前へ目次 次へ PR 42/95 7-5 そして仲麿は少しの無言の後、それに対してこう返した。 翹首望東天(ぎょうしゅしてとうてんをのぞめば) 神馳奈良辺(こころはならのへにはせる) 三笠山頂上(みかささんちょうのうえ) 思又皎月円(おもうまたこうげつのまどかなるを) 大丈夫だ、そんなときは東の空を見上げると良い。 君の想いは一瞬にして私のいる奈良へと届くだろうさ。 その時僕も、三笠山から君と同じ月を見ているのだから。 この漢詩を和歌として直したもの、それが 「天の原振り放(さ)け見れば 春日(かすが)なる 三笠(みかさ)の山に出(いで)し月かも」 なのです。 ちなみに仲麿はこのとき船の事故で結局帰れず、ずっと唐の国で暮らすことになったそうです。