第6話 断罪側近三人、一便で着任
灰色の雲が垂れ込めるノルデンの広場に、重々しい轍の音を残して王都からの直行便が止まった。
鉄格子の扉が開き、そこから降りてきたのは見覚えのある三人の顔だった。
一年前の建国祝賀会。ユリウスの背後に控え、クラウディアを断罪する言葉に冷笑と同意の眼差しを向けていた者たち。元王太子側近のトリスタン・ヘラー。元近衛系貴族子息のダリウス・カイル。そして、元宮廷令嬢のヴィヴィアン・ロゼル。
彼らもまた、前の中継施設で私物の預かり手続きを済ませ、他の執行対象者と同じ灰色の作業着を支給されていた。
「どういうことだ……なぜ我々まで、こんな最果ての地に送られなければならない!」
苛立ちを隠せないトリスタンが、出迎えに立ったクラウディアを睨みつけた。ヴィヴィアンは泥だらけの地面に裾が触れるのを嫌悪し、ダリウスは不満げに腕を組んでいる。
「私たちは、ただ当時のユリウス殿下の命令に従っただけだ! 逆らえるわけがないだろう。それに、あの場にいた全員が、君が罪を犯したと信じていたんだぞ!」
「そうよ。王都中があなたの悪い噂で持ちきりだったじゃない。私たちは騙されて、それを口にしただけ。私たちだって被害者よ」
口々に自己正当化を並べ立てる三人。
『命令だった』『皆が言っていたから』。それは、自らの手は汚さず、安全な場所から他者を石で打ってきた特権階級特有の無責任な逃げ口上だった。
クラウディアは三人が言い終えるのを待ち、判決書を開いた。アルヴィンも手元の写しへ目を落とす。
クラウディアは手元にあった三つの書類綴りを、それぞれの前に突き出した。
「あなたがたが誰に命令され、何を信じていたかは、民事賠償の免責理由にはなりません」
静かだが、絶対的な重みを持つ声が広場に響いた。
「トリスタン。あなたが手にしているのは、一年前、私の関わっていた救済事業の『即時凍結通達書』の控えです」
「なっ……」
「その末尾には、実務責任者としてあなたの自筆署名がある。王太子の命令であれ、被害者たちの事業を停止させ、莫大な契約損失に直結する決定を下したのはあなたの署名です。その責任は消えない。あなたの残債務は百三十金貨です」
トリスタンの顔から血の気が引いた。自らの筆跡という動かぬ証拠を前に、言い逃れは不可能だった。
クラウディアは次に、ダリウスへ視線を向けた。
「ダリウス。それは当時の祝賀会における『入場拒否記録』と警備日誌です。あの夜、エミリア・ハルトの使者が、私の無実を証明する帳簿の原本を持って会場へ駆けつけました。しかし、あなたは使者を実力で排除し、証拠が届くのを物理的に遮った。あなたがその判断を下さなければ、被害はあそこまで拡大しなかった。あなたの残債務は八十金貨です」
屈強なダリウスが、その薄い紙切れを前にして言葉に詰まり、ギリッと奥歯を噛み締めた。
そして最後は、青ざめて震え始めているヴィヴィアン。
「ヴィヴィアン。それは、あなたが当時面白半分に社交界へばら撒いた、私の架空の横領疑惑を記した私信の『最初の配布先一覧』です。すべてあなたの筆跡と印章が残っている」
「ち、違うわ……私はただ、聞いた話を友人に……」
「噂話をしただけでも、それが起点となって商会の取引停止や信用失墜という実害が発生した以上、明確な因果関係と責任が生じます。あなたの残債務は七十五金貨です」
三人は沈黙した。
アルヴィンは三人の名を確認し、判決書の執行条件を読み上げた。
「独立監察局の監察官として、この債務額と因果関係の適正性を保証する。君たちに残された道は、労働で稼ぎ、事業利益を生み出して、被害者へ金を返すことだけだ」
へたり込むヴィヴィアンを見下ろしながら、クラウディアは事務的に彼らの配属先を告げた。
「トリスタンは文書と数字の能力を活かし、購買原価の計算と資材調達の補助へ。ダリウスは馬の扱いに長けているため、道路修繕と荷車の管理班へ。ヴィヴィアンは情報整理の能力を買い、第三者職人組合に提出する品質検査用の商品情報まとめを命じます」
ヴィヴィアンの噂を広める能力を、対外的な宣伝などに使わせるつもりはない。与えられるのは、地味で正確性が求められる裏方の作業だけだ。
一年前、クラウディアからすべてを奪った五人の加害者が、これで全員ノルデンに出揃った。以前からいる十三人と合わせ、執行対象者は十八人になる。ユリウス、セシリア、そして側近三人。彼らは皆、等しく泥にまみれ、被害者のために己の労働力を捧げ続けることになる。
三人をそれぞれの現場へ引き渡し、所長室に戻ってきた直後のことだった。
書類の整理を始めようとしたクラウディアとアルヴィンの前に、会計主任のマルタがノックもそこそこに血相を変えて飛び込んできた。
「所長! 一大事です!」
「どうしました、マルタ。落ち着いて」
普段は冷静なマルタが、手に持った数枚の紙を震わせていた。
「王都や近隣都市とノルデンを結ぶ、主要な民間輸送業者三社から、同時に急報が届きました。……彼ら、明日以降の配車予定をすべてキャンセルし、我々との輸送契約を一方的に撤回すると言ってきています!」
「何だと?」
アルヴィンが鋭い声を上げた。
それはノルデンという施設にとって、致命的な一撃だった。
ここでユリウスたちがどれだけ汗を流して木材を切り出し、加工品を作ろうとも、それを消費地である都市へ運ぶ『物流の足』がなければ、売上は一銭も入ってこない。当然、事業収益配当もゼロになり、被害者への賠償はストップする。
「理由は? 配送料の不満ですか?」
「違います。理由はどの業者も明言を避けていますが……どうやら、王都の方から『ノルデンの囚人が関わった製品を運べば、面倒なことになる』という強い圧力がかかっているようです」
クラウディアの脳裏に、数日前に見た『管理予備金』の不審な空欄と、セシリアが指摘した内部様式の癖がフラッシュバックした。
王都にいる何者かが、このノルデンの賠償事業そのものを物理的に干上がらせようとしている。
クラウディアは唇を引き結び、窓の外を見た。遠くの空に、本格的な嵐の予兆のような黒い雲が湧き上がっていた。




