第49話 送られる場所から、選ぶ町へ
初夏の日差しが、青々と茂る木々の葉を照らしていた。
ノルデンの中心にある小高い丘の上から見下ろす景色は、クラウディアが所長として初めてこの地に降り立った時とは、まったく違うものになっていた。
「……一般住民の登録数が、ついに七百名を超えました」
クラウディアは手元の真新しい台帳から顔を上げ、眩しそうに町並みを見渡した。
冬から準備し、春に正式申請した土地・会計・行政の分離案が、王国の最終審査を通過した。ノルデンは『自治都市』となり、住民が選ぶ町の運営委員会と、賠償執行施設とが別々に会計を持つ。
かつては重罪未満の高位身分者を押し込めるためだけの、見捨てられた旧開拓地。しかし今は違う。広場では毎日活発な市場が開かれ、農産物や木材、修繕部材を積んだ荷車が途切れることなく行き交っている。一般商業組合が買い取った旧穀物庫は、巨大な共同倉庫として王都の商人たちからも絶大な信用を集めていた。
さらに、町には新しい診療所と、子供たちが学ぶための小さな学校までが設立され、通常の都市機能として稼働している。
「見事なものだ」
隣に立つアルヴィンが、心地よい初夏の風に目を細めながら言った。
「自治都市としての認可に伴い、一般居住区と賠償執行施設は、法的にも会計的にも完全に分離された。ノルデンはもう、罪人を管理するためだけの巨大な収容所ではない。独立した一つの豊かな町だ」
「ええ。執行施設は町の外縁へ移転させました」
クラウディアの視線の先、町から少し離れた森の入り口付近に、頑牢な塀で囲まれた新しい執行施設が見えた。
ユリウスと側近たちは残る公的奉仕へ移り、セシリアは東部で監督付きの仕事を始めたが、現在もそこには十八名の執行対象者が暮らしている。翌朝の一人を迎えると、十九名になる。彼らは新制度の下で、入退去を繰り返しながら、関わった事業の純益から、監査済みの寄与率で配分された金を被害者へ直接返済するための労働を続けていた。
「ユリウスたちとは別の事件でここに来た者の中には、奉仕期間を終え、完済した後も、ノルデンの一般居住区で雇用されることを選んだ者がいるようだな」
「はい。ここでの労働を通じて、自分の手で稼ぐ技術と生活の基盤を見つけたのでしょう」
クラウディアは淡々と応じた。
「彼らが一般雇用枠として、この町で新たな人生を歩むことは自由です。ですが、だからといって彼らの過去の罪が消えるわけではありません。彼らがどれほど善良な市民になろうとも、過去に損害を与えた被害者の方々へ接触を強要する権利は生じません。面会は相手が望む場合だけです。……その絶対のルールは、この町が続く限り守らせます」
「そうだな。住む場所を選べても、相手の返事までは選べない」
アルヴィンは低く笑い、クラウディアの肩に軽く手を置いた。
丘の下では、新しい職員が住民用の案内板を立てていた。執行施設へ続く道とは、そこで分かれる。
丘を下り、活気に満ちた広場へと向かうと、工房長のローディンと会計主任のマルタが出迎えてくれた。
「おう、所長! いや、これからは都市代表って呼んだ方がいいのか?」
「やめてください、ローディン。私はこれからも変わらず、賠償事業を取り仕切る『所長』のままです」
クラウディアが苦笑すると、ローディンは豪快に笑い声を上げた。
彼は満足げに、活気あふれる市場を見回した。
「あんたがここに来る前は……ここは本当に、罪人を捨てるためだけの、死んだような場所だった。中央から厄介払いされた貴族どもが、ただ時間を潰し、俺たち住民も諦めきった顔で日銭を稼ぐだけ」
「……」
「だが今は違う。近隣の町から、自分の腕で稼ぎたいって職人や商人が、自分からこのノルデンへ移り住んでくるようになった。……ここはもう『捨てられる辺境』じゃねえ。人々が自らの意思で『住むことを選ぶ町』になったんだ。あんたのおかげだ、所長」
ローディンの言葉に、周囲の住民たちも深く頷き、クラウディアに向けて温かい拍手を送った。
クラウディアの胸の奥に、言葉にならない熱いものが込み上げてきた。
彼女は北東救済局で仕事を積み、その実績でこの町の公募に応じた。傷が消えたから来られたのではない。働ける場所を、自分で選んだのだった。最初はただ、自分を陥れた者たちに法と数字で報いを受けさせ、被害者たちの生活を取り戻すことだけを考えていた。
「……私一人の力ではありません。皆さんが、正しく働き、この町を信じてくれたからです」
クラウディアは深く頭を下げた。アルヴィンもまた、住民たちの輪の中心に立つ彼女を、誇らしげな眼差しで見つめていた。
この春、アルヴィンの異動も認められた。ノルデンの監査は後任が引き受け、彼は周辺都市を巡る。
クラウディアは内見した家を、自分の名義で購入した。鍵を二本受け取った日、一本を彼に渡した。
「帰る時は、これを使ってください」
彼は鍵を握り、彼女の額に口づけた。
その日の午後。
執行施設に併設された所長室で、クラウディアは後任の常駐監察官と受入名簿を確認していた。
翌朝、王都から一名が到着する。施設を分離してから初めての着任者だった。
「元伯爵です。判決書も届いています」
監察官が添付書類を示す。
クラウディアは残債額を確かめ、健康状態の引継ぎ欄へ目を移した。肩に古傷があるという。
「診療所へ、受入時の診察を頼みましょう。作業は、その結果を見て決めます」
机には、支給する灰色の作業着と、新しい賠償明細書が置かれていた。
「どんな身分であろうと、ここでは等しく作業着を着て、自分の手で稼いで返してもらうだけです。……それが、この町のルールですから」
クラウディアは受入書類を揃え、明日の箱へ入れた。
明日。新たな罪人が、この『選べる町』の外縁に送られてくる。
彼女が取り戻した人生と、新しい制度の本当の日常が、今まさに始まろうとしていた。




