第43話 雪解けの橋
橋の手前で、ローディンが縄を張った。
「ここから先へは、誰も入るな」
濁った水が、傾いた橋脚へぶつかっている。路面の中央に大きな亀裂が走り、石の一部はすでに川底へ落ちていた。
クラウディアは、出荷予定表を閉じた。
明後日の荷を、この橋へ通すことはできない。
「先方へ通行止めの証明を送ります。納期延長の条項も確かめてください」
マルタが頷き、通信の手配へ走った。
自然災害だからといって、先方の都合がなくなるわけではない。代わりの仕入れへ切り替えられれば、契約を守れても今月の入金は遅れる。
最後に残った四百六十六金貨。その着金を待つ人たちの顔が浮かんだ。
「対岸まで、ほかに通れる場所は?」
「上流の旧道だ」
ローディンが答えた。
「小さな支流を越える木橋は残ってる。そっちへ回れば、本流には入らずに済む。ただ、荷車を通すには路肩と橋板の補強が要る」
「作業中の増水は」
「見張りを置く。印を越えたら中止だ。重機材を下ろして、人を引かせる」
クラウディアは道の確認が終わるのを待った。
先に灰色の作業着の者を川へ入れてしまえば早い、という考えは採らない。失った金を返すために、今ここで誰かを失うわけにはいかなかった。
道路班から安全確認の報告が届くと、臨時の仕事が動き始めた。
橋板を固定するのは経験のある職人。ユリウスたちは乾いた岸側で資材を運び、セシリアは資材の数量と搬入先を記録した。
一般住民には通常の賃金を払い、執行対象者の仕事も同じ単価で評価する。修繕に必要な資金は、利益の一部を積み立ててきた安全準備金から出す。
「急げ、ただし二人で持て!」
ローディンの声で、持ち上がりかけた長い板が一度下ろされた。
ユリウスが反対の端へ回り、住民と呼吸を合わせて運ぶ。
誰か一人が見事に川を渡る必要はなかった。明日も明後日も荷が通る道を、皆で作る必要があった。
アルヴィンは見張りと中止基準を確かめ、現場記録を付けた。費用の承認は、マルタと別担当の監察官へ送る。
クラウディアが少し前へ出ると、彼が足元の崩れた土を指した。
「そこは踏まない方がいい」
「分かりました。あなたも、手が冷えたら交代してください」
彼は頷き、手袋を直した。
夕方、軽い空荷の車が旧道を通った。
次に、積載を制限した試験用の荷車が渡る。板のたわみを確かめた職人が、ようやく手を上げた。
「これなら通せる。ただし、一台ずつだ」
マルタも戻ってきた。買い手から、分割納品を受け入れる返答が届いたという。
明後日の分は軽い荷を先に出す。残りは道の補強を続けながら順に送る。全量を一度に通そうとしなければ、契約を失わずに済む。
「ただ、この積載量では春の市から打診された追加分まで運べません」
マルタが、まだ受けていない注文を予定表の脇に並べた。
「追加分は断りましょう。すでに約束した荷を優先します」
「夜も運べば、何便かは増やせますが」
「暗い道で、今と同じ確認ができますか」
マルタは木橋を振り返り、首を横に振った。
クラウディアは追加分の予定を消した。納品を断れば、次も声を掛けてもらえるとは限らない。それでも、荷を増やすために橋の制限を緩めることはできなかった。
「公開賠償日から積んできた原資に、残り二週間の決済分を加えれば、完済に届く見込みです」
マルタの報告に、クラウディアは頷いた。
「見込みは見込みとして、台帳を分けてください。最後まで、着金を確認してからです」
その夜、クラウディアが休憩室へ入ると、アルヴィンは暖炉の前で両手を温めていた。
「やっぱり冷えましたね」
「君に見つかる前に戻すつもりだった」
「それでは、見張りを置いた意味がありません」
彼女は笑って、温かいカップを渡した。
隣へ座ると、アルヴィンが空いた手を差し出す。クラウディアはその指を包んだ。まだ少し冷たい。
「休暇に行く場所、考えたか」
「南の町の湖を見たいです。帳簿を持っていかずに」
「俺も持っていかない」
「本当に?」
「……仕事の帳簿は」
妙な言い方に、クラウディアは彼を見た。アルヴィンは茶を飲んでいる。
今は追及せず、彼の肩へ軽く寄りかかった。
外では見張りの交代を告げる足音がした。道を守る仕事は引き継がれている。二人は茶を飲み終えるまで、席を立たなかった。




