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私を捨てた王太子が、囚人として着任しました~所長は私です。賠償金は全額返していただきます~  作者: 他力本願寺


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第44話 最後の大口出荷

それから二週間。上流の旧道を補強した仮設路が、重い木輪のきしむ音に耐えていた。


 先頭の荷車が対岸の固い土を踏みしめたのを皮切りに、次々と荷馬車が川を渡っていく。高く積まれているのは、ノルデンの共同倉庫で冬の間に仕上げられた上質な木材、熟成された保存食、そして春の雪解けに合わせて王都の商人たちから予約が入っていた大量の資材だった。


 最後尾の荷車が無事に対岸へ渡り切り、御者が大きく手を振るのを確認すると、川岸で見守っていたローディンたちから割れんばかりの歓声が上がった。


「よし! 全車、無事に渡り切ったぞ!」


 泥だらけの顔に満面の笑みを浮かべたローディンが、高台で待機していたクラウディアに向かって大きく腕を突き上げた。


 分割納品の最後の荷が、これで予定どおり出た。


「……見事な手際だった。これで、違約金の発生は完全に防げたな」


 隣に立つアルヴィンが、手元の懐中時計を確認しながら安堵の息を吐いた。


 クラウディアは静かに頷き、冷たい春の風に髪をなびかせながら、荷車が消えていった王都への街道を見つめた。


 残るのは、最後の検収と代金決済だった。


 数日後、現地検収員の引渡証に基づく決済通知が届いた。クラウディアは事務棟へ向かった。


 所長室には、すでに分厚い台帳を開いて待ち構えているマルタの姿があった。


 クラウディアがデスクに着くと、アルヴィンも監察官としての定位置に立ち、静かにペンを構えた。


「マルタ。最後の引渡しと決済が確認されました。見込み欄を閉じて、確定した原資だけで配分を審査へ回してください。私自身の債権を含むため、決裁は委任表どおりに」


「はい、所長。ただちに計算に入ります」


 マルタの指先が、そろばんの珠を弾く。


 それは、一朝一夕で湧いて出た金ではない。公開賠償日に三百十二金貨という大着金を成功させてから今日に至るまでの、約六週間の作業と取引を、一件ずつ決済した結果だった。


 凍てつく寒さの中での春の道路補修、深い森での木材切り出し、週に一度の市場での手堅い売上、そして、ベルナール一派の圧力を跳ね返して稼働させた共同倉庫からの収益。


「これらすべての事業純益を合算し、その三十五パーセントを配当に回します。これに確認済みの純労務充当額を加えます。修繕費や一般住民の賃金、全員の総労務評価は、利益を出す前に経費へ計上済みです。案件ごとの担当記録に基づいて各人へ割り振ると……」


 マルタが最後に力強く珠を弾き、台帳に数字を書き込んだ。


「確定しました。ユリウス元殿下に対する配当充当分が、『三百六十六金貨』。セシリアに対する配当充当分が、『百金貨』となります」


 三百六十六金貨と、百金貨。合計、四百六十六金貨。


 クラウディアは、その数字をじっと見つめた。


 アルヴィンが一歩前に出て、監察用のインクでその数字の横に自らの署名を書き入れる。


「本部の担当監察官による認証が届いた。私は出荷記録との一致を報告する」


 二人の瞳が交差した。


 これで、ユリウスの着任時の残債六百金貨と、セシリアの残債二百四十金貨から、これまでに送金してきた額を差し引いた、彼らの『最後の借金』を相殺するだけの原資が、正式に確定したのだ。


「明日の朝、地方銀行の営業開始と同時に、この四百六十六金貨の送金手続きを実行します」


 クラウディアの言葉に、マルタが深く頷いた。


「所長。……ユリウス元殿下を、お呼びしましょうか」


「ええ。お願いします」


 数分後、所長室に現れたユリウスは、返却された荷台の整備を終えたばかりだった。袖には油汚れが付いていた。ユリウスは椅子を勧められるまで、机の前で待った。


「ユリウス。今日の作業、お疲れさまでした」


 クラウディアは感情を交えず、ただの事実として労いの言葉を口にした。


「明日の朝、銀行の営業開始とともに、今回の春の大口案件による最終賠償配当の送金が行われます。これにより、あなたの残債務三百六十六金貨は相殺され、民事上の賠償は『完済』となる見込みです」


 ユリウスは通知予定日を確かめ、短く「分かった」と答えた。


 旧王太子派からは、完済を理由に復権請願を考え直さないかという再照会も届いていた。


 ユリウスは前回と同じ拒絶の返書を出すとだけ告げた。クラウディアは発送欄に記し、翌日の送金準備へ戻った。


 その日の夜。


 すべての決裁と明日の準備を終えた所長室は、暖炉の火の音だけが静かに響いていた。


 クラウディアはデスクに座ったまま、手元の送金指示書の束をじっと見つめていた。


 アルヴィンが、彼女の背後に立ち、そっとその肩に手を置いた。


「……いよいよ、明日だな」


「はい」


 クラウディアは、アルヴィンの手の温もりを感じながら、静かに息を吐き出した。


「明日の朝、銀行が開けば、まだ残額のある十名へ最後の四百六十六金貨の着金が行われます。あの時の事件で奪われた千八百六十金貨が、ついに全額、被害者たちの手に戻るのです」


「ああ。君が作り上げた制度が、最大の目的を完遂する日だ」


 アルヴィンの言葉に、クラウディアは手元の書類を一枚だけめくった。


 そこには、他の被害者たちとは別の、特別な口座番号が記されていた。


「そして……私も、受け取った金を生活口座へ移すことにします」


 判決時からずっと裁判所の隔離口座に置かれていた百三金貨。そして明日送られる、クラウディア自身の残りの債権百五十七金貨。


 合計二百六十金貨。


 所長として他人の生活を救い続けてきた彼女が、最後に『被害者の一人』として、自分自身の人生を取り戻すための金。


 夜明けは近い。


 あの夜から続いてきた戦いの終幕が、静かに訪れようとしていた。

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