39話「鋼の脚は風に乗る」
クラウス博士が街に到着し、馬車の修理に取り掛かってから幾日かが過ぎ街には日常が戻りつつあった。
長く世話になった宿を、レイディル一行はあとにする。
街路は朝だからだろうか、まだ人影はない。
軒先では、宿の主人が手を振って見送ってくれている。
一同はそれに軽く手を上げて応え、静かな道を歩き出した。
「ずいぶん長い間、この街にいましたね」
道すがらアリーシアスが、名残惜しそうに呟いた。
「馬車の修理に時間がかかったようだからな」
隣を歩くレイディルが答える。
「待ち合わせ場所は、大工房の前でよかったかしら?」
後ろを歩くマリーが尋ねる。
「は、はい。クラウス博士が……外に馬車を出してくれているそうです」
レイラが、物資の積み込みはすでに終えていると告げた。
博士は機動馬車の最終調整のため、一足先に大工房へ向かっている。
やがて大工房が見えてくると、賑やかな声がレイディルたちの耳に届いた。
「朝から、なんか騒がしいな」
レイディルが訝しげに目を細める。
道はすでに人で溢れ、押し寄せるような熱気が漂っていた。
その光景に、アリーシアスとレイラは思わず足を止める。
マリーだけが理由に察しがついたらしく、「ああ、なるほど……」と小さく呟いた。
やがて、レイディルたちの姿に気づいた群衆が、左右へと道を開けていく。
人の海が割れ、大工房の前までまっすぐに通じる道ができた。
レイディルは首を左右に振り、人々の顔を見渡す。
老若男女、職人、衛兵、子どもたち──誰もが笑みを浮かべていた。
そうしているうちに、大工房の扉の前に辿り着く。
そこには、博士が腰の後ろで手を組んで待っていた。
「やあ、ご到着だね」
「博士、この人たちは?」
「見送りさ。なんたって君たちは街を解放した英雄だからね。さもありなん、というやつだ」
博士は人々をざっと見渡し、口元を緩めた。
「それに──ヴァルストルムや機動馬車を一目見たい、って者も多いようだね」
そう言って、クラウス博士はカラカラと笑った。
博士は扉に手をかけ、左右へと勢い良く開く。
軋む音とともに、大工房の奥からまばゆい光が差し込んだ。
そして中へ入る。
工房のその奥、そこから鋼の輪郭がゆっくりと浮かび上がった。
しばらくして現れたのは、すっかり修理を終えた機動馬車。
その荷台には、堂々とヴァルストルムを搭載している。
歓声があがる中、アリーシアスが首をかしげた。
「……あれ? シュタちゃんとフォルちゃんの車輪が……」
確かに、二騎の機械馬の脚には──もう、あの金属車輪がついていない。
「良くぞ一番に気づいてくれました!」
馬車を颯爽と降りてきた博士が胸を張る。
そして機械馬の足元を両手で指し示した。
「そう! これこそが、ヴァルストルム君の技術を僕なりに応用した“新しい脚”!」
シュタちゃんとフォルちゃんの脚部は、まるで本物の馬のように関節がしなる金属の脚が備え付けられていた。
「うおぉぉぉ……! す、すげぇ!」
レイディルは珍しく声を張り上げた。
その声に、アリーシアスは思わずビクッとする。
「そ、そんなに……?」
「いやいや! 機械で“生き物特有のしなり”や“繊細な動き”を再現するなんて、至難の業なんだぞ!?
ハッキリ言って、これは──歴史に残る偉業だ!」
興奮気味にまくし立てるレイディルに、右隣にいたアリーシアスはたじろぎながら答える。
「ちょ、ちょっと……機械のことは、よくわかりません……」
いつも冷静なアリーシアスも、さすがに引き気味だった。
「フフフ、変わったところはまだまだあるんだよ!」
博士の眼鏡がきらりと光る。
「あら、ヴァルストルムの腕……ううん、腕だけじゃないわ。各所にいろいろ増えてるわね」
レイディルの少し後方にいたマリーが、手でひさしを作り、注意深くヴァルストルムを見やった。
その言葉にレイディルはハッと我に返り、改めて機体を見つめる。
「左手に小型の盾……それに左背中には槍?」
「あ、あとはここからじゃよく見えませんね……」
レイディルの左に立っていたレイラも観察をしてみるが、荷台の高さもあって、跪いたヴァルストルムの全容は見えにくかった。
「右腰には剣、左腰に片手斧。左の背中には槍だね。
それと──レイディル君が攻撃を食らうことを気にしてたみたいだから、左腕に盾をつけたよ」
博士が得意げに説明を添える。
動きを妨げないよう、盾は小型のものを用意したという。
「盾か……防御魔術と併用すれば……」
レイディルがそう呟いた瞬間、アリーシアスが小さく頷いた。
「それ、ロルフさんの──防御担当の騎士の戦法ですね。物理の盾で衝撃を受け止めて、その表面に防御魔術を展開するんです」
「なるほど……二重防御か」
「そう。手のひらから離れた位置に展開するのは慣れが必要ですが、成功すれば安定して防げます」
レイディルはヴァルストルムの腕に装着された盾を見やる。
操縦席から腕、そして盾へ。自身の魔力を伝わせるには距離がありすぎる気がした。
それでも、これを上手く扱えれば確実に防御の幅が広がるだろう。
「盾の上に防御魔術を展開する場合は、ヴァルストルムさん自体を自分の身体の延長と考えてください。
わたしたち魔術師が杖を使う時は、腕の延長として捉え使います」
まずはそれと似たような感覚でと彼女は言った。
「な、慣れれば好きなところに展開できますよ
そうなれば戦術の幅が広がります」
レイラの言葉にアリーシアスが頷いている。
防御魔術を戦法のひとつとして昇華させた彼女の言葉は、実感を伴って響いた。
「右の背中にも何か見えますが、あれは……?」
レイディルが槍を背負う反対側の背に気付く。
「フフフ、今まで遠距離といえば、弾の残り少ない機関砲しかなかったからね。弓を持たせたよ」
ヴァルストルムの右背には、何枚もの合金を重ねて作られた巨大な弓が固定されていた。
特殊な鋼線で編んだ弦は、光を受けて鈍く輝く。
人の手では到底引けぬであろうその巨弓が、ヴァルストルムの腕で引かれる時──その威力は想像もつかなかった。
「よくこの短い期間でこれだけの物を用意しましたね」
アリーシアスが感心してみせた。
「いやぁ、弓以外はさ、工場にあったものを拝借したんだよ。
帝国がギガス用に街の人達に作らせたものだね。
ただ、時間が無くてね。
矢は五本しか用意できなかったよ」
博士は、どこか残念そうに告げた。
なるほど、とレイディルは頷いた。
「これがマイスさんが言っていた工場で作らされていた武器ですか」
そう言い、じっくりと観察を始める。
「森で見たものより出来がいいですね 」
「も、もしかすると、森でギガスが持っていた物はカーネス製のものじゃないかもしれませんね」
レイディルの言葉にレイラが続く。
そうして、ヴァルストルムと馬車を眺めているうちに、人混みをかき分けマイスが現れた。
「おうおう、出発には間に合ったようじゃ」
「あら、マイスさん、わざわざお見送りに来てくださったんですね」
マイスがにこやかに笑うと、マリーも同じように微笑み返す。
そのやり取りに、場の空気が柔らかくなった。
「せっかくじゃからな、街を解放してくれたお前さん方を目に焼き付けとかんとな」
マイス老人はそう言い軽快に笑う。
「ごもっともな意見ですね」
老人の笑い声に続くように群衆の中から声がした。
集まっていた住民たちが道を譲るように広がる。
そこから二つの人影がレイディルたちに近づいてきた。
「失礼、朝から執務に追われ遅れてしまいました」
息を切らせた市長のノーラが現れる。どうやら急いで走ってきたようだ。
その横にはオルドも一緒だ。
「いやはや、市長の足の早いこと……」
オルドが額に汗を滲ませていた。
戦いのときに見たオルドは無精髭が伸びていたが、今日はきれいに剃られている。
その顔には、ようやく落ち着きを取り戻した街の空気が映っていた。
「ふう……健脚ですので」
こともなげにノーラは告げる。
それを聞いて場に小さな笑いがこぼれたあと、オルドが一歩前へ出た。
「大隊長殿、あの混乱の中で街を守り抜けたのは、ひとえにあなたの采配あってのことです。心より感謝申し上げます。
アリーシアスさん、部品のためとはいえあなたの指導のおかげで衛兵たちの魔術も上達しました。
マリーさん、衛兵及び街の方々の治療ありがとうございました」
オルドが頭を下げ順々に礼を述べる。
「クラウス博士は解放されてからこの街にいらしたとはいえ、この街に技術的な大きな進歩を与えてくれました。
職人たちも喜んでいましたわ」
市長のノーラが博士へ謝辞を述べる。
「……レイディル君、だったかな」
少し思い出すように言ってから、オルドは姿勢を正し、ゆっくりと口を開いた。
「キミとは言葉を交わす機会はほとんどなかったが、アリーシアスさんから話をよく聞いていた。
慣れぬ戦場にも臆せず、街の解放に尽力してくれたことを感謝するよ」
ちらりとレイディルがアリーシアスの方を見ると、彼女は目を逸らし素知らぬ顔をしていた。
続いて、市長のノーラが静かに微笑む。
「あなたの解析がなければ、迅速な作戦には至らなかったと聞き及んでいます。
整備師としての働きに、心より感謝します」
そしてマイスが、いつもの調子で笑いながら言葉を添えた。
「レイディル君の修理があったればこそじゃな。──まったく、よう働いたのぅ」
その言葉に、レイディルは少し頬をかきながら照れ笑いを浮かべた。
「さて、それじゃあ僕らはそろそろ出ることにします」
博士が市長に別れの言葉を切り出す。
「名残惜しいですが、いつまでもこうしているわけには行きませんものね。
それではお達者で」
相変わらずの即答でノーラは切り返した。
その顔は柔らかく微笑んでいた。
オルドとマイスも手を振り、五人に別れを告げる。
五人それぞれ手を振り返し、馬車に乗り込んだ。
博士の操縦する馬車はゆっくりと進む。
四対、八本、機馬の脚が大地を踏み締め歩き出す。
その堂々たる出で立ち、壮観な姿は訪れた人々に歓声を上げさせた。
未だ手を振り続けるマイスたちに、レイディルは窓から身を乗り出し手を振り返し続けた。
やがて大工房を離れ、人垣も消える。
馬車は帝国が拵え、そのまま残すことになった門から街を出る。
カーネス付近のデコボコとした悪路へ差し掛かるが、馬車は滑るように滑らかに移動をする。
「わ、わわ! こ、これ凄いですね!
最高級の馬車より……揺れません……」
機動馬車に初めて乗るレイラが驚きの声を上げた。
「たしかに……これ程の乗り心地なら、ヴァルストルムの手のひらに、アリーシアスさんが不満を言うのも、わかる気が……」
窓側のレイラの隣に座るアリーシアスが「そうでしょうとも」と言いたげに何度も頷く。
通路を挟んでアリーシアスの反対側の席に座るレイディルが、外を眺めながら言った。
「あー、それはね。思ったより修理に時間かかっちゃって……軍とはリオ山道の手前で合流することになったんだ」
馬車を操る博士が、少しだけ振り向いて答える。
小さく「ごめんね」と付け加えて。
「じゃあ……街と山道の間にある村はどうなるんです?」
カーネスから山道へ向かう途中には、ひとつの村がある。
同じように、トレルムの北と北東にもそれぞれ村が点在していた。
当初は軍から部隊を派遣し、各村を確保する予定だった。
「……トレルム前の森の要塞、そしてカーネス。
ど、どちらも奪還されて、帝国は戦略価値の低い村を放棄しました……おそらく、エルバルト港に戦力を集中させていると思われます」
レイラが補足する。
つまり──村々はすでに帝国は撤退をし開放された。戦線は港へと一本化されているということだ。
それは、今まで以上の過酷な戦いを意味していた。
(森での戦い以上になるかもしれない、か……)
あの強大なギガスを思い出し、レイディルは改めて気を引き締めた。
すると馬車はゆっくりと速度を落とし、やがて停止する。
「あら、故障?」
後部の座席に座っていたマリーが、窓から顔を出し、車輪をみて不思議そうに呟いた。
改装時に御者台とキャビンの間へ取り付けられた摺動扉が、静かに横へ滑り開いた。
金属が擦れるわずかな音のあと、博士が顔を覗かせる。
そのままキャビンへ入り込むと、目を輝かせて一同を見渡した。
「?」
なぜ馬車を止めたのか、意図が分からないレイディルたちは博士に注目した。
「さて、せっかくだから──誰か運転してみないかい!?」
意気揚々と博士は提案をする。
「でも魔力温存のためにわたしたちは動かさない方がいいんですよね?」
以前博士が言った言葉を思い出しながらアリーシアスが聞き返した。
「まあまあまあ、それについては動かしたらわかることだよ。
……それじゃ一番疑問に思ったアリーシアス君、キミに動かして貰おうかな!?」
終始疑問を顔に出し、アリーシアスは言われた通り御者台へと移動をする。
「ば、馬車を……動かしたことは……?」
「これが初めてですね……」
二騎を繋ぐ手綱を両手に握り、やや緊張の面持ちでアリーシアスはレイラの質問に答えた。
「だから、念のためこうしてオレとレイラさんが横にいるわけだが──」
アリーシアスを挟む形で、右にレイディル、左にレイラが座っている。
「二人のレイに挟まれて……わたしもレイーシアスになっちゃいそうですね」
「オセロじゃあるまいし、何わけのわからんこと言ってるんだ……」
緊張のせいか、謎のボケを放つアリーシアスに、レイディルの冷たいツッコミが刺さった。
「あ、あはは……」
レイラの乾いた笑いが響く。
「動かし方は普通の馬車とそう変わらない。
まぁ気楽にやってみるといい。なんたって機動馬車は頑丈だからね」
博士がキャビンから小窓を使い、アドバイスを送る。
恐る恐るゆっくりと馬車を動かすアリーシアス。
しかし、彼女が思った以上に馬車は素直に動いた。
「う、動いてます! 走ってますよコレ……!」
困惑と興奮が同時に押し寄せる。
「シュタちゃんもフォルちゃんもちゃんと走ってます!」
その様はまさに年相応の少女だった。
隣のレイラがにこやかに優しく微笑み見守る。
「ふふ、楽しそうね」
アリーシアスの後ろ姿を見守るマリーも楽しげだった。
楽しい瞬間を喜ぶアリーシアスであったが、魔術師としての才が、博士の想定よりも馬車の仕様を気付かせた。
「あ、これ、わたしの魔力使ってませんね」
瞬間、冷静になるアリーシアス。
「さすが……気付くの速いねぇ」
勿体ぶりたかったのか、少し残念そうな表情を浮かべながら博士は続けた。
「そう、増設した大型クリスタルムを動力源に馬車が動くよう改良したんだよ。
これで疲れともオサラバさ」
「あら、それじゃあクリスタルムの充電はどうするんですか?
あれは街の専用設備でしか充電できませんよね?」
従来のクリスタルムは、内部に封入された実行言語のプレートに雷魔術を流し、その力を蓄える構造だ。
マリーは肝心なところだと理解し、すかさず問いかけた。
「……設備がなくとも、魔力を注げば補給できる仕組みになっているんだ。特別製だからね」
マリーの方を向き、博士は答えた。
「誰がするんですか?」
その返答を聞くや否や、マリーが言葉を投げる。
「ああ……まぁ……僕なんだけどさ……」
「……結局、疲れるんですね」
彼は黙って首を縦に振り、俯いた。
そのやり取りを御者台で聞いていたレイディルは、「なるほど」と一人納得していた。
「なにがなるほどなんです?」
前方から視線をそらさず、安全運転に集中しているアリーシアスが尋ねる。
「多分だけど、まだ隠し球あるんだろうなって思ってさ」
どこか楽しげなレイディルを他所に、アリーシアスは興味なさげに手網へと意識を戻した。
──それからしばらく走り続け、荒地が草原に変わる頃。
馬車の速度を緩め、アリーシアスが口を開く。
「ふぅ……そろそろ運転、代わりましょうか?」
新技術への好奇心を持つレイディルへの、さりげない気遣いだろう。
「あー、いや……なんだったらレイラさんに代わってほしい……」
彼の口から出た言葉は、珍しくいまいち歯切れの悪い返答だった。
「なんでです? 運転にはあまり興味がないとか……?」
「うーん、したいのは山々だけどさー……」
「レ、レイディルさんは……疲れてるんですよ」
以外にも口を開いたのはレイラだった。
「疲れている?」
アリーシアスは左を向き、オウム返しに聞き返す。
その逆隣ではレイディルが視線を宙に泳がせていた。
「……一応、レイディルさんの要望と……限界値を考えた上での訓練メニューを組んだんですが……」
レイラがそう告げた途端、レイディルが一瞬だが小刻みにブルっと震えた。
「……レイラさんの訓練は……実に素晴ラシイものでしたヨ」
何を思い出したのか、そう答えた彼の目には光はなかった。
「……」
アリーシアスは一瞬、言葉に詰まった。
「……その話はまたの機会の方が良さそうですね」
短く息を吐き、視線を前に戻す。
内容はわからずとも、どうやら苦労したことだけは伝わってきた。
──かくして馬車は走り、リオ山道を目指す。
ただ、遠い目で景色を見つめる整備士を乗せて。




