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百人一首の本当の意味を考えてみる  作者: clarify
19首目 伊勢(いせ)
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94/95

19-3

日本最古の歌集、万葉集(まんようしゅう)の中にこんな歌が収録されています。


麻乎其母能(まをごもの) 布能末知可久手(ふのまちかくて) 安波奈幣波(あわなへば) 於吉都麻可母能(おきつまがもの) 奈気伎曽安我須流(なげきぞあがする)

東歌(あずまうた) 万葉集(まんようしゅう) No.3524

※東歌(あずまうた) :東国の人の歌


真小薦(まおごも)の 節(ふし)の間近くて逢はなへば 沖つま鴨(がも)の嘆きぞ我がする

(真小薦(まおごも)の 節(ふし)の間くらい近しい仲になれたのに逢えないとは……沖のま鴨(がも)のように私は嘆いてしまいます)


真小薦(まおごも)とは沼地の植物で、葦(あし)と同じように節があります。


この歌は、「真小薦(まおごも)の 節(ふし)の間近く」で「その節と節の間くらい近しい仲なのに」と表現し、なのに遭えない嘆く気持ちを詠んだものではないでしょうか。


さらに、この歌の面白いところは「真小薦(まおごも)」と「ま鴨(がも)」、そして「近く」と「沖(遠く)」で対応しているところです。

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