くすりと笑う。
「加えてエルミナでは有名人、ですね」
アリーシアスが当然と言わんばかりに言葉を添える。
「あら、それを言うならアリーシアスさん、アナタも……じゃないかしら」
カトレアは少し悪戯っぽく微笑みそう投げかけた。
「ふーん」
アリーシアスの隣に立つレイディルが、どこか感心したように彼女へ視線を向ける。
──その時。
ゴォン……と、低く澄んだ鐘の音が街へ響いた。
一行は思わず空を見上げる。
夕暮れの空は、既に橙から群青へ移ろい始めていた。
教会の尖塔、その上に吊られた鐘が静かに揺れている。
夕暮れの空を見上げながら、クラウス博士が小さく息を吐いた。
「さて……今日はもう遅いね。なにかを始めるには、少々時間が半端だ」
学院へ向かうにしても博士の目的にしても、本格的な行動は明日からになるだろう。
「私は実家へ向かいます」
そう切り出したのはアリーシアスだった。
「エルミナには家がありますので。
母にはもう連絡してあるので、皆さんもどうぞ」
その提案に、クラウス博士は苦笑を浮かべる。
「いやぁ、さすがに大人数で押しかけるのは悪いよ。
僕は宿を取ることにする」
「私はそうね……」
マリーが少し思案し、カトレアへ視線を向ける。
「積もる話もあることだし、教会に泊まるわ」
「歓迎するわよ」
カトレアは穏やかに微笑んだ。
するとその横で、ジルベルトが肩を竦める。
「うーん、教会ってどうにも堅苦しいし、あたしには合わないかな。
ってことで、あたしも宿派」
「そう」
カトレアは特に気を悪くした様子もなく頷いた。
「本当は教会に泊まってもらえた方が、こちらとしては色々都合がいいのだけれど……まあ、本人の意思を尊重しましょう。
治療も一日二日で終わるものではないしね」
「あー、じゃあ私はアリーシアスのお家に行きたいかな」
ウェリティアがひょいと手を挙げる。
「えぇ、構いません」
アリーシアスは微笑みながら頷いた。
「ということで──」
そこで彼女の視線が、すっとレイディルへ向けられる。
ウェリティアも無言のまま、じーっとこちらを見ていた。
(……いや)
レイディルは視線を逸らす。
(正直、女子の家に泊まるのは気が引けるんだが……)
だが、ここで今さら「宿に行く」とも言い出しづらい空気になっていた。
二人の圧に耐えきれなかったレイディルは……
「……アリシアん家にお邪魔させてもらうよ」
観念し、そう答えた。
そんな一行を見渡しながら、カトレアがふと口を開く。
「そこのお嬢さんはエルミナに詳しいのでしょうけれど、他の面々はそうでもないわよね」
そう言って、カトレアはクラウス博士へ視線を向けた。
博士も「まぁね」と小さく頷く。
するとカトレアは教会の裏口の前まで戻ると、パン、パン、と軽く手を叩いた。
直後、教会裏手の扉が勢いよく開かれる。
「カ、カトレア様! 御用でしょうか!?」
「何なりとお申し付けください」
飛び出してきたのは二人の少女だった。
一人は濃いブラウンの編み込みのハーフアップ。
明るく快活そうな印象で、修道服の上からエプロンを着けている。
しかも両手には、それぞれお玉を持っている。
もう一人は青髪のセミロング。
こちらも同じく修道服姿だが、手には箒とちりとりを抱えている。
二人の修道服は、カトレアの纏うものとは細かな作りが違っていた。
どこか涼しげな顔立ちをしているものの、慌てて飛び出してきたせいか額には汗が滲んでいた。
二人とも、随分と慌てて来たらしい。
そして並んでみると、カトレアとの身長差が妙に目立つ。
中央だけが小さく凹んだような並びになっていた。
「彼女たちはシスター見習いのノエルとルナ」
カトレアは振り返り、それぞれを軽く手で示す。
「よければ宿まで案内させましょう」
「はい! 喜んでご案内します!」
ノエルが手を振り勢いよく返事をする。
カトレアはようやくその両手にあるお玉に気付いた。
「なぜ両手に……?」
「え……夕飯の準備をしてて……」
さも当然と言うようにノエルは答えた。
(両手の方には答えてないな……)
レイディルは心の中でそうツッコミを入れる。
「お掃除も、まだ終わっていません」
ルナが横から真面目な顔で口を挟む。
カトレアはじっとルナを見た。
「……ルナ、あなたお昼前から掃除していたわよね? 軽くでいいと言ったはずだけれど……」
「軽くしているつもりなんですけどね」
本人としては本気で“軽く”掃除しているつもりなのだろう。
ルナは不思議そうに小さく首を傾げた。
(こっちは「終わらないタイプ」か……)
その様子に、レイディルはなんとなく察した。
「夕飯も掃除の続きも、私がやっておくから」
カトレアは短く息をつき、小さく笑った。
「案内をお願いね」
「「はい!」」
二人は揃って元気よく返事をする。
「それじゃあ、タダで泊めて貰うのも悪いし、夕飯の続き、私が作ることにするわ」
マリーがそう言うと、カトレアがぴたりと動きを止め、僅かに目を見開いた。
「あら……久しぶりにマリーの手料理が食べられそうね」
カトレアは顎に手をやり、至って冷静に答える。
「……ラッキー」
と、誰に聞かせるでもなく小さく小さくそう呟いた。
そんな彼女の様子に、ノエルとルナは顔を見合わせ、不思議そうに小さく首を傾げる。
「暗くなる前には戻るのよ」
「はーい!」
「らじゃ!」
勢いよく返事をする二人を見ながら、一同はどこか危なっかしいものを感じていた。
……ちゃんと宿まで辿り着けるのだろうか、と。
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そんなこんなでマリーを教会へ残し、レイディルとアリーシアスとウェリティア、そして宿に泊まるクラウス博士とジルベルトの五人を連れて、ノエルとルナは大通りを歩く。
この通りは教会へと続く道を出てすぐの道だ。
左右に伸びている道をノエルは左、ルナは右と指さした。
「こっちの方がご飯が美味しいよ」
「こっちの方が宿が豪華です」
エルミナにある数件の宿、そのどちらを案内するかで揉めていた。
結局、ジルベルトの「近い方が楽」の一言で、一行は二人のおすすめとは別の、一番近い宿へ向かうことになった。
途中でも「やっぱりこっちが──」「いえ、こちらの方が──」と小競り合いは続き、ジルベルトはやれやれと肩を竦める。
「──ところで、お二人はやはり教会で治癒術を学んでいるんですか?」
道すがら、アリーシアスがふとした疑問を口にした。
二人はアリーシアスを見やり、ぴくりと反応した。
「おー、コレがかの有名な……」
ルナが呟く。
「ルナちゃん、その言い方は失礼だよ!?」
ノエルが立ち止まり、慌ててアリーシアスへ何度も頭を下げた。
「まぁ気にしてませんけど……で、なんの話でしたか……あぁ、治癒術を学んでいるのかどうかでしたね」
アリーシアスは気にしないでと言うように、軽く手を動かした。
(まぁ、最年少かつ最短卒業なんてやってれば、有名にもなるか……)
レイディルはそんなことを思いながら、二人の反応を眺めていた。
「いえ、治癒術は才能の無い者には使えない術です。私たちに、その才能があるように見えますか?」
ルナが淡々と答える。
「……才能って、別に外見に出るものじゃないと思うが……」
その返しに、レイディルがぽつりとツッコミを入れた。
「私たちは教会から魔術学院に通っているんですよ。今日はお休みですけど」
今度はノエルが元気よく答え、街の南側を指差した。
その先には、白い街並みの向こうに塔のような建造物が見えている。
教会から更に西。
街の南中央に、荘厳な姿でそびえ立つ魔術学院の一部だ。
王立リグレア魔術学院。
この街の象徴とも言えるその建物は、学院でありながら半ば観光名所としても知られていた。
「王立リグレア魔術学院──叡智と魔術の頂点」
突如、ルナがすらすらと口にする。
「……なんか聞いたことあるな」
「うわっ、なつ……」
レイディルの呟きに続き、ウェリティアが懐かしそうに声を漏らした。
「学院の宣伝文句ですね。王都ではよく宣伝しているらしいです」
「あぁ、だから聞いたことあるのか」
レイディルは納得したように頷きながら、改めて遠くの学院を見上げた。
「ちなみに実は別のものもあるんですよ!」
ノエルがぱっと手を挙げる。
「王立リグレア魔術学院──目指せ、キラキラ魔術ライフ!」
「…………」
数瞬、沈黙。
レイディルは思わず顔をしかめた。
「うわぁ……」
隣では、ジルベルトもなんとも言えない顔をしている。
「なんだそれ……」
「もうひとつの宣伝文句らしいですよ」
レイディルの呆れ声にアリーシアスが淡々と補足する。
「王都じゃ聞いたことないぞ……」
「王都担当の広報が『これは流石にどうなんだ』と判断したらしく、あちらでは使われていないそうです」
「まともな判断だな……」
レイディルは真顔で頷いた。
「もうちょっとこう……マシな言葉あったでしょ~に……ねぇ?」
ジルベルトもつい声を出してしまった。
そんな中、クラウス博士がふと首を傾げる。
「おや? ジルベルト君ほど高名な魔術師なら、学院の宣伝くらい知っていると思ったけれど」
「いやいや、だってあたし魔術学院行ったことないですもん。 そんな宣伝、今初めて聞きましたし」
ジルベルトが包帯の巻かれた手をパタパタと振る。
「えっ」
ノエルとルナの声が綺麗に重なった。
「学院に通わず、一級術師に……?」
「そんなことってあるんですね……」
二人は揃って目を丸くしている。
対して、アリーシアスだけは「何を今さら」と言わんばかりの顔だった。
「ジルベルトさん通なら常識ですよ」
「なにその通ってのは……」
ジルベルトは微妙そうな顔で、わずかに身を引いた。
そんな話をしているうちに、一行は大通りの分かれ道へと辿り着いていた。
右は住宅街。
アリーシアスの実家がある方向だ。
左へ進めば、宿屋やお店が並ぶ区画へ出る。
「それじゃ、ここでお別れですね」
アリーシアスが足を止め、振り返った。
互いに手を振り合い、一行はそれぞれの道へと別れていく。
夕暮れに染まっていた空は、歩くうちにゆっくりと群青へ変わっていく。
道の端々にある灯柱がぽつぽつと灯り始め、白い街並みを淡く照らしていた。
こちらは街道の物とは違い、柱の上部からはクリスタルムが突き出している。
機構そのものは王都の街灯と同じだが、街並みに合わせ、意匠が柔らかく整えられているようだった。
しばらく歩くと、住宅街の様相も徐々に変わり始めた。
「うわ、見るからに大きい家が増えてきた」
ウェリティアの呟きの通り、周囲に立ち並ぶ家々には門があり庭がある。
一見して一般市民が住むような場所とは違うと見て取れた。
やがて、一際大きな家──いや、もはや屋敷と言うべき建物が見えてきた。
アリーシアスはこともなげに門を開けると中へと入って行く。
「……」
レイディルとウェリティアが無言で互いに顔を見合わせた。
「……入っていいんだよな?」
「……たぶん」
二人がボソボソと言葉を交わしていると、先を歩くアリーシアスが振り返った。
「何をしてるんですか、置いていきますよ」
その言葉に二人は恐る恐る門を潜り後をついて行った。
門から屋敷の入口まで二十メートルはあるだろうか。
「はぁ……玄関が豆粒のようだ……」
歩きながらレイディルは、ため息のごとく言葉を漏らした。
玄関へ向かう間にも立派に切り揃えられた木や、花々で賑わう花壇が三人を出迎える。
夜の闇を何本もの庭園灯が明るく照らす。
その光景に、二人はただ圧倒されていた。
「母があまり広い家は嫌だと言ったんですけどね……わたしもこの長い庭を歩くの少し面倒です……」
アリーシアスが世間話のように文句を言う。
「一度や二度なら問題ないんですけどね……毎日、学院に通うのにこの庭ですから」
この少女の悩みは、一般人にはやや伝わり辛く、後ろを歩く二人はただただ曖昧に頷くしかなかった。
そうしてようやく玄関へと辿り着く。
玄関脇の壁には、小さな金属製の押し板が取り付けられていた。
アリーシアスは慣れた手つきでそれを押し込む。
「あっ、最新型の呼び鈴だ」
ウェリティアが目を丸くする。
「なんだそれ、俺見たことないぞ……」
「そりゃあね……王国でもまだ一部にしか普及してないよ」
アリーシアスは少し考えるように視線を泳がせる。
「そんなに珍しいものなんですか? 周りの家はみんな付いてますけど……」
どうやら彼女の中では、この辺りの感覚が完全に“普通”らしい。
しばらくすると、扉がゆっくりと開いた。
まず見えたのは、雪のように白い手。
その肌は、思わず目を奪われるほどきめ細やかだ。
次いで、上品な花の香りが扉の向こうからふわりと漂ってくる。
やがて、その奥から一人の人影が姿を現した。
月の光と玄関の明かりに照らされたその姿に、レイディルたちは思わず息を呑むのだった。




