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鋼騎のヴァルストルム  作者: 小春ささら
王都・魔術学院編
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63話「ようこそ白の街エルミナへ」

 王都を出て南へ。

 機動馬車は軽やかに走っている。


 時刻は正午より少し前。

 エルミナへ向かう一行は、準備を終え、そのまま出発していた。


 後方の荷台では、ヴァルストルムが装甲の一部を開き、博士が内部の整備に手を入れている。


 機械馬シュタちゃんフォルちゃんの手綱を引くのは、念願叶って御者席に収まったレイディルだ。


 その隣で、アリーシアスがわずかに汗ばんでいた。

 どうやら集合に間に合わせるため、服屋から走ってきたらしい。


「ずいぶん時間かかったな」


 レイディルの問いに、ローブを羽織ったアリーシアスが小さく息をついた。


「ふぅ……なにぶん、王都は慣れていないもので」


「一緒に行くべきだったか」


 そう冗談めかして言えば、アリーシアスは苦笑を浮かべる。


 吹き抜ける風に、彼女が目を細めた。

 汗ばんだ頬を撫でるそれは、思いのほか心地いい。


「……風が気持ちいいですね」


「吹きっさらしだからな……速度出すと少し風がキツイけど……」


 レイディルは前を見たまま、手綱をわずかに引いた。

 風は速度に応じて強まり、頬を打つ。


 この程度の風、どうにでもできそうなものだ。

 だが──あえてそうしていないのだろうと、レイディルは思った。


 機動馬車には、これまでも博士が幾度となく手を入れ、改良を重ねている。

 それに気づいていないはずがない。


(なにか考えがあるんだろうな……)


 レイディルは前へと視線を戻した。



 手綱を引くたび、機械馬が滑らかに応じる。

 機動馬車は、速度を上げても揺れは少ない。


 車輪の軋みもほとんどなく、舗装路を滑るように走っていた。


(思った以上だ……!)


 レイディルは小さく口元を緩める。


「なんだか楽しそうですね」


 隣からアリーシアスがそんな声を漏らした。


「新しいものを使ってみるのは面白いからな!」


 その言葉には熱が籠っている。


「でも、いつもはもっと速いものに乗っているでしょう?」


「あれとこれとは話が別だ」


 レイディルは即答した。


「ヴァルストルムは、言ってしまえば超越技術(オーバーテクノロジー)だ。未知の技術と言ってもいい。

けど機動馬車は違う」


 走る機械馬へ視線を向けながら、レイディルは続ける。


「これは今のこの世界における最高到達点だ」


「ふーん……」


 アリーシアスは頬杖をつきながら、いまいちピンと来ていない顔をした。


「どう違うのか、私にはよく分かりかねますが」


「はなっから興味ないだろお前」


「えぇ、全然」


 呆れ顔のレイディルの視線をものともせず、隣の少女はしれっとそう言ってのけた。


 レイディルは気を取り直し、再び行く道を見据えた。


 王都から南へ延びる街道は、石で丁寧に舗装されている。


 継ぎ目は滑らかに整えられ、普通の馬車ですら車輪が跳ねることもほとんどない。


 道の両脇には、等間隔に樹が植えられていた。

 陽を和らげるためか、それとも距離を測るための目印か。

 整然と並ぶその姿からは、明確な意図が感じられる。


 さらに一定の間隔で、低い柱が立っているのが見えた。

 夜になれば光を灯すのだろう、街道用の灯柱だ。


 レイディルはその柱をチラリと見る。


「へぇ、蓄光式か。アレなら管理も楽だろうな」


 そんな彼の言葉にアリーシアスはそうなんですか?と言った顔をしていた。



 エルミナへと続くこの道は、他の街道とは明らかに違う。

 敷かれた石も、植えられた樹も、そのすべてが人の手で整えられている。


「やはり、エルミナと王都を結ぶ道はなんというか、こう……立派ですね」


「確かに……ここまで整ってる道は他にないな」


 少女の言葉に答えながら、レイディルは手綱を引き、速度をわずかに調整する。


 代わり映えのない整った景色が、一定のリズムで流れていく。




------




 日が傾き始めた夕暮れ時、機動馬車はエルミナへと到着した。


「とりあえず、街に入って南東にある教会へ向かってもらいたい。マリー君が機動馬車を停める許可を貰ってくれているそうだ」


 キャビンの小窓を開け、クラウス博士が御者台へと声をかける。

 その言葉通り、レイディルはゆるゆると馬車を南東へと進めた。



 エルミナの通りは広く、大通りを選び進んでいるとはいえ、機動馬車の幅も容易に受け入れている。


 街並みは白を基調としていた。

 石造りの建物は統一感を持って並び、その合間を縫うように緑が植えられている。


 王都のような喧騒はない。


 行き交う人々の声もどこか穏やかで、街全体が静かに落ち着いていた。


 通りの脇には細い水路が引かれ、澄んだ水が絶えず流れている。

 耳を澄ませば、静かな街並みに水音が心地よく響いていた。


 夕日に照らされた白い街並みは淡く橙に染まり、どこか幻想的ですらある。


「どうです、王都とはまるで違うでしょう?」


 アリーシアスがどこか誇らしげに笑う。


「そうだな、物静かな感じだ」


「えぇ、気品に溢れ知的とも言えますね!」


「そこまでは言ってないが……」


 ドヤ顔をするアリーシアスに困惑しながらも、馬車を進めていると、やがて、白い街並みの中でもひときわ目を引く建物が見えてきた。


 白を基調とした壁に、青い屋根を備えた荘厳な教会だ。


 尖塔を備えたその建物は、周囲をぐるりと樹々に囲まれ、その内を水路が静かに巡っている。


 そして、その手前。

 教会へと続く広い前庭には、水を張った大きな水盤が設けられていた。


 噴水などはなく、水面(みなも)は驚くほど静かだ。

 夕暮れに染まった空を映す水面(すいめん)へ、教会正面のステンドグラスが映り込んでいる。


「はぁ~、こりゃ立派だわ……」


 ジルベルトが窓から顔を出し、思わずといった様子で呟く。


 赤、青、金。


 それ以外にも幾重もの色彩が、夕暮れの水面へ静かに溶け込んでいる。


(いや──違う)


 レイディルは目を細める。


 教会側の意匠と、水面へ映った模様。

 それらが上下で繋がることで、ひとつの紋様として完成しているのだ。


「……なるほど」


 思わず漏れた呟きに、隣のアリーシアスが得意げに鼻を鳴らした。


「ふふん、面白い作りでしょう? この街に初めて来た方には、まずここを見せるそうですよ」


 静かな水面へ、夕暮れの光が淡く落ちていた。


「おーい、そこな馬車。

鏡面水盤を回って、裏手に付けて頂戴」


 教会前から、よく通る声が響いた。


 見れば一人の少女が、両の手を大きく広げ立っていた。


 薄い紫髪のツインテールは、首元ほどの長さで揺れている。

 服装はマリーと同じ修道服に身を包んでいる。

 しかし、マリーとは随分と雰囲気が違った。


(この教会のシスターかな?)


 レイディルは少女の誘導に従い、水盤を回るように迂回し、教会の裏へと馬車を付けた。


 教会の裏手は広く、機動馬車を停めてもスペースに余裕があるほどだ。


 レイディルは御者台から降りると、小さく息を吐きながら肩を回した。

 さすがに長時間座りっぱなしだったせいか、身体が少し固まっている。


 続いて、他の面々も荷台やキャビンから順番に降りてきた。


 気づけば、先ほどのツインテールの少女が馬車のすぐ近くまで来ていた。

 その赤い双眸はどこか興味ありげに、一行をじっと見据えている。


 その視線に気付いたレイディルは、少女へと近づく。


 近くで見ると少女は、レイディルよりも頭ひとつ分は小さかった。


(アリシアよりちょっと大きい程度か……十五、六ってとこかな?)


 しばし、二人は無言のまま視線を交わした。


 やがてレイディルがゆっくりと口を開いた。


「案内ありがとうございます。助かりました」


 レイディルはそう礼を述べ、少女へ視線を向ける。


「教会の方……ですね。ひとりで案内を?」


 その口ぶりには、年若いシスター見習いへ向けるような気遣いが、わずかに滲んでいた。


「あっ、レイディル! その人は──」


 アリーシアスが慌てて口を挟もうとする。

 だが、それより早くマリーが少女へ声をかけた。


「カトレア、久しぶり」


「ようこそマリー。あなたのお友達は若い子が多いわね」


 カトレアと呼ばれた少女は一行の顔を見渡し、そう告げた。


「私もその中に入っても違和感はないかしらね」


 そう言いクスクスと笑っている。

 レイディルはそんな少女の言動を不思議そうに見ていた。


「彼女はカトレア・ジュエルオーキッド……私の同僚よ」


 マリーがそう言い、カトレアを紹介する。


「元──だけどね。とりあえず今はここの教会の責任者をさせてもらっています」


 そう言いカトレアは、軽く頭を下げる。


「ちなみにマリーと同じ二十五。

多分、キミは十六くらいと想像したんじゃないかしら? 随分若く見てくれてありがとう」


 そこに不快感は見えない。

 むしろ彼女は、レイディルの反応を楽しんでいるようだった。


「あっ、す、すいません……」


 レイディルは咄嗟に謝罪の言葉を口にする。

 心の内を言い当てられ、レイディルは気まずそうに頬を掻いた。


「いえ、気にすることはないわ。若く見られるのは良いことだもの。

それにその程度、受け入れてこそ大人でしょう」


 カトレアは胸元へ両手を添え、自らを示すように微笑んだ。

 その指先には妙に艶っぽい空気があり、少女染みた見た目とはどこか噛み合わない。


「もっとも、この見た目と髪型。

子供だと言われ慣れていることだしね」


 ツインテールを両手で掴み、ニッと笑って見せた。


「さて、本題。

ジルベルトさん、少し腕を見せてもらえるかしら?」


 そう言い、カトレアはレイディルの横をすり抜け、ジルベルトの元へ歩いていく。


 そしてゆっくりと彼の両腕を持ち上げると、包帯越しに状態を確かめるように目を細めた。


「やっぱり、マリーの治癒は的確ね。これなら傷跡も残らず治せそう」


 その言葉に、一行は揃ってきょとんとした表情を浮かべる。

 そんな空気に気付いたのか、カトレアが小さく瞬きをした。


「あら、説明していなかったの?」


「えぇ、ルルさん以外にはまだ」


 マリーが悪びれもなく答える。

 カトレアは呆れたように小さく息をついた。


「まったく……そういうことは、ちゃんと説明しておくものよ」


「つまり、どういうことです?」


 アリーシアスが首を傾げる。

 するとカトレアは、くるりと一行へ向き直った。


「私も治癒術師よ。

詳しく言うなら、“無瘢痕(むはんこん)治療”を得意としているの」


 そう言いながら、カトレアは自身の頬へそっと指を添える。


無瘢痕(むはんこん)……簡単に言えば、傷跡を残さず治す治療ね」


 マリーが補足すると、カトレアはこくりと頷き、そのまま言葉を続けた。


「傷跡が勲章だ、なんて言う人には必要ないでしょうけど……」


 そこで彼女は、ジルベルトへ視線を向けた。


「ジルベルトさん、綺麗な肌をしているものね。  できるだけ傷跡は残さないよう、私の出番というわけよ」


 軽く微笑みながら、カトレアは指先で自身の頬をなぞる。

 その笑みには、年若い少女にはない妙な色気があった。


「誤解のないように言っておくけれど、マリーの治癒術は超一流よ」


 そう言ったカトレアの声音には、冗談の色はない。


「別に、マリーに治せないわけじゃないの。

彼女だけでも十二分に治療はできるわ」


 そこまで言ってから、カトレアは小さく肩を竦める。


「ただ、念には念を──という話ね。

火傷跡を残さないために、より専門的な知識を持っている私を頼った。 それだけのことよ」


「専門的な知識?」


 ウェリティアが問い返す。

 するとカトレアは、どこか得意げに胸を張った。


「医学も修めているの。 治癒術だけじゃ補えない部分もあるから」


 カトレアはさらりと言ってのける。


「彼女、カトレアは以前、医術院にいたのよ」


 マリーは微笑みながら、隣のカトレアへ視線を向けた。


「自己紹介ついでに言うなら……そうね。

元シスターで、元医術院所属。

そして今は、出戻りシスターってところかしら」


 カトレアは髪先を指で弄びながら、くすりと笑う。


「加えてエルミナでは有名人、ですね」


 アリーシアスが当然と言わんばかりに言葉を添える。


「あら、それを言うならアリーシアスさん、アナタも……じゃないかしら」


 カトレアは少し悪戯っぽく微笑みそう投げかけた。


「ふーん」


 アリーシアスの隣に立つレイディルが、どこか感心したように彼女へ視線を向ける。

 


──その時。


 ゴォン……と、低く澄んだ鐘の音が街へ響いた。

 一行は思わず空を見上げる。


 夕暮れの空は、既に橙から群青へ移ろい始めていた。

 教会の尖塔、その上に吊られた鐘が静かに揺れている。


 夕暮れの空を見上げながら、クラウス博士が小さく息を吐いた。


「さて……今日はもう遅いね。なにかを始めるには、少々時間が半端だ」


 学院へ向かうにしても博士の目的にしても、本格的な行動は明日からになるだろう。


「私は実家へ向かいます」


 そう切り出したのはアリーシアスだった。


「エルミナには家がありますので。

母にはもう連絡してあるので、皆さんもどうぞ」


 その提案に、クラウス博士は苦笑を浮かべる。


「いやぁ、さすがに大人数で押しかけるのは悪いよ。

僕は宿を取ることにする」


「私はそうね……」


 マリーが少し思案し、カトレアへ視線を向ける。


「積もる話もあることだし、教会(ここ)に泊まるわ」


「歓迎するわよ」


 カトレアは穏やかに微笑んだ。

 するとその横で、ジルベルトが肩を竦める。


「うーん、教会ってどうにも堅苦しいし、あたしには合わないかな。

ってことで、あたしも宿派」


「そう」


 カトレアは特に気を悪くした様子もなく頷いた。


「本当は教会に泊まってもらえた方が、こちらとしては色々都合がいいのだけれど……まあ、本人の意思を尊重しましょう。

治療も一日二日で終わるものではないしね」


「あー、じゃあ私はアリーシアスのお家に行きたいかな」


 ウェリティアがひょいと手を挙げる。


「えぇ、構いません」


 アリーシアスは微笑みながら頷いた。


「ということで──」


 そこで彼女の視線が、すっとレイディルへ向けられる。

 ウェリティアも無言のまま、じーっとこちらを見ていた。


(……いや)


 レイディルは視線を逸らす。


(正直、女子の家に泊まるのは気が引けるんだが……)


 だが、ここで今さら「宿に行く」とも言い出しづらい空気になっていた。

 二人の圧に耐えきれなかったレイディルは……


「……アリシアん()にお邪魔させてもらうよ」


 観念し、そう答えた。


 そんな一行を見渡しながら、カトレアがふと口を開く。


「そこのお嬢さんはエルミナに詳しいのでしょうけれど、他の面々はそうでもないわよね」


 そう言って、カトレアはクラウス博士へ視線を向けた。

 博士も「まぁね」と小さく頷く。


 するとカトレアは教会の裏口の前まで戻ると、パン、パン、と軽く手を叩いた。

 直後、教会裏手の扉が勢いよく開かれる。


「カ、カトレア様! 御用でしょうか!?」

「何なりとお申し付けください」


 飛び出してきたのは二人の少女だった。

 一人は濃いブラウンの編み込みのハーフアップ。

 明るく快活そうな印象で、修道服の上からエプロンを着けている。

 しかも両手には、それぞれお玉を持っている。


 もう一人は青髪のセミロング。

 こちらも同じく修道服姿だが、手には箒とちりとりを抱えている。

 二人の修道服は、カトレアの纏うものとは細かな作りが違っていた。


 どこか涼しげな顔立ちをしているものの、慌てて飛び出してきたせいか額には汗が滲んでいた。

 二人とも、随分と慌てて来たらしい。


 そして並んでみると、カトレアとの身長差が妙に目立つ。

 中央だけが小さく凹んだような並びになっていた。


「彼女たちはシスター見習いのノエルとルナ」


 カトレアは振り返り、それぞれを軽く手で示す。


「よければ宿まで案内させましょう」


「はい! 喜んでご案内します!」


 ノエルが手を振り勢いよく返事をする。

 カトレアはようやくその両手にあるお玉に気付いた。


「なぜ両手に……?」


「え……夕飯の準備をしてて……」


 さも当然と言うようにノエルは答えた。


(両手の方には答えてないな……)


 レイディルは心の中でそうツッコミを入れる。


「お掃除も、まだ終わっていません」


 ルナが横から真面目な顔で口を挟む。


 カトレアはじっとルナを見た。


「……ルナ、あなたお昼前から掃除していたわよね?  軽くでいいと言ったはずだけれど……」


「軽くしているつもりなんですけどね」


 本人としては本気で“軽く”掃除しているつもりなのだろう。

 ルナは不思議そうに小さく首を傾げた。


(こっちは「終わらないタイプ」か……)


 その様子に、レイディルはなんとなく察した。


「夕飯も掃除の続きも、私がやっておくから」


 カトレアは短く息をつき、小さく笑った。


「案内をお願いね」


「「はい!」」


 二人は揃って元気よく返事をする。


「それじゃあ、タダで泊めて貰うのも悪いし、夕飯の続き、私が作ることにするわ」


 マリーがそう言うと、カトレアがぴたりと動きを止め、僅かに目を見開いた。


「あら……久しぶりにマリーの手料理が食べられそうね」


 カトレアは顎に手をやり、至って冷静に答える。


「……ラッキー」


 と、誰に聞かせるでもなく小さく小さくそう呟いた。


 そんな彼女の様子に、ノエルとルナは顔を見合わせ、不思議そうに小さく首を傾げる。


「暗くなる前には戻るのよ」


「はーい!」

「らじゃ!」


 勢いよく返事をする二人を見ながら、一同はどこか危なっかしいものを感じていた。

 ……ちゃんと宿まで辿り着けるのだろうか、と。





------




 そんなこんなでマリーを教会へ残し、レイディルとアリーシアスとウェリティア、そして宿に泊まるクラウス博士とジルベルトの五人を連れて、ノエルとルナは大通りを歩く。


 この通りは教会へと続く道を出てすぐの道だ。

 左右に伸びている道をノエルは左、ルナは右と指さした。


「こっちの方がご飯が美味しいよ」

「こっちの方が宿が豪華です」


 エルミナにある数件の宿、そのどちらを案内するかで揉めていた。

 結局、ジルベルトの「近い方が楽」の一言で、一行は二人のおすすめとは別の、一番近い宿へ向かうことになった。


 途中でも「やっぱりこっちが──」「いえ、こちらの方が──」と小競り合いは続き、ジルベルトはやれやれと肩を竦める。


「──ところで、お二人はやはり教会で治癒術を学んでいるんですか?」


 道すがら、アリーシアスがふとした疑問を口にした。

 二人はアリーシアスを見やり、ぴくりと反応した。


「おー、コレがかの有名な……」


 ルナが呟く。


「ルナちゃん、その言い方は失礼だよ!?」


 ノエルが立ち止まり、慌ててアリーシアスへ何度も頭を下げた。


「まぁ気にしてませんけど……で、なんの話でしたか……あぁ、治癒術を学んでいるのかどうかでしたね」


 アリーシアスは気にしないでと言うように、軽く手を動かした。


(まぁ、最年少かつ最短卒業なんてやってれば、有名にもなるか……)


 レイディルはそんなことを思いながら、二人の反応を眺めていた。


「いえ、治癒術は才能の無い者には使えない術です。私たちに、その才能があるように見えますか?」


 ルナが淡々と答える。


「……才能って、別に外見に出るものじゃないと思うが……」


 その返しに、レイディルがぽつりとツッコミを入れた。


「私たちは教会から魔術学院に通っているんですよ。今日はお休みですけど」


 今度はノエルが元気よく答え、街の南側を指差した。

 その先には、白い街並みの向こうに塔のような建造物が見えている。


 教会から更に西。

 街の南中央に、荘厳な姿でそびえ立つ魔術学院の一部だ。


 王立リグレア魔術学院。

 この街の象徴とも言えるその建物は、学院でありながら半ば観光名所としても知られていた。


「王立リグレア魔術学院──叡智と魔術の頂点」


 突如、ルナがすらすらと口にする。


「……なんか聞いたことあるな」

「うわっ、なつ……」


 レイディルの呟きに続き、ウェリティアが懐かしそうに声を漏らした。


「学院の宣伝文句(キャッチコピー)ですね。王都ではよく宣伝しているらしいです」


「あぁ、だから聞いたことあるのか」


 レイディルは納得したように頷きながら、改めて遠くの学院を見上げた。


「ちなみに実は別のものもあるんですよ!」


 ノエルがぱっと手を挙げる。


「王立リグレア魔術学院──目指せ、キラキラ魔術ライフ!」


「…………」


 数瞬、沈黙。


 レイディルは思わず顔をしかめた。


「うわぁ……」


 隣では、ジルベルトもなんとも言えない顔をしている。


「なんだそれ……」


「もうひとつの宣伝文句(キャッチコピー)らしいですよ」


 レイディルの呆れ声にアリーシアスが淡々と補足する。


「王都じゃ聞いたことないぞ……」


「王都担当の広報が『これは流石にどうなんだ』と判断したらしく、あちらでは使われていないそうです」


「まともな判断だな……」


 レイディルは真顔で頷いた。


「もうちょっとこう……マシな言葉あったでしょ~に……ねぇ?」


 ジルベルトもつい声を出してしまった。


 そんな中、クラウス博士がふと首を傾げる。


「おや? ジルベルト君ほど高名な魔術師なら、学院の宣伝くらい知っていると思ったけれど」


「いやいや、だってあたし魔術学院行ったことないですもん。 そんな宣伝、今初めて聞きましたし」


 ジルベルトが包帯の巻かれた手をパタパタと振る。


「えっ」


 ノエルとルナの声が綺麗に重なった。


「学院に通わず、一級術師に……?」

「そんなことってあるんですね……」


 二人は揃って目を丸くしている。


 対して、アリーシアスだけは「何を今さら」と言わんばかりの顔だった。


「ジルベルトさん通なら常識ですよ」


「なにその通ってのは……」


 ジルベルトは微妙そうな顔で、わずかに身を引いた。



 そんな話をしているうちに、一行は大通りの分かれ道へと辿り着いていた。


 右は住宅街。

 アリーシアスの実家がある方向だ。


 左へ進めば、宿屋やお店が並ぶ区画へ出る。


「それじゃ、ここでお別れですね」


 アリーシアスが足を止め、振り返った。


 互いに手を振り合い、一行はそれぞれの道へと別れていく。



 夕暮れに染まっていた空は、歩くうちにゆっくりと群青へ変わっていく。


  道の端々にある灯柱がぽつぽつと灯り始め、白い街並みを淡く照らしていた。

 こちらは街道の物とは違い、柱の上部からはクリスタルムが突き出している。

 機構そのものは王都の街灯と同じだが、街並みに合わせ、意匠が柔らかく整えられているようだった。


 しばらく歩くと、住宅街の様相も徐々に変わり始めた。


「うわ、見るからに大きい家が増えてきた」


 ウェリティアの呟きの通り、周囲に立ち並ぶ家々には門があり庭がある。

 一見して一般市民が住むような場所とは違うと見て取れた。


 やがて、一際大きな家──いや、もはや屋敷と言うべき建物が見えてきた。


 アリーシアスはこともなげに門を開けると中へと入って行く。


「……」


 レイディルとウェリティアが無言で互いに顔を見合わせた。


「……入っていいんだよな?」

「……たぶん」


 二人がボソボソと言葉を交わしていると、先を歩くアリーシアスが振り返った。


「何をしてるんですか、置いていきますよ」


 その言葉に二人は恐る恐る門を潜り後をついて行った。


 門から屋敷の入口まで二十メートルはあるだろうか。


「はぁ……玄関が豆粒のようだ……」


 歩きながらレイディルは、ため息のごとく言葉を漏らした。


 

 玄関へ向かう間にも立派に切り揃えられた木や、花々で賑わう花壇が三人を出迎える。

 夜の闇を何本もの庭園灯が明るく照らす。

 その光景に、二人はただ圧倒されていた。


「母があまり広い家は嫌だと言ったんですけどね……わたしもこの長い庭を歩くの少し面倒です……」


 アリーシアスが世間話のように文句を言う。


「一度や二度なら問題ないんですけどね……毎日、学院に通うのにこの庭ですから」


 この少女の悩みは、一般人にはやや伝わり辛く、後ろを歩く二人はただただ曖昧に頷くしかなかった。


 そうしてようやく玄関へと辿り着く。


 玄関脇の壁には、小さな金属製の押し板が取り付けられていた。

 アリーシアスは慣れた手つきでそれを押し込む。


「あっ、最新型の呼び鈴だ」


 ウェリティアが目を丸くする。


「なんだそれ、俺見たことないぞ……」


「そりゃあね……王国でもまだ一部にしか普及してないよ」


 アリーシアスは少し考えるように視線を泳がせる。


「そんなに珍しいものなんですか? 周りの家はみんな付いてますけど……」


 どうやら彼女の中では、この辺りの感覚が完全に“普通”らしい。


 しばらくすると、扉がゆっくりと開いた。


 まず見えたのは、雪のように白い手。

 その肌は、思わず目を奪われるほどきめ細やかだ。

 次いで、上品な花の香りが扉の向こうからふわりと漂ってくる。


 やがて、その奥から一人の人影が姿を現した。


 月の光と玄関の明かりに照らされたその姿に、レイディルたちは思わず息を呑むのだった。

おまえ


挿絵(By みてみん)


カトレア・ジュエルオーキッドさん

こんな人です

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