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「我が庵は都の辰巳 鹿ぞ住む世を 憂し山と人はいうなり」
喜撰は本当のことを言えないそんな世を憂しとして隠居したのかもしれませんね。
さて、今一番そうではないかと思う解釈をしたのではありますが、この歌、何が言いたいかはっきりと分からない割には奥深く、他にも様々な解釈が出来てしまいます。
例えば、方角にしても、辰巳、鹿(午)の他に丑とも読めますし、卯と取ることも?
また「しかぞ住む」は「然ぞ住む」と訳されている解釈も一般的です。
以前この歌を解釈した時には、似たフレーズの歌、との関連があるのではないかなどとも考えたり、人物については、喜撰とは紀氏が撰んだ歌だから、きせん?などと考えたりもしました。




