61話「彼女の用件」
服屋を後にした三人は、先程よりも一段と騒がしい通りへ足を踏み入れた。
「騒がしい、というよりは雑多……ですね」
アリーシアスが半目で呟く。
通りにいる者たちも、目抜き通りに比べてどこか粗野だ。
先頭を歩くのはレイラ。
心なしか上機嫌で、腕を大きく振っている。
その後をアリーシアスが続く。
ローブは店に預けてきたらしく、長袖の上に半袖を重ねた軽装になっていた。
その後ろを、両手に紙袋を抱えたレイディルが続く。
荷物は自分で持つと言い張る二人を押し切り、「荷物持ちで来たんだから」とレイディルが引き受けたのだった。
「次の目的地は──」
アリーシアスがレイラに声をかけると同時に、先頭を歩くレイラの歩みがピタリと止まった。
たどり着いたのは大きな看板を掲げる店。
アリーシアスは頭を上げ、看板の字を読んだ。
「えーっと……『カミソリから重戦鎚まで──なんでも揃う王国認可武装店!』……キャッチコピーですか……」
武装店というからには武器を売っているのだろうが、王国認可の店にしては、ずいぶんと場違いな看板に見えた。
「なんだかやけに軽い宣伝文句のような気もしますが……」
「そりゃあ何も武器を買いに来る人ばかりじゃないからな……とはいえ、オレも来たことはないんだけど」
と、レイディル。
「あの……入りますね」
レイラは二人にそう声をかけると、両開きの扉を開け、店内へと入っていった。
「とりあえず入るか」
「ですね」
二人はレイラに続き入店した。
店内は所狭しと棚が並び、様々な物が陳列されていた。
アリーシアスは物色するかのように店内を見渡す。
「金槌、お鍋、フライパンに包丁……金ダライなんてものもありますね……武装店と言う割に雑貨屋のような……」
その疑問に答えるように、奥のカウンターにいた店主が声をかけてきた。
「ハハハ、お嬢さん、そりゃそうだ。なんたって『ウチはなんでも揃う!』が自慢だからな」
輪郭のゴツゴツした顔で口を大きく開けて笑う店主。
「東区にはこんな店はないな……」
レイディルは過ごしていた地区を思い出し、ポツリと呟いた。
「まぁそりゃあそうだろうな。王都広しと言えども、ウチみたいな店はそうそう無い。ここに無いものも言ってくれれば取り寄せるぞ」
店主は自分の店を自慢するかのように答える。
「うん? よく見たら凱旋ん時、でっかい騎士のそばにいた兄ちゃんか! いや悪ぃな、さすがにあのサイズは置いてねぇ!」
店主なりのジョークだろうか、彼は愉快そうに肩を揺らし、豪快に笑った。
レイディルはとりあえず愛想笑いで合わせておくことにした。
「あ……いえ、用があるのは……私、です」
レイラがカウンターの横、店主の視界の外からヌッと現れる。
その登場に店主は一瞬だけ目を見開いたが、すぐにいつもの調子へと戻った。
「いや、これはこれは……大隊長殿。気が付かず、失礼しました」
「……お、お久しぶりです」
レイラはカウンターの前へと移動すると、ぺこりとお辞儀をした。
「それで、今日はどのようなご要件で?」
店主の問にレイラは腰に帯刀していた二振りをカウンターへと乗せる。
店主は一言断りをいれ、鞘から刀身を半分抜き出した。
「こりゃあ……硬いもんでも相手取りましたな。研ぎ直しても──こいつは無理だ……」
店主はもう一振も確認し、小さく息を吐いた。
その声にレイラは小さく視線を落とした。
「……そ、そういうことで……新調、しに来ました……」
レイラはそう言い懐から一つの装飾品を取り出した。
ほどほどに長い金のチェーンの先端に青い宝石が付けられたペンダント。
店内の照明を浴びて、それは一際の光彩を放っていた。
「顔パスも同然なんですから、わざわざ毎度なさらなくても……」
「い、いえ……形式は大事です……私だけ、例外という訳にも……」
店主はその言葉を聞き「律儀だな」と若干呆れはしたが、若き大隊長のそういう所には好感を持っていた。
しばらくいくつかのやり取りを終え、レイラはカウンター横の扉へと通された。
「なんでしょう?」
「さあ?」
アリーシアスとレイディル、二人が不思議そうにカウンターを見ていると、店主がその視線に気付く。
「あぁ、お二人さんはこういう店は初めてか」
その言葉に少女は素直に首を縦に振った。
「武器ってのは誰彼構わず売っていいものじゃあないからな。ちゃんと許可証が必要なんだ。
まあ、冒険者だの一般の騎士だのでも持ってる許可で扱えるもんは違うが……大隊長ともなれば好きなもん買えるがね」
つまり、一般市民に武器を売らないための仕組みだ。
「なるほど、つまりレイラさんが入った部屋にはふつーには買えないような物が置いてあると……」
「まぁ、そういうことだな」
店主の答えにアリーシアスは「ふーん」と呟きながら、カウンター前のショーケースの中を見ていた。
ケースの中にはショートソードやダガーが並んでいた。
剣を見つめていたアリーシアスが思い出したように、少し離れた位置にいるレイディルへ声をかける。
「そういえば、あの光の剣、名前あります?」
いつもの調子のいつもの質問。
レイディルはラディアント・ブラスターに続き、またそれかと言った面持ちを見せた。
「なんだ、やけに名前に拘るな……」
「再三言いましたけど、名前は大切なんです」
アリーシアスはそう言うと、近くに並んでいた武器へと視線を落とした。
「じゃあレイディル。刃渡り六十センチ前後、片手で扱う直剣はどれです?」
急な問いかけるレイディルは眉をひそめる。
「いきなりなんだよ」
「はやく」
アリーシアスは問答無用とばかりに答えを急かさせる。
「……えーっと……」
レイディルはショーケースへと視線を落とし、並んだ武器を一つ一つ見ていく。
「……ショートソード、か?」
「では、棍棒から発達した武器で、重量のある頭部と柄からなる合成棍棒の一種は?」
更なる問にレイディルは聞き返しても無駄と判断し、武器を探した。
「……ああ、そっちは……メイスだな」
わずかな間を挟んで答えるレイディルに、アリーシアスは軽く肩をすくめた。
「ほら、面倒でしょう?」
くすりと小さく笑い、指先でショーケースをなぞる。
「例えば──雲と雲の間に起こる放電現象、と言うより“雷”と呼んだ方が早い」
一拍置いて、振り返る。
「名前は、情報のショートカットなんです」
レイディルは少しだけ眉を寄せ、それから小さく息を吐いた。
「……まぁ、言いたいことは分かる」
「ここで詳しく授業をするのは避けますが──簡単に言うと、魔術師は名前を重要視します。それは魔術の決定であり安定だからです。
名前があることで、“何を再現するのか”を明確にできますから」
その言葉は、単なるこだわりではない。魔術の根幹に関わる理屈だった。
「それとヴァルストルムの武器に名前をつけること、なんの関係が──」
言いかけてレイディルは一つの事柄に思い当たった。
「そういえばラディアント・ブラスターも名付けてから再現したよな……?」
とはいえレイディル自身がはっきり見たわけではない。
途切れゆく意識の中で、ただ光が走ったような気がしただけだ。その後に聞いた話と結びつけているに過ぎないが……
「アリシア……まさか、あの光の剣も魔術で再現を……!?」
レイディルは自分で言いながら目を見開いた。
しかし、少女から帰ってきた答えは全くの別物だった。
「いえ、無理ですね」
アリーシアスは瞼を閉じ、深いため息をつく。
「ルミナス・レイですら、劣化の劣化。
今は他の術に気を取られている余裕はないです」
「ああ……そうなのか」
レイディルは納得したような、していないような顔で頷いた。
「……じゃあ、なんでそこまで拘るんだ」
短い沈黙。
アリーシアスは腕を組み、フフンと小さく鼻を鳴らした。
「では、教えてあげましょう」
楽しげに、そしてほんのわずかに口角を上げる。
「必殺技だからですよ」
その顔には、確かな自信が浮かんでいた。
ほどなくして武装店を後にした三人。
日はすっかり傾き始め、王都を橙に染めていた。
夕暮れに包まれた通りを少し進んだところで、三人は足を止める。
「今日は……お付き合いくださり、ありがとうございました……」
胸に紙袋を大事そうに抱え、レイラが振り返った。
新調したばかりの二振りの剣を腰に携え、深くお辞儀をした。
「いえ、こちらも楽しかったです」
アリーシアスが素直に感想を述べる。
「それでは……私、こっちなので……」
そう言うと、レイラは右の通りを指さした。
その先は王城から少し離れた、騎士たちの宿舎へと続く道だ。
「それじゃあ、また」
レイディルが右手を軽く上げる。
「また、です」
それに続いて、アリーシアスも別れの言葉を口にした。
レイラは名残惜しそうにしていたが、「また」という言葉に小さく頷き、少し嬉しそうにその道を歩いていった。
やがてレイラの姿が見えなくなると、アリーシアスが口を開く。
「さて、次はレイディルを家まで送りますよ」
「オレが送る方が正しい気がするけどな」
「そうしますか? あの父さんのお屋敷ですけど」
そう言われたレイディルは、眉を寄せ、引きつった笑いを見せた。
「じゃあ送るのは遠慮しておこう……」
あの執政官のことだ。仕事も詰まっているだろうし、こんな時間に帰宅しているはずもない。
それでも、なんとなく行く気にはなれなかった。
「では、そういうことで」
わずかに楽しむような色を滲ませながら、アリーシアスはそう言うと、進む先を示すように手を差し向けた。
まるでエスコートをする貴族のような振る舞いだ。
レイディルはどこか釈然としないまま、自宅へと続く道を歩いた。
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朝焼けの色が薄れ、王都にはざわめきが満ち始めていた。
その王都の一角、東区。
どこにでもありそうな造りの一軒家。
そこがレイディルの住んでいる家だ。
玄関の扉を開ければ、すぐに食卓と調理台が目に入る。
生活の中心となるその空間の横には仕切りもなく、工具や部品が並ぶ一角が続いていた。
レイディルの工房だ。もっとも、外での整備が主であるため、半ば趣味のようなものではあるが。
入口の右手にはもう一つ扉があり、その先は短い廊下になっている。
廊下の左手前と突き当たり、そして右手奥に部屋が一つずつ。
そのうち、左手前がレイディルの寝室で、残る二つは今は使われていない。
一人で暮らすには、いささか持て余す広さだ。
だが、以前は違った。
以前──とはいっても、もう九年ほど前になるか。
レイディルの家族が、まだ揃っていた頃だ。
そんなレイディル宅に朝から、叩き金が鳴る。
トントン……トントン。
叩いては間を開け、そしてまた叩く。
規則正しく響く音は飽きることなく、家主が現れるまで繰り返されていた。
しばらくして、扉の向こうから声が聞こえた。
「……はいはい……なんの御用で……」
木の軋む音と共に扉が開き、半分ほどで止まった。
隙間から、寝ぼけ眼のレイディルが顔を覗かせる。
「ずいぶんと時間がかかりま……し……」
言いかけて、アリーシアスはその姿に目を止めた。
「きゃあ!」
彼女にしては珍しい、なんとも乙女らしい声が響いた。
「な、な、なんて格好してるんですかっ……!」
扉の隙間から覗かせているレイディルの格好は、肌着にパンツ。
人を──少女を出迎える格好ではなかった。
言われてレイディルはすぐさま扉を閉める。
「あー、いや悪い。昨夜は少し暑かった……かな?
寝てる間に脱いだらしい」
そう言い残すと、扉の向こうで慌ただしい足音が奥へと遠ざかっていった。
数分後、改めて扉が開いた。
「ほら、もう大丈夫……」
急いでいたのであろう、大丈夫なのは服装だけで、髪は寝癖がついたままだった。
「それで……朝早く──」
レイディルは途中で言葉を切り、振り向く。
家の柱に掛かった時計に目をやった。
「それで朝の九時からなんの用だ?」
レイディルの問いに、アリーシアスはコホンと咳払いを一つ。
気を取り直すように背筋を伸ばし、言葉を選ぶように口を開く。
「……実は結構面倒くさいことになりまして──」
アリーシアスの言葉を、レイディルは手で制した。
「タンマ。話は朝飯ついででもいいか?」
アリーシアスは小さく肩をすくめる。
とはいえ、この時間に押しかけたのは自分だ。強くは言えない。
「ふむ……昨日、あの後、魔術研究庁からお呼び出しを食らった、と」
食卓を挟む形で両者が座る。
レイディルはテーブルに置かれたパンを齧りながら、復唱するように言った。
「人聞きの悪い……その言い方だとわたしがなにかしでかしたみたいじゃないですか」
アリーシアスは出されたカップを両手で掴みながら、ムスッと答えた。
「魔術研究庁ってアレだろ。
城から少し離れた先にある……で、なんでまたそんなとこが?」
魔術研究庁──アルバンシア全土の術を管理する国家機関だ。
「とどのつまり、新魔術……《ルミナス・レイ》の件についてですね」
アリーシアスの言葉にレイディルはいまいちピンと来ていない顔をした。
「まぁとにかく、その魔術研究庁まで着いてきて欲しいということです。
もしかして、なにか用事がありましたか?」
レイディルは虚空を仰ぐようにしばらく考え込んだ。
「んー、いや……? 特にはないかな。
うん、無いな」
パンを食べ終え、レイディルはコーヒーを一口啜った。
「でも、オレが着いて行く必要あるのか?」
その問いを聴きながら、アリーシアスはコーヒーにミルクを二杯角砂糖を三つ入れ、ぐるぐるとかき混ぜていた。
見るからに甘そうなそれを前に、レイディルは「うっ」と声を漏らした。
「理由がないと来てくれないんですか?」
スプーンを止め、上目遣いに向かいのレイディルを見やる。
「え、いや、そういうわけじゃない……けど」
思わぬ言葉と仕草にレイディルは一瞬ドキリとした。
「ふふっ……冗談ですよ。
理由は──そうですね……」
スプーンでカップの中をくるりとかき混ぜながら、アリーシアスはわざとらしく間を置く。
「王都はまだ慣れていないんです」
一拍置いて、顔を上げる。
「つまり──あなたが道案内役、というわけです」
わずかに顎を上げ、得意げに言い切った。
レイディルは目を細めた。
「……いや、それ勿体ぶるとこか?」
レイディルは半ば呆れたように呟いた。




