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一般的にはこの歌は、
「海人の釣り船よ、どうか他人には私は多くの島々(八十島)を目指して海原を漕ぎ出していったのだと伝えてくれ……」
この悲しみをどうか他の人にはそのままに伝えないでほしい……
という感じの解釈がされていることが多い気がします。
しかし、平安時代、宮廷では八十島祭と言う、国土安泰を願う儀式があったそうです。
私はこのことから、「海の原 八十島かけて漕ぎ出でぬ」は、もしかしたら私は罪に問われるようなことはした覚えはない、という意味で、その本当の想いは、「我は国の安泰を願い、憂いつつ流刑地へ旅立ったのだと伝えてくれ」と言う意味を含むのではないかと思うのです。
ちなみに篁はその数年後、赦されて都に戻り、華麗に復活を遂げて、出世し、朝廷の重職である参議に任命されるのでした。




