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鋼騎のヴァルストルム  作者: 小春ささら
アルバンシア反攻編
67/67

60話「友達ですから」

 城の一室。

 大広間から二階の謁見の間へ伸びる左右の階段、その中程に設けられた両扉の奥。


 重厚な扉越しにも、複数の声が低く響いていた。


「港の復興費用と人員ですが──」


 まず声を上げたのは、建設官。


 角ばった顔立ちに太い眉を持つ、実直さがそのまま人の形になったような男だ。

 吊り上がった眉をわずかに寄せながら、必要資材と見積もり額を淡々と読み上げていく。


 それに財務官が答える。

 小太りで口ひげを蓄えた初老の男は、温和な物言いのまま、ゆっくりと口を開いた。


 四角い会議机の上座には王が静かに鎮座し、その傍らにはシエナ姫が控えるように立っている。

 机を挟んだ前方左右の席には、執政官ダイレルとバーグレイ将軍がそれぞれ腰を下ろしていた。

 その下座には、左列に財務官、建設官、内政外交官、右列に農務官、法務官が順に並び、王国中枢の面々が一堂に会していた。


 

 帝国を退けた報告とその事後を、王──ケイオン・ゼルテ・アルバンシアは黙って聞いていた。


 王らしい荘厳なマントを肩に掛け、装飾の施された上着を隙なく纏う。

 姫と同じ金髪には白髪が混じり始めている。

 口髭と顎髭は丁寧に整えられ、黄金の王冠がその威厳をさらに際立たせていた。

 会議机に置かれた手には年輪を思わせる皺が刻まれている。


 それでもなお、その背筋は一切揺らぐことなく真っ直ぐに伸び、王としての圧を静かに場へ落としていた。


 以前民衆に姿を見せた時の疲弊はすでに薄れ、今は本来の鋭い眼差しと血色を取り戻している。

 厳格な空気を纏いながらも、その奥にはどこか人の良さを感じさせる柔らかな光が宿っていた。



 やがて、ケイオン王の重く閉ざしていた口が開く。


「戦略級魔術の使用に、皇帝による強国認定か……」


 王の低い呟きが会議室に落ちる。


「戦略級魔術使用の報告書は、早急にまとめねばなりますまいな」


 法務官が前分けのやや長い髪を指先で軽く払い、口を開く。

 シワひとつない衣服を隙なく纏い、飾り気のない清潔な身なりをしている。

 ただ、そのやや長めの髪だけが、堅い印象にわずかな軽さを添えていた。


 厄介な案件を前にした思案をわずかに滲ませながらも、声色はあくまで平坦だった。



 戦略級魔術の行使。

 そして帝国皇帝による強国認定。

 その事実が改めて言葉として整理されたことで、誰もが胸の内で薄々抱いていた懸念が静かに輪郭を帯びる。


「やはり機械の騎士を使うのは時期尚早だったのでは」


 室内の誰かが慎重な声で言った。


「そうでしょうか。あの場でヴァルストルムを使用しなければ、砦は遅かれ早かれ落ちていたはずです」


 シエナ姫はわずかに眉を寄せ、語気を強めて反論する。

 なおも言葉を続けようとした彼女を、王は左手を軽く上げて制した。


「ヴァルストルムがいたおかげで、負傷者、戦死者の数は圧倒的に少なくて済みました。少なくとも、我々現場にとっては正解だったと考えます」


 続けてバーグレイ将軍が低く言葉を重ねた。


「使う使わないの議論は最早済んだことだ。

それに異を唱えるのであれば、好きにやらせた私にも非がある。

しかし、今はこの後どうするか……ではないか?」


 ケイオン王がピシャリと言い放った。

 過去を断ち切り、議題を未来へと引き戻すその一言に、室内の空気が改めて張り詰める。


「この後……」


 法務官が眉間に皺を寄せ、王の言葉を反芻するように呟いた。


「つまりは──帝国が諦めるまで、このまま守り続けるか、はたまたこちらから打って出るか、だな」


 ケイオン王が低く告げる。

 守勢か、攻勢か。

 王国の命運を左右する二択に、重臣たちの表情が一様に険しくなった。


「攻める……それは無茶でしょう!」


 農務官が思わず声を荒らげた。

 痩せぎすの細長い身体を揺らし、神経質そうに指先で机を叩くその姿は、平時から王国の食糧備蓄に神経を尖らせている男そのものだ。

 帝国は遠い異国だ。補給路は必然的に伸び、兵糧も資材も金銭も莫大にかかる。


 向かいの財務官もまた、深く頷いて同意を示している。


「守りに徹する方が……」


 内政外交官が弱々しく呟く。

 落ち着いた雰囲気を纏う女性は、王都に残る民の暮らしを思うように視線を伏せ、慎重に言葉を選んでいた。


 慎重論が会議室を覆い始めた、その時だった。

 部屋の扉が、大きな音を立てて開いた。


「遅れて申し訳ない!」


 杖をつき、ヨタヨタとした足取りで一人の男が部屋へと入ってくる。

 だが、その片足を引きずる姿とは裏腹に、鋭い眼光だけは歴戦の将そのものだった。


「ヴィクター大隊長。お身体の方はよろしいので?」


 シエナ姫がヴィクターと呼ばれた男に声をかける。


「戦闘は無理ですが、会議に参加するのに支障はありません」


 ヴィクターは短くそう言い、内政外交官の対面へドカッと腰を下ろした。

 その一動作だけで、慎重論に傾きかけていた場の空気がわずかに変わる。


「失敬! 足に力が入らぬものゆえ!」


  ヴィクターは悪びれる気配もなく、大きな声で謝った。


 ヴィクター・ランカスター。

 アルバンシアの大隊長の一人である。

 長い髪を後ろへ流し、前髪は無造作にかき上げられている。

 左目には一本、縦に走る古傷。

 鷹を思わせる鋭い眼光と吊り上がった眉が、その負傷した身体に反して少しも衰えぬ威圧感を放っていた。

 ゆったりとした衣服の上から無骨なマントを羽織り、戦場に立てぬ今なお腰には剣を携えている。

 まるで武骨そのものが人の姿を取ったような男だった。


 長く続いた砦での戦いにおいて、幾人もの部下を失い、自身もまた脚に深い傷を負った。

 その代償として前線に立つことは叶わなくなったが、なおその眼差しだけは、戦場を知る将の鋭さを失ってはいない。


「少しばかり話が聞こえましたが、防衛戦はおすすめ出来ませんな!」


 ヴィクターの大きな声が室内に響き渡る。


 慎重論に傾いていた重臣たちの視線が、一斉に彼へ集まった。

 誰かが「なぜ?」と問うと、彼は間を置かず言葉を続けた。


「帝国のギガスですが、ヴァルストルムとの戦いを経て、すでに強化と改良が進んでいると聞いております。

では、こちらが守りに徹した場合どうなるか?」


 ヴィクターの言葉に、一同が息を呑む。

 誰もが答えを予感していた。


「いずれギガスがこちらの防御を超えるだろうな」


 バーグレイ将軍が顎を撫でながら低く呟いた。



「ジリ貧というやつですな。

それに皇帝は聞く耳持たぬ者と聞いております」


 ヴィクターが鷹のような眼光を細めて言い切る。


「しかし、攻めるのも現実的ではあるまい」


 財務官が苦い顔で口を挟んだ。

 兵糧、資材、金銭、そのいずれを取っても遠征はあまりに重い。


 王はしばし沈黙し、やがて視線を一人へ向けた。


「先程からずっと黙っているが……ダイレルはどう考える?」


 会議室の空気がわずかに張り詰める。

 執政官ダイレルは腕を組んだまま、しばし答えを口にしなかった。


「……」


 その沈黙を先に破ったのはシエナだった。


「執政官。まずは私情など抜きにしましょう。どうお考えですか?」


 ダイレルはすぐには答えなかった。

 攻勢に転ずるということは、王国の未来だけでなく、いくつもの個の運命をも大きく変える決断になる。

 その沈黙に込められた理由を、正しく汲み取っているのはシエナだけだった。


「……ヴァルストルムの力ならば、あるいは──攻めるのが得策でしょう」


 ダイレルの低い一言に、室内の空気がわずかに張り詰めた。


「まさか機械の騎士だけで事を成すおつもりではありますまい」


 農務官が、慎重に言葉を挟む。


「単騎ではいかに機械の騎士といえど無茶でしょう。

となれば、ある程度は騎士たちも出兵せねばならん」


 痩せた細身の男は神経質そうに眉を寄せる。


「だとすれば、それは兵に死地へ向かえと言っているようなものです」


 それは役目を超えて、この場の誰もが理解している現実だった。


 シエナは黙ってそのやりとりを聞いていた。

 そして彼女の脳裏にとある言葉が思い出された。


「……同盟」


 ぽつりと漏れたその一言に、数人の視線がシエナへ集まる。


 シエナは静かに顔を上げ、真っ直ぐに前を見据えた。


「──そうです。行く先々の街や国を解放し、そのまま共闘関係を結ぶのはどうでしょうか」


 その一言に、会議室の空気が再び揺れた。


「解放した土地の扱いはどうなさるおつもりで?」


 法務官が慎重に問いかける。


「領土を広げれば補給路の確保にはなる。国力も増しましょう」


 財務官が頷きながら続ける。


「だが、その維持には更なる資金と兵が必要になりますな」


 当然の懸念だった。

 領土が広がれば、そこを守る兵も、街を立て直す資材も、民を支える金も必要になる。

 戦線が伸びすぎれば、やがて手の届かぬ場所も出てくる。


 だが、シエナは即座に首を横へ振った。


「だからこそ支配しないのです」


 凛とした声が、静かな会議室にまっすぐ落ちる。


「解放した地域は元の民へ返還し、我らは同盟という形で力を借りる。そうすれば守備の兵を割かずに、戦線だけを押し上げられます」


 しばし沈黙が落ちた。

 理屈としては通っている。

 だが、それでもなお残る問題はいくつもあった。


「そうなると、我が国の守りも必要でありましょう」


 バーグレイ将軍が低く現実を示す。


「その時は私が出ましょう」


 間髪入れずに、ヴィクターが言った。


「満足に動かぬ身体といえど、使いようはあります。守備と指揮ならば務まる」


 左目の古傷をわずかに歪めながら、ヴィクターは不敵に笑う。


 その言葉に、シエナは胸の内で静かに息をついた。


(……手は捻り出せる。これが最善かは、まだわからないけれど)


 王もまた、しばし目を閉じて思案していたが、やがて静かに口を開いた。


「ともあれ、王命で無理に出兵させるわけにもいかんな」


 ケイオン王の低い声が、場を引き締める。


「少なくとも、騎士たちの多くがこの戦に同意せねばなるまい」


 すぐに結論を出せる話ではない。

 攻勢に出るか、防衛を維持するか──その判断は、騎士たちの意思も含めて改めて定める必要があった。


 一同が小さく頷き、会議はひとまずその方向でまとまりかける。



 その空気に、シエナが静かに声を落とした。


「……そういえば」


 まとまりかけた議論の先を継ぐその一言に、官僚たちは無言のまま続きを促した。


「同盟と言えば、もう一つ心当たりがあります」


 その言葉に、内政外交官が眉をひそめる。


「心当たり……とは?」


 シエナは薄く笑みを浮かべた。


「実は先日、ある勢力が話しを持ちかけてきました」


 その一言に、場の空気が再び張り詰めた。




------




 一方、王都の中央区では──


 王城から真っ直ぐに城下へと伸びる大通りの先、華やかな王都の中でも中央区はひときわ華やかな景観を誇っていた。


 色とりどりの看板が軒を連ね、店先からは香ばしい焼き菓子や香草料理の匂いが漂っている。


 その一角、目抜き通りは凱旋の熱もあって、普段以上の活気に包まれていた。


 レイディルたち三人は、その通りに面したオープンカフェで少し遅めの食事を取っていた。

 店内は満席らしく、三人は通りを見渡せるテラス席へ案内されていた。



「……なんか、視線を……感じないか……?」


 レイディルはサンドイッチを頬張りながら、落ち着かなさそうに目をきょろきょろと巡らせる。


 レイディルの正面の席では、レイラが運ばれてきた温かい紅茶を静かに口に含み、その香りを味わっていた。


 アリーシアスは香ばしい半熟卵とチーズのガレットをナイフで切り分け、一口運びながら、二人の横でどこまでも冷静な声音で答えた。


「そりゃあ、目立ちますね」


 彼女はカチャリとナイフを置き、ナプキンで口元を拭う。


「機械の騎士の操縦士と王国の若き大隊長。

その二人が揃って外で食事です。注目されて当然でしょう」


 アリーシアスは半目で辺りをチラリと見ると、水を一口。

 こちらを見ている人々が、なにやら小声で囁き合っている様子が見えた。


「加えて凱旋後ですからね。二人は否が応でも目につくというものです」


 水を飲み干すと、テーブルにコップをことりと置く。


「この中で無名なのはわたしくらいなものですね」


 そう言ってアリーシアスは冗談めかしながら肩をすくめ、気楽そうに小さく笑った。


「むぅ……」


 レイディルは低く唸ると、何か手はないものかとレイラへ視線を向けた。


 彼女は凱旋をする前から有名人だ。

 だとすれば、普段はどう対処しているのか。


 もしかしたらこの剣の達人は気配を消していたのかもしれないと、レイディルは半ば本気で思った。


「いえ……慣れ、ですね……」


 レイディルの心の内を見透かしたのか、レイラは静かにそう答え、何事もないようにミートボールを一つ口にした。


 レイディルもそれに習い、極めて冷静にサンドイッチを食べようとする。


 が、人々の視線が刺さる。

 良い意味で見られているのだろうが、慣れないレイディルにとって、それは居心地の良いものではなかった。


 意識した途端、通りを歩く誰もがこちらを見ているような気がして、ますます落ち着かなくなる。


「……味がわかんなくなってきた……」


 そう呟く彼を見て、アリーシアスは半目で天を仰ぎ、やれやれと肩をすくめた。



------




 ランチを終えた一行は、アリーシアスの一言をきっかけに自然と席を立ち、カフェを後にした。

 今は特にどこへ向かうともなく、喧騒が一段落した落ち着いた場所を歩いている。



「食った気がしないな……」


 お腹を擦りながら、レイディルはため息混じりにそう零す。


「それで、買い物って言うけど、具体的にはこれからどこへ行くんだ」


「そうですね。ローブが少し傷んできましたし、仕立て屋に行きたいのですが……」


 アリーシアスは言葉を選ぶように一度視線を落とす。


「とりあえず歩いてみたものの、王都は複雑ですね。エルミナにいた頃は、学院の周りなら何でもすぐに分かったんですけどね……」

 そう言って、アリーシアスは小さく肩をすくめた。

 王立リグレア魔術学院を中心に生活していた彼女にとって、学院都市エルミナでの暮らしとは勝手が違っていた。

 その割には、彼女自身はさほど気にも留めていない様子だった。



「あっ……でしたら……」


 控えめな声で、レイラが口を開く。


「私の知っているお店が……どうでしょう……」


 少しだけ遠慮がちに視線を上げる。


「仕立てもしてもらえますし、その……お洋服も見られますよ」


「お洒落──するには、今のところ興味が希薄ですが……」


「いや、余裕ある時くらいそういうの楽しんだ方がいいぞ」


 レイディルは軽く笑いながら言った。


「……そうですよ。意外に楽しいですよ」


 レイラも小さく頷く。


「ですかねぇ……」


 アリーシアスはわずかに眉を下げる。


 こうして半ば押し切られる形で、アリーシアスはレイラの案内する仕立て屋へ向かうことになり、レイディルもそれに付き合うことになった。


 通りの喧騒を抜け、レイラに導かれるまま辿り着いたのは、落ち着いた雰囲気の店構えだった。

 大きな窓越しに、整然と並ぶ衣服と落ち着いた店内の様子が見えた。


「女性物の服屋さんか……オレは外で待ってるよ」


店先で足を止め、レイディルが言った。 


「何を言ってるんですか。焚き付けたくせに」


 間髪入れず、アリーシアスが返す。


「そうですね……感想も聞きたいですし……」


 レイラも静かに追い打ちをかけた。


「……逃げ道なしかー」


 小さく呟きながら、レイディルは観念して店内へと足を踏み入れた。



------




 仕立て直しのため、アリーシアスのローブを店員に預け、二人は服を物色する。


 店の中ではこれまた居心地の悪そうにレイディルが隅で腕を組み縮こまっていた。


 やがてレイラとアリーシアスは服を数着選んだ。





 試着室のカーテンが同時に開く。

 二人がそれぞれ選んだ服に身を包み、店内に姿を見せた。

 互いの姿を目にした瞬間、わずかに目を見開く。


 レイラの服装は、淡いクリーム色のブラウスに、柔らかな生地の膝丈スカート。

 裾には控えめなレースがあしらわれ、動くたびにふわりと揺れる。

 細いリボンで軽くウエストを絞ったその装いは、可憐でありながらどこか軽やかさも残していた。



 一方、アリーシアスはというと……

 先ほどまでとは打って変わって、どこか気の抜けた軽やかな装いをしていた。

 ゆったりとした淡い色合いの上着は、袖が少し長く手元を隠すように落ちている。

 その下には、すっきりとしたシルエットのミニスカート。

 上下の対比が際立つその組み合わせは、ラフでありながらも不思議と品を失っていない。

 動くたびに裾がわずかに揺れ、普段のきっちりとした印象とは違う、年相応の軽やかさが覗いていた。


 二人はそれぞれ相手の姿を見やる。


「レイラさんってもっと動きやすさ重視の服を選ぶ方だと思っていましたが……そういう装いも似合うんですね」


 アリーシアスは、なるほどと感心したように頷く。


「アリーシアスさんも……上と下の組み合わせ、良いです。とても!」


 レイラはニコニコと明るい笑顔だ。



 気づけばレイディルも、試着室の近くまで足を運んでいた。


 そして二人の視線はチラリとレイディルの方へと流れる。


「……」


 顎に手をやり腕を組み、仁王立ちをしている男の感想を待つ。


「……うん、かわいいな。二人とも、よく似合ってる」


 レイディルはこともなげに答える。


「い、意外ですね……」


 アリーシアスがわずかに目を見開く。


「普通にそういうこと言うんですね……わたしはもっとこう──照れてはぐらかしたりするかと」


「変に誤魔化す方が面倒だろ」


 レイディルは肩をすくめ、さも当然といった様子で言い切った。

 その声音には照れも気負いもなく、ただ思ったことをそのまま口にしているだけだとわかる。


「では……これはどうでしょうか……?」


 そう言いレイラは再びカーテンを閉める。


 そして数拍の後、カーテンの向こうで衣擦れの音がかすかに響く。

 やがて、ためらいがちに布が引かれた。


 淡い水色のワンピースに、小さな白い襟。裾はふわりと広がり、動くたびに軽やかに揺れる。


「かわいいですね。よく似合ってます」


 間を置かずに返ってきた言葉に、レイラはぱっと顔を明るくする。


「では、これは?」


 続いてカーテンを開けたのはアリーシアス。

 透け感のあるロングシャツに、落ち着いた色味のニットベストを重ねている。

 裾の長いシャツが軽やかに揺れ、全体にゆったりとした空気を纏っていた。

 頭には黒のキャスケット。

 その一つで装いに程よい締まりを生んでいた。


「かわいいな。よく似合ってる」


 間を置かず、即答だった。

 あまりに迷いのない返答に、アリーシアスはわずかに眉をひそめる。


「……では、これはどう、ですか」


 次に現れたレイラは、先ほどよりも落ち着いた装いだ。

 ベージュのロングスカートに、体に沿う薄手の上着。どこか大人びた雰囲気を纏っている。


「かわいいです。よく似合ってます」


 やはり、即答だった。


「では、これも」


 アリーシアスが今度はゆったりとした上着に短めのスカートという、力の抜けた装いで姿を見せる。


「かわいいな。よく似合ってる」


 「かわいいな。よく似合ってる」


 少しも迷いのない声だった。


 ──だが、やはりそれ以上は出てこない。


「……」


 アリーシアスが、じっとレイディルを見る。


「……ん?」


「あの……褒められるのは嬉しいんですけど……もっと他になにかないんですか?」


「他にもなにも……思ったことを言ってるだけだからなぁ」


 レイディルはそう平然と言い放った。


 アリーシアスは額に手を当て、深々とため息を吐いた。


「はぁ~~~……このボキャ貧……」



 深々とため息を吐くアリーシアスをよそに、レイラはどこかそわそわとした様子で視線を彷徨わせていた。


「あ、あの……」


 おずおずと口を開く。


「せっかくなので……先程のお洋服、プレゼントさせていただけませんか……?」


「え……?」


 アリーシアスは一瞬きょとんとした後、すぐに首を横へ振る。


「いえ、それはさすがに悪いですよ」


「で、ですが……」


 レイラは慌てたように言葉を継ぐ。


「その……なんだか、放っておけない感じがして……」


 言い淀みながらも、視線を逸らさずに続ける。


「うちのお兄ちゃんに、こういうことよくしてもらってたので……同じくらいの年の差だと、つい……」


 少しだけ頬を染める。


「それに……お友達、ですので……!」


 その言葉に、アリーシアスは一瞬だけ目を瞬かせた。


 七つの年の差。

 友達と呼ぶには、少しだけ距離のある関係。


 けれどレイラは、迷いなくそう言った。


 部下は多くとも、友と呼べる存在は多くないのだと、どこか照れくさそうに付け足すように微笑む。


「……」


 アリーシアスはしばし言葉を失ったまま、レイラを見つめていた。


 迷いのない言葉だった。

 打算でも、遠慮でもない。ただ純粋にそう思っているのが伝わってくる。


 やがて、小さく息をつく。


「……では、せっかくなので」


 わずかに肩の力を抜きながら、静かに頷いた。


「ありがたく受け取ります」


「……っ、はい!」


 レイラの顔がぱっと明るくなる。


 その様子に、アリーシアスはほんの少しだけ目を細めた。


「その代わり──」


 言葉を続ける。


「わたしからも、レイラさんにプレゼントします」


「えっ……」


 一瞬、言葉の意味を理解するのに間があった。


「わ、わっ……! いいんですか……?」


「ええ、当然です。友達ですから」


 さらりと言いながらも、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいる。


「……! 嬉しいです……!」


 レイラは小さく何度も頷きながら、嬉しさを隠しきれない様子で声を弾ませた。


 二人のやり取りを、少し離れた場所から眺めていたレイディルは、思わず小さく笑みを漏らす。



「うんうん……アリシアも、そういうの分かるようになったか」


 腕を組みながら、何度も首を縦に振る。


 その様子に気づき、アリーシアスがじとりと視線を向けた。


「どこから目線なんですか……」


 呆れた声が、またひとつ零れた。

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